44 蒲鉾(かまぼこ)
今日は新しい形の海軍発足の式典の為、元海賊達が、シェルドナール東海岸の新しい海軍基地に集まってきた。
海賊の頭のアビスが、海賊船として使っていた船2隻を航行して来てくれた。
「本当は商船とコルベットが5隻あったんですけど、商船の横っ腹に大きな穴を開けられてねー」
アビスはテオフィデールと市に嫌味っぽく話す。
集まった人々の前で、アイレス宰相が人事の発表をした。
「海将:ユーグ・ホセ・リオンヌ
海将補:カイル
海将補:ロラン・ギ・ルベル
艦長:アビス
艦長:ニール・ド・アルモンテ
・・・・・・」
掌帆長から海兵隊まで名前を読み上げた。
その後、海将、ユーグの就任の言葉があった。
「貴方達は多くの困難を乗り越えてきた。その強靭な精神力、柔軟な適応力を生かして、自分の役割を全うして欲しい」
元海賊達も、海兵隊の人達も新しい門出にその言葉を胸に刻んでいた。
式典が終わり、金色の錨と3本の剣のマークの肩章を着けたユーグが市とテオフィデールに歩み寄る。
「陛下、本日はお忙しい中ご足労頂きありがとうございました」
「うむ、これで貿易で東ルートが使えるようになる。ユーグ、期待しているぞ」
「お任せください。しかしその前に大事な役目があります」
そう言うと、ユーグとテオフィデールが市を見た。
「そうでした。私を魔王様がいる、南のアシュバ大陸へ連れていって貰わねばなりませぬ。お世話掛けます」
それがどんなに大変な事なのか、知ってか知らずか、市がにまっと笑う。どうやら旅行くらいにしか思っていないのでは?とテオフィデールは呆れる。
「何としてもお連れしますよ」
ユーグが力強く言う。
その後テオフィデールが、海将補になったカイルと話をしている。
市はテオフィデールに見られると煩いので、ユーグに小さく手招きした。
ユーグが何だろう?と言う感じに近寄ると、市が服の袖から刺繍したハンカチを、取り出しユーグに渡した。
「いつまでも、メデューサと言われている刺繍のハンカチを持たすのも悪いかの~と思いこちらを・・」
ユーグが受け取り、海を渡る鳥が4つ葉のクローバーをくわえている刺繍があった。
暫く、ユーグは刺繍を見たままで動かない。
「気に入らなんだか?」
市が心配そうに聞く。
「いえいえ、とんでもないです。先のもう1枚と同様に大事にします」
ユーグはハンカチをきれいに畳み胸ポケットにしまう。そして、市を真っ直ぐ見つめる。
「城を離れ、この軍港のある海軍施設で勤務する為に、以前のように市様をお守りする事が出来ませんが、有事の際は駆け付けます」
そう言ってユーグは微笑んだ男の顔に、爽やかな潮風が吹き抜けた。
式典が終わってからというもの、暫く魚の保存がきく方法を、シェルドナールの城内で料理長のクルトと模索する日々が続いていた。
煮詰めたり、魚の煮こごりを作ったり色々な料理を試している。
「市様、どれを作ってもこれだというのがないですね」
クルトでも、もう調理方法が思い付かなくなってきていた。
2人で腕組みをしたまま、色々な種類の魚を前に、立ち尽くす。
市が戦国の世界で見た、食べ物に関する巻物を思い出した。
「え~と・・確か私の世界で食べておった蒲鉾なのじゃが。『食物服用之巻』という巻物の中にも書いてある、ちゃんとした料理じゃが・・作り方がうろ覚えでのう・・」
額に拳をこんこん当てながら、市は懸命に思い出そうとしていた。
(あ、思い出せそうじゃ。確か、シログチと言う魚を使って・・)
市の後ろから来ていたテオフィデールが、市の額に手を置く。
「大事なかわいい額を叩くな」
優しい声で、市の額を撫でる。
市は耳を真っ赤にしながら、思い出そうとしていた料理が、どこかにぶっ飛んだのを確信した。
「・・・陛下、間が悪うございます」
市は恨めしそうな顔で、テオフィデールを見上げた。
「うん? どうした?」
テオフィデールが首を傾げる。
「もう少しで、魚の調理方法を思い出せそうでしたのに」
頬を少し膨らませて、怒ったフリをして見せた。
「料理だったら、焼く・揚げる・煮る・蒸すだろう?」
テオフィデールの言葉に、
さっき思い出そうとしていた続きが閃いた。
「クルト、思い出しました。炙っていた筈じゃ」
ここで、テオフィデールが宰相のアイレスに見つかり、執務室に連れていかれた。
市は思い出した手順をどんどん書き出していく。
①魚の鱗、骨を丁寧に取る。
②身を水にさらして、浮いた鱗と 骨を取り除く。
③水気を切って、身に塩をまぶして、ひたすらすりこ木で磨り潰す。
④砂糖、密淋、卵白を入れて木の板に整形して乗せたものを炙る。
「・・・・・と、まあこんな感じであったと思う」
クルトが市の書いた通りに作っていく。密淋がなかったので代わりにクッカ酒を使う。最後は炙るのでは均等に火が通しにくい為、蒸してみた。
「おおぅ。昔食べた蒲鉾じゃ。嬉しいのう」
市は美味しそうに食べるが、クルトが食べた後で難しい顔になる。
「うーん。市様、これはシェルドナールの民には受けないかも知れません。・・淡白な味で、何かアクセントに欠けるような気がしますね」
申し訳なさそうに、クルトは意見した。
(なんと! このように美味しい蒲鉾を受け入れられないと?)
