49 魔王様(3)
アオに向かう魔王の手を、市が優しく持ち、そのままアオの頭に優しく乗せる。
「アオはここを優しく撫でられるのが好きなんです」
魔王は市に言われるままに、アオの頭を撫でた。
「・・・どうも、調子が狂いますね」
魔王が何とも言えない顔で、アオの頭を撫で続ける。
アオは敵意を消して、もう大人しくしていた。
「さぁ、リラックスしたところで、ノアの魔力を回復させたいゆえ、どうすれば良いか教えて下さりませ」
「・・あぁ、そうか」
魔王は、オリバーが念話で、市を魔王の『魔力補充の為』と言う名目でここに向かわせた事を思い出す。
「私と向かい合って、両手を合わせて、私の目を見てくれるかな?」
魔王の横に市を座らせ、両手を取ってじっと見つめ合う。
市はそうする事で、自分の魔力が流れ、魔王に移動するのだと、懸命に魔王の瞳を見つめた。
「・・・そうだよね。何度やっても無理だよね・・」
市は心配そうに見つめ続けた。その瞳に一切の邪心は無い。
魔王が疲れたように手を放す。
「どうしました? 上手く補充出来なかったのですか?」
あたふたする市を魔王が、申し訳なさそうに、手を取り謝罪する。
「貴女の優しさに付け入って、全力で[魅了]を掛けようと失敗して、こんな事をお願いするのは筋違いなのだが、本当に魔力を注いで欲しい」
市は魔王が何か自分にしようとしていた事は分かったが、青ざめている魔王を助けたいと思う気持ちが強かった。
「私に何をなされようとしたのかは後でお聞きしましょう。先ずはノアに魔力を補充するのが先決です。どうすれば良いですか?」
「色々仕方があります。キスをする方法と、体を寄せる方法と、手を合わせる方法が」
「手を合わせる方法で!」
「そんなに食い気味に言われると・・・」
ショックそうな魔王を無視して、市はさっさと手を掴み、手を合わせた。
「で?」
市の圧力に魔力不足の魔王様は、すごすごと教える。
「目を瞑って市の頭の中に光を探してください。それからその光を手の方に移動させて下さい。そのまま私の手に移る様に念じてください。それと、体に異変を感じた場合すぐに手を放して下さいね」
言われた通り、市は頭の中の光を探す。小さいながら、強烈に光っている球体が幾つもある。先ずはその1つを慎重に手に移動させていく。
それから、魔王の手に移動させるように念じた。
魔王がスッと手を放す。
「ありがとう。復活したよ」
「もう良いのかえ? 魔だ光のん玉は幾つもあったゆえ、まだまだいけますよ」
「・・・本当に市の魔力量は桁違いだね。もう充分に補充出来たから、大丈夫だよ。市の魔力は本当に純度が高くて今まで感じたことの無い爽快感だよ」
魔王は手を握って力を確かめている。
「桁違いと言うが、私はここに来た時はコップ1杯の魔力も入らなくて、魔力を貯める練習を随分頑張りました。しかし、未だに魔法は使えぬし・・」
市はイースと魔力を貯める練習をしていた頃を、思い出していた。
「それだけの量があって、魔法が使えないのは、不思議です・・何かコツが掴めたら、出来そうなのですが・・魔族になればきっと」
首を振る魔王に、市が本題を提示する。
「それより、ここの魔力不足を解決を考えねばならぬのでしょう?」
「そうだったね。セレナが、大岩から市に魔力が流れ込むのを見たと聞いたけれど、どういう状況だったのかな? それが分かれば、今我々が抱えている魔力不足の問題解決の足掛かりになりそうなんだ。だから、協力してくれる?」
「私は命を救われた身。勿論、協力は惜しみませぬ」
「では、セレナ、その大岩の場所に案内してくれるかな?」
「・・・セレナ?・・ああそうだった」
魔王は額に手をやって、惚けたセレナを前に考え込んだ。
「この[魅了]、私でも解けないんだった・・」
困りきっている魔王に市が、食堂の出来事を話した。
「すぐにポールの秘書のサンディを呼びましょう」
サンディはまだ食堂でお菓子を食べていたのか、ドーナツ片手にコーヒー飲んでいる姿で現れた。
「・・・魔王様、私をお呼びになる時は、せめて念話で都合を聞いてからにして下さい」
サンディは現れると同時に、色の濃いサングラスを装着する。
市が不思議そうにサングラスを見るので、サンディが外して、市にサングラスを掛けた。
「ほら、こうすると日中外に出ても眩しくないのよ。それと魔王様を直で見ても、見えにくいから無自覚な魔王様の魅了にやられることもないのよ」
