11 風林火山(2)
テオフィデールの護衛は、第1騎士団と近衛騎士団の選りすぐりが行く事になった。
魔術師もかなりの数が視察に同行する。
城の北側にある、ソシュー山脈の山々が朝焼けで、真っ赤に染まっている。
以前、人喰い馬の時には魔法を使って馬を早く走らせていた。
しかし今回は、現地で魔法を使うためにセーブしているそうだ。
そのお陰で、シェルドナールの雄大な景色を満喫出きる。
シェルドナール王国の北側は2つの大きな山脈で守られている。
1つはずっと西にある、シシリー山脈。もう1つが城の北側ににあるソシュー山脈。
この2つの山脈の間には大きな平野部がある。
ソシュー山脈のさらに北に、サント湖と呼ばれる湖があるが、その辺りは精霊地と呼ばれ、どの国の領地でもない。
この湖から王国を通って、南の海まで流れる川が大きなコルテ川である。
このコルテ川も、調査対象の川である。
なので、今日はここに泊まって、明日から調査するようだ。
市は、今回の視察旅行で、その土地の郷土料理を堪能しようと計画していた。
今日も、宿屋の隣のこじんまりとしたレストランで、じゃがいもの料理を食べていた。
「なんとも癖になる美味しさじゃのう」
ホクホクの『じゃがバター』を嬉しそうに食べている。
「このように丸っこい食べ物は初めて見るが、木になるのかの?」
市はウエスト回りがかなり貫禄のあるウエイトレスに無邪気に聞く。
「あはは、こりゃビックリだね。お嬢さんはジャガイモを見たのは初めてなのかい?」
「私の国ではそのような形の物の野菜は見たことがないゆえ、美味しさにびっくりしております」
「ちょっと待ってておくれ。シェフ!厨房から皮を剥いてないジャガイモを持ってきて頂戴」
貫禄のある体から出た声は、厨房のシェフまで轟いた。
「はいはーい、持ってきたよー」
と線の細い優男のイケオジが籠いっぱいにジャガイモを持ってきた。
「このお嬢さんは初めてジャガイモを食ったんだって。なってる所も見たことがないそうなんだよ。それで、あんたのジャガイモ料理を、『美味しい美味しい』って感激して食べてたからさ、あんたの顔とジャガイモを見せてやろうと思って呼んだんだよ」
その言葉にシェフの顔がフニャッと崩れた。
「そうなの?嬉しいなー。ジャガイモは土の中で出来るんだよ。因みに、このピーナッツも土の中でできるんだよ」
隣の席のお客さんのピーナッツを取って説明してくれた。
「そんなに僕の料理を気に入ってくれたんなら、今からお嬢さんにサービスのジャガイモ料理を作ってくるよ」
イケオジシェフがウィンクすると、ウエイトレスが「ハイハイ、もう出番は終わりだよ」
と厨房に引っ張っていった。
その様子を見て「ふふふ」と楽しそうに市が笑う。
「市は、あのようなイケスカナイ感じのオヤジがいいのか?」とテオフィデールが不機嫌そうに聞く。
テオフィデールが何を聞いているのか分からず市は首を傾げた。
「笑ったのは、あの2人、夫婦であろう? 仲の良い夫婦じゃと思うて・・・あのような楽しき夫婦に憧れまする」
「!!・・うむ、そうだな・・」
急にテオフィデールが黙り込んだ。暫く会話もなく、黙々と食す。どうしたのだろうか?とテオフィデールの方を見るが、目が合わない。
それで、市はついつい他の客の会話に耳を傾けた。
その時、少し気になる話を聞いた。
隣の男達の会話では、この所コルテ川の水量が減ってきているようなのだ。
確かにこの川に着いた時、調査団の皆も、水量の少なさに驚いていた。
黙々と食事をしていたテオフィデールの手が止まった。どうやらテオフィデールもその会話を聞いていたようだ。
さっきまで、目も合わせなかったのに、急に市に尋ねた。
「市、明日我々は、サント湖の近くまで異常がないか、確かめて来る。道が悪いので、馬で往復2日かかるが、市はどうする?」
「もちろん、テオ様と一緒に行きます」
「そう言うと思った」
テオフィデールは嬉しそうに話を続ける。
「我が国の北側には、精霊地が広がっている。普段、精霊地には立ち入らないが、今回は調査目的なので入る。そこで、精霊に会えるぞ」
「精霊ですか? そう言えば、図鑑では、滅多に見れぬと書いてあったが、見れるのかの?」
「精霊地では、沢山いるぞ」
「明日が、楽しみじゃ」
精霊の事とコルテ川の水量の話になって、テオフィデールが黙ってしまった訳は分からずじまいになった。
朝早くの集合に、テオフィデールは少し目を赤くして現れた。
「目が赤いですが、どうされたのですか?」
市が心配そうに、覗き込む。
「いや、大丈夫だ。今日の事を考えていて、昨日は遅くまで起きていたせいだ」
事実は、(市が言った『楽しい夫婦に憧れる』と言うのは、俺との未来を言っていたのだろうか?)等、そんな事を考えていて眠れなくなったのだ。
「少人数なので、気を抜かず行きましょう」
ルイスの声でテオフィデールの意識が視察という目的に戻った。
精霊地は神聖な場所なので、多人数で行く訳にはいかない。
人が汚した「気」を精霊地が浄化してくれていると、太古の昔から考えられている神聖な場所である。
その為、精霊地に入るには、どの国も王か、それに準ずる者が付いて行く事になっている。
それで、誰も彼もが無闇に入らないようにしているのだ。
精霊地に入って10分くらいで、市の目の前に何やら人のようなのが、ふわふわと飛んできた。
(ほー、2寸程の小さき人が飛んでいる! しかも背中に羽が生えておる!)
