47 魔王様(1)
市の怒りが増幅され、それに伴うかのように、アオの体もおおきくなる。
「誰の命令を受けて、お前はシェルドナールの者に何をした」
市の怒りが、オリバーの体に突き刺さる。
オリバーは口を開こうにも、気圧されパクパクするだけで、立ち上がろうにも、体が動かない。
アオの体が大きくなり過ぎて、天井がミシミシと音を立てている。
「市様! 待って下さい勘違いです! シェルドナールの皆さんは無事です」
セレナが大声で、止めに入った。
「うん?」
セレナの言葉にシュルルルッという音が聞こえそうな程、市の怒りが収まった。
「セレナさん? 今皆が無事だと聞こえたのじゃが、それは本当かの?」
「本当です。 オリバーさんの言い方が、紛らわしいのです」
大幹部のオリバーに向かって、セレナが「まったく・・・」と呆れていた。
「ふー・・・。皆が無事なら本当に良かった。私はてっきりこの国の者に襲われたのだと・・」
パラパラと市の頭の上に白い粉が舞い落ちてきた。
ふと上を見ると、大きくなったアオの頭が天井を押し上げて今にも、壊しそうになっている。
「アオ、小さくなっておくれ。私の勘違いだったようじゃ」
市の怒りと同じくシュルルルと、アオが小さくなり、市の腕の中に飛び込んだ。
「アオもびっくりしたのう。この子もシェルドナールの人々が大好きでの、きっとそれで少し怒ったのだろう。優しい子での」
先程の事など無かったように笑う。そして、市は子供をあやすようにドラゴンを抱っこし、体を揺らす。
「さて、オリバーさん、ちょっと天井があれじゃが・・・話が中断してしまったが、シェルドナールの者はいったいどこにおるのですか?」
「・・・・。」
オリバーの返事が無い。
「・・オリバーさん?」
異変に気付いたセレナが、オリバーの背中を、割りときつめにドンッと叩く。
「・・ハッ・・すみません。市様あまりの恐ろしさに意識が遠くへと逃げ出していました」
こほんっと咳払いをして、ずれた体を戻してソファーに据わった。
「市様から見て、このアシュバ大陸の発展具合はどう感じられましたか?」
オリバーが窓を見たので釣られて市も窓を見た。
「同じ時間の流れで培った文化だとは思えない程に、ここは高度に発展しています」
市が見ている窓の外には、高層ビル群があった。
シェルドナール王国の人族が住むライル大陸では、このように発展している国は無いように思われる。
「そうです。私たちは人族よりも豊富にある魔力を使い、独自の発展をしてきました。人族にこの テクノロジーに追い付かれない為には、まず全ての技術を隠さなくてはいけません。ですから、このアシュバ大陸にはいかなる人族の上陸も許可していないのです」
ふむふむと頷いていた市が、あることに気付いた。
「ならば、私の上陸は良いのかえ?」
「・・許可するもしないも・・まさか空からドラゴンにのってやって来る人がいるなんて、思いもしない事でしたから・・」
オリバーが半眼で市をみる。
「・・もしや、秘密を見た私を亡き者にしようとしておるのか?」
ずずずずと黒い市が復活しそうなので、慌ててオリバーが否定する。
「そんな事はしません!」
「おぉ、良かった。じゃあ、シェルドナールの者は・・」
「ご安心下さい。アシュバ大陸近くの島に上陸し、滞在しています。そこは皆さんの国と同じような暮らしを再現した島です」
「なんとまぁ、滅多に渡って来られない人族の為にそんな島まで用意しているのかえ?」
市は莅魔人の用意の良さに舌を巻いた。
「まあ、そこは大昔の暮らしを体感するレジャー施設なんです。たまには不便を楽しむという大人気施設なのですが、人族がいらっしゃっている間は、貸し切り状態です」
オリバーの言うレジャー施設というのがわからないが、想像はついた。
「市様も帰りに一度寄って行ってください。都会で疲れた時、緑も豊かで癒せる大人気スポットなんです」
セレナがグッと力を入れて宣伝をする。
「なんにせよ、皆がそこにおるなら、帰りはそこに寄って帰る事になるだろうのう・・アオで帰るのは是非とも避けたいゆえ・・」
市はアオの頭を撫でながら、行きの飛行の怖さに身震いした。
