34 トルベツ(4)
「まだ次の市からの手紙は来ないのか?」
テオフィデールがイライラしながら、アイレスに聞く。
「はい、まだです。でも驚きましたね。拐われた筈の市様から手紙がこうも頻繁に届くなんて、トルベツ国の警備が他国ながら心配になります」
2人が話していると、市の忍者頭のアンソルブが、ノックして執務室に入ってきた。
「市様から手紙が届きました」
アンソルブは小さく折りたたまれた手紙を取り出した。
「今回の手紙は重要な事が書いているので、他の者に手紙を奪われても読めない仕掛けになっているらしいです」
そう言って渡された手紙は、初めの1行以外は、本当に何と書いているのかさっぱり読めなかった。
その初めの1行に、『イース』とだけ書かれてあった。
図書館にいたイースは王の執務室まで呼ばれ、手紙を見せられた。
「イース、どうだ? 市からのこの暗号読めるか?」
テオフィデールから手紙を見せられたイースは、元気良く頷いた。
「はい、これなら読めます。これは暗号ではなく、市様の前の世界で使われていた、ひらがなという文字です。オリナ様救出の時に使っていました」
イースが手紙を読み終えると、アイレスが頭を抱えた。
「市様は、次から次と色んな事を考え付きますね。一番初めの手紙は本当に驚きました」
アンソルブが思い出し笑いをする。
「はい、拐われる事を予知していたかの様に、前々から拐われたら、その国で劇を興行して欲しいと言われてましたから。でも、一番の驚きは、トルベツ国の宰相を伴って、楽屋挨拶にやってきた市様を見た時です。本当に吹き出しそうになりました」
しかもそこでの市は、「誰?」と思う程、か弱さを演出していて、アンソルブは笑いを堪える事に必死だった。
市から初めての手紙を受けとったとき、内容は「助けて」という事を書いてるのだろうと全員が思っていた。
しかし、内容は・・・
『暫し待たれよ。貿易再開に向けて護衛艦と兵隊を連れて帰るつもり故、海軍開設に向けての軍港の準備を頼む』
とだけ書いてあった。
テオフィデールを初め一同は、戦争の用意までしていたのだが、誰の為?何の為に戦の準備をしていたのか数分間、考え込んだ程だった。
「拐われて、こんなに心配しているのに、海軍を連れてくるとは、本当に市は、転んでもただでは起きない奴だな」
テオフィデールは複雑な顔だったがフッと笑う。そして、武装解除し、市がこれからしようとしている事を待つ事にした。
今回の手紙も、ユーグに外務大臣としての権限を与える書類が欲しいというものだった。
「悪いな、アイレス。先の船の件も頼んだぞ。海軍トップも決めないといけないし。こうも頻繁に厄介事を、頼まれるとは思わなかったな。市からの手紙は、届く度に恐ろしいな」
厄介な手紙達と言いながら、テオフィデールはさっきまでのイライラが嘘のように、笑っている。
(手紙1枚で一喜一憂しているのに、よく言いますね)
アイレスはテオフィデールが、嬉しそうに、『ひらがな』が書かれた読めない手紙を大事に机に入れるのを見た。
トルベツ国では契約も無事に済み、後は履行するだけとなった。
市もユーグも拐われた姫ではなく、トルベツの海賊対策本部のアドバイザーとして、宮殿を自由に動き回っている。
あの後、ヤクプ達のリベルへの説得は、今後見ない程に素晴らしい答弁だった。
ヤクプ達のお陰でリベルとの結婚を逃れる事が出来て、自由を満喫出来ている。
市がじっくりトルベツの海を見ていた。
「市様、何をご覧になっているのですか?」
ユーグが隣で、いつもと変わりない海と市を、交互に見た。
「トルベツの者達は、何故、海賊がこのように増えたのか考えないのかのう?」
