46 アシュバ大陸(2)
セレナがホッと安心した表情で振り向く。
「お待たせしました。ランヴァインが連れてきたお客様ならば、是非お会いしたいと魔王様が仰られているそうので、ここから少し遠いですがお連れしますね」
市とセレナが歩き始めると、アオも大きな体で付いてくる。
ドンッドンッドンッ
「・・・あの・・」
セレナが躊躇いがちに、市に声をかける。
「はい?」
「あの、アオを連れていくつもりですか?」
後ろを振り返りつつセレナが、市の返事を待つ。巨大なドラゴンは規定の施設で待っててもらうしかない。
「知らぬ場所で一人置いておくと寂しがる故、連れて行こうと思うております」
優しげな微笑みをアオに向ける市。その様子に更に困惑するセレナ。
「・・あの・・ですが、その大きさでは建物に入れませんが・・」
「え? アオはいつも一緒の部屋で寝ておるし、どこの店に入るのも一緒なのじゃが、ここではダメなのかえ?」
セレナは、市が大きなドラゴンと一緒に寝ている所やパン屋に入る様子を想像して、声を失う。
「どんなに大きな建物の町なんですか・・・」
ワナワナ震えているセレナの横で、市が胸を叩く。
「アオ、ほらここにおいで」
市が両手を広げてアオを呼ぶ。
アオが「キュー」と可愛い声を出して、市の方に体を寄せる。
「危ない!」
セレナは市がドラゴンの下敷きになってしまうと、大声で制止した。
しかし、ドラゴンは瞬く間に小さくなり、結果、市の胸に小型犬サイズで収まっていた。
「・・?!・・ん?」
「さて、どちらに行けばよいのですか?」
市が何事もなく、歩き出しているが、セレナは思考能力が停止していて、理解が追い付かない。
「・・ちょっと待って下さい」
漸く一言、言えたセレナが、市の腕の中にちんまり抱かれているドラゴンを凝視する。
「貴女もドラゴンも規格外ですね」
ふうーと息を吐いたセレナが市に尋ねる。
「ドラゴンがこんなに小さくなるのを初めて見ました。それに、ドラゴンは孤高の生き物で甘えたりしないのですが、いつからアオと一緒にいるのですか?」
「道に落ちていた石を拾ってかえったら、この子が生まれてきた故
、そこから殆ど一緒かのぅ」
「・・想定外の答えだわ」
セレナはもう一度、ふうーと息を吐く。
「普通の人族ならば、ドラゴンは卵から孵ることはないのですが、先程市様の手を握った時に、懐かしいと言うか、いにしえの魔力を感じました・・だからなのかしら・・?」
「全く魔法は使えぬのじゃが?」
2人がうーんと考えながら芝生の公園を出口に向かって歩いていく。
出口付近で大きな岩が設置されていた。それを見た市が、足を止めて拝む。
「何をされているのですか?」
不思議そうにセレナがいつも見ている大岩をまじまじと見つめて市に聞く。
「セレナさん、これは道祖神ではありませぬか?」
「どうそじん?・・それは何でしょうか?」
セレナが市の言葉をおうむ返しに聞くので、少しがっかりした様子だった。
「道の神様かと思うたのじゃが、違うたようです」
「道の神様ですか・・。ただの石に神様がおられるというのは・・考えた事もないです」
セレナは再び大岩を見た。
「我が国では、万物に神様が宿っているという考えがあって、このような岩だけでなく、巨木にも山にも、水にも・・という具合に、数多の神がいると信じられております」
市が慈しむように大岩を撫でると、本当にそこに神が居るような気がした。
「!!・・今、大岩から市様の方へ魔力が流れませんでしたか?」
確かに市の方へ何かが流れたのだが、セレナの少ない魔力では、はっきりと見ることが出来なかった。
「えーと・・何も感じなかったのじゃが・・」
体に何か得体の知れない物が流れたと言われた市は、気持ち悪さにぶるっと身震いした。
気持ち悪そうにしている市とは対照的に、セレナは凄い発見をしたかも知れないと、一人興奮気味だった。
「早く魔王様に市様の事を報告しに行きましょう」
セレナは急かすように市の手を引っ張りながら、綺麗に舗装された道路まできた。石畳でもなく、砂利道でもない、まっ平らな道に市は感激していた。
「アスファルトの道が珍しいのですか?」
いつもの道をセレナが不思議そうに見ながら聞く。
「ここの国の町並みは今までに見たことが無いゆえ、全てが珍しいのう」
市は高層ビルが建ち並ぶ、整然とした街並みを目を見開いて、眺めた。
「こちらですよ」
セレナに呼ばれた方を見るが、何もない。
ただ道端に銀色に光る130cmくらいのポールが立っていた。
セレナがポールを触ると、ぽわっと光る文字が浮かんだ。
セレナがその文字の1つにタッチすると、時間が表示された。
「後5分でアルトビスがきます」
(アルトビスとは何ぞ?)
