10 風林火山(1)
私の父がいつも 私に言っていたわ。
「お前は王の妻に相応しい。 お前に比べたら 他の女はクズだ 」
そうよ 、皆が私の言うこと聞いていればいいのよ 。
なんでも私の思い通りにできるはずだった 。
こうなったのは誰のせい?
ミラは爪を噛んだ。
執務室で、エルベルトは、ため息ばかりついているテオフィデールを心配?していた。
まさか、誰にも屈しない兄のこんな姿を見るなんて、複雑な気持ちだった。
複雑というのは、つまり心配でもあり、面白いのだ。
心配してる風を装って話しかける。
「陛下、大丈夫ですか? 今日も市様は、あっという間に自室に戻られましたね?」
「うむ・・」
「一体どうされたんですかね?陛下、市様に何かされましたか?」
テオフィデールが下を向いたのを良い事に、エルベルトは分かりきった事を聞きながら、吹き出しそうになるのを堪えていた。
「う、」
返事に窮するテオフィデール。
ニコラが王に助け船を出す。
「陛下はきっと焦ったのでしょう」
「うっ」
ニコラの助け船は沈没した。
宰相アイレスは、ニコニコその様子を見守っている。
テオフィデールは辺りを見渡した。心配げなルイスと目が合う。
「ルイスは結婚しているから、女の事はよく知っているだろう?」
「まあ、ある程度は」
「市が俺の事を、どう思っているのか知りたいんだ。ルイス、聞いて来てくれないか?」
エルベルトとニコラは
(明らかに人選ミスだ!)
と思ったが、何も言えなかった。
「任せて下さい。陛下」
意気揚々とルイスが部屋を出て行く。
アイレスは相変わらず、ニコニコとルイスを見送った。
市は未だに1枚目のハンカチの刺繍をしている。
(針仕事は苦手じゃのう)
しかも、近頃はすぐ別の事を考えてしまって、余計に失敗するのだ。
また集中力が切れ、考え事をして、指を針で刺してしまった。
「痛っ」
侍女のマリーが慌てて手当てする。
(先日の事が頭から離れぬ。どうテオに接すれば良いものか)
ノックが聞こえ、返事するとルイスが入ってきた。
「珍しいの、ルイス。何用ですか?」
「市様、単刀直入にお尋ねします。陛下の事をどの様に見ておられますか?」
マリーは(何てデリカシーのないい質問なの)と思ったが、マリー自身もとても気になっていたので、ルイスに注意する事なく、市の答えをドキドキしながら待っていた。
「どのようにとな? うーん、
王は献身的に領民の事を考えておるし、先日の人喰い馬の時も、とても頼もしいと思うた」
「そうなんです。剣術も強くて、我々騎士も、誇りに思っています」
ルイスは我が事のように胸をはる。
「政治の面でも、税の事、貿易の事、なかなか良き政
》をしておられる」
市は王都を思い浮かべて、テオフィデールの辣腕ぶりを評価した。
「そうです。港の整備は陛下の代で、更によくなったんです」
ルイスは市の意見に深く頷く。
マリーは、本題からどんどんずれて行くのを止められない自分が
、歯痒かった。(違ーう)
しかも更にずれる。
「じゃが、未だ磐石ではない。やはり、この国の土地を育てる治水。それと、人を育てる為の専門知識を学ぶ学校が足りぬ」
「 うーん。治水と学校ですか。
良い事を聞きました。早速、陛下に 進言しに行きます。イヤー、誠に良い意見が聞けた。ありがとうございました」
ルイスが部屋を出るのを見送ったマリーは、ため息しか出なかった。
(はー、やっぱり、そんな答えしか出ませんよね)
執務室に戻って来たルイスの話を聞いていた3人の数分後・・・
テオフィデールを筆頭に、皆は首を振りつつため息をついた。
(やはり人選ミス)
テオフィデールは落胆の色を隠しながらも、少し、その話に興味を持った。
「治水と学校か。市に直接聞きたいので、呼んできてくれ。」
ニコラがすぐに市の部屋に向かった。
テオフィデールに呼ばれた市は、先日の事もあり、少し緊張していたが国の事を話し出すと、すっかり忘れていた。
そして、いつものテオフィデールと市に戻っていた。
「この国では、男も女も共に入れる学校があり、とても素晴らしい事じゃ。私の国では誰もが入れる学校がなかったので、羨ましい限りじゃ」
「俺が市に教えてやろう。何を学びたい?」
「本当かの? 教えて欲しい事があるので、また今度教えて下され」
テオフィデールは嬉しそうに頷く。
市は、戦国の『足利学校』を考えていた。
足利学校は、専門性の高い学校だった。
「この国の学校は、基礎までで終了してしまう。その上を目指す学校がいると思うています。
武・知・医・政の専門知識を学ぶ学校じゃ。
そうそう、この国の魔法の才能を伸ばす学校もいるの」
アイレスが乗り気になってくれた。
「ほう、それは人材育成にぴったりですね」
「昔、武田信玄という方がおられてその方が『人は石垣、 人は城、人は堀、情けは味方、 仇は敵なり』と仰って、常に領民の意見を聞くお方であった。先ず、国力は人の力です。個々の適正に合った才能を伸ばし、豊かな人材を育てましょう」
「厄介な王様を支える、執事の学校があっても良いのではないか?」なにやらニコラがモゴモゴ言っている。
テオフィデールは横目でニコラを見ていて、何か言いたげだったが口を閉じた。
「我が国で一番高い山、セルブス山は豊かな伏流水で人々の生活を支えているが、一度に多くの雨が降るとトパー川が氾濫をしてしまう」
「でしたら、やはり治水が必要です。信玄公は川流域に住む人々の意見を聞いて、川を観察して信玄堤、万力林を作っておられました」
「湾岸整備をして、貿易も順調に行っている。治水と専門的学校か。国が豊かになるには必要な事だな。まずは治水だ。その、『万力林』と言うのを今度説明してくれ。それと、用意を調え次第、氾濫がおきる川を見に行くが、市も行くだろう?」
「もちろん、見ておきとうございます」
テオフィデールを真っ直ぐに見て返事をする市。
「所で市、先程から名前が出ている武田信玄とは知り合いか?」
「兄とは敵対していたので、お会いした事はないです。でも有名な方だったので知ってますし、功績も残っております」
「会ったこともないのか。そうか、そうか」
それを聞いて安心したテオフィデールは、視察準備に取り掛かった。




