14 兄弟(2)
ハウゼン王国の使者が来た。
戦勝祝いの品物の他に、ハウゼン国王の姪のエリス嬢も来訪された。
清楚な感じにしているが、かなり計算高そうな女だと市は見ている。
どうやらテオフィデールを狙っているようである。
『うまくテオフィデール王の妻の座を射止めと来い』と言われたのか、ベタベタとテオフィデールに触っている。
今回の接待に、エルベルトは入っていない。
前のノイマンの一件を考慮してのことだった 。
しかし、エリス嬢が『是非 エルベルト様にも会って挨拶がしたい』と言うので、エリス嬢がいるゲストルームに、エルベルトが挨拶に行った。
しばらくして部屋から出てきたエルベルト。
笑顔だったがドアが閉まった途端、軽蔑する様な目で部屋を睨んでいたらしい 。
その部屋を護衛していた シモンが休憩時間に調理場に来て、市にそれを言いに来た。
(エルベルト様に直接聞いても、すぐに答えてはくれぬであろう)
それならば 、訪問客に混じって動向を探っている、アンソルブの仲間の忍者に聞いてみることにした。
市がそのままの姿で聞きに行くと目立つので、マリーに手伝ってもらって、市は赤毛のカツラを被り、侍女のメイド服に着替えて、忍者のテーゼに話しかけた。
「テーゼ」
テーゼは市だと分からないようで、愛想笑いを浮かべながら、
「えっと、お嬢さんと以前どこかでお会いしましたっけ?」
「市です」
「えっ、いっ」
名前を言う前に、市がテーゼの口を手で押さえた。
アンソルブの弟子にしてはなんとも頼りない。
市は心の中で大丈夫なのだろうかと不安になる。が、今はそれどころでは無いので、話を進めた。
「テーゼ、コルテ川の一件以来ですね」
「はい。そうです。そのお姿、とてもお似合いです。ところでお名前は何とお呼びすれば・・」
(決めておらんかった。
えーと、市は中国読みで1。・・2はポルトガル語で・・確か・・ドイス・・)
「ドイスと呼んで下され」
「はい、ドイスさん。で、ドイスさんは、私に何の用ですか?」
「ハウゼン国のエリス嬢は、エルベルト様に対して駆け引きするようなネタを持っているのだろうか?」
「あの権力大好きイカれたお嬢さんですね?」
テーゼは「うーん」と考えてから、
「前にノイマンが用意したニセモノの書状を、本物と勘違いして『エルベルトが謀反を起こそうとした証拠を持ってる』ってエルベルト様を脅そうとしたみたいですよ。面白いんで、ほっときました」
「女性大好き吟遊詩人のテーゼが、辛辣ですね。どんな女性も褒め称える詩ばかり作っているのではないのかえ?」
「詩を作る女性は、ちゃんと選んでます」
「ふーん、そう言うものなのか?まあ、エルベルト様に聞きに行くとします。情報をありがとう。引き続き頼みます」
「はいはーい、ドイスさんの詩、今度作りますね」
「うふふ、楽しみじゃの」
エルベルトを探してうろうろしてたら、いきなり腕を掴まれた。
「市様、こんな格好で何をされてるのですか?」
「ユーグ、よう私と分かったの?」
「分かります! 警護の者はどうしました?」
「・・まいたのう・・」
「撒いた?! とにかく部屋まで護衛します」
「メイドに護衛は変であろう? ちょっと確認したい事があるゆえ、お待ち下され。あっ、それから私の名前はドイスじゃ」
ユーグからすり抜けた市は、軽やかに逃げ去った。
エルベルトを探して、王座の間を覗くと、テオフィデールが領主の挨拶を受けていた。
テオフィデールの傍らに、しなだれかかる様にエリス嬢がいた。
「何とも分かりやすい女じゃのう」
通りすぎようとしたら、テオフィデールと目が合った。
テオフィデールは目で「何をしている?」と怒っている。
(まずい)
急いでそこから退散した。
「なぜ皆にばれるかのう?完璧な変装だと思うに、不思議じゃ」
鏡を見て変装を直していたら、その後ろをエルベルトが通った。
慌てて市はエルベルトを掴まえる。
エルベルトはびっくりしながらも、
「えっ、市様?」
(ふむ、やはりバレるか)
「エルベルト様、メイドのドイスです。ちょっとお話があるゆえ、この中へお入り下され」と部屋に引っ張った。
「変装までして、どうされたのです?」
「エルベルト様の様子がおかしいと報告を受けて、それで心配になったのじゃ。何かエリス嬢に言われたのであろう?」
「はあー・・。市様はお見通しですね」
お手上げだと観念したエルベルトは話し出した。
「以前にノイマンが勝手に作ったニセモノの私のクーデターの書状を突き付けて、『バラされたくなければ、陛下との結婚を後押ししろ』と言われたんです」
「なぜ、ニセモノのだと申さなかったのじゃ? それにあれが偽物だと、シェルドナールの者は皆、知っておるではないですか」
「言いました。でもあの女に『たかが男爵の子の言う事を、誰が信用するものか』って言われて・・私は・・」
市は、エルベルトの顔に微妙な自信の無さを感じ取った。
真剣な眼差しでエルベルトと向き合う。
「テオフィデール王は、いつもそなたを信用しておる。エルベルト様も信用されている自信はあるでしょう?」
「・・その、信用してくれると思いたい・・」
