59 花見
「兄上・・・・」
市にそう呼ばれた男は、未だに闘争本能を残したままの、強い威光を放っている。
市が馬から降りて信長に歩み寄る。
信長は馬上で市に声を掛ける。
「桜が咲いていたな。上手く取り出せたのだな。良かった・・・」
「じゃあ、あれは兄上が?」
信長はその事に返事せずに、優しい顔で市の頭を撫でる。
思い出したように、信長が市に言う。
「俺が贈った白無垢を着て、世界一美しい俺の自慢の妹を皆に見せてやれ」
「白無垢?」
訳が分からず、首を傾げた市。
信長は市に見せていた優しげな顔から厳しい顔になる。そして、馬上のテオフィデールに近付いていく。
「俺の妹を泣かせたら、お前を業火の炎で焼き付くす」
その言葉と信長の圧に押され、テオフィデールが怯む。
が、しっかりと信長の目を見てテオフィデールが答えた。
「これから先にどんな事が起きるのか、わからないが市を悲しませる選択はしない」
その言葉を聞いた信長は、とフッと顔を緩める。
「頼んだぞ」
笑顔の信長は、男も惹き付ける程の壮観たる顔だった。
市は馬に乗り、テオフィデールと兄が並ぶ近くに寄せる。
傍に来た市に信長は向き直る。
スッと市の手から『へし切長谷部』を抜き取った。
「返してもらうぞ。もうお前には必要のない物だ」
驚いている市にそう言うと、馬の手綱を引いて、まだ散らばっている敵の方に向いていた。
そして、今まで敵対していた者に地鳴りの様な大声で、叫んだ。
「今頃、アルト国がそれぞれの国の王を救出し終わった頃だ。お前達の敵は、アレハンドロだ。自由と尊厳を今こそ取り戻せ。我が軍門に下るなら着いてこい」
シェルドナールに攻撃していた騎士達が、「オオオオオオオオ」と自由の雄叫びを上げる。
アマルベ自治国家、リューベック王国カレン王国、等々・・・
最前列の騎士も魔術兵も踵を返して、北へ向かい出した。
「もう一暴れしてくるか・・・者共、敵を完膚なきまで、打ち倒せ」
もう一度信長が吠えると、今度は黒い武士どもが一斉に走り出す。
それと一緒に信長も戦いの中に消えていく。
「兄上、ありがとう。そして、さようなら」
市には、これで兄とは二度と会えない事が解っていた。
市が城に帰ってきて、一番にマリーに駆け寄る。
「いいいいちさまぁぁー・・・よくぞご無事でぇっっっ!マリーは・・マリーは市様がまた戻られると信じてました」
再会を泣いて喜んだ。
落ち着いた頃「そうじゃ」と市が思い出す。
「マリー。私がこの世界に来た時に来ていた服を見せて欲しいのですが、ありますか?」
いきなり詰め寄られたマリーは、驚きながらもワードローブを開けて大事にしまわれた衣裳を取り出した。
市はそれを受けとりベッドに広げると、それは美しい白無垢だった。
真っ白な布地に銀の糸で刺繍が施されていて、それが光にキラキラ反射されていた。
「それを着ていた市様がとても美しくて、何処かの神様ではとおもっていました」
マリーは当時の事を思い出しうっとりしていた。
まりーの話を聞きながら、市が袖を触ると何か入っていた。
護符だった。
兄が護符までもきちんと用意をしていてくれた事に驚き、そして感謝した。
数日後、アレハンドロ王国のその後や各地を調査していた者からの報告が次々に届いた。
アレハンドロ王国のドレントは民兵に討ち取られた。
アレハンドロの領地は、ドレントの姉の嫁ぎ先のカレン王国が4分の1を領土とし、後の残りは北部の精霊地とすることになった。
以前にあった精霊地の復活を北部の王達が望んだ結果である。
その後ハウゼンは勢いに乗ったラウル大陸の殆どの国の兵に押し寄せられて倒れた。
この戦の結果、リュッセン王国、ハウゼン王国、そして、アレハンドロ王国がラウル大陸の地図から姿を消した。
さらに数ヵ月後の朝
テオフィデールは、まだ日も上らないうちに目が覚めた。
恐ろしい夢を見て、寝汗でグッショリと濡れていた。
市の兄の信長に胸ぐらを掴まれて、「市を泣かすなよ」と念を押されて睨まれる・・・と言う夢だった。
「さすがに市の兄だ。恐ろしさはこの世界で一番かも知れない。その妹を今日、妻とするのだ」
顔を叩いて、気合いを入れる。
勢いを付けてベッドから起き上がった。
その音を聞き付けたニコラがドアをノックする。返事をすると既にきちんと参列用の式服に着替えている。
「ニコラ・・新郎でもないのに早起きだな?」
「何を呑気な事を言っているのですか? 他の者ももう準備に取り掛かって、大忙しですよ。特に市様の準備が分からない事だらけで大変なんです」
ニコラの言葉通り、確かに城内は既にざわついている。
しかし、どのざわめきも陽気だ。
「市ももう起きているのか・・・ちょっと覗いて来るか」
テオフィデールが嬉しそうに立ち上がろうとするのを、ニコラが肩を押して留める。
「我が国の仕来たりにより、結婚式の聖堂まで新婦と会うなんて許されませんよ」
目をカッと開いて、ニコラが威嚇する。
仕方なくまたベッドに腰かけて、テオフィデールは時間を潰す。
礼服を着たテオフィデールが聖堂の式台の前で、市が入ってくるのを待っている。