戦国時代では、あまり調味料がなく、素材の味を生かした調理ばっかりだった。しかしシェルドナールでは沢山の調味料が元々あって、各家庭料理でもしっかりした味付けが好まれている。
市の落ち込んだ表情に、クルトが脳内フルパワーで、新しい調理方法を考える。
「蒸すのではなく、揚げてみましょうか?」
クルトが魚も鯵に似たカラパという魚に変え、すり身にして、少し野菜を加えて揚げてみた。
こんがり狐色に揚がったそれは、かまぼこより歯ごたえがあり、味も野菜が入ったことにより味わい深い物になった。
「美味しいのう」
市の顔にホッとしたクルト。
「はい、これならシェルドナール国民にも、うけますね。しかも、冷蔵保存は1週間前後と持ちそうです。もうちょっとだけ頂きましょうか」
しかし、クルトと市の手が止まらなくなった。
「ハッ。陛下に食べて頂くのがなくなってしまいました」
クルトは空になったお皿を見て、慌てて再度作り直す。
「今度はトウモロコシが入ったのも食べてみたいのじゃが、よいかの?」
クルトに拝むポーズでお願いをしたら、あっさりOKが出た。
「いいですよ。他にも枝豆やニンジンなど、もっと色々な野菜を入れてみましょう」
クルト提案で、色とりどりの綺麗な揚げ物が出来た。
早速、出来た事を王専属執事のニコラを通じ、テオフィデールに伝えて貰った。
ニコラが調理場に顔を出し、辺りの匂いを嗅ぐ。
「いい匂いですね。あぁ、これが新しい魚料理ですか?」
ニコニコ笑みで、いかにも物欲し気である。
「仕方ありません。1つ、そう1つだけならどうぞ」
市は『1つだけ』を念押しして、揚げ物が並ぶ皿をニコラに差し出した。
「あー! これ枝豆ですね。美味しいです。えーっとこっちの黄色いのは・・」
ニコラが2つ目を取ろうと手を伸ばしかけた瞬間、市がペシッとニコラの手を叩いた。
「だから、先程言うたであろう? 1つだけと!」
ニコラは手を擦りながら、「ハイハイ」と素直に手を引っ込めた。
そのまま、ニコラが皿を持ちテオフィデールの執務室に向かった。
ドアをノックし中に入ると、アイレスも政務の話をしていたのか、そのまま険しい顔でソファー座っていた。
「何かあったようじゃのう?」
先程まで刻んであったであろうテオフィデールの眉間のシワを見て、市自身に関する、何か問題があったとわかった。
「いいや、大した事じゃない。魔王に会う準備にトルベツ国が横槍を入れてきただけだ。すぐに調整出来るはずだ」
言い終わると、テオフィデールはニコラの持っている揚げ物に話を戻した。
「それが、新しい魚の調理方法か?」
「はい、磨り潰したカラパを揚げました。どうぞ陛下、御賞味ください」
クルトが説明すると、早速テオフィデールが食べて、続いてアイレスとなぜか先程食べたばかりのニコラも食べた。
「「美味しい!」」
「見た目の華やかさはないが、素朴な味わいがいいな」
3人の感想は概ね好評だ。
「これを名物として売り出しとうございます」
皆の良い手応えを感じ、市が意見すると、すぐにアイレスも賛同してくれ、更に加工場所も提案する。
「買い付けた魚をサエカ領地で加工し、名産品として出しましょう」
「先日のウォルト男爵の口添えもあったサエカ領地か?」
市からテオフィデールもその領地の事を聞いていた。
「元々漁港があり、以前魚の鱗からゼラチンを作る加工業があったのですが、それに魚の不漁により衰退している。これを機に色んな加工の市場を取り戻して欲しいのです」
アイレスの説明に、テオフィデールはかつて栄えていたサエカ領を思い浮かべ、了承の意味を込めて頷いた。
「痩せた土地で、作物が育たない領地なので、ここで盛り返す起爆剤となればいいですね」
一同が頷く。
「では、覚えやすい商品名が必要じゃのう」
市が頬に手を当てて考える。
「奇をてらったものではなく、素朴な方が良いでしょう」
ニコラがまた1つ食べながら言う。
「では、サッとつまんで揚げる故、『さっとつまみあげ』とはいかがかの?」
市がノリノリで出した名前だったが、クルトにはプッと笑われ、3人にはジト目で見られた。
「そこは、領地の名前を入れて、サエカ揚げにしてはどうでしょう」
「覚えやすいし、どこの名産品か分かりやすくいいですね」
辛口ニコラが素直に頷く。
アイレスが言った商品名で皆の意見が一致した。
サエカ領の領主リケン・ジル・カティネ子爵にこの『サエカ揚げ』の話をしに使者が立てられた。
かまぼこを諦め切れない市は、『サエカ揚げ』の話とついででに蒲鉾も試食して貰ったが、皆の意見はクルトと同じだった。しかし、諦め切れない市は、ついでで良いから、蒲鉾も推薦して欲しいとアイレスに頼み込んだ。
「まぁ、それ程までに市様が仰るなら『かまぼこ』の話もしましょう」と、大袈裟なため息を吐かれながら許可を貰った。
(沢山、蒲鉾が食べられると嬉しいのじゃが・・どうなるかのう)