「海賊が増えた理由ですか?」
「海底火山が起きた。それで海底の形が変わり潮の流れも変わった。しかし、今まで通り魚も採れるのに、その後、魚が売れなくなった」
「売れない? あぁ、それで漁師が海賊になったのですね? でもなぜ魚が売れなくなったんでしょう?」
「人の噂が関係している。そう。だから、村上水軍なのじゃ」
「はぁ?」
(また、長い偉人伝を、聞かされるパターンだ)
ユーグは雑賀孫一、毛利元就のパターンを思い出し市の長話を覚悟した。
「村上水軍の総大将、村上武吉様は本当に強かった」
「では、その方の様に海賊を攻め落とすのですね?」
「違う。村上水軍は海賊であり、海軍なのです。つまり、海賊を、海軍にするのです」
「海賊を海軍? え? 海賊を取り締まるのに、海賊を使うんですか? それってリベルとの契約はどうするのですか? まさか、騙すんですか?」
「騙す訳ではない。誰が取り締まっても良いのです。海賊がいなくなって、貿易が安全に出来れば良いのであろう?」
「う~ん」
ユーグはどうも納得いかない顔をしている。
「なので先ず海賊を見つけて、その大将がいる本拠地に乗り込もうと思うています」
市がサラッと恐ろしい事を言う。
「市様! 何を言ってるんですか? 乗り込んだら最後。殺されますよ」
ユーグは慌てて、市の考えに反対する。
「知っておる。村上水軍も逆らうと怖い。しかし、難しい潮の流れを見極めて、安全な航路を示す『上乗り』という者を乗せてお金を徴収する補助業務、と通行料を取って村上水軍を支えていました。村上武吉様は、素晴らしい水軍を作られました」
市は何かを思い出しながらウンウンと頷き1人納得している。
「でも、市様。ここの海賊がそんな簡単に、私達のいう事を聞くとは思えません。どうするのですか?」
「そう、だから実力行使です」
ニンマリ笑う市の顔からは、嫌な予感しかしない。
「お手柔らかにお願いします」
ユーグはそっと神に祈った。
市が手招きする。
「?」
市がユーグの耳に顔を、近付けてそっと耳打ちする。
「良いか? 海賊を海軍にする話しと、これから2人で作る焙烙玉の作り方はトルベツの者には内緒故、絶対に見られぬ様にの」
「はい、分かりました」
ユーグは顔を真っ赤にしながら、返事をする。
「今日も海を、見ておられたのですか?」
ユーグが傍に立つ。
市が返事もせずに、コクッと頷いた。
市がこんなに元気のないのは、ここに来て初めてである。
「今日は元気がありませんね」
ユーグが心配そうに、横顔を見つめる。
「今日、海賊の一人が捕まったと聞き、見に行ったら人間の顔に獣の様な耳が付いておった。それにまだ子供みたいであったのに、扱いが酷いのじゃ」
(あぁ、市様は魔族や獣人族を知らなかったのか)
「この世界は、人族が多く住むライル大陸、莅魔族とエルフ族が住むアシュバ大陸、獣人族と亜人族が住むハドリー大陸があります」
ユーグは東を指差した。
「市様、ずっと向こうに見える島々があります。その向こうに大きなカルパ島があります。その島の更に東に、ハドリー大陸があります。カピス島は中間地点なので、人族と獣人族や亜人族、エルフ族の混血が多い島です。しかし、人族は自分と違う容姿を差別しやすい種目なので、人族の中に入って生活をしている魔族は少ないです」
淡々と語るユーグの説明からは何の感情も含まれず、ただ情報だけを話してくれた。
このようなユーグは珍しく、市は説明を聞きながら違和感を感じていた。
カピス島の回りには、大小様々な島が点在し、豊かな漁場だった。
「ユーグ、カピス島も以前は、漁業が盛んだったのではないか?」
「そうです。今は漁業をする者が減っている様です」