市は尋ねようとしたが、ここは想像して見ようとセレナには頷くだけにした。
向こうから箱形の奇妙な物体が、馬に引かれる分けでもないのに、動いてこちらへとやってくる。
(想像を遥かに上回る物がやって来たの・・)
市があんぐり口を開けて見ていると、箱形の乗り物は目の前で停まった。
箱は地面から浮いており、中に入ると沢山の人が座っていた。
セレナに促されるままに、市は座席に座る。
市が乗り込むと、一斉に乗っていた乗客が市を見て注目を浴びる。
市はこの大陸の物でもない者が乗ってはいけなかったのかと、居心地の悪さを感じていた。
アルトビス内の雰囲気を感じ、慌ててセレナが市に説明した。
「このアルトビスを利用するのは、私のような魔力の少ない物が乗るのです。魔力の高い方々は魔方陣や転移魔法で移動されるので、貴女のような黒い髪の方が乗ってこられた事に皆が驚いているんです」
そう言われてアルトビスの中を見渡すと、確かに髪の色は白、薄紫等の薄い色の人が乗っていた。
納得した市は次に他の事が気になった。
「所でこのアルトビスとやらは、どういった動力で動いておるのであろうか?」
「この街の動力源は殆どが魔力で動いています。高魔力持ちの方々が魔力を放出して貯めてくれています。私達のような低魔力は短い距離で出勤出来るように、職場から近い所に住んでいます」
「沢山の人がこのように一緒に乗れる乗り物があるとは、便利じゃのう。馬車の時も驚いたが、これは更に便利で快適じゃ。凄いの~窓の景色が次々に変わる。これは楽しいのう」
「・・・・。ぐっ・・」
市が快適だったのも、途中までだった。
市は初めての車酔いを経験した。
もう少しで着くという時に、我慢が出来ずに降りてしまった。
「大丈夫ですか?」
セレナが道端で座り込んでしまった市の背中を擦る。
「もう少ししたら落ち着くと思うが・・・ほんにすまぬ・・」
真っ青な顔の市が、申し訳なさそうにしゃがみながら頭を下げる。
「気難しいドラゴンと有名なあのランヴァインが連れてきた貴女は大切なお客様です。気にしないでゆっくり休んで下さい。もし動けるようならもう少し先にベンチがあるから移動出来ますか?」
都心に近い場所でアルトビスを降りたので、人通りも多く通行の邪魔をしているのは市にも分かった。
市の腕の中で大人しくしているアオも心配そうだ。
これでは、セレナにもアオにも迷惑をかけてしまうと。市はふらつきながらも立ち上がった。
せめて、セレナが指差したベンチまで頑張ろうと思った矢先、ふわっと体が浮いた。
「君は第1エリアのドラゴンのお世話係のセレナさんですね」
市は腕にアオを抱えながらお姫様抱っこをされている。そして、市を抱えている男は、この状況に硬直している市を無視して、セレナに話しかけている。
「はい、私が先ほど連絡しましたセレナです」
「君が連絡をくれてから、かなり待っていたのですが、中々来ないから迎えに来ました」
男の冷たい口調に、セレナは小さくなりながら、「申し訳御座いません」と頭を下げた。
「セレナさんは悪くないゆえ、怒らないで欲しい。そもそも私があの箱形の乗り物の・・なんちゃらビスに乗っているうちに気分が悪うなって途中で降りてしまった事が原因じゃ・・ううっぷ・・」
市は吐きそうなのを耐えた。
男は眉をよせ、
「ではこの方がランヴァインが連れてきた市様ですね?」
とセレナに早口で聞き、セレナが頷くとすぐに魔方陣を作りだした。
セレナは魔方陣から外れた所にいたが、男に「君も来なさい」と言われ慌てて魔方陣の中に入った。
市は一瞬、体にグッと圧力が掛かった感じがしたが、次にはもう室内にいたのでビックリしていた。
「大丈夫ですか?」
声をかけられ、漸く先ほどの男に抱き抱えられていたことを思い出した。
上を見るととても近い所に男の顔があった。
