51 勢い余って
アシュバ大陸がもう見えなくなった。市は海兵隊員達に、遠いアシュバ大陸まで来てくれた礼をいった。
皆は市が帰ってきたことを我が事のように喜んでくれた。
サァ、帰ろう。。。
しかし、、、
次の日から、市は自分の甘やかされた体と甘えた脳みそと戦う事になるとは、想像もしていなかった。
「市様、おはようございます。お着替えをしましょうか?」
「・・・アァ、そうじゃった」
市は慌てて立ち上がる。
実は市、アシュバでは着替えは、魔法で一瞬でしていたので、戸惑ったのだ。
甲板に、ナギィを探しに行こうと、階段を上るが、途中で疲れた。
しかも移動に時間がかかる為に面倒臭くなる。
「これは、いけない。すっかり体が鈍っている。しかも、なんだか機敏に動けぬ・・」
市は愕然とする。たかが数日魔法で楽しただけなのに、体が動けるようになるまで、時間が掛かった。
もっと元に戻るまでに時間が掛かったのは、魔法で楽を覚え、それに慣れた脳が、何かする度に『面倒だ』と思い、後回しにする癖を付けてしまったのだ。
(ウ~ン、これは参った。ここまで私を堕落さすとは、アシュバ大陸・・恐るべし・・何とかせねば・・)
ベッドに寝っ転がって考えている時点で、直りようもないが・・・
「よしっ、先ずは起きよう」
取り敢えずベッドの上で座り、立ち上がって食堂に行く。
食堂に入ると、皆がどよめいた。
「市様、もうお体は大丈夫なのですか?」
「え? ・・どういう事かの?」
「あんなに出歩いたり、どこにでも顔を出す市様が、部屋に閉じ籠りっきりなんて、お体の具合が悪いにちがいないって皆で心配していたんですよ」
皆の安心した顔を見て、自分の怠け癖のせいで、どれ程心配をさせてしまったのかと反省した。
(面倒臭い事を、面倒臭がらずにする。これを実践して頑張ろう)
市は心に決めて、しっかりと朝食を取った。
そして、階段の前で、ついつい足元に魔方陣が現れないかと期待してしまう自分に叱咤激励をして、勿論、自分の足で歩く。
「アー・・」
ここで、うっかり忘れていた事を思い出す。
魔力が多いのに、魔法が使えない市。少しでも魔法を使えるように教えて貰う筈だったのに、そのまま帰ってきてしまったのだ。
「いや、これで良かったのかも知れぬ。今でこんなに怠け者になっているのに、魔法が使えたなら、寝たきりでなにもせぬ怠惰な人間になってしまうだろう」
これで良かったのだと無理に思わせた。
部屋に帰った市は侍女服に着替え、窓ふきを始めた。
それから、水兵に混じって、デッキブラシを持って、甲板掃除もした。
そして、航海術をトリスに学んだり、潮の流れを見て皆に教えたりと、一気に元の市に戻りつつあった。
シェルドナールに近付くともっと精力的に働いた。自分では解っていなかったのだが、アビスには解っていた。
「市様、陛下と会えなくて寂しいのは解りますが、少し働く量を減らして頂かないと、帰る前にぶっ倒れますよ」
「いいや、私は寂しいからではなくて、アシュバ大陸で付いた怠け癖を取ろうと頑張っているのです」
市が言えば言う程、生暖かい目でアビスに見られてしまう。
反論を諦めて、自室に帰った。
暫くすると、そとが騒がしいので、船室から出て海を覗くと、太い帯のように海を横切る
海に大きなシャボンの様に透けて見える、大きな壁があった。
「おぉ、これが海の壁なのかえ?」
今回は進む速度を落とすことなく、壁が消えるので通過できた。
少し離れたトルベツ王国の船も、付いてきている。貿易の交渉の失敗で気が重そうだが、帰国しないわけには行かない。
壁を通り抜けると、本当にアシュバ大陸とはお別れなのだと実感した。
市は魔王との約束で、アシュバ大陸で見た、最先端の技術の事や街の事は内緒である。
あの、ビルで囲まれた街の景色は、話せないが和風建築は、是非ともシェルドナール王国のどこかに造って見たいと野望ができた。
(畳の部屋でゆっくりと心ゆくまで寛ぎたい)
そう思うと独りでに言葉に出てしまった。
「早う帰りたいの・・・」
「もう、そんなに会いたいんですか? その言葉はちゃんと直に言ってあげたらいいのに。陛下、泣いて喜びますよ」
今度はトリスに、にへらっと笑われた。
「ち、違う・・」
「はいはい」と軽くあしらわれた。
(まあ、確かに会いたいと言えば会いたいのだが・・)
その晩はそんな事を思いながら眠りについたせいか、夢にテオフィデールが出てきた。
夢のテオフィデールが私のお菓子を全部持って逃げるのだ。
(私のお菓子をどうする気だ。くうっ 待て待つのだ)
「テオフィデーーール!!」
と叫んだところで目が覚めた。
ガタンと部屋の前で音がしたが、そのまま眠りについてしまった。
朝、目覚めて侍女が着替えを手伝ってくれているが、何故か顔を合わせない。
そのまま食堂に入ると、船員がこそこそと話す。
どうやら、昨夜の市の叫び声はかなりの大声だったようだ。
皆に誤解を解きたいが、誰も信じてくれそうにないので、遠巻きで見る暖かい目を避けつつ、市はさっさと食事を終わらせた。
数日後、船内に歓声が沸き起こった。見ると、懐かしいシェルドナールがみえた。
