31 トルベツ(1)
「またですか?」
ニコラが市の部屋で、不機嫌な声を上げる。
「ニコラ、頼みます。このままでは気になって、眠れないのです。ユーグとリベルの事を教えて下さいませ」
市は懸命にニコラを引き止めている。
「私は他人のプライバシーをあまり語りたくないのですが・・」
ニコラは首を振りながら、ソファーから立ち上がろうとする。
(もう一押しかの?)
市は慌てて言い直す。
「頼れるのは、そなたしか居りませぬ。これを差し上げる故、教えて下され」
市はこま結びと吉祥結びを組み合わせた、組紐で作った和風なストラップをおずおずと差し出す。
「ほぅ。これは美しいですね」
珍しく、しおらしい態度の市を見て、少し考えていた。
「イースと二人で作りました」
「・・・コホン。仕方ないですね。お話します」
咳払いしたニコラは、ストラップを大事に仕舞いながら、引き受けてくれた。
「はい、宜しくお願いします」
ほっとしながら、頭を下げた。
市は小さくガッツポーズ。
ニコラの話によると・・
ユーグはトルベツ王国の第6王子として生まれた。
先代王は皇后との間に第1王子、第2王子を儲けた。
后妃との間に第3・4・5王子と第1王女を儲け
側室との間には第6王子が生まれた。
第4王子が現王のリベル、そして第6王子がユーグであった。
先代王が病気で亡くなった時、
王弟と第2王子が手を組んで、第1王子と第3王子を暗殺した。
その他の王子も殺そうと兵を出したが、第4、第5王子と王女は母親の祖国である隣国へ逃れた。
第6王子であるユーグは、母も家臣も殺され、顔に傷を負いながら、1人ソシュー山脈へ逃げ、冬の雪山で倒れている所を、狩りに来ていたテオフィデールに救われた。この時ユーグもテオフィデールも11歳。
何もかも失ったユーグに、ずっとテオフィデールは付いていた。
テオフィデールは、トルベツ国の第6王子として接していた。
同じ歳の少年王子として、気に掛けていたのだろう。
しかし、ユーグがトルベツ国の王子という身分を捨て、騎士に成ると決めた。
以来、ユーグは家臣として、テオフィデールに仕えている。
その後、トルベツ国では第2王子の悪政が続き、リベルと民衆がクーデターを起こし、先王の弟と第2王子を殺害した。
そして、リベルが王になり、現在に至る・・・とニコラが話してくれた。
ニコラが部屋を出た後、市が窓から下を見ると、ユーグが警戒の為、巡回しているのが見えた。
11歳で全てを失くして、たった一人で冬のソシュー山に逃げたユーグの気持ちを考えると、胸が痛くて辛くなった。
(ユーグは、故郷へ帰りたいのであろうか?)
城内を警戒中ユーグの前に、他の隊員が来て、一言二言交わして笑っている。
(今は幸せなのであろうか?)
ユーグの事を考えていたら、とても悲しくなった。
その時突然、市の体に異変が起こる。
(あれ?息がしにくくなってきた)
手も痺れてきた。
部屋の前の警護の者を呼ぼうと、ドアノブに触ろうとしたら、バチッと手を弾かれた。
「っッツ!」
市が手を見ると、弾かれた指が切れている。窓に駆け寄り開けようとしても、同じように手に電気のようなものが走り、弾かれた。
「誰かおらぬか?」と声を出しても、誰にも聞こえないようだ。
(何が起きておる? 苦し・・い)
市はそのまま床に倒れた。
暫くして 気が付くと、自分のベッドで市は寝ていた。
「大丈夫ですか ?市様」
声のする方へ目をやると、心配そうにマリーが市を見ていた。
(助かったのか。よかった)
市は安心し、声を出そうとするが喋れない。
「先ほどまで、陛下も心配でいらしてたんですよ。気付かれて良かった」
マリーは市の様子に気付く筈もなく、市に笑顔を向けている。
いつも具合が悪くなると治療してくれる、キリノ医師が市の手を握っている。
「 もう大丈夫ですよ。心労のようですね。暫く回復魔法をかけておきましょう。市様に負担にならないよう、マリーさんは外でお待ちください」
マリーはキリノ医師にそう言われ、素直に外に出た。
市はこの医師の手から、毒物のような悪しき物が市の体に流れ込んでいると気付いた。
顔はキリノ医師だが、中は違う。
マリーに知らせようと思っても、動けない。
市は偽の医師を睨んだ。
「俺が誰か、お前にはもうバレてるか?」
手を離されて、市は少し話せるようになった。