市は縄で縛られていた海賊の子供の痩せた体が気になっていた。
「私、カピス島に行きます。大きな島なら海賊の事も何か分かるかも知れぬ。ユーグも一緒に行ってくれますか?」
「・・勿論です。私は市様の騎士ですから」
少し、返事に変な間があった気がしたが、警護上、あちこち行く事を躊躇ったのかと、その時は深く考えなかった。
市は、傍でユーグがいてくれる事が心強かった。
「私は本当に幸せ者です。ユーグいつも支えてくれて、ありがとうございます」
「私は市様にお仕え出来て、嬉しいです」
ユーグも、トルベツに来てからユーグに向けられる侮蔑な視線が気になっていたので、素直に感謝してくれる市の存在に救われていた。
リベルに船を出して欲しいと言ったが、海賊がまだ出没する為危ないと反対され話にならない。
「敵を知る所から初めんといけないのに。海賊達の暮らしを、知りたいのじゃがどうすれば、良いかのう?それに牢屋にいるあの子の事が気掛かりなのじゃが・・」
ユーグに相談するとリベルに直談判をしてくれた。その日の内に先日捕らわれた海賊の子に話を聞く許可を取ってきてくれた。
ユーグが入っていた牢屋より、更に奥まった建物の地下に牢屋があった。
そこは暗く、じめじめ湿気てて、酷く汚かった。
「こんな所にあの小さな子供が入れられておるのか・・」
市の心が沈んだ。
薄暗い牢屋に一人、小さな膝を抱えて座っている。犬の様な耳は垂れていて、元気がなさそうだ。
近寄って見ると、ベッドも布団すらない、暗い牢からこちらをじっと見つめている。
何を聞かれても、答えないぞという決意が瞳に表れている。
「私は市といいます。あなたは今日、何か食べましたか?」
「・・?」
(海賊の首領の名前や、何処に船を隠してるとか聞かれると思っていたのに、これは何かの罠なのか?)
子供は警戒心で全身ピリピリしている。
市の不意の質問の意味を図りかねて、返事を出来ずにいると市は袋からパンと飲み物を出した。市は鉄格子の隙間から手を伸ばしそれを差し入れた。
「毒は入っておりませぬ」
身動きもせず、差し出したパンを見つめているので、市は一口食べて見せた。
「柔らかくて、少し甘いのぅ」
市が微笑むと、男の子はおずおずとパンを受け取り、小さくちぎって食べた。
「パンだけでは、喉が詰まる故これも受け取っておくれ」
皮袋の水筒を渡す。
よほど喉が渇いていたのか、喉を鳴らして飲んだ。
その様子を見ていた市が話し出す。
「私はそなたの父や友を、捕まえようとは思っていません。だから、少しだけ質問に答えて欲しい」
(やっぱりか。パンを与えて皆の居場所を教えろって言うんだ)
男の子は途端に尻尾を立てて、警戒する。
「そなたの村は、毎日ご飯を一杯食べられていますか?」
(あれ? 思ってた質問と違う)
耳がピクピク動く。
じっと考えてから、首を横に振った。
「そうですか。海では色んな種類の魚が、沢山採れていますか?」
首を縦に頷く。
「最近、魚は採れるが売れないのですか?」
「そうだよ。食べれるのに毒があるって言うんだ」
男の子が漸く、口をきいてくれた。
「今度、私に魚をご馳走してくだされ」
「食べてくれるの?」
男の子の耳がピンッと立つ。
「私は魚が大好物での。楽しみじゃ」
「おい!」
急に見廻りの兵士が、邪魔くさそうに市に声を掛ける。
「どうせ、そいつに飯を食わせても処分は決まってるんだ。無駄な事をするな」
「処分とは何だ! まだ子供ではないか!」
ハッと男の子を見ると、耳は垂れて今にも泣きそうだ。
「クッ・・」
市の世界でも戦国時代、多くの幼い子供が犠牲になった。
「守れる者があるなら、守り救いたい。ユーグ、今からリベルの所へ参る」




