54 婚約
婚約式とは?と思っていた市は説明をうけて、元の世界の『結納』だと認識をした。
市は熨しアワビや、鰹節、するめ、昆布、白い麻糸等、テオフィデールは用意できるのだろうか?
市はそんな事を心配していたが、どうやらこの異世界では、そんなものは要らないと聞いて、少しがっかりしていた。
マリーは短剣の用意をしなければいけませんと市に説明する。
市はシェルドナールの結納の仕方をマリーに丁寧に教えてもらった。
男性は女性に指輪を贈り、女性は男性に短剣を贈る。
マリーに教わった婚約式用の短剣を売っている店にいく事にした。
婚約式用なので、実用性よりも装飾が重視されてどの短剣もキラッキラッと眩しい程に輝いていた。
しかし市がテオフィデールに贈りたいと思う短剣ではなかった。
街の中心にある噴水広場で、市は考え込んでしまった。どの店もじゃらじゃらと飾りが付いた金の短剣しか売っていなかった。もう婚約式の調度品が売っている全てのお店に入ったが見つからなかったのだ。
見兼ねたシモンが市に、アドバイスを送る。
「贈りたい物が無いのなら、作られてはいかがでしょうか?」
「作る・・?」
「そうです」
「そうか、作れば良いのじゃな? 以前もシモンに欲しい物
が見つからずに困っていた時に、シモンが見つけてくれた。そなたは私にとって、羅針盤のようです」
「羅針盤ですか・・市様にそう言ってもらえると嬉しいですね」
「買い物や探し物の時はシモンと一緒に出掛けるようにします」
市が立ち上がり、お目当ての店に急いだ。
勿論、その店とは以前薙刀を作ってもらったティムの店だ。
「こんにちは、ティム。久しぶりです」
店に入ると、いつもは奥の鍛冶場にいるティムが店先で、商品を磨いていた。
市が声をかけると、好好爺といった感じでニコニコと立ち上がった。
「オォ、いらっしゃい。市様。今日はどうしたんだい?」
答えようとした市は、急に恥ずかしくなって珍しく小声で答えた。
「へぃかと・・婚約・・する事になりまして・・その・・短剣を・・」
「え? どうしたんだい?市様、お腹空いてるんだな?声が出ない程お腹空かせて可哀想に・・ちょっと待ってておくれ」
市の話しの途中でティムは奥から焼きたてのパンを持ってきた。
シモンが後ろで「くううッッッ」と嫌な笑い方をしている。
市はジト目で見るが効果はない。
ティムの奥さんがお茶も用意してくれた。
市はお腹が空いていた訳ではないが、パクパク食べれてしまう。
美味しいお茶で、ほっこりした所で、今度はきちんとお願いをした。
「この度、陛下と婚約式をする事になり、是非ともティムに陛下に渡す短剣を作って、欲しい」
恥ずかしかったが、今度は一気に大きな声でちゃんと言えた。
「なんてこったぁ。嬉しいねぇ。その話をいつ聞けるかずっと待ってたんだよ」
ティムが嬉しそうに「なあ、おまえ」と後ろにいる奥さんに言う。
奥さんも「やっとですねぇ」と喜んでくれた。
「ここに来てくれたのは嬉しいが、うちは飾りがいっぱい付いたお飾りの短剣は作れないよ」
ティムが申し訳無さそうにいうので、市は慌てて説明をした。
そして、デザインよりも実用性重視でお願いした。
「それなら、ダガーだな」
ティムはそう言って、ダガーナイフを見せてくれた。接近戦で組伏した相手に効果的、との説明をうけて、私はそのナイフをお願いする事にした。
私と陛下の為に、新しい技術で短剣を作ると言ってくれた。
市がネックレスにして着けていた桜のコアを外して、それをティムに見せた。
「これはいい魔法避けの加護が着いている。何て言う魔石だ?」
「ティム、それは魔石ではなくて、私の身体の中に入っていたコアです。桜と言う木のコアで、これを半分に切ってそのダガーに入れて欲しいのです。残りはまたネックレスにお願いできますか?」
「それなら、市様の一部分だということじゃな。飾り石になるし、あんたにぞっこんの陛下が大喜びしそうじゃないか?」
「へへへ」とティムの下卑た笑いに市が睨む。
睨まれたティムは慌てて奥の飾り職人を呼んで誤魔化した。
「おーい、この宝石を加工して、2つに気って、1つはこのダガーナイフに入れて、もう1つはネックレスにするんだが、良いデザインを考えといてくれ」