「・・そなたは・・リベ・ルであろう。・・私を利用して・・ユーグを連れ帰る・・・つもりか?」
「話が早くていいね。ついでに、お前にも来てもらうよ」
そう言うと市の手を握り直し、更に多くの毒物のような気を送り込んだ。
そして、ドアの前で待機しているマリーを呼んだ。
「マリーさん、大変です。市様の容態が急変しました。このまま、ここでの治療が難しくなったので急いで、王立病院に搬送します。下に私の馬車があるので、それで行きます」
マリーが狼狽えている間に、市を抱きかかえると、鞄とブランケットを持って来るように指示した。
「わ、わかりました!」
マリーは鞄とブランケットを持って、キリノ医師の後を付いて行く。
階段で、警戒中の騎士に会った。
「どうされました?」
「市様の容態が急変して、王立病院で治療してもらう事になりました。そうだ! 貴方、今から陛下かニコラ様にそれを伝えに行ってくれませんか?」
マリーが騎士にお願いをする。
「ああ、それなら私が言いに行きましょう。貴方は市様を運んで下さい。市様を抱えて階段を降りるのは、非力な私では心許なかったので頼みます」
キリノ医師は、市を騎士に任せると、階段を上って行った。
マリーと騎士が階段を下りていくのを見ながら、キリノ医師はクスクス笑う。
騎士とマリーが馬車に市を乗せて、キリノ医師が戻るのを待っていた。
市は、動けないが声を出して、マリーに気付いてもらうのは今しかないと喉に渾身の力を入れる。
「ま・・り・・・ちが・・・う」
「市様、大丈夫ですか? キリノ医師が来るまで、もう少し我慢して下さい」
「ち・が・・・きり・・」
(ここから出たら、もう連れ去られてしまう。マリー、わかって)
マリーは市が何か言いたい事があるのだと、気付いた。
「市様、何か言いたいのですか?」
マリーは市の口元に近付こうとした。
「すまない、遅くなってしまった。さぁ、逸早く病院に行かなくてはいけない」
言うなり、市の手をグッと握った。再び市は、意識が遠退く。
「マリーさん、市様の荷物を後から早急に持ってきてくれるかな?」
「あの、私も付いていっていいですか?」
マリーは何だか今、市を一人にするのが良くない気がして、仕方なかった。
「マリーさん、心配なのは分かりますが、貴女には早急に、市様の荷物を後から持って来て頂きたいのです。よろしいですか?」
いつもの優しいキリノ医師とは、違う高圧的な態度に、マリーは違和感を感じながらも、ぐったりしている市を見ると、承諾するしかなかった。
マリーが馬車から降りると、勢い良く馬車は走り出した。
それを見送ったマリーは、市の入院準備をする為に、王宮に戻った。
森の奥深く馬車が走っている。
もうキリノ医師からレベルの姿に変わっていた。
市は体が重くて動けないが、少し話せるようになっていた。
「ユーグを・・国で・・どう・・使う気か?」
抱き抱えられたままの市は、リベルを睨むしか出来ない。
「やり直したいんだよ?」
「やり・なお・・す?」
以外な答えに、リベルの顔をじっと見つめた。
「 俺とユーグは母は違うが、仲は良かったんだ。我が国で第二皇子がクーデターを起こし、虐殺が起こった時、俺は12歳だった。俺と姉弟と母が馬車で逃げている時、顔から血まみれのユーグを見つけた。俺は御者に馬車を止めさせて、一緒に逃げようと扉を開こうとした。だが、母と侍従に止められて、そのままユーグを置き去りにした。あの時、ユーグと一緒に逃げていれば今、こんな事には・・・」
喋ろうとすると、喉が焼けそうに痛かった。
「ユーグは、・・お前の都合のいい駒じゃない。・・国で上手くいかない事を・背負わせる・為だけに、巻き込む事は・・許さない。ユーグは・・幼き頃、他国にて一人で居場所を作った。また・・そなたの国で一から居場所を作らすのか?・・しかも・・今・・王弟として帰れば・・派閥の間に1人放り込まれて・・・危険な立場に追いやられるとは・・考えないのか?」
市は自分の都合だけをユーグに押し付けるリベルに、言いたいことは、山程あったがこれ以上話す力が残っていなかった。
そして、それだけ言うと力尽き眠りに落ちた。
「クソッ、言いたい事だけ言って寝やがった」
リベルは、悔しそうに市を見る。
「俺一人では、手に負えない事ばかりなんだよ。どうしろって言うんだ」




