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53 小さな火種

シェルドナールで市は充実した毎日を過ごしていた。


とは言っても、雨が降らずに困っている領地が、あちらこちら出てきたので、各領地を行き来していて、それなりに忙しい。


市はミラの一件では、召喚時のスティックが変化して水の竜が出てきたが、あれからそんな事は一切出来ない。


指輪になったスティックは、念じると雨を降らせる事が出来る。


市には魔力はたっぷりある。

なので、広範囲に雨を降らせる事は出来る。


他には水の道、つまり川の流れを変える事も出来る。


この2つで、雨量の足りない所に雨を降らせ、水量が多くて氾濫が起きそうな川の流れを分散させたりする事が出来るで、乾期や雨季は大忙しなのだ。


今日も市は護衛と侍女を連れて、王国の西の領地に来ていた。

雨が降らないと聞いて、雨を降らす為に訪れているのである。

市が手を天に向けて、祈るだけで広範囲にたっぷりの雨が降った。


溜め池にも雨水でいっぱいになり領主も満足して、夜にはパーティを開いてくれた。


そこで自慢げに出された一品の中に、なんと蒲鉾(かまぼこ)があった。


市は嬉しさのあまり、『か、かかまぼこではないか』と叫んでしまった。


領主は「市様、良くご存じで。これは今サエカ領で人気を二分する、サエカ揚げとカマボコです」

自慢げに一切れ取って見せてくれた。

「今このカマボコは人気で中々手に入らないのですよ」と胸を張る。


(そうか、やはりこの世界でも蒲鉾は美味しいと思うてもらえるのじゃな。我が世界の食べ物も中々凄かろう)

市は自慢したくなったが、グッと堪えた。


直に蒲鉾が作られている所を見たいと市は思う。

都合の良い事に、ここからもう少し東へ行くと、カガン領でその隣がサエカ領だ。

帰りにこの2つの領地の復興を見てきて欲しいとアイレスに言われている。


次の日のカガン領へ向けて出発した。カガンの城やその他の建物は、ミラの事件以来建て直されたと聞いていたが、どこまで復旧しているのか、市は少々不安だった。


が、着いてみると建物はほぼ修復が完了しているようだった。

「先日、大きな地震がありましたが、建物にも領民にも被害がなく、助かりました」

出迎えてくれたカガンが、教えてくれた。


「それは良かった。随分、前とは(おもむき)の違う建物が建っているが、誰の意見を取り入れたのかぅ?」

聞かれたカガンは嬉しそうに「それは後程、紹介しますね。どうぞ、奥をご覧ください」


城内も驚くほど雰囲気が明るくなっていた。


「ようこそ、市様。あの時は本当にお世話になりました」

晴れやかな顔のカガンの妻のレオノールが出迎えてくれた。


「お久しぶりです。このように光溢れるお城になったのは、きっとレオノール様が設計に携われたのではないかと思っていたのですが?」


レオノールが「うふふ。旦那様にお願いして、私の意見を取り入れて頂いたんです」

嬉しそうにカガンに寄り添い笑う。


以前のお城は、ミラが手を加えて陰鬱な感じだったが、今は自然光をふんだんに取り入れた事によって、明るい建物に変わっていた。


ここに来るまでの領民の顔も明るかった。確かにカガン領は良き方向に変わっていた。


城の上層階に来ると、以前崩壊した鐘楼が建て直されているのが見えた。

市はあの場所で起きた悲劇を思いだし、胸に来るものがあったがここにいる皆は乗り越えて来たのだ。もう二度とミラのような人物は出してはならない。


高い所から復興進む町を見渡していると、海沿いの町から離れたところから煙が出ているのが見えた。


「あの煙は何でしょう?」

レオノールがめを凝らしてみる。

「アァ、先日の地震の後あの辺りから煙が出るようになりましたが特別変わった様子は無いようです」


市の目が爛々と輝きだす。

「もしかして、煙は何か匂いなどしますか?」

「調査しに行った者によると微かに匂いがすると言っておりましたが、別段息が出来ない程ではなかった報告されてます」


市がばっと振り返り、レオノールの手を取る。

「今すぐに煙が出ている場所に連れていって下さいませぬか?」


市の勢いに飲まれたレオノールは頷く。

家来を呼んで急ぎ、場所の案内人を出した。


馬の上で市のニマニマが止まらない。市の後ろにカガンも付いてきてくれているが、理由も聞かされていないので不安げだ。


煙に近付くと独特の硫黄の匂いがする。

市の期待が高まる。


現地に着くと辺りを調べる。

市の指輪が強く光り出した。


「おお!ここじゃの!」

多いに喜ぶ市に、訳がわからないカガンが怪しんでいる。

「市様、ここに何があったのですか?」


聞かれた市の方が驚いた顔でカガンをみた。


「我が祖国の者ならば、この匂いでここに何があるか分かるのじゃが・・・温泉の水脈がある筈です」


「・・・おんせん?」


「温泉を知らぬとは・・なんたることであろう・・・」

ここは百聞は一見に如かずだ。皆を少し下がらせる。指輪に念を送ると地面がゴゴゴゴと揺れ、

次に噴水の様に温泉が吹き出た。


地面に溜まった温泉を触らせると、「熱い!」「地面からお湯が出ているぞ」と騒然となる。

市がこのお湯は温泉と言いこの成分には人の傷を癒す成分が含まれていると説明した。


カガンが「それで?」と言ったものだから、カガンと家臣達はここから市の壮大な温泉旅館計画の話を聞くことになった。


カガンも家臣も城に帰る頃には、すっかり温泉旅館の話に前向きになっていた。


市にはアシュバ大陸の魔王様の和風の家を建築すると言う野望が生まれた。そして、大海原を眺めながらの露天風呂。市の顔から自然と笑みがこぼれた。


カガン領は今まで閉ざされた領地だったので、これからは観光にも力をいれたい。

市の思惑と一致した。成分と湯量の測定を後日行うとして、一旦市は隣のサエカ領に行く。


翌日に向かったサエカ領も『サエカ揚げ』と『カマボコ』人気で活気が戻ってきていた。


サエカ領内には、大きな川もなく苦しい経営を続けていたので、もっと発展する起爆剤的な物はないかと、領地を馬で視察をすることにした。さらに市は馬でも入れない奥地に入っていく。


