38 スペイン人の話
市の待望の援軍が、到着。
ナギィの話を聞く限りでは海賊と言っても、毎回連携が取れているわけでもなく、キャプテンと呼ばれる頭がいない時は、船が通ったら一斉に襲い掛かると言った程度らしい。
昨日の昼頃、第1騎士団長のシモンが、市達の宿泊している宿に合流した。
シモンとナギィは感じが似ていて、すぐに仲良くなりじゃれ合っていた。
ユーグもシモンが来て、ほっとしている様子だった。
その夜遅くに、ユーグとナギィの2人で1組、そして市とシモンとユーグの親戚のホセに紹介してもらった漁師の3人で1組を作り、2組に分かれた。
そして、2隻で明かりも付けずに真っ暗な海に漕ぎ出す。
この辺りの潮の流れはとても複雑で、急に浅瀬になっている箇所がいくつもあり、座礁しやすい。
「ここで生まれ育ったわしらでも、この島々の潮の流れは読めないんですが、市様は水の流れが見えているようですなー」
漁師は市が的確に、潮流を読む事に感心しきりだった。
市の判断で、難なく小さな島に船を着ける事が出来た。
これには漁師も驚いていた。
「この島に、こうもすんなり着岸出来るなんて、びっくりですよ」
この漁師の考えは、この島に住む海賊とて同じだったようだ。
この島に余程の腕前のがない限り、上陸出来ないと思っている油断が、誰も見張りを付けていない証拠だ。
これは市達にとっては、有難い事だった。
島に上陸後、ここに住む3家族を次々に制圧していった。
といっても、先ず離れている一軒のドアをノックする。
すると、この島に来てノックするのは海賊仲間しかいないと安心してドアを開けてくれる。
そこで、市達を見て慌てる家族を一時的ではあるが縛り、落ち着いてから話をした。
2家族は亜人族、もう1家族は人族だったが、今の現状とこれからの将来の事を話すと、この島の3家族とも受け入れてくれた。
どの家も食べ物の蓄えもなく、大変厳しい生活をしていたので、安定した食料と、職に就けると言う話は彼らの望んでいた物だった。
それと、もう1つ。海賊達がとても素直に話を聞いてくれた訳は、ユーグに対する期待が大きいようだった。特に亜人達のユーグを見る目は、崇拝に近かった。
市は勝手な解釈で、他所の国に亡命していた悲運の王子、しかも優しくて人望もあるユーグに期待しているのだろうと思っていた。
ユーグに関してはそれだけではなかったと、後々知る事になる。
兎に角ユーグのお陰ですんなりと幸先良く、この島を手に入れられた。更にこの島の海賊が市達を手伝うと申し出てくれた。
味方が増えた事により、この後の作業がぐんとやり易くなった。
先ずこの島影に、シェルドナールからの船を隠す。
それから、次の島に向かう。
海賊達も驚く市の潮見の技術で、次の島に近付いた。
この島は住民が多く、説得して回るには時間がない。
そこで少し強引な行動にでた。
そこに繋いでいる船底に、穴を開けていく方法だ。
自分達の仲間の船に穴を開ける事に抵抗があった海賊だが、最後の方は自棄になって、派手に壊していた。
翌日、しっかりと朝食を食べて、船に乗り込む。
「さぁてと、準備万端、整ったのう。そろそろ行くかの」
市の目は大海原にしっかりと向いていた。
ナギィには「後で迎えに来るから、宿で待ってて欲しい」と頼んだが、一緒に行くと言って聞かない。
仕方なく連れて行く事になった。
長さ9メートル以上の美しいオープンセーリングボートは、海賊を惹き付けるには出来すぎの代物だ。
しかも、この船には商売の取引先に渡す金貨が積んである、と言う噂まで流したのだ。
きっと、誘き寄せられる筈だ。
ユーグと市はのんびりと航行させ、呑気な商家の若夫婦を装った。
キャビンには、シモンとナギィが潜んでいる。
「いい天気ですわね」
市が取って付けたような言い方をする。
「ふふッ。市様、ここからでは会話は聞こえませんよ。そんなお芝居をされなくても大丈夫。いつもの話し方をして下さい」
ユーグが顔を手で覆って、笑いを堪えている。
「折角、商家の若奥様に成りきっておったのに」
フンッと、拗ねて見せ脇に置いていた刀を持つ。
(若奥様はそんな物騒な物を、携帯しないですよ)とユーグは思いつつ、紐で髪を束ねて気合いを入れる市を見つめる。
刀はシェルドナールからの届けられた。
市は逐一、進み具合と情報をシェルドナールの王であるテオフィデールに知らせていた。
今また、鳥がすうぅーっと同じ速さで飛んでいる。その足には通信筒が着けてあってその中には小さく折り畳まれた手紙が入っている。
市は手紙というよりは、小さなメモを見て、クスッと笑いユーグに、
『ゆうぐをつれては℘くか₰て₹てください。てお』と、平仮名?のような文字で書かれたメモを見せた。
テオフィデールが、イースに平仮名を教えてもらってからは、時々こうして平仮名で短い手紙を書くようになった。
「何て書いてあるのですか?」
紙を覗き込むように、ユーグが見ている。
「『ユーグをつれて早く帰って来て下さい』と、書いていると思うのじゃが、陛下の字の個性が強すぎて、難読文字です」
「はぁ? 陛下が『帰って来て下さい』ですか・・?」
ユーグは訝しげに首を捻る。
市が想像すると、
テオ:『ユーグを連れて早く帰っ
てこい』という平仮名はど
う書くのだ?