「後で、市様がこちらに無事に到着されている事をシェルドナールの方々に連絡を入れておきます」
そう言うなり、オリバーが立ち上がり、市に手を差し出した。
「それでは、魔王様の所にご案内致します」
市はオリバーの手を取り、立ち上がった。
オリバーの執務室を出ると、部屋よりフカフカな絨毯が敷き詰められた廊下を歩く。その時廊下の灯りが急に暗くなった。
「また、魔力不足のようだ」
オリバーが、近くの壁にある銀色の縦横25cmの取っ手の付いた小さな扉を開いた。
そこには、弱々しく白く光る魔石が嵌め込まれていた。
オリバーがそこに掌で触ると、少し黄色になった。すると、廊下の電気が少しだが明るくなった。
「最近、莅魔に流れる魔力の低下と質が落ちているせいで、このように魔力不足になり、不都合が起きている」
オリバーは自身の魔力を魔石に流したせいで、明らかに辛そうだ。
セレナが、ふと思い付いた。
「市様、ほんの少しで良いので、その魔石に触って頂けませんか?」
「はい? これに触れば良いのですか?」
市が薄黄色の魔石に掌をあてた。
「・・・何も起こらぬのおおおおーーー!」
魔石が激しく輝きだし、目を開けていられない程光っている。
オリバーが慌てて魔石から市の手を剥がした。
廊下で3人が座り込んでいると、騒ぎを聞き付けた、莅魔人達が集まってきた。
「おい、オリバー何が起きたんだ?」
オリバーは呆然として返事が出来ない。
「ちょっと、魔石を見ろよ」
集まった莅魔人が一斉に魔石を見て、息を飲む。
「こんな色、暫く見てなかったよな・・どんだけ魔力を注いだらこんな色になるんだ・・?」
魔石が深い青色、ロイヤルブルーに変わっていた。
皆、オリバーが手を握っている女に目が釘付けになる。
「髪の色・・真っ黒じゃないか・・オリバーの恋人か?」
ここでオリバーが市を抱き上げ、「魔王様に目通り予定の大事な客人です。急ぎますので、失礼します」と、急いでその場を離れる。
セレナも急いでその後を追った。
魔力不足が解消された、廊下は明るくなっている。
「急ぐので、転移魔法を使います。セレナさんも早く、魔方陣の中に入りなさい」
「オリバー、待てよ」
追い掛けて来た同僚を無視して、さっさとオリバー達は消えた。
オリバーが着いた階は、先程までの階と雰囲気がまるで違った。
目の前に、黒い大理石の床が続き、両端は白い玉砂利が敷き詰められている。その奥は竹林が延々と続いている様な錯覚に陥る。
ここで、ガクッとオリバーが膝を付いた。
「大丈夫ですか? 先程から魔力不足で辛そうですが・・」
セレナが心配してウロウロしている。
抱き抱えられていた市が、慌ててその腕からおりようとする。
「すまぬ。そのように辛い体で運ばせてしもうた」
しかし、オリバーは腕に力をいれて、市を抱き上げ、再び立ち上がる。
「あんなに魔力を魔石に注いだのです。きっと私より、苦しい筈です」
「・・・えーと、差程、体調に変わりは無いのじゃが・・・」
「・・・」
オリバーが、スッと市を下ろす。
嫌味なまでに大きなため息をついて、頭を抱えた。
「大丈夫ならそう言ってくれますか? 私はもうあなたが動けないんじゃないかと思って、体に鞭を打って頑張っていたのに・・それから、セレナさん! あなたも何か分かってて市様に魔石を触らせたンですよね?」
オリバーは一気に捲し立てると、ふらっとしたようで、体がグラッと揺れる。
だが、オリバーは倒れる事なく、ふわりと体が浮いて、そのまま大理石の道を進んで行く。その後を訳も分からず、市とセレナが付いていく。
目の前に大きな扉が自動で開いた。
扉が開くと、黒い長髪の絶世の美男子が立っていた。
白い艶々肌。切れ長の妖しい漆黒の瞳。整った眉に、高い鼻筋。
その佇まいは一枚の絵画の様に神々しい。
その絵画が動いた。
「オリバーはいつも無理をする。悪い癖だ」
ぐったりしているオリバーの額に手を当てると、オリバーはすぐに目を開けた。
オリバーは気が付くなり、頭を下げた。
「魔王様、お手数をお掛けして申し訳ございません。魔王様の魔力を私の様な者に使わせてしまった事お詫び申し上げます」
「いや、いいんだよ。先程、彼女がこの付近だけでなく、アシュバ大陸全体が潤うような魔力を注いでくれたからね」
