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58 最後の戦い

アレハンドロ王国のドレントは、大軍の中で、悠々と進軍していた。

この大軍。しかも、ほぼ大陸全土を掌握し残るは2つ。アルト王国とシェルドナール王国だ。アルト王国等は国とも認めていなくらいの小国だ。


ハウゼン王国を使ってシェルドナールの西から攻めさせ、トルベツ王国はソシュー山脈を行軍させて東北から攻めさせる。そして大軍を率いて真ん中から突破すれば今日1日で決着が付く。


ドレントの恐ろしい所は、シェルドナールの攻撃は前座としか考えていなかった。


(これは、楽しみの前の座興だ。ハウゼンがそのままシェルドナールを東に来たところで一気にハウゼンも誘き寄せて殲滅してやろう)


見方に裏切られるそのあたふたしている様子を想像すると、興奮してきた。


裏切りという言葉で思い出したドレントが近くの騎士に声を掛ける。

「そう言えば、トルベツの国の見張りから動きがあったのか?」


「は、シェルドナール国に向けて南に進軍していましたが、その動きを止めていると報告がありました」

ドレントの細い目がさらに細くなり、満足げに笑う。


「さぁ、準備は万端整った」

ドレントは自分の駒達の動きに大いに嬉しそうだった。





朝まだ暗いうちからシシリー山脈とソシュー山脈の間のコルテ地方に集結していたシェルドナール軍は敵から守るように咲いている桜を目にして、(しば)しの間その景色に魅了された。


しかし、それもつかの間だった。先が分からないくらいの大軍がその目の前に現れた。


当初の作戦では、この敵と戦いながらトルベツ軍が横から突くのを待つはずだったが、桜の加護のお陰で敵が進めないように更に時間稼ぎが出来る。


敵の少数が痺れを切らして、バリアのない山から回ろうとはいったが、そこにはシェルドナールが幾つもの罠が仕掛けてあった。


そこに配置していた敵はあっという間にシェルドナールの優秀な魔術兵たちによって排除された。



敵は桜の頑丈なバリアで動けずに、右往左往していたがアレハンドロ軍の魔術兵と魔道士が連携してバリアの効果を取り除き始めた。


シェルドナール兵があるだけのサエカ領地から送られた『神の水』を桜の樹に掛けて、粘ったが流石に何百人の魔術兵もと魔道士を費やして掛けられた魔法には勝てずに、桜の花が散り始めた。


やがてバリア効果の切れた所から雪崩のようにアレハンドロ軍が流れ込んできた。






同じ頃、ルストン辺境伯のバーデン城はハウゼン軍の進行が止まっていた。

桜のバリアが効いていた。

ハウゼンには優秀な魔術兵がいないのか、このバリアに手も足も出ないようだった。


しかも、まだサカエ領から送られてきた『神の水』はまだまだある。

ここで、ルストン辺境伯は以外な決断をする。


国境沿いを常に守ってきたルストンには、ここの戦いを見切ったようだ。

そして、遠くにいながらも主力部隊の危機を感じ取った。


1000人を残して2000人をコルテ地方に送るように命令した。


魔方陣で送れるだけの人数を、どんどん送るようにと言い、魔力切れになりそうなものには、『神の水』を使えと命令した。





◇ ◇ ◇ ◇



そして、海軍は・・・

ユーグは、獣人や亜人が人属の戦いに参加すべきではないと考えて、一時でも故郷のハドリー大陸に帰るように勧めた。また、人属の元海賊も元々は一領民なので待避するように言った。

