50 弥助
「私の方の準備はもう帰る準備は出来ております。いつまでもご厄介になっているのは・・」
『申し訳ない』という市の言葉を魔王が遮った。
「市。残念だけど、トルベツ王国の獣人属や亜人属が暮らすハドリー大陸への貿易の話が残っていてね。是非、君の意見も参考にしたいんだ。トルベツ王国以外の『人属代表』としてね」
そう言われると、市には断れなかった。
トルベツの使者がプレゼンテーションをした時の企画の資料を渡され、莅魔属の意見を纏めた報告書も受け取らされた。
「では、一度シェルドナールの皆に会うことをお許し下さい。皆も心配している事でしょうし」
「うーん、もし、会えばシェルドナールの船だけでも市を連れて帰りたいと言い出すんじゃないかな? 私達の大陸には出入りを制限するための壁を魔法で作っているんだよ。その壁の開け閉めには莫大な量の魔力が使われるから、シェルドナールとトルベツの船は同時に出ていって欲しいんだよね」
魔王の言葉に魔王第2補佐官のポールが、眉を寄せたが市は気が付かなかった。
「そうなのですか? そのように沢山の魔力が使われたなら、またこの国の明かりが消えるやも知れませんね・・事情も知らず申し訳ございませんでした」
しゅんとなった市は、受け取った資料に目を通す為に、魔王の執務室の隣で大人しく読むことにした。
市が退室すると、ポールが「良いのですか?」と魔王に詰めよった。「あのような嘘をつかれるなんて、魔王様らしくありませんね」
「ポール、魔王様には魔王様の考えがある。今回の事は君が口を出す案件ではない」
いつもは、冷静で感情も出さず、融通は利かないが公正一筋のオリバーの言葉とは思えない一言だった。
そんな遣り取りを知らずに、市は資料を読んでいた。
トルベツ王国の貿易を望む理由が書かれていたが、宝石のガーネットがトルベツの北部の山で発掘され、特に赤を好む獣人、亜人に向けて貿易したいと書いてあった。
アシュバの方は、開国反対派と、そろそろ獣人、亜人属を莅魔属から独立させるべきではという意見等々・・
今、シェルドナールの海軍では沢山の獣人、亜人達が働いているが、トルベツの思惑は違う気がしてならない。
資料を半分読んだところで、市が両手を上に伸ばして、ふーーと息を吐く。
(テオはどうしておるのだろうか・・? また、心配をかけてしもうた・・)
「疲れましたか?」
急に魔王に声をかけられ市が驚く。
「いいえ、今少し、休憩していた所です」
「・・・」
じっと市を見る瞳に妖しげな欲望が滲む。
「グオォォォー」
市の前に天井一杯に大きくなったアオが、魔王の前に立ちはだかる。
「またお前か・・・大丈夫だよ私にも理性はある」
魔王の瞳が元に戻る。
「市、このアオを散歩させてきていいかな? アオも広い空で羽を広げたいだろう」
アオと魔王を見比べた市は、にっこり笑い、「ええ、いいですよ。アオもゆっくり空を飛んでおいで」と2人を送り出した。
魔王は本当にアオに空の散歩をさせていた。
アオの横で一緒に飛んでいた。
「君は生まれた時から一緒なのだね。きっと、私も彼女がこの世界に来た時から会っていれば・・言っても仕方ないな」
第1エリア・ドラゴン保養地に着き、降りる。
セレナが手を振ってサングラス装着で、出迎えてくれた。
「アオはそんなに大きくなれるのか・・ランヴァインより大きいよね」
魔王がドラゴン世話係のセレナに聞く。
「ええ、こんなに大きいだなんて知りませんでした」
「アオは本当に市が好きなんだね。本来のこの大きい姿を見せたら、嫌われると思っているのかい?」
「それは、魔王様ご本人の事を言っているのですか?」
サングラス着用のセレナが、魔王を2秒見た。
「振られるならキチンと振られるべきです。きっと数週間は落ち込みますが・・男なら、決着はつけましょう」
セレナが拳を強く握って、前に突き出した。
「・・・私は振られる前提なんだね・・」
「ふぅぉお」アオもそうだといわんばかりに吠えた。
「そうだね、ここのところ、私は私らしくなかった。今の貿易の件が片付いたら、告白するよ。その時は私の全力の[魅了]を使ってもいいかな?」
セレナとアオに尋ねる。
「ええ、魔王様の魔法も魔力も全力を出し切って勝負してきてください」
セレナが頷いた。
「久しぶりに、空を飛んでよかったよ。スッキリした。アオ、一緒に飛んでくれてありがとう」
魔王が執務室に帰ると、市はまだ、資料とにらめっこをしていた。眉間のシワが深くなっている。
「随分読み込んでいるね。明日の会議で、市の意見を聞かせてもらう事は可能かな?」