魔王様は市に目をやり、極上の微笑みを市に向けた。
「初めてお目にかかります。シェルドナール王国より来ました市ともうします。この子はドラゴンのアオです」
市がカーテシーではなく、頭を下げた。
「私はノア・チェスターです。宜しく。貴女の国の人々が、随分と貴女の事を心配しているのを感じましたよ。では、体を見て上げましょう」
「エッ? 服を脱ぐのですか?」
大声を上げたのは、オリバーだった。
「オリバー、残念だけど市の服を脱がさなくても、診察はできるよ」
「グッ・・」
オリバーの顔が真っ赤になる。
「あははは、オリバーはむっつりスケベだったのかの」
市が大口を開けて笑う。
その市を魔王は珍しい物でも見るように、市をみていた。
「クッ、誰がむっつりスケベですか!」
オリバーが赤い顔のまま反論する。
「あはは・・・・魔王様どうされました?」
市は魔王が自分を凝視している事に気が付いた。
「・・いえ・・私の前でそのように大口を開けて笑う女性はいなかったので、とても新鮮で・・」
「これは、申し訳ございませぬ。尊い方の前で大口を開けるなど、失礼をしてしまいました」
市がお詫びすると、魔王が手を振る。
「いや、違うのです。私の前だと皆大抵はあの様になるのです」
魔王が指し示した方を見ると、セレナが、真っ赤な顔で手を胸の前で組み、潤んだ瞳で魔王様を見て恍惚の表情で動かない。
オリバーが頷く。
「そうですね。大抵はああ、なります。男の私でさえ、初めてお会いした時は、ボーッとなりましたから・・」
「確かに魔王様はお美しいのう」
魔王の目を見て、市がニコッと微笑む。
「うっ」
魔王が急に目を逸らした。
「?」
首を傾げた市に、言い訳がましく説明をした。
「私は今まで女性と話した時、目が合った事がなくて、大体目を逸らされるます。また、目が合う時は恐ろしいまでの求愛の眼差しを向けられるかのどちらかしかなかったので、このように普通に笑顔で話されると、照れてしまいました」
美しい男がほんのり赤くなるのは、色っぽい。
しかし、市は魔王が大変そうで、それどころではなかった。
「確かに、それでは大変でしょうのう。そのままでは、仕事にも差し障りが出るやもしれぬし・・」
魔王の悩みを解決してあげたいと、本気で考えていた。
「市様のそう言うところが、貴女の国の方々に信頼されているのでしょう」
市の様子に微笑み、魔王は市の頭に手を置いた。アオが市の腕からスルッと降りた。
「まずは、貴女の悩みから解決しましょう」
そう言ってそのまま魔王は目を閉じると、すぐに目を開けた。
「貴女の中にある魔力は、何の混じり気の無い、本当に美しい魔力です。このような魔力に触れるのは私が幼き頃に触れた曾祖母の魔力でしょうか・・懐かしいです」
魔王が市の魔力を確かめる様に、また目を閉じて、今度は市の両肩に手を置く。
「貴女を蝕んでいるのは、ここにあるコアですね」
魔王がスルスルと市の肩から左脇腹に手をやる。
コクンと市が頷くと、魔王がもう片方の手を市の目の前に持ってきて、掌を上に向ける。すると魔王の掌の上に、美しい花を咲かせている木の映像が映し出された。
満開の花が咲いている。市は花の名を答えた。
「・・さくら・・?」
「さくらという木ですか・・? この世界にはこの木はありません。このコアは、この世界で埋められたようです。従って、貴女を助ける為に貴女の世界から持ってきた誰かがこの世界で貴女に埋めた・・ということになります」
「私の世界には桜はありますが、魔植物ではありませんし、この世界に私の知り合いは誰もおりませぬ」
市は困惑した。この世界に来てから元の世界の者には、いくら思い返しても会った事がない。
「そうですか・・・。何にせよ、このコアは、邪気を吸って危険な状態には変わりありません。ですから、1度取り除きましょう。痛くはないので、体を楽にしてて下さい」
市は少し不安な表情になったが、ここまで来たのだからと、覚悟を決めた。
市が頷いたのを確認した、魔王は市の左脇腹に両手を当てて、何かを唱えている。
市の視野が狭くなった。
崩れるように市が膝から倒れた。




