32 トルベツ(2)
ユーグは、リベルの事を考えていた。
リベルは第4王子として、ずっとトルベツと言う国に日の当たる場所で向き合って来た。
しかし、ユーグの王宮での生活は、良い思い出はなかった。
母の出自低く、妾の子供として常に冷遇されていたのだ。
いつも他の王子達や王女はユーグを、居ない者として扱った。
しかし、リベルだけは同母兄弟の様に接してくれた。
そんな中、ユーグは王宮の外に出て、自分の居場所を見つける事を願っていた。
今、仲間と仕事をしているシェルドナールは、沢山の新鮮な空気を吸えるのだ。息を潜めて生活していたトルベツには戻りたくない。
(リベルに何度誘われても、私の居場所はここ、シェルドナールだと言おう)
休憩時間を待ってユーグは、リベルの宿泊している部屋に行った。
ノックをしたが返事がない。
迷ったが、少しドアを押して中を見た。誰もいなかった。それだけではなく、荷物もない。
(大臣が病気で帰国が遅れていると聞いていたのに、どういう事だ?)
嫌な予感がして、大臣の宿泊部屋をノックすると、「うーうー」と変な声がする。
鍵が掛かっているので、ドアを蹴り壊して中に入ると、キリノ医師が手足を縛られて、猿轡を噛まされていた。
急ぎ、縄をほどいた。
「リベルはどこに行ったのですか!?」
「私にも分かりません。いきなり襲われたんです」
ユーグは、ハッとした。別棟の階段を駆け降りる。
王宮までの道が、やたらと長く感じた。
市がいつものあの部屋に居てくれる事だけを祈り走った。
そして、勢い良く階段を駆け上がり、市の部屋をノックもせずに開けた。
「キャー」
びっくりして、腰を抜かしそうになっているマリーがいた。
「マリー、市様は何処にいる?」
いつも穏やかなユーグが、恐ろしい顔で聞く。
「市様は、急な病でキリノ医師と一緒に王立病院に」
みるみる、ユーグの顔が憤怒の表情に変わっていく。
ユーグが怒りの原因がわからず、マリーの声が震える。
「誰と一緒に行ったと言った?」
再度聞く、ユーグのあまりの剣幕に、マリーが怯えながら答える。
「キリノ医師です」
それを聞くと、ユーグは目を見開きすぐにテオフィデールの執務室に駆け込んだ。
「陛下、市様がリベルに拐われました。行先はトルベツです。では!」
それだけ言い、驚いているテオフィデールを残し、走り去った。
テオフィデールも、追い掛けよう立ち上がったが、ニコラと騎士達に静止させられた。
ユーグは、馬に跨がるとリベルの後を追った。
不思議な事にリベルの通った道が、先々まで光って見える。
どう考えても罠に違いないと思うが、突き進まずにはいられなかった。
「リベルの奴、絶対に捕まえる。そして、市様を連れ戻す」
光の帯はソシュー山脈の方角に伸びている。
現在、海賊が頻繁に出没するので、海上ルートは封鎖している。
しかし、山道を馬車で行くには、険しすぎるだろう。
そう考えていたら、やはり馬車が乗り捨てられていた。
馬車に近付くと、市の服らしき布が見えた。
ユーグは急いで車内を確認しようと迂闊に近寄り、扉を開けた瞬間、後ろから殴られた。
ガッッ
いつものユーグなら、こんなトラップに引っ掛かる筈もないのに、市の服に気を取られてしまった。
ユーグが目を覚ますと、テント内で縄で縛られて寝かされていた。その自分の横に、市もいた。
市は縛られる事もなく、ただ眠っている。
「市様、起きて下さい」
市を起こそうと、にじり寄る。
息をしているのか、気になり市の顔に耳を近付ける。
微かに息が聞こえほっとする。
「暫く、その女は起きないぜ」
リベルがテントに入ってきた。
「魔法ゲートを繋ぎ繋ぎやって来て、もうすぐお前の祖国だ。ユーグ、大人しく付いてくると約束してくれたら、縄を解いてやるよ。お前がこのままトルベツに帰れば、この女と暮らせる様にしてやろう。王弟として金にも困らないぞ」
「何度聞かれても、返事は同じだ」
眉根を寄せリベルを睨む。
「頑固だね~まっ、時間が経てば考えも変わるよ。縄は解かないから」
リベルは笑いながら、テントを出ていった。
その後、リベル一行は3日掛けてトルベツ国の王都に入った。
リベルの毒物めいた魔法から、すっかり元気になった市だが、部屋で監禁されていて、自由がなかった。
とは言え、白を基調にした豪勢な造りの部屋の中で、寛いで過ごしていた。
ここに来て2日目、何か起こったらしく宮殿が騒がしくなった。交代時で監視が更に手薄になっている。
市は頭からベールを被り、スルリと部屋から脱出できた。
しかし、市の誤算が生じた。
トルベツ国の宮殿は、シェルドナールより遥かに大きく、敷地も広かった。
「しまったのう。大体のお城の内部は、同じだと思うておったのだが・・すっかり迷子じゃの」
取り敢えず、武器を探そうとウロウロしていたら、あちらこちらで大声がする。
「女が逃げた。黒髪の女がいたら捕まえろ」
(早うにバレたの。まぁ、出来る限り逃げて、王宮の間取りを覚えて作戦を立て直すか)
走り回って疲れて膝がガクガクしてきた。
仕方なく、葉が生い茂っている巨木に登って身を隠した。
何処の令嬢も木には登らないとみえて、兵士らは木の上には目もくれない。
お陰で全然見つからない。体力も完全に復活した。
(良し、ここで撃って出るか!)
