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55 婚約破棄

マリーと市の世界の婚約の事、つまり結納の事を話していた。


「陛下が、白い麻糸を探していると聞いていたのですが、市様のお国の婚約式を考えていらしたなんて、素敵ですわ」

マリーがうっとりする。


「私も本当に嬉しかったのう。所でシェルドナール王国の婚約式は他国と違って簡素だと聞いたのだが、本当かの?」


「そうですね、昔は女性も男性の衣装も派手で、宴会も大人数で祝福していたようですが・・・」


昔は婚約式を行った後で、婚約破棄が多々あり、その時消費した金額を巡って裁判沙汰が多かった事もあり、だんだんと簡素化していったらしい。


「『婚約破棄』・・・なんて不吉な言葉を聞いてしまったのじゃ・・」


結納後に会った事もない相手から、国同士が敵になり破談と言う事はあるが、このように愛が芽生えてから婚約破棄されてしまったのでは苦し過ぎる。


(そんなに頻繁に婚約破棄が? そんな事って・・辛いではないかー)

市の元気が日に日になくなる。


アイレスが市の元気の無さに気が付き、テオフィデールに尋ねた。


「市様は、どこか体の具合でも悪いのでしょうか?」


「うむ、何やら思い悩んでいるのだが、その理由が思い当たらないんだ」

2人はフームと腕組みして考えた。




市は相変わらず悩んでいた。

市は暗い顔になる。(もし、テオにそんな事を言われたら、私はこの先どうすれば良いのか・・だいたい・・)


城の庭園のベンチの暗がりで、市は1人でぶつぶつ言っている。

「どうしたら婚約破棄に・・・」


その一部分を聞いてしまった宰相アイレスが、彼には珍しく早とちりをしてしまう。


(なんと、市様が婚約破棄をお考えに! 陛下になんとお伝えしたものか・・・)


焦ったアイレスは、急ぎ城内の執事執務室にいるニコラを訪ねた。


「おや、珍しいですね。アイレス様がこの部屋まで足を運ばれるなんて」

ニコラが驚いてアイレスを迎い入れ、お茶の準備を始めた。


「ニコラ、お茶はいい。今はそれどころではないのだ」

アイレスのただならぬ表情に、ニコラはティーカップを持つ手が止まる。


「いいか、落ち着いて聞いてくれ。あの市様が婚約破棄をお考えなのだ」


「・・・いやいや、それはないでしょう・・・ほんとに!?」


アイレスの憔悴ぶりから、これが嘘ではないと判断したニコラはアイレスに詰め寄る。


「なんで、市様は婚約破棄なんて考えていらっしゃるんですか? 昨日だって、バカップルのようにアツアツで、見てられないくらいだったんですよ」

ニコラが溜まっていた不満と一緒に不敬罪で捕まりそうな事をいっている。


「海兵隊の者に聞いたんだが、アシュバ大陸の魔王様が、男も惚れるくらいの美貌の持ち主らしい」


「えっ、それで、やっぱり魔王様がいいと?」


ニコラの執事執務室のドアが不気味な程ゆっくりとゆっくりと開かれていく。



ギギィィィィィィーーーー


「「へ・・い・・・か・・」」


「・・今の話しは本当か?」


テオフィデールの顔から血の気が失せて真っ青になっている。


「市は今どこにいる・・・?」

テオフィデールの床に響く低い声が、2人を追い詰める。


「今、庭園に・・でも、市様にもなにかお考えがあって・・」

アイレスの言葉も最後まで聞かず、ふらーっと部屋から出ていったしまった。



目の前が時々暗くなるような感覚のまま、テオフィデールが庭園まで降りてきた。


暗闇に居てもなお美しい黒髪が光っている市を見つけ、足が止まる。

(愛しい市の事を思うならば、私の方から婚約破棄を言い渡してやった方が良いのか・・そうすれば、心置きなく、市はアシュバ大陸の魔王のところに行けるのか?)


確かに海兵隊の者が魔王の美しさは見るものを虜にすると言っていた。そして魔王が市に執心しているとも聞いていた。

テオフィデールがベンチに物憂げに座る市の元に近寄る。


俯いて座っていた市が顔を上げる。

その目は闇の中で、猫の目のように光っている。

いつもより市の顔が怖い・・?

しかも先程までの憂い顔ではなく、何か良からぬ事を思い付いた時の顔だ。


テオフィデールが市に声をかける前に市がテオフィデールに妖しく微笑む。


「これより、私に婚約破棄を言い渡す事はありませんね? これからはずっと一緒ですね? 白い麻糸の約束を覚えておいでですよね?」


「も、勿論だ」


「では、儀式を始めます。テオ、小指を出しなされ。そう、それで、このように絡めてと・・指切り拳万嘘付いたら針千本飲ーます」


「・・?」

「指切った」とスルッと指を離す。

市が笑う。何やら恐ろしげでもある。


「テオ、これでもし、私に婚約破棄等と言い出したら、針千本飲んで貰いますわ。うふふ。必ずね」


テオフィデールが背中がゾクッとする。しかし、何が起こったのか分からずにボーっと呆けている。

市は悩みがなくなったとばかりに、うーんと背伸びをする。

「テオ、もう逃げられませんよ。さぁ、クルトの晩御飯を頂きにいきましょう」


市がテオフィデールの手を掴んで、城内へと引っ張っていく。





「・・アイレス様、やっぱり間違いでしたね・・」

低木の茂みからニコラが顔を出す。

「うん、そうだったな。悪かったなニコラを巻き込んで・・でも、針千本飲ますって怖すぎないか?」


「怖いです・・あ、陛下が引きずられていますよ」


「怖いなぁ・・・」



市が『婚約破棄』を考えていると勘違いして、魂が抜けるほどショックを受けたテオフィデールだったが、結局は市に「婚約破棄など絶対にしてはならない」と脅迫されて勘違いは終わった。


『針千本飲ます』なんて恐ろしい言葉だと思うが、小指を絡めて一生懸命に歌う市が可愛かった。


テオフィデールは自然に顔が緩む。

市は約束した事で、安心したのか悩む事がなくなった。


うっかり間違いを報告してしまったアイレスには、テオフィデールの業務がプレゼントされて、机の前から動けない状態が続いている。


ニコラも『バカップル』発言の不敬罪により、雑務一式を任されて、夜も眠れない日が続いている。





短くてすみません。

次回より殺伐とした話が最終話まで続くので、ほんわかした話を入れたくなりました。


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