57 6倍
アレハンドロ軍65000人
シェルドナール軍14500人
約4,5倍もの兵力の違いがある。
ハウゼン軍8000人は西から今回は確実に攻めてくるだろう。
シェルドナールは3000人をルストン辺境伯が守るバーデン城に送るらなければならない。ここにアレハンドロ軍が追加で兵を送られたらすぐに突破されるだろう。
しかし、ここに送る兵がいないのだ。
海軍創設に騎士からも移動したが、それとは別に海軍にまわす。
11000人で持ち堪えながら、トルベツ軍20000人がアレハンドロ軍を後方支援すると見せかけて、その横から攻め入る手はずだ。
シェルドナール軍本隊は6倍の相手に戦う事になる。
迎え打つ場所はシシリー山脈とソシュー山脈の間は狭くなっている。大軍が一気に押し寄せて来れないので都合がいい。
相手は大軍と言うこともあり、わざわざ山からは攻めて来ないと踏んだ。
山岳戦はその山を熟知していないと危険である。大軍のアレハンドロ軍が危険を回避し山岳戦は仕掛けてこないだろう。
作戦会議に出ていた市は、昨日の市ではなく元の市に戻っていた。
昨日の事など無かったように
「6倍の相手など、私の相手ではないのう」
と笑っている。
敵はまっすぐにシェルドナールに向かってくると思っていたが、意に反しなぜかアルト国に進軍していた。
地図を見ていたルイス騎士団長が、シシリー山脈とソシュー山脈の間を流れるコルテ川を指差し唸る。
「この川の川幅がもう少し広ければ敵の押し寄せる人数も少なく出来るんだがな・・」
「私なら、出来ますが・・そうすればコルテ川が通過する地域の作物などが一気に流されます」
アイレス宰相は、トパー川流域の領民から、水量が減ってきていると再三市様の要請をされていた。
「開戦の日にコルテ川の川幅を広げて、コルテ川の水をトパー川に流すことは可能か?」
アイレスに言われ考えていた市が、「出来るかどうか・・・流石に魔力不足で倒れそうです」
「ああぁー」
大声を上げて、市はバンッと机を叩く。
アイレスは自分の意見に怒った市が、机を叩いたのだと思ったがそうではない。
「神の水!」
「・・・?なんですか? それ?」
ニコラが市の奇行に驚く事無く、冷静に聞く。
「サエカ領で見つけたのですが、触ると自分の魔力が満ちてくる、不思議な水を見つけたのです」
「それは凄い水じゃないですか!早速それを大量に送ってもらいましょう」
アイレスが珍しく興奮状態だ。
この水は市の魔力不足を補うだけ気なく、様々なことに役立つ事になる。
ここでずっと黙っていたテオフィデールが立ち上がり、
「コルテ川の川幅を広げるのは、開戦の日ではなく前もって市にしてもらう」
と言い出した。
市は怪訝な顔でテオフィデールに意見する。
「先に用意しておけば、船や橋等を用意されてしまう。当日が良いと思いますが?」
「当日、お前はいない」
市は??と言う顔だが、他の者達は下を向いた。
市以外の皆はテオフィデールの言っている事を理解しているようだ。
テオフィデールが市に魔王からの手紙を渡す。
市は何か分からず手紙を受けとり読む。
「・・・それで、テオは私にアシュバ大陸へ行けと言うのか?」
「そうだ。元々お前はこの国の者ではない・・・だから・・」
グシャッッ! 「ふんッ」
市が手紙をグシャグシャにしてテオフィデールに投げ付けた。
「お約束しましたわよね? 離れないと! 私に針千本を飲めと仰られるのか? それともテオが飲みますの?」
ゆらっと立ち上がり一歩また一歩とテオフィデールに近付く。
これは初めて市が召喚された時にへし切長谷部を持って、テオフィデールに向かってきた時と同じ威圧感を纏っている。
いつものテオフィデールならここで退くが、今日は市に立ちはだかる。
「お前はアシュバへ行くんだ」
「私に戦わずして死ねと仰るのですか?