市の胸が久しぶりの帰国に、ドキドキしていた。
着岸。
タラップを一歩下りると、港にテオフィデールが待っていた。
どういうわけか、市はタラップを駆け下り始めた。
後ろで「あぶないです」と叫んでいるが、止まらなかった。
今朝、侍女が張り切って着飾らせてくれた事に感謝した。
テオフィデールが驚いた顔をしていたが、近付くと手を広げてくれた。
市にはそれが何より嬉しくてその胸に飛び込んだ。
帰ってきた。漸くここに帰ってこれた。
暫くして、耳元でテオフィデールがささやく。
「市、そろそろいいか?」
市は今までずっと、テオフィデールに抱きついていて、その声で我に返った。
ふと、回りを見るとにやにやしている。
これは大失態だと、焦りまくる市をテオフィデールがふわっと抱き上げ、そのまま海兵隊員に挨拶をした。
市を無事に連れ帰ってくれたお礼、そして、精霊地の浄化のことも解決できそうだと、難しい任務に礼を述べていたが、恥ずかしさのあまり、市はくらくらして、聞こえていなかった。
市もキチンと立ってお礼を言ったのだが、何を言ったのか覚えていない。
市を馬車に乗せると、アビスと海兵隊員達が、何やら難しい顔をして話している。でも笑顔もある。
何か良くないことでもあったのかと市は気になったが、そのまま馬車の中で待っていた。
話が終わり、乗り込んできたテオフィデールは市の隣に座るとすぐに膝の上に抱き寄せた。
「色々聞いたぞ。そんなに俺が恋しかったのか・・」
そうだった。と市は思った。皆はずっと勘違いをしている・・・。
本当に勘違いなのだろうか?
否、違う。勘違いではない。
本当にテオフィデールに会いたかったのだ。一心不乱に掃除をしていたのも、帰りたいと呟いたのも、夢で見たのも、本当に会いたかったのだ。
「本当に、テオに会いたかったのです。ずっと、好きと言いたかったのです」
テオフィデールは、目を瞠った。
そのまま笑顔になって、
「俺が先に言う筈だったのに、市にはしてやられてばかりだ」
二人の距離が近付いて、そのまま唇が重なった。
「市、結婚しよう」
テオフィデールの少し緊張した声が耳に届く。
「はい、よろしくお願いします」
市の返事に安心したテオフィデールが、強く市を抱き締めた。
シェルドナール城に着いたテオフィデールは、疲れている市を部屋まで送ったあと、執務室にアイレスを呼んだ。
にまにま笑うテオフィデールに、アイレスがすました顔で、「何か用ですか」と聞く。
「市にプロポーズした」
「はいはい、そうですか・・・って本当ですか?」
アイレスは目玉が落ちそうな程、驚いた。
「で、で、で、返事は? 市様の返事は?」
「『よろしくお願いします』と承諾の返事をもらった」
どうだと言わんばかりのテオフィデールにアイレスは疑いの目を向ける。
「本当に? 夢ではないのですか?」
「あぁ、本当に夢かなと思った。市が好きだと言ってくれて本当に嬉しかった」
馬車での光景を思い出して、うっとりしているテオフィデール。
アイレスはいきなり机を叩く。
「え?先に・・女性に言わせたんですか?」
「いや、俺も市が帰ってきたら言おうと思ってたよ。だから、今市のサイズに合わせた指輪を作らせていたんだ」
「・・・まぁ、いいでしょう。では婚約式の準備が必要ですね。急ぎ用意しましょう」
アイレスが礼をして退室した後、
テオフィデールは実感が湧いてきてグッと握り拳を作った。
「よし」
テオフィデールが執務室で拳を握っている時、市はやらかしてしまったアレコレを思い出し、握り拳を作ってベッドを叩いていた。
「やってしもうたぁー・・タラップを走り出した時から時間を戻してほしい・・」
マリーのノックの音も聞こえずにじたばたしていたら、「大丈夫ですか?」と焦ってマリーがベッドに駆け寄った。
「マリー・・私はうっかりというか、ついに陛下に告白していましました」
マリーは「おぉっっぉー」と
と変な声を出したが、後は
「良く頑張りましたね。で? 陛下の返事は?」
両手を包み込む様に市の手を持って、目を輝かせて続きを待っている。
「『結婚してくれ』と言われました」
マリーの喉がゴクリと唾を飲んだ。
「で?市様の返事は?」
「お受けしました」
「・・・きゃー・・きゃー」
マリーの叫び声が木霊する。
いきなりドアが開いて、
「どうされました?」と
警戒したニコラが出てきた。
2人の様子をみたニコラが、すぐに見当がついたようで、ぱたんとドアを閉めた。
「ニコラは相変わらずじゃの。あのような態度でイースと上手くいっておるのか?」
ニコラの無関心な態度についつい気になってしまった。
「あら、市様。あれで、ニコラ様ってば、情熱的でイースさんの年齢の数だけのバラを持って、プロポーズしたらしいですわよ」
「なんと・・あのニコラがププププロポーズ?」
市は衝撃のあまり、息をし忘れた。
「で、イースの返事は?」
「『お受けします。でも、結婚は市様が先にしていただかないと・・・』って」
(しれっとプロポーズが出来るなんて、ニコラはやはり侮れぬ)
ニコラが妙な所で評価をあげた。




