39 村上水軍
カピス島近くの島に、市達は上陸している。
周囲1.5kmの小島だが、急潮流に守られた島で、余程の技術ないと近付けない。
(この島よりも小さいが村上水軍の来島も、急潮流に守られた天然の要塞だったと聞く。ここの頭も村上武吉のような、強面なんだろうか? ちょっとワクワクするのう)
市は、呑気にそんな事を考えながら、館の中を案内されると、またまた考える。
(海賊の頭の城と聞いてたから、ついつい和風の城を想像していたのに、白い壁に青い窓枠・・こんなお洒落な館だとは・・う~ん、なんとのう、思い描いたのと違うの)
何故かちょっとがっかりしている市に、案内の者が1つの部屋の前に立つ。そしてドアをノックすると野太い声の返事が帰ってきた。
部屋の中に入ると、男が2人いた。
男が一人立ち上がって、市の目の前までやって来た。
日に焼けた褐色の肌に、筋骨隆々
に、眼光鋭い強面の顔。
市の顔がにんまり笑む。
(海賊の頭らしいお顔立ちじゃ。そう、こうでなくてはならぬ)
市は一人納得しながら、挨拶をする。
「市と申します。そなたが海賊の頭かの?」
ワクワクした満面の笑みで挨拶された男は、少したじろいで2歩下がる。
市がどうしたのかと不思議に思っていると、その後ろからクスクス笑う男が立ち上がり、市に声を掛ける。
「私が海賊を、まとめているアビスです。女性が来るというので強面の顔で威嚇し、話し合いをこちらのペースに持ち込もうと、この男は息巻いてたんですが、まさか怯むどころか微笑まれるとは思っても見なかったね」
そう言った人物は、美しい水色の長い髪をサラッとかきあげた。
それで、耳が尖っているのが見えた。男とは思えないスレンダーな体と妖艶な動きに、市は見とれてしまった。
ユーグは『アビス』と言う名前を聞いて、僅かに動揺した。
そして、アビスはユーグを見て、目を潤ます。そして、両手を広げて抱きついた。
「会いたかった、ユーグ」
一瞬戸惑ったユーグだが、ポカンと見ている市と目が会うと、焦りだして男をひっぺがそうとする。しかし綺麗な男にガッチリ組まれてる。
「ちょっと、待って下さい・・」
焦るユーグを尻目に、市は一人想像する。
(はっ! そうだ、上杉謙信も、武田信玄もしっかり男色だった)
市は思い出し、1人頷く。
(そうか、そうだったのか。ユーグは誠に美しい顔立ちをしておるのに、一向に女の噂が立たないのは、こういう好みだったとは・・」
「市さまぁー、途中から声が駄々漏れです。私はその様な好みではありません! 名前を聞いて思い出しました。彼は知り合いです」
ユーグが必死に訴えるが、美しい男の抱擁に見とれている市に、声は届いてない。
「ほおぅ」
市は何だかため息が漏れる。
ナギィが慌てて走り寄る。
「『ほおぅ』、じゃないです。市
様、ユーグの言う事を聞いて上げて下さい。それから、アビス様も、いい加減にして下さい」
冷静に突っ込みを入れつつ、ナギィがユーグとアビスの間に割って入る。
「おぉ、ナギィ!無事だと聞いていたが、ここまで帰ってきたか」
今度はナギィをムギュッと抱く。
「ハイ、無事です・・あーもう、放してください」
ナギィは冷静に対処する。
「えーっと、もうそろそろ、話しても良いかの?」
市はいつの間にか、飽きたらしくソファーに座っていた。
「え? あーはいはい」
アビスも流石に落ち着いて、市の前に座った。
それを見て市が話を進める。
「先ずナギィの家族は、無事ですか? ここに来てもらえるよう手配を願いたい」
「ああ、もうすぐ来るだろう。ナギィの父、トリスは海賊の操舵長だったのだが、ナギィの事で大変憔悴して海に出れなくなってたんだ。今、こっちに大急ぎで向かっている筈だ」
「そうか。それは安心した」
市は心底ほっとし、ナギィを見て微笑んだ。
「それから、ユーグとはどういう繋がりなのでしょう?」
ユーグが必死に言葉を探して、言い澱んでいるように見えた。
「ユーグは私の・・・従兄弟になります。昔一度だけ宮殿に遊びに行ったことがあったんだけど・・・忘れたかったのかな?」
急に不機嫌そうにアビスが答える。
「おぉ、そうなのか? ユーグ、先程、何故、知り合いと言うた?」
ユーグは市に言うか迷っているが、諦めた。
「・・・私達の祖母はエルフです。祖父は人間です。私の母はトルベツの王に見初められ結婚したので、私はエルフの血が混じるクォーターです」
ユーグが少し躊躇した後、市に話した。
「ほう、そうなのか」
市はフムフムと頷く。
すぐにアビスが追加で説明をする。
「それで、俺の母はエルフと結婚したから、耳が尖ってるんだ。ユーグは殆ど見た目は人間だよね。だから、エルフって事を隠したかったのかな?」
アビスはユーグを見透かすような目でじっと見た。
「・・・すまない。エルフの血が混じっている事をどこかで恥じていたのかも知れない。市様に私は言えなかったのがその心の弱さの表れだな」
下を向いてボソボソ話すユーグに、市が声を掛ける。
「私はエルフと人間の違いがよう分からぬ。しかし、自分が何者かは、大切じゃのう。先祖、親より受け継いだ繋がりは大事です。一生懸命に生きた親、先祖なら敬うべき。悪しき親、先祖なら、良く生きている自分を誇れば良い。常に堂々とあれ」
市の言葉にユーグが顔を上げる。
「母はエルフの血統のため、王宮で辛い思いをしてました。しかし下を向く事はなかった。いつも、自分が人間と亜人や獣人を繋ぐ掛橋になりたいと言っていました」
「強き母君じゃ」
うんうんと頷く市。
「そうだよ。ユーグは僕らの希望なのに・・・」
ナギィが駆け寄って抱きついた。
様子を見守っていたアビスが微笑み、パンッと手を叩いた。
「よし、解決したところで、これからの事を話し合いしよう。市さんは、俺達をどうしようと考えているんですか?」
アビスは挑戦的に腰に手をおき、威嚇する身振りで、市の目の前に立つ。
(さぁて、村上水軍を取り纏めた男、村上武吉ならば何と言って説得したのであろうかの?)
