42 カピス島(3)
昨日の医師の診断とカイルの知識の結果、邪気を浴びるとより早く病状が悪化すると判断した。
魔植物は普通の植物と違って、、大地の魔素から栄養をとって育ち、その魔植物が大きく育つと、コアも大きくなる。
その魔植物の大きさによってコアの大きさもそれぞれ違う。
なので、魔族の住む大陸では、その魔植物が枯れて朽ち果てた中からコアがよく見つかる。
市の体にあるコアの大きさは、それほど大きいものではないようだ。
つまり、邪気を貯める容量も多くはないというのが、医師の判断である。
それで、出港準備を大急ぎで進めた。カピス島を予定より早く出港し、海賊の結論を聞きに行くことになった。
ユーグは逸早く、シェルドナールに帰国して、療養して欲しいと市に懇願した。
「しかしの、ユーグ。まだコアの最終暴走迄、まだ時間の余裕がある。故に最重要課題は海賊の解決だと思うています」
昨夜、市は立ち直れない程落ち込んでいた。傍で見ていたユーグが心配する程に、市の顔は青ざめていた。
しかし、一晩寝たら元の、元気な市に戻っていた。
そして、今ユーグとこれからについて、意見が割れて揉めているのだ。
騒ぎを聞き付けたカイルが、二人の間に割って入る。
「ユーグ様、魔王様には直ぐに会いに行けません。その間、無駄に時間を過ごすより、海賊の件を片付けておくほうが良いでしょう」
そう言って、カイルがスッとユーグに近付き、耳打ちする。
「考える時間を与えると、悪い方にばかりの考えてしまいます。市は海賊の事を考えてて貰う方が良いでしょう」
「あっ」ユーグが納得して、カイルの顔を見る。
その様子を、訳がわからない市が不満気に腕を組む。
「何の話をしておる?」
「市様のいう通り、アビスの島に行きましょうと言う話をしていました」
ユーグの険しかった顔が、急に優しく穏やかになった。あれ程反対していたユーグが、なぜ急に海賊の解決優先を許可してくれたのか気になるが、市の思惑通りになったのだからいいかと思い直す。
「ユーグが、アビスの所に行ってくれるなら、異存はないかのう」
「では、出港準備にかかります」
ユーグはくるっとカイルの方を向き、
「カイル、昨日の件ですが忘れてますよ」
そう言って、子供にメッとする程度にユーグはカイルを軽く睨む。
「市の・・市様の件は覚えてます」
カイルからの『様付け』に、市はぞわっと鳥肌が立った。
「カイル様からいきなり『様』を付けられると気持ちが悪いのう。何故です?」
「あー・・それはそのーこれからの事を考えて様付けしろと・・」
カイルが言いにくそうにユーグを見る。
「なるほどのう」
カイルの様子から察した市は、その言葉だけに留めた。
船を、アビスが待っている島の方へ帆を進めた。
市達を出迎えてくれた海賊達の表情は、前に訪れた時とは全く違っていた。
海賊達の苦渋の決断に、どんなに重い雰囲気で迎えられるのだろうと思っていた。
しかし、船を着岸した時から笑顔で挨拶され、ほっこりしたムードの中アビスと対面している。
「思ったより早く来てくれて良かったよ」
アビスが軽い感じで話す。
「では、結論が出ていると言う事ですね?」
ユーグがホッとして、聞く。
ユーグは逸早くこの会談を終わらせて、市を療養させたいので、この状況に喜んだ。
「魚が売れない以上、漁師は続けられない。海賊稼業もそこのお姫様に叩き潰される。となれば、残された道は1つしかないだろう?」
「私は、魚が売れるまでの手助けをしたいと言うのじゃが・・」
はて?そんな事を言った覚えがないと言う呈で、首を傾げた。
「はいはい。まぁ、そういう事になったので、お世話になります」
海賊達の顔は、これからの希望に顔が明るい。
(この顔を、曇らす事のないようにせんとのう)
市は気持ちを引き締めた。
「海軍の海兵隊員は家に長い間、帰れぬ事も多い、危険も多い。その分給料は、先日提示した分になる。それを踏まえた上で、海軍の海兵隊員か、海軍所属の水先案内人になるか言って欲しい。勿論そのまま漁師に残る者も、魚の買い取りをします」
ずっと海賊をしていただけあって、危険と言う言葉に躊躇はなく、海兵隊員を希望する者が多かった。
「じゃあな、市さん。今度会ったら『市様』って呼ぶね」
アビスが別れる時に、私とユーグにウインクして手を振った。
市はトルベツに戻って、トルベツ海域の魚に関する、通商協議を見直しを考えていた。
しかし、既に交渉管がシェルドナールから向かっているという報告を受け、市はトルベツに寄港せず、一路シェルドナールへと帰ることになった。
市はトルベツの貿易商のホセに会って、船を借りたお礼を言いたかったがその役目も、他の人に取られた。
甲板でむすっと海を眺めている市の横にユーグが立った。
「随分とご機嫌斜めですね?」
「何だか中途半端な気がしてのう、最後まできちんとしたかったと思うて、不貞腐れております」
海を見ながら、面白くなさそうにほっぺを膨らます。
「しかし、シェルドナールでは爆発寸前のお方が待っておられます」
その言葉に、市の耳が真っ赤になった。
市が何かを言いかけて止める様子を見て、クスッとユーグは笑う。
「うん?・・こちらに船が向かって来る」
トルベツ海域の最南端を航行中のこの船に、一隻の船が近寄ってくる。
リベルだ。
色々あったが、トルベツの宰相ヤクプが頑張ってくれたお陰で、これからは良い国交が構築出来そうなのだ。
ここで、問題を起こしては今までの苦労が水の泡となる。
リベルの乗船をにこやかに受け入れる。
「市、表情が固いが、私はただのお別れの挨拶を述べに来ただけだよ。」
本当にそうだったらしく、リベルは憑き物が落ちたような爽やかな顔で笑う。
「無理矢理ではございましたが、滞在中のもてなし、ありがとうございました」
嫌みを含んで市が返す。
ふふっとリベルが笑い、次にユーグに向き直す。
「ユーグ、どこに居ててもお前は俺の弟だ。何かあったら頼って欲しい」
リベルがギュッといユーグを、抱き締めた。
(本当はこれが言いたくて、ここまで来たのか。天の邪鬼なリベルが漸く本音を言えたようじゃ)
「ありがとう。兄さん」
ユーグがオズオズと頬を真っ赤に染めて、兄の背中に手を回した。
2人は最後に握手を交わし、離れた。
リベルが去り際、市にそっと話す。
「ユーグがずっと持っているメデューサの
刺繍のハンカチなんだが、もう一度ちゃんとしたのを刺繍してやってくれ。兄としての頼みだ」
「?」
「じゃあな!」
市が驚いてるうちに、さっさと船を乗りかえて離れていった。
(メデューサじゃなーい)
と市は心の中で拳を握ったが、ユーグがあれをまだ大切に持ってくれている事に申し訳なく思った。
帰ったら、また刺繍の先生に来てもらおう。しかし、あの苦行が始まると思うと、ため息も出た。
区切りが良いところで終わった為、短くなってしまいました。
すみません。