男の髪と目の色は紺色よりも更に黒に近い『勝色』だった。
「お世話をかけました。もう大丈夫で・・うっ・・です・・」
市は胃の中から酸っぱいものが上がってくるのを、口に手を当てて我慢した。
市の様子を見て男はそっとソファーにおいてくれた。
そして、男よりも髪の毛の色が少し薄い紺色の女性に、目で合図をする。
女性は戦国でもシェルドナールでも見なかった、膝までのタイトスカートを履いていた。
踵の高いヒールでカツカツと音をたてて市に近付き、座っている市の額に手を当てた。
彼女が手を当てると急に身体中の力が抜けた。そして体がほわわんと気持ちが良くなった。
気付けば、いつのまにか吐き気は治まり、疲れもなくなっていた。
女性は下がろうと一礼をした。
市は慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「私は市と申します。先ほどまで酷い吐き気に襲われていましたが、貴女のお陰ですっかり良くなりました。有難う御座いました」
彼女は少し微笑んで退室した。
気分が良くなり落ち着いて回りを見ると、広さ15畳の部屋に、黒の皮張りのソファーにガラスのテーブル、壁には天井まである大きな本棚。そして窓際に大きな書斎机とセットの肘つきの黒いゆったりとした椅子。
クルッと一周見渡すと、勝色の男と目があった。
「気分が良いようなので、先ずは自己紹介をさせて頂きます。私は魔王様の第1補佐官のオリバー・アフレックです。貴女より先に来ていたシェルドナール王国からの使者の方々より要件は聞いています。しかしこうも早く、そのご令嬢が、ドラゴンに乗ってやって来るとは思いもしませんでした」
莅魔族は長生きだと聞いているので、見た目は25歳くらいと若いが、もっと年を取っているのかも知れない。
容姿を観察しつつ、市はオリバーの話を聞いていた。
「私はシェルドナールでお世話になっている市と申します。この度は私事でこの地を訪れましたが是非魔王様に謁見をお許し頂きたく存じます」
市は武家の娘らしくピシッとお辞儀をした。
オリバーが市の圧巻の立ち居振舞いに、目を見開いていたが、すぐに市の砕けた感じにがっかりすることになった。
腕の中のオアが暴れだしたのだ。
「これこれ。アオどうしたのじゃ?あははは首を舐めるでないわ」
暇をもて余したアオがそのままオリバーにダイブする。
やんちゃなアオはオリバーに飛び込む時に大型犬程、大きくなってダイブしたものだから、オリバーは受け止めきれなくなって、尻餅を付いてしまった。
「くッ重い・・なんだこのドラゴンは・・今少し大きくなったような気がするぞ・・それより、早くこのドラゴンをのけてくれ」
市が手を差し伸べると、アオは先程よりも更に子猫程の大きさになって、市の腕の中に帰った。
「もしかして、ランヴァインが連れてきたドラゴンと言うのは、このドラゴンの事ですか?」
「はい、そうです。このドラゴンの手の中に入って、市様はここに渡って来られたようです」
セレナがきちんと説明してくれたお陰で、オリバーは素直にこの規格外のコンビの事を信用してくれた。
「あっそうそう、ところで、シェルドナールから来た皆はどこにおるのでしょう?」
市は魔王様の謁見にきたのだから、当然近くに滞在しているのだと思っていた。
「彼らはアシュバ大陸には上陸していませんよ。そしてこれからも、この大陸に足を踏み入れることはないでしょう」
オリバーの言葉が進むうちに、どんどん市の顔が強張っていく。
市の体から冷気が吹き出し、重い圧力がオリバーにのし掛かる。
「それはどういう事じゃ? 私は確かに皆が、アシュバ大陸に上陸をしたと聞き及んだ。そなたの返答如何によっては、行動に出ましょうぞ」
ゆっくり立ち上がった市の怒りの気配を察知して、アオも可愛い子猫から、徐々に大きく変化していく。