しかし、厳しい戦いを前に誰も離れる者はいなかった。



皆が残ってくれたが、シェルドナール海軍は数の上では圧倒的に不利な状態だった。

しかし、市と海将ユーグ、海将補カイルとロラン達は色々想定して、準備を進めていた。

別れ際に、「御武運を」と市は桜のコアの欠片をユーグに渡した。



東の海の海流の難しさを利用して、夜は停泊するしかなくなった敵の艦隊に小舟で近付き、闇夜に乗じて焙烙玉で船体を破損させた。


しかし、敵の数はまだまだ多く、未だ圧倒的不利の中、朝を迎えてしまった。


ここで市の陣形がまた、役に立った。広い海上で敵の数が多い。これはこのままでは何ともし難いが、この時期、この海域は穏やかな向かい潮なのだ。


このような時に使われる陣の形に、左右中三段之備がある。

何度もシュミレーションをして、この陣形で戦おうと決めた。


乗り込んでその船を奪うという白兵戦なので、不用意に近付いてくる船には衝角の船で体当たりをして沈めていく。しかし、数的不利からやはり押されてきた。


この時、ユーグは市に分けてもらった桜のコアがポケットの中で熱く光っている事に気が付く。


取りだし強く握ると、からだ中に熱い水が駆け抜けるよな錯覚に陥る。そして、シュワシュワとした泡に溺れそうになる。


「市様が何かを教えてくれているようだ」

ユーグが前方を見ると、以前遭遇した悪魔の泡がこの海域に出るのだと察知した。


「全軍下がれ、この付近より出ろ!」

「小さな船はどこでもいい、着岸しろ」

ユーグの指示が伝えられる。

訳が分からないが、海将の命令に従い全ての船が下がる。


敵の船は急に蜘蛛の子を散らすように逃げるシェルドナールの船を嘲笑っていた。


その笑い声もすぐに、消える。


広範囲にあの『悪魔の泡』が艦隊を飲み込んだ。

海底下にあった氷上のメタンハイドレードが、一気に気体となって海面へと押し寄せた。

恐ろしいまでの広範囲に起きたこの現象に、アレハンドロ海軍の勝ち目は無くなった。


恐ろしい『悪魔の泡』が消え去るまで呆然としていたが、泡が静まるとユーグ達は歓喜の声を上げた。


その歓喜の裏で、コルテ地方のシェルドナール軍は大軍を前に過酷な戦いを続けていた。


一向にトルベツ軍が来ないのだ。

シェルドナール軍は疑心暗鬼に陥り始めた。


「こんなに経っても来ないなんて、トルベツは裏切ったんじゃないか」


「くそっ、きっとこの大軍に恐れをなして逃げたんだ」


そう囁かれだすと、本当のようになり、一気に指揮が下がっていく。


「皆の者、よおく聞け! トルベツのリベルは来る。もう暫くの我慢じゃ」


声を張り上げて市が皆に活を入れる。





この様子をアレハンドロのドレントは不気味な笑顔で報告を受けていた。


「来ると思っていた援軍が来ない・・これほど心が砕け散る事はないだろう。もうすぐ奴らの心が折れる」


その時までドレントは、ゆっくりといたぶるつもりだ。


そして、そのドレントの罠に落ちていたのがトルベツ軍だった。


アレハンドロ軍の東から攻める手筈で道を逸れたがそこには、王族を人質に取られたタルチ軍が行く手を遮っていた。


このままでは同族争いになってしまう。

タルチ軍もトルベツ軍を通してやりたがったが、通せば王族の命が掛かっている為に、戦ってでも止めようとする。


「私はリベル王だ。お前達の王のの事は理解してる。だがここでドレントが勝てばタルチの国は属国として民は奴隷に落とされるかも知れない。ここでドレントを倒さねばならないのだ。だから、ここを通して欲しい」


リベルは必死で説得をしたが、「東に通せば、王の命が奪われる」そう言ってタルチ軍は一歩も引くきもないのだ。


「頭の硬い連中だ」

リベルはこのままタルチ軍と戦ってでも、東に抜けようかと思った。


しかしここで、トルベツの王宮近衛団長のローガンがリベルに進言した。

「東がダメなら、ドレントの指示通り南へ下り、それからシェルドナール軍に合流しましょう。ここで身内同士やり合って数を減らし、さらに遅くなる方が事態を悪化させます」


確かに、タルチ軍でなければ押し通せたかも知れないが、お互い友や親戚が騎士の中にも大勢いる。


(ドレントの奴は、何て卑劣な事をしやがるんだ)