イース:こう書きます。
と言って、『はやくかえってき
てください』と丁寧語で書いてしまった。それをそのままテオフィデールが、書き写す。
・・とまぁ、そんなやり取りが、目に浮かんだ。
平仮名をイースに習って、勉強をするテオフィデールを想像すると、ふふッと笑いが込み上げてきた。
暫くすると、島と島の間が狭い場所に来た。
「そろそろですよ」
にまにまとテオの奮闘ぶりを想像して、顔が緩んでいた市。その市に声を掛けたユーグと緩んでいた
市の顔が引き締まる。
「そうかぇ、そろそろか。ユーグの剣をここに・・切れぬが」
市がなまくらの剣をユーグの近くに置いた。
「シモン、用意しておいてくれぬか?」
キャビンに声を掛けると、シモンは「了解です」と、返事しながら焙烙玉を中から出して来た。今回も、海賊の船は攻撃魔法に関して、特に炎系の魔法を打ち消す防御をされている聞いたので、また魔法ではない焙烙玉が、使えそうなのだ。
市達の船が通り過ぎた島影から、スーッと何艘もの小振りの舟が近寄ってくる。
(来た!)
ユーグは追い付かれない速さで進める。
「船を止めろ。止めないと殺すぞ」 「おい、コラッ止めろ」
怒声が、飛び交う。
進行方向のずっと先に、海賊が分捕った他国の大きな商船が、市達の行く手を遮る様に出てきた。
ユーグが少し速度を落とし、左側の島に寄せていく。
海賊達は、市達が観念したかと思い、ここぞとばかりに近寄って来た。
そこに、シモンがポイポイッと焙烙玉を投げ入れる。
バァーン! ドン! ドーン!
破裂音と共に舟に火が着く。
また、小舟なら船底に穴が開いて浸水した。
海賊達は慌てて、海に飛び込んだ。
海賊を殺さない程度に、小さめに作った焙烙玉だが、爆破の威力は思ったより大きかった。
他の舟が少し怯んだが、それでも近寄ってくる。
海賊達が、目の前の獲物に夢中になっている時、彼らの後ろからシェルドナールの大型船が勢い良く迫って来ている事に気付いていない。
ユーグはこの大型船を避ける為に、島に船を寄せたが、真ん中辺りにいた海賊の小舟に乗っていた者達は気付くのが遅くなり、舟を捨てて逃げた。
海賊の大きな船は、向かってくるシェルドナールの大型船に大慌てだ。
ここに追い込んだら、後ろからは味方の船が大挙して押し寄せる筈で、敵の大型船が突っ込んで来るとは思ってもいない。
それもそのはず、昨夜大半の海賊の舟が壊されているのだから。
先で遮っている海賊の大きな船の横っ腹に向かって突っ込んでいく。
しかもスピードも落とさず体当たりしようと、突っ込んで来るとは、想像だにしていない。
「あの船は突っ込んで来るのか?」
「ぶつかれば、奴らの船も壊れるのに、なに考えてんだ!?」
しかし、シェルドナールの大型船には、市が指示して「衝角」が取り付けられている。
衝角とは、船の水線下に体当たり攻撃用に取り付ける物だ。
市は戦国の元の世界で、1571年のレパントの海戦で使われた衝角の事を、スペイン人から詳しく聞いた事があった。
そのスペイン人が熱く、オスマン帝国との戦い振りを語ってくれたので、脳裏に焼き付いていてあのだ。
それで、テオフィデールに短めの衝角を船に取り付けて、準備しておいて欲しいとお願いしていた。
止まらないシェルドナールの大型船が、どんどん海賊船に近づく。
甲板で右往左往する海賊達。そして、海賊の船に激突!
ズドーーン!バキバキメリメリ
ゴーゴーバリバリバリ・・
恐ろしい衝突音の後、船の横腹に大きな穴を開けられた箇所から、海賊船に大量の水が流れ込む。
バラバラと海に飛び込む者が殆どだが、中にはシェルドナールの船に飛び移り、剣を振り回す者もいた。しかし、元々は漁師だけに直ぐに取り押さえられた。
その様子を震えながら見ていた海賊達が、逃げようと一斉に引き返す。
しかし、後ろからも、島の間からもシェルドナールの船が囲い、逃げ道を塞いだ。
それを見た、小舟の海賊が自棄糞になって、市達の船に乗り込んで来る者もいた。
やはり、ユーグや市の敵ではなかった。
ユーグの剣は切れないが、威力は十分。敵を薙ぎ倒す。市は刀を返して峰打ちで打ち倒す。
あっという間に勝敗は着いた。
が、その後の海賊の回収作業が大変だった。
海に投げ出された者や壊れた舟にしがみ付く者、火傷している者、等々。今回の海賊の中にはナギィの父はいなかった。市はほっとした。
それと、大体は軽症だったが、市の峰打ちで鎖骨を折った者が、一番の大怪我だった。
衝角や焙烙玉をトルベツや他の国に、知られたくないので衝角の着いた船と余った船はシェルドナールに帰し、3隻の船で海賊達の本拠地まで海賊達を運ぶ。
市達も、速度が出る大型船に乗り換え、捕虜と一緒に航行した。
捕虜と言っても、初めだけ拘束したが、市が今後の生活に付いて、丁寧に説明し、説得をしたら殆どが市に賛同してくれた。
しかし、カピス島近くの本拠地の島に住む、海賊のキャプテンの意見を聞きたいと言う者が多かった。
元々、海賊の頭に会うために、カピス島を目指しそこで情報を得ようと思っていたから、その本拠地まで案内してくれるのは、探す手間も省け有難い。
この海域の難しい潮流や、珊瑚や浅瀬を、市が難なく見て舵取りをして先導していくので、海賊達からも一目置かれる存在になった。