「何でそうなる?」
テオフィデールが眉間をひそめて、呆れてため息をつく。
「貴方が死ぬ時は、最も近くで私も死にたい。だから、それが戦場ならばそこについて行きます」
迷いの無い瞳にテオフィデールは反対する言葉が見つからない。
「テオ、お願いです」
市が必死に懇願する。
その姿に、動く事無く市を見続けるテオフィデール。
「凄い2人だけの世界に浸っていますが、私達がいる事を忘れないで下さい」
ニコラが横やりを入れる。
「やっぱり市様が陛下から離れてアシュバ大陸に行くなんて、元々聞き入れてくれないといったでしょう」
アイレスも2人の茶番を見せられて、些か胸焼け状態だ。
情報収集・人事を任されている軍務卿だけは、冷静に自分の用紙に市の名前を書き足した。
そして会議を進めるべく、「こほん」と咳払いして「次の議題に移ってもよろしいかな」と目尻のシワが優しげな笑顔で皆を促した。
会議が再び始まって暫くした時、外が騒がしくなった。
ドアがノックされ、王宮騎士の1人が困惑の表情で入ってきた。
「このような時にすみません。花が咲いているので、確認頂けないでしょうか?」
ルイスがいつもより怖い顔で聞き返す。
「花だぁ? この火急の時になんて呑気な事を言ってるんだ」
怒鳴られた騎士の首がスンット引っ込むが、それでも「どうか、お願いします」と言うので、窓まで見に行く。
「・・ほう・・これは!」
ルイスの感嘆に皆も窓の方に行き外を見た。
そこには桜が満開で咲き誇っている。
しかも、桜の樹は1本ではない。
城内にも、さらに遠くにも咲いているのが見える。
「いつのまに・・」
「美しいですね。あの花は見た事がない。なんという花なのだろう?」
皆が呆然と見つめる中、「あれは桜です。我が祖国の樹です。でもどうして・・・?」
市も不思議に思っていたが、先日桜のコアの欠片をばら蒔いたのを思い出した。
「あの・・先日・・実は・・」
市が言い掛けるとニコラが「ああ、また貴女ですか」と嫌味いっぱいに首を横に降った。
ニコラの嫌味に市はムッとしたが、文字通り『自分がまいた種』なのでここはぐっと我慢した。
市は自分の着けているネックレスを見せる。
「先日、このコアには守護の加護が付いていると教えてもらい、それならば欠片だけでも、何らかの加護がないかな〰️と考えて高いところからばら蒔いたのですが・・・これ程の事になるとは思いもよらず・・」
やってしまった感がある市の声は、小さくなっていった。
しかし、テオフィデールとアイレスが守護の加護という言葉を聞いて「もしや」と2人で話し出す。
そして「確かめたい」と外に出て、桜の樹の下に皆を集めた。
桜の樹の下にアイレスが立つ。
「私めがけて軽く石を投げてくれ」
アイレスの言うままにルイスが軽く投げると、アイレスよりずっと手前で石が落ちた。
「次は魔法系で」というアイレスに向かって、歩兵や魔術兵を纏める兵科総監が軽く氷魔法と炎魔法で攻撃したが、アイレスには届く前に魔法が打ち消された。
「この桜の樹がどの場所に出現したのか早急に調べろ」
テオフィデールが命令を出すと続々と桜の場所が報告された。
ハウゼン王国の脅威にさらされていた、ルストン辺境伯の地には2日前からバーデン城を守るように何本もの桜が咲いていると報告された。
シシリー山脈とソシュー山脈の間にも桜が咲いてる。
この桜は魔植物ならば、魔力を欲するはずだ。
急いでサエカ神の水がバーデン城や、戦いの主要な陣地に送るよう指示が出された。
満開なのに散る様子も見せずに咲いている。その姿を見ながら市はこの場に相応しくない呑気なことを1人考えていた。
(この桜の下に、ござを敷いて皆でおにぎりを食べたら美味しかろう・・・そうじゃ、クルトにまた作ってもらおう。それから・・それから・・)
「市」
テオフィデールに呼ばれて現実に引き戻された。
市は「ふふふ」とテオフィデールに笑い掛ける。
「桜を見て元気になりました」
そう言う市は先ほどまで、テオフィデールが声を掛けないと消えそうに思えた。
慌てて市を呼んだテオフィデールは、市が笑い振り向いたのを見て、ほっとした。
数日後。「アルト国に向かっていたはずのアレハンドロ軍が急遽、我が国の北の精霊地に進軍中」
市はとうとう来たのか・・という思いともう腹は決まったという気持ちが交差する。
男達は早かった。一斉にシェルドナールも戦闘体制に入る。
そして、市はテオフィデールの執務室に入り兄信長の愛刀の『へし切長谷部』を家捜ししている所を見つかった。
「おい、お前の探し物はこれか?」
「そうです」
受け取ろうと手を伸ばすと、そのまま腕を掴まれて引かれた。気が付くとテオフィデールの胸に抱き締められていた。
テオフィデールの腕に力が入る。
「こんなに好きになれる人が初めて出来たというのに・・・」
市も何も言えずに、テオフィデールの温もりをその身に移すかのように抱き合った。
「今からでも、市はアシュバに」
「何度言われても行きません。私はテオの傍にいます。さぁ、テオ行きましょう」




