41 カピス島(2)
カピス島でユーグが探すはずだったカイルが、自ら出向いた為、ここでの用事は済んでしまった。
しかし、出航準備で後2日は滞在する事になった。
カピス島の奥地は、魔族管理下の土地と言う名目で、立ち入り出来ない。
と言うより入ろうにも、亜人や獣人族は薄い邪気は平気らしいが、人間は離れていても『黒い森』の邪気に体調を崩す。
昨日の話し合いの後、市がカピスの町を見たいと言い出した。
ユーグは邪気の説明を何度もし、町までと約束を取り付けた。
意気揚々と町を歩き回る市の後ろを、ユーグは優しい目で見守りながら歩いている。黒い森の邪気も随分と薄まっていると判断したユーグだが、敏感に邪気を感じながら進める。
シモンまで、市の側を離れないと同行すると言い出し、シモンもカイルとユーグと共に朝から護衛に付いている。
カピス島の町は舗装されていない道に、簡素なお店が並んでいて市のよく知っている宿場町に雰囲気が少し似ている。
市が木工細工の店に入ると、シモンは市と一緒に店内に入った。カイルとユーグは店の入り口で警護をする。
商品である皿やスプーン、フォークが木で作られている。市は手に取り確かめるように触る。木の優しい丸みを帯びた形と触り心地が癖になりそうだと思った。
後ろにいたシモンに市が声を掛けた。
「シモン、このスプーンとフォークを、料理長のクルトのお土産にどうかのう?」
市は振り返ってシモンにスプーンを見せた。しかし、シモンの顔を見て驚く。
「ど、どうしたのじゃ? シモン。そなたの顔、真っ青じゃ」
市の声で店の入り口にいたカイルとユーグが慌てて店内に入る。店内は邪気の濃度が少し濃くなっている。
カイルはシモンを店の外に引っ張り出した。
「これは邪気にやられているぞ! 黒の森の木で作られた商品だったのか。クソっ! 港へ戻るぞ」
カイルはシモンを背負って、港へ歩き出した。
「シモン、大丈夫かえ? 私がどんどん店の奥に入っていったばかりに、辛い目に会わせてしもうた」
「大丈夫ですよ、市様。少し頭がクラクラしてますが、離れたので大分と良くになりました。それより、買い物の途中ですみません。カイルさんも、すみません。背負わせてしまって・・」
まだ青い顔をして、シモンが情けなさそうに謝る。
「俺は鍛えてるから、気にするな。それより、なんで市は平気なんだ?」
「そうですね、カイルは獣人族。私はエルフの血を受け継いでいるから平気ですが、市様は人間ですよね・・・?」
ユーグが不思議そう首を捻る。
「多分、人間・・かのう?」
元々いた世界では、人間かどうかを考えた事もないので、返事に困る。
(兄信長の舅御は『蝮の道三』と呼ばれてたし、兄自信は自分の事を『第六天魔王』と言ってたのう。秀吉は『サル』だった)
市がボーッと考えていると、カイルがシモンを背負っている片手を離して、市の手を掴む。
そして、掴んだままじっと目を瞑る。
「莅魔人か?」
いきなりの質問に、市は答えられない。
「るい・・?」
「市様は魔法のない異世界から召喚されて来た方だ。魔族ではないだろう」
市の代わりにユーグが答える。
カイルはその答えに不満のようだ。
「俺達獣人族はその昔、莅魔人が魔獣にコアの一部を与えて、獣人を作ったとされている。そのせいか莅魔族の魔力に触れると、懐かしいような気持ちになるんだよ。その感じが市に触れるとするんだがな~?」
カイルは納得のいかない顔で市を見る。シモンもユーグも見ている。
「良く分からぬ・・そもそも、莅魔族とはどのような人達なのかの?」
「莅魔人の外見は人間と一緒だが魔力の多さは桁違いだ。魔族はエルフ、亜人、獣人、莅魔人、他には魔獣もいる。莅魔人は魔力をつかさどる物という意味がある程、魔力量の多さもさる事ながら、多彩な使い方ができる。更に莅魔人の中でも恐ろしい程の魔力を有する者が魔王だ」
背負っていたシモンがずり下がってきたので、カイルは説明の途中で「よいしょ」と背負いなおす。
「あっ、すみません。俺、もう歩けます」
シモンがそう言ったので、カイルが背中から下ろしたが、まだふらついている。今度はユーグが、シモンに肩を貸しながら歩く。
カイルは背筋を伸ばし、手を上にあげながら市を横目に歩く。
市はさっきのカイルの説明を思い出しながら、自分が莅魔の要素があるか考えた。
(私が莅魔なら、しっかりした魔法が使えれば良いのに・・)
暫く誰も答えが出ないまま話しもせず、港を目指し歩いた。
その時、