市は、そのまま後ろのソファーに座って、寛ぐ。
「まぁ、先ずは海賊を辞めてもらう」
アビスの眉がピクッと動く。
「ほう、それじゃあ、俺達に飢死をしろと言ってるようなもんだ」
「いずれは漁師に戻ってもらおうとも、思うています」
「魚を捕っても、売れないのにどうするのだ? しかもこの辺りの島は、何の作物も育たないのを分かって言ってるのか?」
アビスは自分達の追い込まれている現状に、ついつい語尾も強くなる。
「先ずは段階を踏んで問題1つ1つを、片付けていかねばならぬ。初めに、ここの魚が食べられると、皆に広く知らしめる必要がある。魚に関する噂の元になった原因は2つある。よいかえ?」
市が部屋を見渡すと、いつの間にか、沢山の海賊達が部屋に入って来ていた。
(先ずは将を落ち着かせねばならぬの)
そこで、目の前で仁王立ちになっているアビスを見て、手を伸ばし椅子に座るように促した。
アビスが素直に座った所で、他の海賊の顔を見て、話を再開した。
『海底火山』と、市が説明した。
「海が初め白く濁り、その後褐色になりそして、明緑色か、黄色くなったのではないかの?」
「おお、そうだよ」
「かなり広い範囲で、しかもあっちこっちで、そうなったなあ」
「あれで、この辺りの海が毒に侵されたと言われてるんだ」
ザワザワする。
「その後、見た事もない魚が、浮いてきたのではないかの?」
市が聞くと、口々に思い出した魚の形を言う。
与程、気持ち悪かったのか、顔を顰める者もいた。
「グロテスクな、気味悪い顔つきのが一杯上がったなあ」
「それらの魚が揚がったのは、この辺りではないか?」
市は地図を指差して確認した。
皆が、「そうだ」と言ったところは、急に深くなっていると予想していた海域だ。それで、どんな魚だったかを聞いた。
「陸に住んでる筈のダンゴムシが、えらい大きくなって浮いてたなあ」
「あぁ、あれは気持ち悪かった。でも、海老か蟹かわかんない奴もいたぞ」
「目もない口も変なニョロニョロする奴。あれが一番怖かったー」
「やっぱり、呪われたんだろうか?」
大具足虫、トゲナシビワ蟹、ヌタウナギ。
(深海の魚じゃのう)
市はそれらの魚を見た事があった。
「海の色が変わり、それが毒だという事になり、その後気持ち悪い魚が水揚げされて、この辺り一体の魚が売れなくなったようじゃの?」
皆が、頷く。
「しかし、話を聞くとそれは毒ではない。しかも、海の深い所で爆発した海底火山は、その勢いで深い所に住む魚が揚がっただけで、呪われた訳でも何でもない」
アビスが、目を輝かせて前のめりになる。
「そうなんだ。現に俺達はここで捕れた魚を食べている」
「それに、この海底では高低差が出来て、栄養のある泥が巻き上げられ、前よりも魚が多く集まっておらぬかえ?」
「そうです!」
海賊達は元は漁師。魚の事は誰よりも良くわかっている。
「ではこの辺りの魚を、風評被害が収まるまで、シェルドナール国が買いましょう。他国で食べられていると分かればトルベツや他の国の人々もその内食べるであろう。それと、魚が日持ちせぬなら燻製や、干物にしてもらいたい」
「大丈夫です。この辺りの漁師は氷魔法で新鮮なまま運ぶ特技を持っています」
アビスが、ずいっと手を伸ばし、市の手を握る。
ゆっくり市の手が冷えてくる。
「冷たい!」
いつのまにか市の手に、丸い氷が乗せられていた。
「これはすごい!」
市が氷を見れるのは、真冬に池や水溜まりで自然に凍った時しかない。夏に利用するなら、冬に出来た天然氷を、温度が低い洞窟や氷室で保管しないといけない。そう言う訳で氷は市の戦国ではとても貴重な物である。
「氷をこのように容易く作れるとは、驚きじゃ」
「いや~漁師は大体、氷は作れるけど」
あまりに感心する市に海賊達が、引いている。
市は氷に気を取られて、肝心な話を忘れていたと話を再開する。
「話が逸れてしもうたが、皆が海賊から足を洗っても、まだまだ風評被害が強い今、漁師に戻っても売れ残るであろう」
海賊は重く頷く。それを見て市が話を続ける。