「これはなんと可愛らしき者じゃ」
見とれていると、精霊の1人が、市の服を引っ張って、川の方へ誘う。
「市、どうした」
道を逸れる市にテオフィデールが、声をかける。
「分からぬが、川の方へ誘うておるゆえ、ちょっと様子を見て参ります」
精霊に着いて川に出ると、その川は濁っている。
そして、川の流れが遅い所には、何か溜まっている。
よく見ると、薪の燃えかすやゴミだった。
「陛下、これを見て下され。きっと上流で人間が大勢で何かしております。それらの人が、川の水が減ってきている事と関係しているやも知れませぬ」
しかし、どんな人間がいるのかわからないので、馬を降りて探りながら上流に向かった。
しばらく行くと、人の話し声が聞こえた。
すぐに茂みに隠れて様子を伺う。
すると、兵士らしい2人連れが来た。見廻りの者かも知れないので、皆に緊張が走る。
2人の兵士は、自分達の隊の隊長の悪口を言っているみたいだ。
ルイスが他国の兵士なのに、
「何てダラダラした見張りなんだ」と怒っている。
テオフィデールが、なだめながら聞く。
「ルイス、今はそれどころではない。あの兵士達は、どこの国の奴らか分かるか?」
「リュッセン王国の兵士ですね」
「リュッセン王国とは、サント湖の北にある国であろう?」
市がそっと聞いた直後、
人の気配を感じた2人の兵士が、剣をかまえつつ、こちらに近付いて来た。
隠れ仰せられないと思ったルイスとシモンが、茂みから躍り出て剣をかまえる。
「陛下、市様を連れてお逃げ下さい」
と言い終わらないうちに、
「あっ、市様~」と2人の敵兵士が手を振る。
「え? 誰じゃ?」
「吟遊詩人、または忍びのテーゼとクランデですよ。」
「そなた達、こんな所で何をしておるのじゃ?」
「吟遊詩人のアンソルブ親方の命令で、川の事でシェルドナール王国から調査しに来る人がいたら、ここから先は、危険だから追い返す様に言われてるんっすよ~」
「そうそう、それで親方はこの事を報告する為、市様に会いに城へ向かったんですけど、会ってないですよね?」
2人の気の抜ける話し方に、市ものんきに答える。
「会っておらんのう」
「まあ、取り敢えず、ここから先は危険なんで、引き返して親方の報告を受けて下さい」
「うん、そうしよう。所でそなた達はどうするのじゃ?」
「このまま潜入しときます。まあ、頃合いを見て抜けますよ」
「危のうなったら、すぐに帰るんじゃ。よいかえ?」
「リュッセンの軍、以外とユルいんで、大丈夫ですよ。でも、危なくなったら抜けて帰ります」
ここで、2人と別れ、大急ぎで精霊地を抜けた。
抜け出た所で、アンソルブに会えた。
「陛下と市様に、こんなに早く状況報告が出来て良かった。
実は、海のないリュッセン王国で、水産物もあり、貿易の窓口の港がある豊かなシェルドナール王国に、攻め入ろうとする計画があって、我々が情報を集めてました」
アンソルブの説明によると、
リュッセン王は、シェルドナールに流れるコルテ川をサント湖近くの上流で塞き止める。
調査しに精霊地を通る為、王が直接 見に来る可能性が高い。
そこを捕らえようとしていた。
「しかし、まだ川の塞き止めも終わってないから、敵も油断してます。その間に戦の備えをしなければなりません」
アンソルブの説明の後、ルイスが聞く。
「 敵の数は ?」
アンソルブが 険しい顔をした。
「 13000人です 」
テオフィデールが唸る 。
「我が国もそれに近い兵士はいるが 、今 国内に 兵力を残さないと 母と手を組んだハウゼン王国が、攻めてくる可能性がある。
また、 内乱を 先導するかもしれない 」
アイレスが渋い顔をする。
「そうなると対ハウゼン王国に 5000の兵力を西のルストン辺境伯のバーデン城に送って、ミラ様の内戦に備え1500を城に残さんと危ないでしょう。どうあっても、川をせき止められる前に 、軍を 出さないといけません」
シモンも 「そうですね 。しかし 、6500の兵力を残して、 1万3000対 8000で、 しかも平原で 隠れる場所もないのは、 厳しい戦いになります 」と絞り出すように言う。
話を聞いていた市が 質問する 。
「相手方は どんな陣形を とりましょうか ?」
「陣形 ?」
「攻める時、守ったりする時の 兵隊の並び方です」
王もルイス達も 、不思議そうな顔で
「戦といえば 、横に並ぶ 横隊が 普通ではないのか ?」
市はもう一度、慎重に聞き直す。
「 横にまっすぐですか ?」
「そうだ 。縦何列かで、横に並ぶんだ」
市は にやりと笑った。
「 少ない兵で 、敵の兜首が取れるやもしれません」
テオフィデール一同市のこの黒い笑顔を見るのは2度目だが、前回同様ゾクッと悪寒が走った。
2寸=約6cm




