12 風林火山(3)
テオフィデールは 魔道士を通して、 精霊王に連絡を取り、精霊地で 戦争する許可を得た。
この時、 リュッセン国の 精霊地での振る舞いに 怒っていた精霊王は、 シェルドナール国 に祝福を与えてくれた。
市には この祝福が、霧以外にどんな物があるのか、この時はよくわからなかった。
シモンは 作戦会議のことを思い出していた。
市は大きな紙に書き入れながら、説明する。
「 横隊 対 横隊 ならば、 人数の少ない 我が軍は 、圧倒的不利じゃ。もし、 相手が『鶴翼の陣』でかまえていたならば、厄介ではあったが 、横隊なら一気に、 魚鱗の陣で 押し込み、 敵の大将を打つ 事ができるやもしれん 」
市は、さらに書き入れながら、
「そして我が軍の 南側は、朝 霧がかかるので、 林のように静かに陣形を整え、風のように素早く動き、 火のように激しく攻撃しましょう」
市は武田信玄の風林火山を参考にしながら、作戦を練っていく。
作戦会議に 参加した騎士団長は、うなった 。
「見たことがない軍の形だ 」
「しかし、これなら少ない兵力でも 突き進めるかもしれ知れません」
等々、前向きな意見が多かった。
歩兵や魔術兵を纏める兵科総監からも、反対意見はでなかった。
団長達は意見を出し合い、どの隊に誰が付くのか話し合っていた。
市が気掛かりなことを相談した。
「心配なことが一つあります。 この国の戦いでは、敵の王がどの位置に居てるのか、 分からない事です」
テオフィデールが
「どこにいても、敵の王はすぐわかる 。我々には、精霊王の祝福があるからな」と、謎かけの様な答えにならない返答を市にした。
テオフィデールは、 ハウゼン王国の 襲撃に備え、 最も西の国境のルストンの 領地の バーデン城に 、5000の兵を送った。リュッセンとの戦いが始まれば、いきなり襲撃してくるかも知れない。そうなればリュッセン国との戦いに逸早く勝利し、応援に駆け付けなければならない。
もし、シェルドナール軍が負ければ、ハウゼン国は必ず攻め入って来るだろう。何としても、この戦いに勝たないといけない。
そして今、8000の兵と、広い平野の精霊地にやってきた。
市を 城に返そうとしたが、市はテコでも動かず、今テオフィデールの前の隊列で馬に乗っている。
横にいたルイスが、 心配そうに聞いた。
「陛下、このまま市様を 戦場に連れて行っても良いのですか?」
「仕方がないだろう。市は全く 言うことを聞かんのだから」
「さすがに、 市様も 敵の大群を目にしたら 、下がると思います。その時、護衛を付けて城に送るように致します」
「そうだな。市も 敵を見て怖がるかもしれない。その時は 必ず無事に城まで送り届けてくれ」
霧の中、林を抜けた。
シモンの号令で 遊撃隊と先鋒隊が前に詰め、3軍隊、4軍隊と 所定の場所につく。
各隊の すぐ後ろに 、魔術師 などの魔法部隊がついて、 魔法攻撃をかわす為に 、盾魔法をかけている。
その各部隊の横を、黒髪をなびかせ 、シルバーの 鎧を着て、颯爽と 馬に乗る市。
その腰には、 信長の愛刀が差してある 。
人食い馬の時に 、討伐組だった
騎士や兵士は、 市を見ているが 、居残り組だった者は、まだ面識のない者も多く、 市の姿に 驚いていた。
「 黒髪だ 」
「あの方が、召喚された 市様じゃないのか ?」
そんな声も耳に入らず 、背筋を伸ばし 前を見る市。
今、市の頭にあるのは、霧の向こうにいる敵だけだった。
その頃 敵陣営の リュッセン国王は、 気だるげに爪を研いでいた。
(テオフィデールの母親が 自ら 兵の数を教えてくれるとは 、本当におめでたい女だ。 しかも この戦に勝てば、シェルドナール港の 一部を 明け渡すと言ってきた。兵力 13000に対しての兵力 8000。さっさと ひねりつぶして 港の一部と言わず 全領土をもらおう)
計画が少し変更になったが、相手の少ない兵力に、舌舐りして笑った。
シェルドナール軍はシモンの合図で、行進していた全軍が止まった。霧が晴れてきたのだ。
霧が晴れれば、すぐ前に敵がいるだろう。
風が、急に吹き 、霧が巻き上げられるように晴れて行く 。
シモンが「突撃」の号令を出した。
ここで、 一気に突撃するはずだった。
しかし、霧が晴れ、敵軍の横隊の長さと大軍に怯んだ シェルドナール軍が止まってしまった。
ここで 止まってしまい、回り込まれれば 、完全に我が軍は負ける。
そう思った市は、叫んだ。
「臆病者の目には 、常に敵が 大群に見えるものだ。さあ、 勇気ある者は 我に続け!」と 兄信長の名言を叫び、刀を振り上げた。
そして、馬の腹を蹴り 、一気に走り出す 。
その声と姿を見た兵士は、「遅れをとるな !」と一斉に 駆け出した。
不思議なことに、市には敵のリュッセン王が どこにいるのかが分かるのだ。
どうやら、これが精霊王の祝福らしかった。
味方の兵も見えているらしく、そこに一直線に突き進んでいる。
先鋒隊が、敵の横隊に突っ込み、わずかに開いた隙間から 、二軍目が押し込んでいく 。
シモンの隊である、先鋒隊がこらえきれず崩れかかる。
それを見て市は、遊撃隊に
「 回り込んで支えよ !」
と指示を出しながら、 自らも刀で切り進んで行く。
市が飛び出したのを見て慌てたのは、テオフィデールだ。後方に下がって来るだろうと思っていた市が、もう最前線にいるではないか。
馬の腹を蹴り、市を連れ戻そうとするが、ルイスが王の馬の轡をがっちり握っていた。
「陛下は、動いてはいけません。市様の事は私にお任せ下さい」
ルイスは馬に乗り、自分の隊の者と共に最前線に駆けていった。
最前線の市は、切り倒して行くも 、なかなか進めない中、葛藤していた。
回り込まれれば、全滅するかもしれない 。
(引くか?) 一瞬、弱気になった時、
「 進め ! 今が攻め時ぞ! 」
低い声と 赤い軍配が見えた。
(信玄公か?)