市がそのまま魔王を見ると、室内だと回りも見えない。
市からサングラスを外し、自分に掛けたサンディは、セレナを見て自分が呼ばれた理由を理解した。
「可哀想に、またなの?」
サンディは魔法でもう1個サングラスを出して、先にセレナに掛ける。そして、腕捲りをして、強烈なデコピンを、セレナの額にかました。
「ッッッッッッターイ」
セレナが戻ると、サンディは慌てて忠告する。
「サングラスを外すと、今度は額に穴が空くわよ」
「・・・」
室内にさめざめとした空気が流れる中、魔王様が赤くなったセレナの額をチラチラ見ながら、本題を切り出した。
「セレナ、早速だけど・・市に魔力が入っていくのを見たと言う、大岩の所へ案内して欲しい」
セレナに案内されて、なぜかサンディも付いてきた。
「サンディはポールの秘書なのに、付いてきてはポールが泣いてるよ」
「魔王様、うちのポールは私が居なくても、すんごい仕事が出来るのです。だから、今日は市様の秘密に迫らせて下さい」
サンディが市の腕をとって離れない。
「そんなに言うなら、後で私からポールに謝っておくよ」
魔王様のため息と共に一行は歩きだした。
「あ、魔王様あれです」
セレナが指差した大岩は今朝方見た岩だった。
「セレナにも聞いたのじゃが、これは道の神の道祖神ではないのですね・・?」
「市の世界には道に神様がいるのかい?」
「はい、道にも、水にも、山にも川にも小さな物にも神がいらっしゃるとおもっていて、どんな物も大切に致します」
そう言って大きな岩を擦ると、美しいオレンジの光が市の中に消えていった。
「「!!・・・?」」
「今とても純度の高い魔力が、市様の中に吸い込まれて行きましたわ」
セレナが興奮して言うと、魔王も瞠目して市をみていた。
「やっぱり見えましたか?」
セレナは今のは見えなかった様で、2人の様子で判断していた。
「そうだ、アシュバの真ん中に、何万年と太古からある巨木があるんだけど、そこに行ってもいいかな?」
「はい、是非そこで光る市様を見たいですわ」
サンディがノリノリで返事をする。
「・・・じゃあ行くね」
何か言いたそうな魔王だったが、口を閉じた。そして、魔方陣も作らず指を鳴らしただけで、皆をそこに移動した。
鬱蒼とした森を抜けると、赤い大地が現れ、そこだけは何も生えていない。巨木だけが天に突き抜けるようにあった。その根っこは地面より大きくせりだし、うねうねと這っている。
大きく広げた枝には青々とした葉を覆い繁らせている。
「これは、すごいの・・・」
市はその大きさに圧倒され、巨木に神々しさを感じた。
「大きい木ですね。高さはどれくらいあるのでしょうか?」
セレナが額に手を当てて上を見上げる。
「そうね幹の太さは凄いわね。この木だけでテーブルが幾つもつくれそうだわ。魔王様の管轄地でなければ斬り倒せたのに・・」
サンディが悔しそうに話す。
「そなた達は、この木が何万年も生きてきたという尊敬の念はないのかえ?」
市が驚いて、2人に聞いた。
「え? でもただの木ですよ」
サンディが言うと、セレナも頷く。
「そうかえ・・私にはこの木に神々しさと尊敬を覚えました。そして、この木が私を癒そうとしてくれているのを感じる。我が祖国の者ならば同じ思いを解ってくれるのに・・」
市がそう言って木に触れるが、その触り方は、宝物を扱うように、優しく触る。
木が風も無いのに、さわさわと揺れる。まるで遠く離れていた孫が遊びに来たのを喜んでいるみたいだと、3人が感じた。
そして、また市に向かって今度は水色の光が注がれた。
「市、わかったよ。この木は何かを語っているね」
魔王が、言うと、後の2人も興奮して「確かにただの木じゃないような気がします」と改めて巨木を見上げた。
「良かった。そなたらがあまりにも罰当たりな事を言うので、意識の違いがありすぎて驚いておったのじゃが、解ってくれて良かった」
市は少しほっとした。
市の話を聞いていた魔王が素直な気持ちで、巨木に謝った。
「ごめんなさい。あなたは私達よりもずっと前から生きていて、この世界の空気を綺麗にしてくれているのに・・感謝が足りませんでした」
魔王もそっと幹に触ると、美しい純度の高い魔力が注がれるのが分かった。
残りの2人もそっと触ると、純度の高い魔力が、少しだが注がれた。