と思った矢先、伝令が大声で告げて回る。
「市様、ユーグ様に傷を付けられたくなければ、出て来て下さい」
(ユーグ? もしや、私を助けようとせんが為に、捕まったのか?
否、ユーグが居ないにもかからわず、嘘を付いているやもしれぬ)
市は体が動けなくて、何処かで寝かされていた時の事を、ふと思い出した。
(「市様」そう呼ぶユーグの声を確かに聞いた。あれは夢ではなかった)
「そうか、では仕方ない」
市は腹を決め、木から飛び降りた。
木の下にいた数人の兵士が、びっくりして腰を抜かしそうになって倒れた。
「早うにリベルの所へ案内を、しなさい」
市は倒れた兵士を見下ろしながら言った。
市が数人の騎士に挟まれて歩いていると、リベルが向こうからやってくる。
「ユーグの名前はやはり効き目があったようだ」
作戦が吉と出てリベルは嬉しそうだ。
「ユーグを傷つけられては堪らぬでな」
市は正面から睨む。
「ユーグを捕えていると言うのは、真か? 真ならば会わせなさい」
リベルに一歩詰め寄る。
リベルはニヤッと笑う。
「さっきユーグも暴れて大変だったが、貴女の名前を出したら大人しくなったよ。まぁ、牢屋に付いて来い」
ジメジメした建物の地下に続く階段を降りて行くと、牢屋が並んでいた。
一番奥にある牢屋に、ユーグが壁を背もたれにして座っていた。
そして、こっちを見ると目を見開いて立ち上がりやってきた。
「市様、ご無事で何よりです」
市の顔をみて安堵していた。
市がユーグに近寄るのを遮って、リベルが話し出す。
「これで分かっただろう? お前が逃げればユーグがどうなるか」
「卑怯だ。俺を連れてきたのは市様を脅す為か?」
「違う、違う。お前がトルベツの人間として戻って来てくれると言うならここから出すよ。ユーグ、お前もリオンヌ家の一員だろう? 兄弟の為、家の為に生きてくれよ」
「今更、家の為? 国の為? この国が俺や母に何をしてきたか知らないのか? この国に戻るわけがないだろう」
「そうか、残念だ。しかし、この国の為に働いて貰わないと、この女の首が飛ぶ」
リベルは市の首に剣を立てた。
「やめろ! 市様に手を出すな!」
ユーグが鉄格子から手を伸ばすが、届かない。
「分かったかな? 2人ともがお互いの足枷になって貰う。そして、俺の言う通りに働いて貰うよ」
リベルが嬉しそうに笑い、市を抱き寄せる。
「先ずはお前から働いて貰おう」
市は不機嫌そうに「ふん」と鼻を鳴らしその後、振り返ってユーグを見て微笑んだ。
「まぁ、ユーグ。そう急ぐでない。すぐに、そこから出してあげるから待ってておくれ」
市は踵を返すと、監視の騎士よりも、リベルよりも早く歩き出した。
騎士達は慌てて、市の後を追う。
「おい、囚われの姫が先頭切って歩くな」
リベルは小走りで追い付くと、文句を言い出す。
「のう、リベル。そなたはもう少し、自分の気持ちを正直に話せる様に訓練せんといかんの」
「な、何言ってんの?」
「ユーグに『助けて欲しい』と言えば良かろうものを・・何とも天の邪鬼な男よ」
市がにんまり振り向くと、リベルが顔を真っ赤にしている。
「今日は中々の収穫であった。私は部屋に戻るかの」
市は、我が家の様に、さっさと部屋に戻っていった。