市とカイルが同時に顔を上げ、遠くの空を見る。
続いてユーグも同じ方向を見る。
シモンは何がなんだか分からずに、皆が向いている方を見てみるが、わからない。
「来ちゃいましたね?」
ユーグが困った感じに、市に言う。
「来たの」
「えーっと、皆さん何が見えてるんですか?」
一人、置いてけぼりを、食らった感のシモンが、必死で空をキョロキョロ見る。
「おい! 何でドラゴンがこっちに向かって飛んで来てるんだ?」
眉をひそめたカイルが、早く説明しろとばかりに、市を睨む。
「あれは、私が卵から育てておるドラゴンでの、名前は『アオ』じゃ」
市はまだ遠すぎて、点でしか見えないアオに向かって手を振る。
そんな市を横目に、カイルは長い息を低く吐く。
「やっぱり市。お前、魔族じゃないか」
「「「えっ?」?」?」
3人がカイルを凝視する。
「ユーグ様も知らなかったんですね。ドラゴンは親か若しくは魔力量が多い魔族が側に居ないと卵から孵りません」
3人が驚きながら、カイルの説明を詳しく聞いていると、あっという間に、アオは市の隣に降り立った。
アオは、久しぶりに会ったのが嬉しくて、大きな頭を市に擦り寄せてくる。
「よう来たの。でもお城から勝手に出てきたのか?」
頭を撫でながら尋ねると、アオが、何か思い出したように、前足を市に見せる。
太いアオの足に、鎖で筒が付いていた。
筒の中に手紙が入っていた。
4人は思う。
(((伝書鳩ならぬ伝書ドラゴンか?)))
手紙には
『アオが、暴れてもう手が付けられません。後は頼みます。 アイレス』
とだけ書かれた手紙から、シモンは宰相アイレスの奮闘が見て取れた。
しかし、市には、目の前のこんなに愛らしいアオが、暴れて皆を困らせるという状況を想像出来ない。
「このように大人しいアオが、手に負えない程暴れるとは、想像出来ぬが、アオよ何をしたのじゃ?」
一瞬アオは、動きを止めたがすぐに高く優しい声を出して、市に甘える仕草をする。
「市様の前だけですよ。そんなに可愛らしい仕草をするのは。俺達だけだと今にも火を吹きそうに、ダァぁぁーー」
シモンが軽くアオの尻尾で、吹っ飛ばされた。
「これこれ、アオ。そんな事をしたら、めっ、ですよ~」
(たった今アオがシモンにした事と怒り方が、割に合っていない)
ユーグとカイルは思うが、敢えて言わない。
「ドラゴンがそんなに懐くのも、珍しいし、甘え方が普通じゃないな」
カイルが首を傾げて、アオの様子を見ていた。
市は、少し青アザの出来たシモンと一緒にアオの背中に乗って、船に戻ることになった。
シモン一人では、絶対にアオが背中に乗せなかったのは、言うまでもない。
船に着くと直ぐに、シモンは医務室で処置を受けて今は自室で、寝ている。
その様子を見届けて、市も自室に戻り着替えようと服を脱いだ時、ふと左脇腹が気になり、鏡を使って確認する。
すると以前、黒の塔に入った時に出来た痣が大きくなり、まるで黒いユリの模様に見える。
その痣が背中の左半分に広がっていた。
市は異様な痣が、自分の背中に広がっている恐怖で、鏡を凝視したまま動けなかった。
(何で?今朝まではなかったはずじゃ。何が? そうじゃ、医師に見て貰えたら治るかも知れぬ)
頭が混乱していたが、急いで服を着て医務室に向かった。
船内の狭い通路を、小走りで勢いよく曲がったら、帰ってきたばかりのユーグとカイルにぶつかってしまった。
「わあっ! 市様、そんなに慌ててどうされたのですか?」
「あぁ、ユーグ! すまぬ。怪我はないかの? えーっとその私の背中に・・いえ、先に医務室行かねば」
何が言いたかったのかわからないまま、ユーグ達は市を見送った。
しかし、市の発した「医務室」というキーワードが気になったユーグはすぐに市の後を追った。
医務室のドアをノックすると、助手の女性がドアを開けて、「どうぞ」と市を中に招いた。
市が中に入る前に、ユーグが追い付き、閉まるドアを手で押さえた。
「どうなされたのですか? 御気分が悪いのですか?」
「えっ? ユーグ付いて来たのかえ?」
戸口で、騒ぐユーグを魔法医療師は、老眼鏡を下にずらしてチラッと見た。
「面倒臭いから、皆入りなさい」
医師は気難しい面影通り、イライラしながら、声を掛けた。
市は助手がテキパキと椅子を勧めてくれたので、座る。
「で、どうされました?」
医師に尋ねられた市が、不安そう脇腹から背中に出来た痣について話し出した。
詳しい症状を聞いた医師が、顰めっ面で、ユーグに手をヒラヒラさせる。