「樹木が意思を持っていると仮定すると、精霊地の邪気は何らかの悪意を受けた樹木が傷付き、枯れた樹木からコアだけが残り、邪気を吐き出しているのかも知れないな・・・」
「帰ったならば、早速精霊地を調べに行きまする。ノア。ありがとうございまさす。私の命も助けていただき、更には精霊地の事まで教えていただき、誠にありがとうございます」
「・・・うっかり話してしまった・・」
魔王はやってしまったとばかりに項垂れる。
「でも、これは市に教えてもらったようなものだからね。今、私達の魔力不足は自然の恩恵にたいして、あまりにも無知過ぎたから起こったんだね。きっと、高度な技術ばかり追いかけて、自然を蔑ろにした報いだね」
市に魔王は頭を下げた。
「市のお陰でこれからの進むべき道が見えたよ。ありがとう。少しずつだけど意識を変えていく努力をするよ」
魔王は今日一番の微笑みをした。
それで、サンディ、セレナが2人揃って惚けてしまったのは、仕方のない事だった。
この後、オリバーが呼び出されて市の話をし、オリバーにも注がれるのか検証した。
頭が硬いと思われていたオリバーが、以外にも柔軟で、木の持つ神々しさを感じとり、なぜかオリバーにはたくさんの魔力が注がれた。
「この木はオリバーのような頭の硬いのが好みのようだね」となぜか魔王がふて腐れていた。
自然を守るために、国立公園や自然保護活動に力を入れると宣言し、オリバーがその担当の責任者になった。
自然を尊び、純度の高い魔力を受けとるという方法が確立していけば、追々魔力不足も解決していくだろう。
市はここでの役目が終わったと、安堵した。シェルドナール王国へ帰る事を言おうとお世話になっている魔王の家で、朝から魔王を探していた。
この5日間、魔王に会えていない。
「この家はどうなっているのじゃ」
城でもなく、ただの自宅だというのに広すぎる。広大な敷地の何棟もの建物、どれも3階までの低層だが、それぞれの建物に広大な
趣向を凝らした庭園が広がっている。
市の頭の中の風景を読み取ったのか、なぜか和風建築の、畳に障子。その前には日本庭園が広大な敷地に造られている。遠くに東屋もみえる。
この1つの建物でも探すのに、10人は必要だ。
これが後、幾つあるか解らないのだ。探せる訳がない。
「もう待っておれぬ。街中でドラゴンは危険じゃと思うていたが、最後の手段じゃ。アオ、私を街中まで運んでくれぬか?」
傍でじゃれていたアオに目をやると、嬉しそうに「フォーォゥ」と尻尾を振る。
市は世話になっている屋敷のメイドを探し、「今から魔王政策官庁のビルに行ってきます」と言うとかなり、慌てた様子で引き止められた。
代わりに現れた魔王専属執事が、1時間後に会えるように手配をしてくれた。
待つ間、のんびりと畳に頬擦りして、感触を懐かしむ。
匂いを嗅ぐと、い草の匂いがしないが、それは仕方ないと諦めた。
シェルドナールに帰れば、この景色はもう拝めない。そう思うと寂しくもあるが仕方ない。今のうちに目に焼き付けておこうと
障子越しの日本庭園を眺めた。
ごろんと仰向きで寝そべった。アオが勢い良く市に飛んで来ると同時に、市の背中の下に魔方陣が現れた。
次の瞬間に魔王のいるビルの執務室に移動していた。
寝っ転がる市を真ん中に、魔王、オリバー、と数人が市を見下ろしていた。
「ごめんね。寝ているなんて思わなかったから・・」
魔王が申し訳無さそうに謝っているが、わざとしているに違いない。
サンディが怒っていた気持ちが良く解る。
市はジト目で睨むが、憎らしいほどの笑顔で返されただけだった。
オリバーが「市様を怒らせてどうするんですか?」と魔王に小声で文句を言う。
「だって、[魅了]も効かない、豪華な屋敷でも、贅沢させても靡かない。懐かしい景色を用意しても、ダメだったんだよ。少しくらい意地悪したいじゃないか」
「・・・魔王様・・。」
オリバーの肩がずんと下がったが、気を取り直して、席に座った。
「ごめんね。市。忙しくて時間が取れなかったんだ。シェルドナールの方々には、市の病気が治って
準備が整い次第、そちらに向かわすと言ってあるから」
「ありがとうございます」
市は漸く帰れると満面の笑みで感謝した。
実際は、少し違って・・
『市は治療は成功したが、体調が万全になるまで、少し時間がかかる』と報告していた。