「今、広範囲の海底火山の爆発で海底が浅くなって、随分大型船の航行が難しくなった。だから水先案内人の仕事をする者と、シェルドナールの海軍に就く者を、募集したい」
ここの海賊以外にも、商用船を狙う海賊がまだ多くいる。
また、商用船の往来が増えれば、海賊も増えるだろう。
それらから、守る海軍の増兵を考えていた所だったので、海賊を辞めて兵に就いてくれれば一石二鳥だ。
アビスを初め、皆が海賊を辞めて、細々と漁師を続けるか、海軍に入り海兵隊員として戦うか、海軍所属の水先案内人になるか考えていた。
暫くざわついていると、誰かが言った。
「ユーグ様は、トルベツかカピス島に残ってわしらを導いて欲しい」
市がはっとユーグを見ると、額に手を置いて、顔を顰めていた。
(元々、生活苦から海賊になった者が殆どじゃ。自国民ではないが、トルベツ国が風評被害に苦しむこの者達に、何の支援もせず、陸路での貿易に切り替えようとする失策)
リベル王と宰相ヤクプの顔を思い出す。
(トルベツ国にユーグが帰れば、良い方向に向かうのは、想像出来る。しかし、馬鹿共に振り回され疲弊するユーグも想像に難くない)
「ユーグの意思を尊重したいが、ここでの即答は避けて欲しいのです。ユーグが居なくても外からトルベツを支える方法はいくらでものあります!」
市は自分が厳しい言い方で、海賊や、ユーグを制する声を出した事に自分自身が驚いた。
「取り敢えず、海賊を続けるというのであれば、次は容赦なく叩き潰します。子供達の未来を考えて決断して下され」
厳しい声を出した市は、自分を落ち着かせようと、いつの間にか横に座っていた、ナギィの頭を撫でた。
(目先のお金に捕らわれず、正しい判断を、して欲しい)
ユーグには自分の気持ちに正直な決断をして欲しい、と市は思うものの、出会ってからずっと近くに居てくれたユーグを、兄の様に頼っている事に気付いた。だからこのまま、王宮騎士として、側にいて欲しいと思うのは自分勝手だ。
(この考えは我が儘なのか?)
「はぁ・・」「ナギィーーー!」
市の溜め息を、掻き消してナギィの父が飛び込んできた。
ナギィを、抱きかかえ泣く大男。そのフサフサの尻尾が隣に座っていた市の顔を、パタパタ叩く。
折角の親子の再開だから、体を少しずらして、尻尾から逃れようとした。
が、今度その男は、市の手を取りブンブン振る。「息子を助けてくれて有り難う」
言うなり市に抱きついた。
「父ちゃん!」
「無礼者!」
ナギィとユーグに一瞬で市と引き離され、更にユーグに後ろ手で床に組み臥される。
「わ、悪かった。ちょっと嬉しさが爆発して、抱き付いてしまっただけなんだ」
耳が垂れ、尻尾も弱々しく振っている姿を見て、市も少し可哀想になった。
「ユーグ、もうその辺りで許して上げましょう。あまり押さえ付けるとナギィも心配するでのう」
チラッとナギィを見ると、ブンブン首を振って、
「こんくらいしないと、父ちゃんは反省しないんで大丈夫です」
押さえていたユーグの手が緩んだ。
幼い息子にここまで言われる父とは? 今どういう気持ちなのだろうか?と慮るユーグは、手をほどいた。
冷たい視線がナギィの父に注がれている中、市が立ち上がる。
「私達は、これよりカピス島に向かいます。そこで少し滞在した後で必ずこの島に立ち寄ります。それまでに、先程述べた件を個々で決めておいて下さい。それと南の方の島は船が壊れている故、アビスが説明して回って下さい」
「はいはい、エルフ使いの荒いお姫様だな」
「では、頼みましたよ」
市がドアに向かう前に、ナギィの父が市の手を取る。
「私がカピス島まで、エスコートしましょ・・」
仲間の視線を感じ、流石に手を引っ込めた。
ナギィの恥ずかしそうな溜め息が、室内に響いた。
こんばんは。
衣裕生と申します。ここまで読んで頂き、有り難うございます。
最終回まで後20話を予定していますので、宜しくお願いします。
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