「はい、そのつもりですが、皆さんの考えている答えではないかも知れません」
市の眉間のシワが更に深くなる。
「いいよ。貴女の意見を聞きたいんだ。明日を楽しみにしているよ。明日のために早く家に帰ってて。私はまだまだ掛かりそうだ」
市はまた和風建築の家に帰ってきた。
次の日、魔王が約束通り9時に迎えに来てくれた。会議なので、アオはお留守番だ。
第1会議室には、すでに魔王様待ちの状態で市と魔王が入ると、一同が起立をした。
会議は獣人、亜人が住むハドリー大陸の開国反対派が、押されていた。
開国派は今まで莅魔人は魔属を守ってきたが、そろそろ魔力や資金を莅魔人に使う事の方が有意義だ。
彼らの方が、声が大きくて勢いがある。
白熱した議論が堂々巡りになったところで、魔王が市の意見を聞いてみようと、言ったものだから一斉に視線が市に集まった。
「少し、皆と目線が違うが聞いて欲しい。以前住んでいた異世界で私の兄は一国の王をしていた。そこに、貿易相手から一人の青年をもらったのです」
市はアフリカから奴隷として連れて来られたの弥助の話をはじめた。
「彼は連れてきたイタリア人よりも背が高く、すぐに日本語も話せ、力も強く、武芸もでき、優れていた。
そんな彼らは抗う力がなかったばかりに、自由、家族、そして、全ての権利を奪われた。
人が差別をする理由は、1番に見た目が違うという理由。そして、第2に差別をする方が利益になる。
そんな簡単な理由で、人を人とも思わない非道な行為をする。
誠に人とは恐ろしい。
貿易は利益を生む。
トルベツの貿易商品は、ガーネットを初めとする。鉱物だ。
その発掘作業は大きな危険が伴う。その労働力の確保を考えているのではないかと心配が付きまとい、私の申したことが杞憂なら、良いがそうではない場合も考えて欲しい」
なにか言いたそうな者がいたが、市は更に、続けた。
「今まで貴方達がまもってきた魔属が、商品のように売られたら、どうします? 人とは全く外見が違う彼らが差別の対象にならぬとは、言いきれぬ。もし、開国を考えるなら、急に手放すのではなく、彼らが自衛できるくらい力をつけておかねば、貴方達はきっと後悔をします。人属の戦に巻き込まれ、魔属同士で争う事がないとは言いきれぬ。どうぞ慎重にお考え下さいますように御願い申し上げます」
市は立ち上がり、深く頭をさげた。
会議室は水を打ったような静けさになった。
「市、ありがとう」魔王の言葉で、また会議室の中に言葉が紡ぎ出されたが、莅魔人としての意見ではなく、魔属としての意見に変わっていた。
会議が続くなか市は一人、違う事を考えていた。
最後に弥助に会ったのは、彼が兄の家臣、池田恒興の手配で急ぎ、故郷のモザンビークに帰る前だった。彼は兄の『自分の首を誰にも渡すな』という最後の願いを叶える為にやつれていた。
しかし、私にわざわざ挨拶に来てくれたのだ。本当に義理に硬い、武将だった。
弥助は兄を広大な大地へ連れていってくれた筈だ。彼はどうしているのだろうか・・と。
会議は続いていたが、魔王が私に食堂で思う存分、食べてゆっくりしていてもいいと言ってくれた。
お言葉に甘えて、カレーに始まり、デザートまで、堪能した。
最後にコーヒーを飲んでいたら、魔王が現れた。
「さぁ、市。帰ろうか?」
「もう会議は終わったのですか?」
「うん、大体の方針は決まったよ。市のお陰だね。だから、今日は私も早く家でゆっくりしようと思って早退したよ」
「ノアは頑張り過ぎなのです。たまには息抜きをしないと、倒れてしまいまする」
市が眉を寄せると、魔王はとても困った顔をした。
「今日は大事な話がある」
「何の話ですか?」
市が真剣な顔で魔王を見ると、更に、困った顔になった。
「兎に角、今日は帰ろう。一緒に・・・」
夕刻、畳の部屋で魔王と一緒にご飯を食べた。頑張ってお箸も一緒に使ってくれた。
食事中、魔王が箸をおいた。
「市が望むなら、ここをもっと市の故郷に近い形にしよう」
「?」
市は意味が解らず、戸惑っていた。
「人属はライル大陸で、未だ争いを続けている。それに・・・私達魔属はライル大陸での人属の政治や争いには介入しないと決めていて、これは、市に言うべき事ではないが、今、ライル大陸の北部で不穏な動きがある」
魔王は立ち上がり、市の横に座る。そして、市の手を取って真剣な眼差しを向ける。
「私は市の事が好きだ。だから君をそんな危険なところへ帰したくない。どうか私の傍にずっと居てくれないか?」
魔王の真剣な思いが市に伝わる。
その思いに答えられない市は、言葉を濁さず自分の気持ちをきちんと伝えようと真摯に向き合う。