「昔の話ですが、この山奥はその当時の領主が探索に行って帰ってこなかった事があったので、それからは誰も入っていないのです」


「そうか、それならばそなたはここから引き返してくれませぬか?若い領主を危険な所に連れていくわけにも参りませぬ」

市は、ここまで付いてきてくれたサエカ領主に礼を言って、市が先に進もうとすると、サエカ領主も市に歩いて付いてくる。


サエカ領の若い領主は、市が考えた2つの料理に感謝していたので、市の行くところならば、どこまでも付いていくつもりだった。

警護の者に『何か異変が起きたら領主をお守りして下さい』と密かにお願いをした。


山の中に分けいる事1時間。

市の足が止まった。目の前にとても美しい渓谷が現れたのだ。豊富な水量とダイナミックな滝が大小連なり神々がすむような空気感が漂っている。木漏れ日が差し込む木々。苔むした岩にも柔らかな日が届いている。


大きな川もない領地にこんなに水量が豊富な川があった事に皆が驚いていた。


「ここは良い」

市が大きく深呼吸をする。


若い領主も自分の領地内で始めてみる景色に感動して言葉もない。


「・・凄いです・・こんな素晴らしい所があったなんて・・」

自分でも領地の良いところを発見しようとあちらこちらを探索していたが、ここは見つけられなかったようだ。


「こんなに美しい渓谷なら、散策出きる遊歩道をつければ、ここは良い観光地になるのではないだろうか」

市はうっとりと美しい自然に心を癒されていた。


「あれ?」我に返った領主に1つ疑問が出てきた。それはこの水量豊かな川が消えてなくなっていると言う事だ。

「川はどこに消えてしまったのでしょうか?」


「こんなにも水量があるのに消えてしまうのは、これが尻無川だからです」


「尻無川とは・・・?」


「ここの世界では『尻無川』とは言わないかも知れませぬ。我が祖国では礫岩(れきがん)などの多い地質で水が消えてしまう川の事です。礫質の多い土地は水の少なさと関係している。故にここは作物の育ちにくい領地だったのですね」


改めてこの領地の経営の難しさが浮き彫りにされ、市は考えを巡らした。

作物が育たない。

サエカ揚げや蒲鉾の他にも特産物があればと考えたが良い案が出てこない。


考えあぐねて、川の水に手を浸した。


「うっ・・これは凄い」

上手く説明できず、振り返って皆を見て口をパクパクさせた。


サエカ領主も護衛も川に手を入れて驚く。

「なんて事だ。魔力が注ぎ込まれていくぞ!」


「この川の水を持ち帰っても効果があるのか、試してみましょう」

沸き上がる期待に、市もついつい自分のネーミングセンスが無いことを忘れて言ってしまった。


「『魔力ぞくぞく水』で売り出せば多いに売れるのではないですか?」


「・・・その名前はちょっと・・」

皆の残念な人をみる目が痛い。


「じゃぁ『サエカ・神の水』とかはどうであろう・・・?」


「いいですね」と誰かが言った。

やっと市が考えた名前が、商品名になった。

それから、「地名は入っている方がいい」とワイワイ騒ぎながら、城に戻った。


城でも水の効果はなくならず、効果の持続時間や手に付けたときに起こる副反応などを調べてから売り出そうと言うことになった。


城内の活気付くなか、市は明日の帰り支度を侍女と進めていた。


(こんなに自由に外出して、毎日が充実していたことが以前の暮らしにあっただろうか?)


市は幸せを感じながら第2の人生を謳歌していた。






その頃、人属の大陸、ライル大陸北部のアレハンドロ王国でクーデターが起こった。


小さく北部の厳しい自然と戦ってきた国である。しかし18年前この王国に人の心を持たぬ恐ろしい王子が産まれた。


王子の名は、ドレント・アレハンドロ。

我が儘放題に育てられた王子は、既にいた皇太子を亡き者にし、その国の軍隊までも掌握していった。


彼の恐ろしさに常識ある者達は口を閉ざし、反対意見など言おう者は投獄か処刑された。

恐怖政治の矛先が隣国に向けられたのは、すぐのことだった。


隣国はドレントの姉が嫁いでいた。

ライル大陸北部の国々は手を携えて、自然の驚異を乗り越えてきた。故に、どの国もよこの繋がりを大事にしてきた。


だから、妻の実家の弟が軍隊を国境近くやってきても、遊びに来たのだろうとのんびり構えていた。そこを不意を突かれて国境突破され、敢えなく王城も陥落されてしまった。


「王族は殺さず、人質として丁重に生け捕れ」

ドレントのこの指示の王族の中には自身の姉も含まれていた。

王族を人質に取られた軍隊は、そのまま、ドレントの言いなりになった。


その軍隊は、今まで手を携えて来た隣国に攻め込まなくてはならなくなった。しかも、先陣を切れと言われて、突撃していった。


恐ろしい暴君の誕生に、まだシェルドナールやその隣国は気が付いていなっかた。


しかしその暴君が見据えている先はライル大陸の最南端の国。

つまり、シェルドナール王国だった。


そして、暴君が起こす嵐に、ライル大陸全土が、巻き込まれる事になる。






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