「はっきり分からぬのか?では、ニコラは? ルイスは? ユーグは? 私は?」
「・・・・。」
「良いか? 人が人を信用するのは、肩書きで信用しているのではないぞ。その人の毎日の行動一つ一つの積み重ねで、信用出来る人物だっと判断しておるのじゃ。エルベルト様の今までの行動を見てきた者で、そなたの事を信用しない者などおる筈もない」
「そうですよ。この城にいる者はエルベルト様の事、信頼してます」
いきなりソファーの後ろから、騎士のシモンが立ち上がった。
市は驚いて声が裏返ってしまった。
「シ・シ・シモン? そなたはこんな所で何をしておったのじゃ?」
「エヘヘ、休憩と言う名のサボりです」
ばつが悪そうに頭をかく。
市はジト目でシモンを見つめる。
「エルベルト様、分かりまするか? この様なシモンの行動を見て、人は信用出来ぬ、と判断するのです」
「ちょっ、ちょっと待って下さい。ほんのちょっとの出来心です。エルベルト様も笑ってないで、市様に何か言って下さいよ」
「のう、シモン。今の事はなかった事にするゆえ、テオ様に次の事をしてもらえる様に、伝えに行って下され」
「します。行きます。で、何とお伝えしましょう」
「小細工で、王の弟君に無礼を働いたエリス嬢を、このままにしておくと、ハウゼン国に付け上がらす事になる」
市の目がどす黒く光った。
シモンの体が「ヒィッ」とすくんだ。
シモンが市の部屋に入ってきた。
「陛下の了承が取れました。エルベルト様の話を聞いた陛下は、かなりご立腹でして、『何人でも連れて来い』と仰られてました」
「さすがじゃのう。陛下は」
感心しながらマリーの方を振り向くと、マリーは肩を下ろしてガッカリし、その様子は尋常ではなかった。
「・・どれだけ、今日の日を夢見て用意をしていたか。私が今日の日を一日千秋の思いで楽しみにしていたのに・・うう。市様に着てもらおうと」
鼻をかんで、泣きながら、美しいドレスを名残惜しそうに見ている。
「すまんの。本当にすまぬ。マリー。でも時間じゃ。行くぞ」
鼻をズルズルいわせてるマリーを、立ち上がらせた。
2階の舞踏会の会場に入ってきた市。
テオフィデールの横には、相変わらずエリス嬢がべったりと引っ付いている。
「テオフィデール様とのダンスが楽しみですわ」
エリス嬢が甘ったるい鼻に抜けた声で甘える様にテオフィデールに纏わりつく。
テオフィデールはニコッと愛想笑いを浮かべただけで、返事はしない。
テオフィデールが皆の集まっている円の中心まで歩き、挨拶をする。
「今日、このようにして盛大なクッカ祭と戦勝祝いが出来るのは、皆のお陰である。さあ、大いに飲んで踊って欲しい」
言い終わると、オープニングセレモニーのダンス曲の演奏が始まった。
ここで、エリスはテオフィデールが振り返って、自分を迎えに来るものと思っていた。
しかし、テオフィデールはそのまま、赤毛の侍女の元に行ってしまった。
(えっ? どういう事?)
エリスは呆然と見ていた。
侍女姿の市に、お辞儀をしたテオフィデールは嬉しそうにダンスを始めた。
「テオ、よう承諾してくれました。ありがたく思っています」
「市の為じゃない。しかし、ドレス姿の市と踊りたかったな。まあ可愛いメイド姿もこれはこれで良いな」
テオフィデールはグッと市の腰を引き付けて、耳元で囁く。
「テオフィデール様、私は足を踏むのが最も得意ですの、お忘れなきよう」
市が黒い微笑みを浮かべた。
背筋がゾクッとしたテオフィデールは、市を引き付けた腕を緩めた。
(はー、後一曲踊りたかった。しかし、身の危険を感じる)
曲の変わり目で、素早くテオフィデールは逃げる。そして、その次は侍女マリーと踊り、皿洗いの侍女、部屋の掃除係と次々に踊った。
玉座に戻ってきたテオフィデールにエリスは詰めよった。
「どういう事ですか? 私と一番に踊るのではないのですか? 身分卑しい者達と踊るなんて!」
テオフィデールは、ユリアをぐっと睨む。
「俺がここに立っていられるのは、 これらの者のおかげだ。まず、大切な順でダンスをしないとな。なあ、エルベルト、そうなると エリス嬢は何番目になる」
「そうですね、陛下 。夜明け頃になるかもしれません」
それを聞いた エリス嬢は、悔しげに「 もういいわ」と会場を出て行った。
その後ろ姿を 見送りつつ、 エルベルトは不安気にテオフィデールを見る。
「どうした」
「陛下、ハウゼン国の使者である エリス嬢に あのような態度をして大丈夫でしょうか?」
「使者? ああ、そうだな。非常識な態度をとった女に対してこちらからも使者を送る。エルベルト、お前はたった一人の大切な弟だ 。これからもそうだ 。一人で王としてここに立っているのと、 王とお前の兄という二つの肩書きでここに立っているのでは、重圧が全然違うんだ。・・心強いんだ 。だからお前の兄という立場でこれからもいさせてくれ。 感謝している」
顔を少し 赤らめて言うテオフィデール。
テオフィデールの言葉に嬉しそうに、そして少し潤んだ目で微笑むエルベルト。
( 良い舞踏会になった) と市は思った。
(((良い舞踏会だったわ~)))
テオフィデールと踊れた侍女達も夢うつつで、同じ事を思っていた。