声が聞こえた瞬間、市は叫んだ。
「進め! もう敵は目の前じゃ。攻め込め !」そして、刀を振り上げた 。
その時、 へし切長谷部の波紋が、波打った 。
市の姿は、敵には黒い悪魔の様に見えて恐れられ、味方には突き進むべき道を照らす武神に見えた。
シェルドナール軍の兵士に 力が漲ってくる 。そして敵を押していく。
ここで、最前線にルイスが着く。
「市様、お戻り下さい!」
「良い所に来た! 陣形を崩されぬよう、そなたの隊で脇から出てくる敵を押さえ込め」
「了解した」そう言った後で、ルイスはテオフィデールの命令を思い出したが、もう遅かった。
横に広がっていたリュッセン軍は回り込む時間が かかり過ぎ、見たことのないシェルドナールの陣形に、指揮官の指示が後手後手だった。
そして、シェルドナール軍の 突き進んだ目の前に、豪華な椅子に 腰をかけて 青ざめているリュッセン王がいた。
リュッセン王は、腰が抜けて椅子から立ち上がる事も出来ず・・の最後だった。
リュッセン軍は、王が討ち取られ ると、敗走し始めた。
テオフィデールは、 隣国のハウゼン国が、どういう動きを見せるのか、分からないので 深追いをせず
急ぎサント湖に取って返した。
ここで、ハウゼン国が動かなかった事を知る。
そこで怪我人の手当てをする。
落ち着くとまず、 サント湖からの 水をせき止められた、コルテ川を元通りにすることが先決である。
ダメージを受けた、遊撃隊、先鋒隊、2陣隊を領内に帰し、 比較的無傷に近い、6隊目と後詰隊を川の復旧作業に当たらせた。
その後すぐ作業員と、作業を手伝う魔術師が来た。
どうやら、隣国のハウゼン国は、シェルドナールが負けるだろうとたかをくくって、負けた時に乗り込もうとしていたらしく、全く兵を動かさずに終わった。
指示を出し、 領内へ戻るテオフィデールはハウゼン軍が動かなくて助かったと胸を撫で下ろした。
それにしても市は・・・と思い前を見ると、市の凛とした馬上姿が見えた。
(戦が始まれば、怖がるだろうと思っていたのに、大軍を見て怖気づいた軍の前に出て、先導するとは。やはり市は普通の女とは違う)
そして召喚直後、自害しようとした市を思い出し、
(市は、死を全く恐れてはいないのだろうか? 市を戦に連れて行くことは禁じなければいけない。しかし、大人しく市が聞くだろうか?従わないなら、城に閉じ込めておこうか?)
色々考えるが、まとまらなかった。
ふうっと息を吐く。
(市を失う事が、こんなに怖いなんて・・・)
モヤモヤする気持ちを持て余しながら、前を見ていると、市が隊列から外れていくのが見えた。
隊列の前の道端に、ジャガイモ料理を出してくれたレストランの夫婦が立っていて、市はそこへ馬を寄せた。
「お嬢さん、あんた女の子なのに騎士様だったんだね? 怪我はなかったかい?」
「黒髪の女性騎士が敵に突っ込んだって聞いて、僕はきっとお嬢さんだと思ってましたよ。凛々しいお顔はやっぱり騎士だったんだね。でも無茶な真似はしないで下さいよ」
2人は代わる代わる喋りながら、市が怪我をしていないか確かめていた。
「ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。でも、こうして無事に戻ることが出来たゆえ安心してくだされ」
2人は市の無事な姿に安心したところで、本来の目的を思い出す。
「そうそう、お嬢さんが誉めてくれたうちのジャガイモを持って帰って貰おうと、ほらこれ、さっき畑で収穫してきたとこだよ。持ってお行き」
亭主に持たせていた大量のジャガイモを差し出した。
「なんと! こんなに沢山・・頂いても良いのかえ? うふふ、毎日じゃがバターが食べられるの」
市が目を輝かせて籠いっぱいのジャガイモを見つめる。
このやり取りを見ていたテオフィデールは、光る様に笑う市を見たいなら、城に閉じ込めるべきではないなと目を細める。
(それよりも、市を大人しく城に閉じ込める事なんて出きるのか?)
想像しただけで、城の一部が破壊されているのが目に浮かび、テオフィデールは頭を降った。
魔法の鷹を飛ばし、上空から リュッセン軍とシェルドナール軍の戦いを、見ていた者がいる。
リュッセンの東、シェルドナールの北東に位置するトルベツ国のリベル王である。
( 兵力の少ない方の圧勝とは。
しかも、あの軍の並びも面白い。
いや、もっと面白いものを見つけた。誰よりも早く、臆することなく飛び出した者。あいつがあの軍の型を 考えたのかもしれんな)
「誰か、シェルドナールの騎士団に行って、あいつの事を調べて来い」
リベル王は、何か思い付いた
「さぁて、弟に会いに行くか」
顎を擦りにやッと笑う。