意味が分からなかったユーグが、「?」の顔で医師を見る。
医師の方眉が上がる。
「今から痣のある背中を見るから、部屋を出なさい。それとも一緒に、ご婦人の背中を見ようと言うのですかな?」
ユーグはハッとして「すみません!」の言葉を言い残し、竜巻の様な速さで回れ右をして、部屋を出て行った。
助手は市に「少し服を上げます」と声を掛け、左脇腹が見える程度に服を上げた。
医師は黒い痣を見ると、「ちょっと、失礼」ともう少し上まで服を上げる。
そして、ゆっくり服を下ろしながら「うーん」と唸り、黙った。
医師はいきなり眼鏡を外して、両手で顔を洗うように擦る。
その様子を、市は不安げに見ている。
医師は眼鏡を掛け直して、助手にユーグを呼んでこいと言った。
ユーグはドアの前で待っていた様ですぐに入ってきた。
医師は顰めっ面のままユーグに話し出した。
「あんたに頼みがある。魔族に詳しい者を知ってるか?」
急に医師に言われた意味を考えながら、市を見る。まだ不安そうな顔をしている市を見ると、心配で仕方がない。
「カイルという者は、ここでは一番詳しいでしょう。乗船しているので、呼びましょうか?」
「うむ、今すぐ頼む。ここでは狭いので、隣の部屋に移ろう」
医師はゆっくり立ち上がり、隣の部屋に2、3歩歩くと後ろを振り向き、市に向かって手招きした。
ここでは言えない病気なのかと、市は躊躇したが、覚悟を決めて移動した。
暫くすると、呼ばれたカイルが部屋に入ってきた。
カイルは全く呼ばれた理由を、知らされていなかった為、重い空気の理由を聞こうとユーグの顔を見たが、頷かれただけだった。
重苦しい雰囲気の中、自分が呼ばれたという事は、魔族に関する何かしらの知識が必要なのだろうと理解しさっさと着席した。それを見た医師が話し出す。
「市様の左脇腹の痣は、以前よりかなり大きくなっています。この痣はオリナ様を助ける為に黒の塔に入った後、できたんですね?」
「そうじゃ、それまではここには黒子さえなかった」
「そして、今日カピス島の奥の町に入ってから、大きくなったという事ですね」
市がコクンと頷く。
「文献では読んだことがあるのですが、症例は今まで見た事はありません。なのであくまで、私の見解ですがこれは魔植物のコアの暴走が、原因だと思われます」
「魔植物のコア・・?」
市が理解できずに、呟く。その横でユーグが、反論する。
「市様は、召喚時は確かに人間でした。しかも魔力もなかった。その市様に魔族のコアが体内にあるはずもない」
「そうです。つまり、黒の塔の中で長時間、魔力を持たない人間が邪気に晒されて生きてはいられないでしょう。そこで誰かが、魔族のコアを市様に与えたと考えれば、説明がつくのです」
「しかし、塔からは誰も出て来なかった筈だ」
ユーグは、市がバラバラに爆破した塔を思い出した。
ここでずっと黙っていたカイルが口を挟む。
「しかし、コアを与えられるのは、魔王様だけだった筈だ。しかも魔王様が与えたコアを暴走さす様なヘマは打たないぜ」
「魔王ではない、誰かが与えたせいで暴走したのだと考えられます。問題はこの暴走は体内にコアが、ある限り止められないという事です」
医師の言葉に、市の呼吸が止まる。
「では、私はどうなる?」
縋る様に医師を見る。
「先程、背中の痣を見ましたが、まだユリの形の痣は小さな蕾の状態です。これが大きくなり、花を開いた様に変化すると、重篤な症状が現れると文献にありました」
医師は言葉を選び選び、話していたが、市の受けるショックは変わらない。
「カイルさんは魔族に詳しいと聞きました。魔族でコアを安定さす方法はあるか聞いた事はないですか?」
医師に聞かれたカイルだが、魔族の魔法に関する知識がそこまで詳しくない。
(知らないと言うのは簡単だ。
しかし、言えない)
市とユーグの藁をも掴む表情を見て、何か一つでも案がないか考える。
暫く、重苦しい時間が流れた。
「魔王様なら、コアを抜き取れるんじゃないか?」
カイルが、うっかり頭の中で考えた事を、口に出してしまい『しまった』という顔をして、頭を抱え込んだ。
しかし、放たれた言葉に希望を見出だした者達が、「おぉぅ」と新しい道を模索し始めた。
「すまない。不確かな事を言ってしまった」
カイルが顔を下げると、ユーグがカイルの肩をガッと掴む。
「カイルのお陰で、光明が見えました。先ず、出きる事から始めましょう」
市もその言葉に、頷いた。




