13 兄弟(1)
( どうしてこんな事になったのじゃ?)
市は何度もブツブツ言いながら、足を動かす。
事の発端は、刺繍が原因だった。
市はその時の事をありありと思い出し、怒りが再燃した。
(テオの阿呆! ようやくできた刺繍のハンカチを、テオに見せに行ったら 、何日もかけて刺繍した可愛い花模様をあろうことか・・あろうことかあやつは、神話の怪物の「メデューサか」と言いよった。
あまりにも腹立たしかったので
、横にいたユーグにあげてしまったわ。
すると、テオは「約束を破った」だの 本当に煩そうて、つい「他の事なら聞くが、刺繍はもうせぬ」と言ってしまった 。
それならばと、テオが「今度の舞踏会で、ダンスを 一緒に踊るから、練習をしておけ」と言われてしもうたのじゃ。
(ダンスとは何ぞ?)と思ったがめんどくさくなって、つい了承してしまった。
踊りとは『舞』のことであろうと、勝手に思い込んでしまった。
あの時ようダンスの事を聞いておけば良かったのじゃが・・『後の祭り』とはこの事じゃ。
ダンスがこんなに難しいものだったなんて・・・もう疲れた。
ダンスの先生の足も、何度踏んでしまったことかわからぬ。
ついに、「自主練習をしておいて下さい」
と先生にも、そう言い残して逃げられてしもうた・・・)
市は長く細いため息をついた。
後ろを見ると、護衛のユーグが立っていた。
市は悲しそうな顔で、訴える。
「ユーグ・・」
「どうされました?」
「お腹がすいてしもうての。そろそろ足が動かぬようになってきた」
クスッと笑うユーグ。
「分かりました。では、調理場で料理長のクルトに何かもらってきます」
「 私も一緒に行きます。クルトの事じゃ、美味しいお菓子を作ってくれるやも知れん」
急に元気になった市は、急いで階段を降りていく。
クルトは市が来ると、 ニコニコとパンケーキを焼いてくれた 。
「クルト、パンケーキにこの甘いソースは最高に合うの 」
「ジャムもいいですが 、このシロップもいいでしょう?」
市は目を輝かせて、こくこくと頷いた。
パンケーキを 食べ終わって満足そうな市に、ユーグがずっと不思議に思っていた事を聞いた。
「前にいた世界で、剣術をされていたのですか?」
「薙刀を、しておりました」
「なぎなた?」
「この国には、薙刀はないのかの?」
市は皿の上に、シロップで絵を書こうとした。
「こんな形の刀での、それで・・」
そこで、ちょうど通りかかったニコラに怒られた。
「市様、行儀が悪いですよ」
「 ふふふ、またニコラにお叱りを受けてしまったの 」
市はペロッと舌を出した。
「お腹もいっぱいになったでの、さあユーグ、ダンスの続きをしに参りましょう」
ニコラから逃げる様に、ユーグの手を引っ張った。
ダンスホールに戻った市は、また一人で練習を始めた。
「前、後ろ、左、右、箱型、右、左、ぶつぶつぶつ・・・」
見かねたユーグが
「市様、お手伝いをします」と練習相手を買って出てくれた 。
「市様、足ばかり見ては姿勢が悪くなります。前を向いて下さい」
「下を見ないと、そなたの足を踏むやもしれぬ」
「少々踏まれても大丈夫です」
ユーグは優しくリードする 。
「こうかの?」
「 そうです。 肩の力を抜いてください」
「 ユーグと踊ると、とても上手に踊れるようじゃ。そなたとてもダンスが上手いのう」
「 お任せください。ダンスも剣術も得意です」
銀色と緑の混ざった色の長髪を一つに束ね、気品高く踊るユーグを見て市は思った。
「そなた、モテるであろう?」
「モテませんよ。それに私は警護一筋ですから」
「ふふふ、そういう事にしておくかの」
ユーグは不思議な気がした。
子供のように目を輝かせてパンケーキを食べる市。
戦場で 死ぬことすら恐れず、敵に突き進む。そして、人を畏怖させる存在感で、皆を導く市。
今また、あどけない顔で笑っている。
「どの市様が、本当の・・」
「?」
「いえ、 とても上手になりましたね」
「ユーグ先生の指導の賜物じゃの」
(市様が嬉しそうだ。きっとドレスを着て踊れば、どのお姫様にも負ける事なく、美しいだろう)