「・・・ノア、私はここには居られない。どんな事がこの先に起ころうとも一緒に生きていたい人がいます・・ノア・・ご」
市が震える声で、謝ろうとするのを、魔王が遮った。
「うん、市に思っている人がいるのも知っていたし、結果は解っていたよ。はー・・。でも、キチンと言えてよかった。・・・」
魔王は握っていた市の手を、握手の形にして握り直す。
「本当にライル大陸では、北部に危険な人物の匂いがする。危なくなったら、アオに乗って逃げておいで」
魔王の心配げな顔を見たら、頷くしかなかった。
「本当に? 約束だよ?」
「約束します」
と微笑んだ。
その夜に市は不吉な夢を見る。多くの兵士が入り乱れての戦いの最中、市を助けようとアオが敵の頭上を飛び回る。
しかし優しいアオは人に強い炎を吐けない。そして、敵の魔法によって掴まってしまう。
アオの悲しい鳴き声が響く。
「アオ!」
ここで市は目覚めた。
次の朝、市はアオを抱っこして、魔王の執務室で、オリバーとサンディとセレナがワイワイと揉めていた。
皆に別れの挨拶をと思って来たのだけれど・・・その前に市がいきなり頭を下げる。
「莅魔族の皆にお願いがあります。ここで、アオの面倒を見て欲しい」
市の言葉にアオが怒って暴れだす。
「人属の戦にアオが駆り出されてしまうのを避けたいのです。昨日夢を見ました。きっと優しいこの子は人を傷つけられないにも関わらず敵は脅威に感じ殺されてしまう夢でしたが、きっと現実に起こりうるでしょう。私はアオを武器に使われたりするのも、殺されたりするのも回避したい。ですから、どうぞ、このアシュバで育てて欲しい。アオも分かってほしい」
アオが吠えて抗議するが、市が厳しい顔で横に首を降る。
セレナがアオを優しく抱き上げて、アオを落ち着かす。
「ここで大事にお預かりします。
そして、ライル大陸が平和になったら、アオをそちらに送りましょう」
アオも市の決意を察し、小さく小さく体を丸め拗ねているかのように、セレナの腕に潜りこんだ。
魔王が船まで市を送っていくと言っていたが、それなら女友達だから一緒に送りに行くと、サンディもセレナも行く事に。
オリバーが魔王様が行くなら、補佐官の自分も行くと言いだす。
結果、4人で送ってくれた。
シェルドナールの船が見えた。
甲板にナギィがいる。
ナギィの父で、艦長補佐のトリスが、市を見つけて手を振った。
「あー。市様だー。おかえりなさい」
「ただいま~」
市の声を聞いて、ナギィが軽やかに、甲板からスルスルッと降りてきて、市に抱きついた。
「おかえり~市様」
「ただいま」市は久しぶりのナギィの、猫耳を堪能。
アビスも降りてきて、魔王に挨拶をしていた。魔王はアシュバ大陸だけでなく、獣人、亜人が住むハドリー大陸でも人気だ。
ここで、魔王が魔属である、彼らに真剣な顔で話をしていた。
きっと魔属である彼らが人属の戦に巻き込まれない為の注意勧告をしているようなので、市は距離を取った。
そんな事は知らないナギィが、その立ち話に首を突っ込んだ。
「ねぇねぇ、何の話をしているの?」
トリスがナギィを抱っこして、オリバーに見せる。
「ナギィ、このおじさんがナギィの名前を着けてくれたんだよ」
その言葉にオリバーが驚く。
「誰がおじさんだ! ・・しかし、あんなに小さかったのに、もうこんなに大きくなったのか?・・・」
「そうですよ、早くオリバーさんも結婚してくださいよ」
言われたオリバーが慌てて魔王を見た。
「トリス、今その話は非常にまずいのだ」
「そんなに気を使われる方が、傷付くから、やめてくれないかな・・?」
魔王が寂しげな表情で市を見たから、察しの良いアビスは気が付いた。
「それでは、せっかく意を決して市様を連れてきてくれた魔王様の気持ちが変わらないうちに、帰国しましょう」
別れの時が来た。
「ノア、本当にお世話になりました。貴方のお陰で、命が助かりました。助けてもらった命、貴方の名に恥じぬよう懸命にそして、大事に生きまする。本当にありがとう御座いました」
市が深々と頭を下げた。
魔王がフワッと市を抱き締める。
「こちらこそ、市のお陰でアシュバ大陸全域の魔力不足が、解消されそうだ。ありがとう。魔属の人達には言ったけど、君も危なくなったら、帰っておいで」
市は「はい」とは答えず、最後まで優しい魔王に「ありがとう」と笑顔で応えた。
出航し、アシュバ大陸が遠ざかっていく。遠くでドラゴン・ランヴァインの鳴き声が聞こえた。
「皆さんありがとう。アオ、よい子で居て下さいね」
アオが吠えた。
市はノアにもらった市の体に入っていた桜のコアを握りしめてずっと手を振っていた。