「そうだな、分かった。おいタルチ軍聞いた通りだ。俺達はトルベツ軍はドレントの指示通り南へ下る。邪魔するなよ」


リベルは急ぎ険しい山を、怒涛の勢いで越えて行く。

アレハンドロ軍の横を突くという攻撃がなくなれば、このまま行ったところで勝機は低くなったが、このまま引き下がるのは悔しかった。

険しい山道を行軍していると、吟遊詩人のアンソルブがぬっと茂みから現れた。

「抜け道なら、私にお任せください」

市はお別れだと言っていたがアンソルブは最後まで市について行く覚悟だった。逃げる気はない。



リベルも今度こそは、逃げたくなかった。今度こそは弟ユーグと同じ敵と戦う。今度こそは・・






市達のいる主要部隊は押しに押されていた。


シェルドナール兵は隊を入れ換えて戦っていたが、次から次へと現れる敵に体力の消耗が激しく、どんどん疲弊してくる。


傷ついた者を後ろの回復魔法でで治療しているが、それも追い付かなくなってきた。


援軍が来ないと諦めの気持ちが広がった。そんな中シェルドナールの後方かトルベツ軍が現れたのだ。


始めトルベツを見方だと思わず、敵に挟まれたと勘違いしたが

すぐに見方だと分かって、活気を取り戻した。


「遅れて悪かった」

リベルはまるでデートに遅れてきたかのように軽く謝る。


「えらく遅かったが、まさか寝坊か?」

テオフィデールも軽口で返す。


「遅れて来た分働くよ」とリベルは言葉通り取り戻すように、馬を走らせた。


リベルが前方を見ると、黒い鎧の黒髪の女が怯む事なく戦っている。


「よお!」と声を掛けると市は一瞥し、「遅い」とだけ言葉を返す。

その強さは本物だ。黒い悪魔が戦っているようだった。


「リベル、そなたの部隊を私の部隊から引き取ってくれ。私のこの部隊はもう力尽きる。一度下がらすゆえ頼んだぞ」


市の指示通り動くとあっという間に入れ替わった。

「この攻撃の形はなんだ?」


車懸(くるまがか)りじゃ」

その一言をいうと自分の部隊を下げて行く。


車懸りは本来引き際に使われるが、上杉謙信が使った時は途切れない攻撃を仕掛ける時に使った。


次の部隊がどんどん出てきてリベルの部隊も後方にいくが、敵の多さでまた全線にきた。


敵の多さに陣も崩れバラバラになてくる。

終わる事のない攻撃に市も刀を持つ手が痺れて腕が上がらない。


「皆、頑張れ」

ずっと大声を張り上げていた市の声がかすれてきた。


「市、下がれ」

テオフィデールの声が聞こえたが、馬も疲れて思い通りには動いてくれない。


市がテオフィデールを見ると、敵を突き抜けてここに向かって来ようとしているが、テオフィデールも敵に囲まれている。


(終わりが近付いてきている)

もう市は自分の呼吸の音しか聞こえなくなっていた。


テオフィデールを助けたい。


シェルドナールの皆を助けたい。

動けない自分が悔しかった。

もどかしかった。

理不尽な戦いに腹が立った。


はーはーと肩で息をしている市を、男と目があった。

その男は、少年がおもちゃを見つけたような瞳で市を見た。

その瞳は残忍な色に変わり、嫌味なまでに最高の笑みを市に向けた。


(くくく、俺を見て怯えろ。『助けてくれ』と叫べ)

ドレントは恐ろしく強かった女が恐怖に屈指、許しを乞うのを待った。


だが、市にはもっと残忍に笑う男を知っている。

そして、ドレントなどには足元にも及ばない最強のカリスマ性を持った男をずっと傍で見てきた。

(兄、信長に比べればかわいい笑顔にしか見えぬわ)

ドレントに負けないくらいの、見下した笑みを返してやる。


ドレントは体中がざわつき、市に恐れを抱いた。

俺が怖がっている?

その震えが止まらず慌てて兵に命令を出す。


「あの女を討ち取れ」


その命令にどっと押し寄せる敵に市は、刀を降り下ろす。


市に群がる敵をテオフィデールが討っていくが、数が多すぎてどんなに急ごうとも全く進まない。


市は全ての力を使い果たし、もうどうやって自分が動いているのか分からなくなっていた。


(もう、そろそろ限界が来たのう・・テオ・・すまぬ)


市が一人の敵の剣を刀で止める。その真横でもう1人の敵が市の頭上から剣を降り下ろす。


「やめろー」

テオフィデールが叫ぶ。


スローモーションのように市に振り下ろされる剣を皆が見ていた。



ガシュッッッ




剣を降り下ろしていた男が馬から落ちた。


落ちた男の背中に、市には見覚えのある和弓の弓矢が刺さっていた。


矢が飛んできた方向を見る。

それはアレハンドロ軍の後方からだった。



アレハンドロ軍の後ろが騒がしくなる。



恐ろしい威圧感。


どんなに離れていても、敵はその脅威から目が離せなくなる。


その男と敵対する者は、生存本能が逃げろと叫ぶ。


アレハンドロ軍の後方がどんどん散っていく。

ドレントが「何が起こっている?」と叫んでいるが、答える者はいない。


シェルドナール軍も何が起こっているのか分からず呆然と見ている。


ドッドッドッッドドドドドッド

馬の足音。馬の(いなな)

後方に黒い集団が見えてきた。

旗印が見える。


黄色の布に黒字で「永楽通宝」の貨幣が縦に並んでいる。




市がそれを凝視したまま呟く。

「・・・・織田軍」



優位に押していたアレハンドロ軍が、逃げ惑っている。


圧倒的な恐怖を感じ、ドレントがわけも分からず馬で逃げ出して行く。



黄色いのぼり旗がひしめく黒い集団の中から、一人の騎乗の武将がゆっくりと出てくる。


闘将の如く、体から憤怒の黒い炎が揺らめいている。

その男に声を掛ける者はいない。


キラキラ光る銀の甲冑。

裏地が深紅に黒のマントを翻し、

兜を脱ぐ・・・・・・



「兄上・・・・・」

市の涙が頬を伝う。









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