リュッセン国との戦いの後、シェルドナール国には、黒い悪魔の騎士がいると噂になった。
これは他国への抑止力にもなるため、市が黒騎士だという事は、しばらく内密にする事になった。
リュッセン国は、前の国王に子供がいなかったため、王族同士の 跡継ぎ争いに発展したので、シェルドナール国に 攻めてくることはなさそうだった。
それでこの時期に、クッカの実の収穫祭と、戦勝祝いを兼ねて、各地の領主も登城しての舞踏会が開かれる事になっていた。
市にとってクッカの実は、とにかく 気持ちが悪かった。
茄子のような形で、色は真っ赤で 黒の丸い水玉模様がある。
でも、これを発酵させて蒸留すると、とても美味しい クッカ酒 になるのだ。
お酒として美味しいだけじゃなく クッカ酒を武器につけて磨くと、武器に聖魔力が少し付くらしい。
市も 「へし切長谷部」に、クッカ酒で磨きたいと思い、今日、テオフィデールに頼んだが
「しばらくの間は、刀を持たせられない 」の一点張りで、見せてもくれなかった。
今回の収穫祭で、 ハウゼン王国が白々しくも『戦勝祝いの祝辞を述べたい』と、使者が来ることになった。
どうやら先の戦に勝ったシェルドナルド国とは、しばらくは、友好関係を築いておく方が良い、と考えたのだろう。
それで警護をどうするかで、ピリピリしている様だった。
黒髪の騎士の事は、隠しておきたい。
それに、ハウゼン国が、テオフィデールの母・ミラとまだ裏で繋がっている可能性は十分にある。
舞踏会でもハウゼン国の使者が、来るというので、警護プランや準備に忙しかった。
市もクルトと打ち合わせをして、料理を 決めていた。
「ハウゼン国は、果物が豊富にとれると聞きました。友好の印に、二つの国の果物盛り合わせを一品作ってはどうであろう」
「それはいい考えです」
「それと、商いの流通にこぎつけた時に、売り出したい野菜が幾つかある。 ハウゼン国では収穫できないと聞いておるゆえ、それを使って美味しい料理を作って欲しいのじゃ」
「お任せください。できたらぜひ試食してください」
「それは嬉しい。私はクルトが作る料理は、全て美味しいと思っています」
「それでは試食にならないと思いますよ」
いきなりニコルが来て、市の横でつぶやいた 。
「ニコル、私に何か用かの?」
「ダンスの練習と、衣装の打ち合わせの時間です。他の国の来賓の前で、黒髪は目立つので 他の色のカツラも決めてくださいね」
「あー・・そうであった」
市のテンションがみるみる下がる。
「 女性の多くは、衣装の打ち合わせに嬉々としますが、市様はお嫌いのようですね」
しゅんとした市が珍しく、ニコラは興味深そうだ。
「私は 時間があるなら、領民の暮らしを見とうございます」
「しかし、今はダンスです。陛下と市様が踊られてから、皆のダンスが始まります。なので、失敗は許されません」
「もう、緊張してきて辛うなった」
市の顔が、どんどん青ざめてきた。それを見たクルトが、慌てて市に手渡した。
「市様の好きなくるみパンです。これを食べて元気を出してください」
「うふふ、クルトは優しいのう」
クルトのお陰で少し気を持ち直した。
「では頑張って、ダンスの練習に参ります」
先生とダンスの練習をしている所に、テオフィデールが覗きに来た。
「 どうだ、市。少しは上手くなったか?」
「テオフィデール様、市様はとても優雅に踊られてます。もう、いつ本番でも、大丈夫です」
「ほう、そうなのか?」
テオフィデールが嬉しそうに市を見る。
「昨日、ユーグにダンスの練習を手伝ってもらったゆえ、随分踊れるようになりました」
テオフィデールの眉がピクッと動く。
「ほう? ユーグと練習をしておったのか?」
「今日は手が空いたら、ニコラが手伝ってくれる約束をしております」
「ほおーう。ニコラもか?」
テオフィデールの眉がまた動く。
「なのでテオ様、本番は楽しみにしておいて下され」
「えっ? アッ、そうだな。楽しみにしておこう」
市が嬉しそうに笑うので、テオフィデールは一瞬不機嫌な顔になりかけるも、すぐに笑顔になった。