婚約式とは違い、参列者の制限はない。だから聖堂が溢れるくらいの参列者がいる。
ゴーンと一回金が鳴る。
それに続いて聖堂のドアが開く。
そこには召喚時そのままの白無垢を着た市が立っていた。一歩一歩進んでくる市。
市の衣装は白無垢に赤の護符を首から下げている。
テオフィデールはその姿に息を飲んだ。
召喚の時に見た神々しく、美しい市が立っていた。
(そうだ、あの時から市に心を奪われていたんだ)
召喚されて市が瞳を開けた時、テオフィデールは胸が高鳴った。
刀を鞘から抜き出し、一歩一歩とテオフィデールに真っ直ぐに進んでくる時の誰にも屈しない強い眼差し。
今はその強い眼差しに愛情を織り込んだ優しい眼差しで、テオフィデールのもとに進んで来る。
二人が近付きお互いの手を取り合う。
誓詞の言葉を読み合う。
聖神官が指輪を二人に渡す。
テオフィデールが市の薬指にシンプルなデザインだが、滑らかなカーブラインが美しいプラチナリングがはめる。
次に市がテオフィデールの指にリングをはめるのだが、市の手が震えている。
急に市は怖くなったのだ。
(また、愛する人を失う事になば、今度こそ私の心は永遠の闇をさ迷う事になるやも知れぬ)
異変を感じた参加者がざわつき出す。
テオフィデールは市の顎を右手で持ち市の顔を上げさせる。
「俺を見ろ。俺だけを見ろ」
そういうと、そのまま市の唇にキスをする。
「あの・・誓いの口付けはこの後なんですが・・」
慌てた聖神官がテオフィデールに小声でささやく。
その声で市もテオフィデールを引き離そうと腕に力を込めるがテオフィデールはびくともしない。
市は恥ずかしくて抵抗するが、テオフィデールが続けるので、諦めた。
漸く離れたテオフィデールは、ニヤッと市に笑う。
「もう、迷いは吹っ切れたか?」
(そうだ、もう迷わないと決めたのだ。異世界で初めて見た、この美しい緑金色の瞳をずっと見つめて生きていく)
市も返事代わりにテオフィデールにキスをする。
「おおおおぉぉおお」
参加者のざわめきが大きくなる。
聖神官は片手で顔を覆い、ため息をついて首を振っている。
市が唇を離し、テオフィデールの左手にリングをはめる。
それを嬉しそうにテオフィデールが見つめた。
聖神官がコホンとわざとらしい咳をして、「では、(3度目ですがの言葉を飲み込み)誓いのキスを」と言う。
三度目の二人の口付けが終わり、誓約書にサインをし終えると、皆から一斉におめでとうございますと祝福された。
その後の祝賀会は、テオフィデールが作ってくれた真っ白なウェディングドレスを着た。
祝賀会も終わり、市は一人ベッドルームでテオフィデールが来るのを待っていた。
ドアが開きテオフィデールが入って来る筈が、入り口でテオフィデールが止まっている。
市は心配になる。
「どうしたのですか?」
市の声で漸く動き出し、テオフィデールがベッドの上の市を抱き締めた。
「市が部屋に居なかったらどうしようと・・・不安だったから居てくれて安心して気が抜けた」
「くすっ」と市が笑ってしまった。ちょっと拗ねたテオフィデールが市の鼻を摘まむ。
「でお・・いたいでふ」
鼻を摘ままれながら文句を言う市に、テオは「かわいすぎる」と呟きが漏れる。
「どれだけ我慢したと思う?待ち過ぎて気が変になりそうだった」
テオフィデールが市の両頬に手をやり市の顔をじっと見る。
「テオ、もう離れませぬ」
市の一言にテオフィデールは市の唇に重ねた。
やっと一つになれた。
二人の思いが重なりあう。
次の朝、テオフィデールは寝顔の市を見ていた。
「朝からかわいい。もう好きすぎて心臓が爆発しそうだ」
窓から不審者の嫉妬の眼がテオフィデールを怒りの目で見ているが、市がすやすやと寝ているので静かにしている。
その目を無視して、テオフィデールが市の頬にキスをすると、耐えられなくなった不審ドラゴン、アオが「ゴフーゥウウ」と唸る、窓をガタガタ揺らす。
市が目覚めて、眠気眼で窓を見て目を大きく拓く。
「アオ! よう帰ってきた」
市の腕に飛び込んだアオが「ふふん」と優越顔でテオフィデールをみた。
「クソ。邪魔な奴が帰ってきた」
テオフィデールとアオの抗争は市とテオフィデールの第一子が産まれるまで続いたらしい。
数十年後。
「おばあさま、お花見の準備が終わって父様も母様も待っていますよ」
「なんだ、市。またクルトにおにぎりを作ってもらってたのか? ほら、もう行くぞ」
「違います。クルトと一緒にお花見弁当を作っておったのです」
自慢げにお弁当を二人に見せた。
「市様、そのお弁当は私がお持ちいたします」
マリーとユーグの息子であるケイルが市から受け取り、後ろに控えた。
「ありがとう。ケイル」
市は孫と愛するテオフィデールと一緒に満開の桜が咲いている庭園にむかった。
「信長の妹 お市様は異世界に召喚される」を最終話まで読んで頂き、有り難うございました。
市とテオフィデールのお話は以上で終わりですが、これからも二人とシェルドナール王国のみんなはずっと平和です。
また、本日投稿した「壁の向こうに捕らわれの異世界の美少年が・・・」もぜひ読んでみて下さい。
衣裕生