渡された、職人は「綺麗な石だな」と言ってからすぐにアイデアが浮かんだらしく、スケッチに図案を書き起こしていた。
ササッと書いたデザインは市好みで、「それで、お願いします」と城に帰った。
城にはテオフィデールがいる。そう考えただけで、そわそわしてしまう。
こんなに市がドキドキしていても、テオフィデールはいつも通りなのだ。
なんだか、それが気に食わない。
1人でバカみたいだと、落ち込むのだ。
マリーに言えば、婚約式はまだ約束なので、陛下も流石に結婚式前夜は舞い上がられるでしょうと笑う。
シェルドナール王国の婚約式は、新郎新婦とそれぞれの代表者1名が立会人となり、教会で互いの持ち物を交換し合い、婚約証明書にサインするのを見届けて終わる。参列者も10人以下と決まっている。
とまぁ、とても簡素なものなのだ。
婚約式で着るドレスの仮縫いが出来て、街の洋裁店の店主が持ってきてくれた。
「じっとしててくださいね」
店主が着付けした市を、見ながら補正がいる箇所にまち針を刺していく。
その時、ノックが聞こえた市は マリーだと思い、「どうぞ」と言ってしまった。
入ってきたのは、テオフィデールだった。
「これは・・・すまない・・また後で出直そう」
慌てて、背を向けてドアノブに手をかけるが、足が止まる。
そして、振り向く事なく「きれいだ」と一言告げて出ていった。
「・・・・」
市がその一言にやられてしまったのは、言うまでもない。
まち針が付いたドレスのまま、走り回りそうになった。
市は朝から護衛を伴って、ティムの店にやってきた。
「おはようティム。頼んだ物は 出来ていますか?」
弾むように尋ねた市を見て、ティムが「何か良い事があったんだね?」と声をかける。
「ティム良く分かりましたね」
市はティムの観察力に驚いた。
「そんなに顔いっぱいに幸せを出していたら、誰だって気が付くよ」
「うふふ、秘密です」
(まぁ、市様がこんなに幸せそうならいいか)と考え直した。
「市様どうぞご覧ください」
ティムが持ってきたダガーナイフは、華やかさこそないが、使いやすそうで、手に馴染む持ちやすさがある。
「うむ、これです。流石はティム。とても気に入りました。ありがとうございます」
市が対価を払おうとしたら、ティムが首を横に降る。
「これはわしからの、婚約祝いじゃよ」
ティムの言葉に市が慌てる。
「それは、いけません。これだけの仕事を無料にするなんて出来ませぬ」
「いいや、いいんだよ。市様が婚約式の品物をうちに任せてくれたのが嬉しいんだよ」
ティムの優しい笑顔に、それ以上言えず、市はダガーナイフを受け取った。
「ティム、ありがとうございます」
市は大事そうにダガーナイフを受け取る。
「ああそれから、これは市様のネックレスと破片だ」
ティムが市の桜のコアの半分を、ネックレスにしたのと、その加工の段階で出来た破片を渡してくれた。
市が城内に帰ってきて、聖堂の一番高い所から、桜のコアの破片をばら蒔いた。誰かが市を助ける為に、入れてくれたコアがこのシェルドナールの地を守ってくれる気がしたのだ。
婚約式・・
朝10時に薄い水色のドレスを着て、聖堂に向かう。一緒に歩いてくれるのは、テオフィデールの元筆頭侍女のオリナ・ヘノ・メンドサ。
そしてテオフィデールと一緒に歩いているのは、弟のエルベルト。
入り口で付き添いの2人は、ここで後ろに下がる。
そして聖堂のドアが開き、司祭様の前まで2人で歩いて行く。
参列者は厳選された10人。その中には叔父のカガンと妻のレオノールもいた。
お互いに向かい合い、テオフィデールは指輪を渡し、市はダガーナイフを渡した。
それから、祭壇の前で婚約証明書にサインをした。
「2人の署名により、婚約が締結しました。2人の婚約に異議があるならば、結婚の儀が執り行われるまでに申し出なさい」
あっという間に終わったが、2人でシッティングルームに帰ってくると、テオフィデールから市は白い麻糸を一房渡された。
「これは?」
市が渡された糸を見て尋ねる。
「市の世界ではこれで、白髪になるまで共にいようという意味の婚約の証だと聞いて、用意したんだが・・間違っていたか?」
テオフィデールが不安そうにいちの顔を伺う。
「・・・あってます。共にいつまでも一緒に・・」
市がテオフィデールの胸に飛び込んだ。




