37 海へ(2)
ユーグは目が覚めた。
「はっ、寝すぎた! 市様は?」
慌てて身支度し、デッキに出る。
ユーグに気付き、朝日を浴びて光る様に笑いかける市がいた。
「おはよう、ユーグ」
(毎朝、こうだったらどんなにいいだろう・・・)
ユーグは夢を見るようにその光景を眺めていた。
「ユーグ?」
「・・・あっ、おはようございます。・・そうじゃない! 市様、どうして途中で、交代してくれなかったのですか?」
いつものユーグなら、起こされなくても起きれるのに、そう出来なかったのはかなり疲れていたせいだ。
「私は昼間に眠れるが、ユーグは船を動かさんといけないでしょう。夜くらいはしっかり寝てもらわねばのぅ」
少し眠そう市を見て、昨日は進めなかったが、今日は何が何でも宿がある大きな島まで行こうと、ユーグは決めた。
ナギィも起こして、朝ご飯を食べた後、市は昨日に引き続き、海を観察している。
そして、思い付いたように紙に何か書いている。
「何を書いておられるのですか?」
ユーグが地図を覗くと、市は付近の地図らしき物と、メモを書き入れている。
「これは、潮の流れと海底が、浅くなっている所で、これを目安に、運航出来る様にと思うています」
市が神経を集中していると、また市の回りに羽衣の様な水の流れが見え始めた。
どうやら、市は気付いてないみたいだ。
良い風が吹いて、順調に進んでいる。ユーグが、ふと市を見ると、筆記用具を持ちながら、完全に眠っていた。
少し休憩だなと思い、ユーグは市を抱き抱えて、そのままキャビンに入りベッドに寝かせた。
屈んで市の頬に、キスをしそうになる。
「なぁー。やっぱりユーグは、市姉ちゃんが好きなんだよな?」
ビクッと立ち上がり、振り返ると後ろでナギィが、立っていた。
ユーグから溜め息が、出る。
「はぁー・・」
「やっぱり、ユーグが相手なら勝ち目ないなぁー。父ちゃんには無理だ。俺、諦めるよ」
ナギィが、がっかりしながら項垂れた。
ユーグはその頭を撫でながら、
「私も無理なんだ。勝ち目がないから・・諦めないといけない」
そう自分自身に、言い聞かせるように言う。
暫く、じっとしていたがユーグは船を進めた。今日は航行距離を伸ばさないといけない。
ユーグの横にナギィが、大人しく座った。
「風が強くなってきたね」
「えっ?」
ユーグは明らかにボーッとしていた。慌ててバングを少し緩めて、風の力をこぼした。
風を読んで、神経を集中していると、ユーグの頭の中のモヤモヤが他の物に置き換えられた。
途中で昼御飯を食べたり、休憩を取ったが、途中で風がピタリと止み風魔法をしながらの操舵でユーグはすっかり疲れきっていた。しかし、いらない事を考えずに済んで、気分的に充実していた。
昨日の遅れを取り戻し、貿易商を営んでいるホセにお薦めされた宿の1つに、今日は泊まれそうだ。
ホセが宿に予め連絡を入れていたので、3人は手厚いおもてなしを、受けた。
この島で海賊の情報収集をしようと、市とユーグは派手に聞き回った。
「あんなに上等な船で、しかも海賊の事を聞き回ったら、襲われてしまうよ・・」
ナギィが、心配そうに2人を止める。
「出てきてもらえれば、探すより早うてありがたい」
市は思惑ありげに不気味に笑っている。
その横でユーグが、諦めの表情で、首を振っている。
「海賊に海で狙われたら、命の保証はないんだよ」
ナギィが、何度忠告しても、市には暖簾に腕押しだった。
ナギィが、父親のいる海賊のアジトを教えなかったのは、初めは市とユーグに対し警戒して、教える気は全然なかった。
でも、今はそうではない。2人といる事が楽しくなっている。
このまま、2人と一緒にずっといれたらいいなと思っている。
だが、アジトを教えないと、市とユーグが無闇にアジトに上陸してしまったり、近付いて罠に掛かったりする危険がある。
しかし、海賊のアジトを教える事は仲間を裏切る行為で、幼い頃から禁止されているので言い出せない。
ナギィはこのまま進むと、2人が危険地帯、つまり海賊の狩り場に入る事を知っている。
どんどん元気がなくなっていくナギィを、心配していた市は喜んでもらおうと、海が一望できるレストランにやって来た。
「ナギィ、食べたい料理があれば、何でも頼むが良い」
席に付くと市はナギィを励ますように、大袈裟にメニューを広げて見せた。
「「「ん?」」」
3人はメニューを2度見した。
殆どのメニューに黒線が引かれて、オーダー出来る料理は、僅かばかりだった。
説明を求めるように店のウェイターを見ると、彼は申し訳なさそうに説明をする。
「海賊騒ぎですっかり客足が減ってしまい、料理の品数を少なくして何とか開店している状態なんです」
旅行客だろうか、隣の老夫婦も「海賊のせいで、わしらの店も開店休業状態ですよ」と、困り顔で頷いた。
それを聞いたナギィは、更に元気がなくなった。
俯いて、耳もぺちゃんと垂れてしまっている。
「外で食べたいので、ここに書かれてるサンドウィッチとこれを、お弁当に出来ますか?」
見兼ねた市が、黒線を引かれていなかった料理を指差して、急に言い出した。
「はい、出来ますよ。店のオープンテラスでもお食事出来ますし、テラスの先にある階段を下りた所が砂浜で、夕日の絶景スポットなんですよ」
にこやかに、そう教えてくれた。
3人はサンドウィッチを買い、噂の絶景を見に行く。
そこにも簡易的なテーブルと椅子が用意されていたので、誰にも邪魔される事なく、食事をした。
食べ終わる頃に、夕日が海に赤々と溶けていくのが見れた。
「もうすぐ、ナギィの父に無事届けられそうじゃの。そしたら、寂しくなるのぅ」
海に顔を向けたまま、市がポツリと言う。
ナギィはグッと唇を噛み締める。そして、覚悟を決めて話し出す。
「市姉ちゃん、このまま進んだら、海賊の狩り場の真っ只中に突っ込んでしまう。迂回して欲しい」
更にしゃがんで砂の上に島の位置を表す丸を石で、書いていく。
「この島がキャプテンのいる島で、この島とこの島に船が隠してあるんだ」
ナギィはその他に、点在する島々の何処に何があるのかも教えた。
自分達を信頼して、掟を破ってまで話してくれたナギィに、市も真剣に向き合おうと、これからの計画を打ち明けた。
「少々手荒なまねはするが、殺したりは絶対にしない。勿論、私達も殺されはせん。話し合いで皆にきちんと仕事をしてもらおうと考えているのじゃ。だからナギィは何も案ずるでない」
市は子供でも、手を抜かないできちんと説明し、理解を得ようと丁寧に話した。
ナギィも不安な事があると、質問する。市は根気強く、それに1つ1つ丁寧に答えた。
最終的にナギィも納得し、市とユーグの手伝いをすると言い出した。
これに市は流石に危ないと、反対
したが、ユーグが珍しく賛成し2対1で市が押し負けた。
3人は宿に帰り、市の部屋で集まった。ナギィが詳しい事を教えてくれたので、作戦をきっちり練る事が出来た。
そして、この宿で応援を待ちながら、準備を進めることにした。




