29 建国記念祭(1)
テオフィデールが建国記念祭の前に、『市と結婚出来ないか』と言い出した。
また、宰相アイレスも王弟エルベルト、執事ニコラ、近衛騎士団長ルイスが呆れた顔で聞いている。
先日リンダーホーフ離宮で 市といい感じだったのだろうと、大体の想像が付いた。
ニコラがもう1つの理由を上げた。
「建国記念祭で女達に追い回されるのも、面倒なのでしょう?」
「それもあるが、結婚した後なら、建国記念祭に市も一緒に参加出来るではないか。それに結婚前の市を見て、誰かに目を付けられても困る」
エルベルトがテオフィデールに重要な事を聞いた。
「それで、市様は何と仰っているのですか?」
「え? え~と、それは・・」
「まさか、プロポーズもまだなのに、こんな話を先走って、我々に仰っているのですか?」
(私の兄は、政治的な事なら判断ミスは無いが、市様が絡むとどうしてこうも、残念な感じになるのだろう)
エルベルトは遠い目で、兄を見つめる。
「そうだな。先ずはプロポーズだった。この中で結婚してるのは、ルイスか」
ルイスを除く一同は、嫌な予感しかしない。何故、一番無骨なルイスに、恋愛の相談をいつもするのか?一同がそう思った矢先、テオフィデールはルイスに質問をしていた。
「ルイスは、奥さんにプロポーズしたのか?」
「もちろんです」
ルイスはフンッと自慢の胸筋を叩く。
「何かアドバイス、ないか?」
一同、思う。
(絶対的な人選ミス、第2弾)
ルイスの答え
「陛下、やはり男らしく、『俺に付いてこい』と言うのが一番です」
「うーん、やはりそうなのか」
ルイスを除く一同が焦る。
冷や汗を拭きながら、アイレスが言葉を挟む。
「陛下、市様は国と言うか、そもそも世界が違う方なので、我が国の言い方では少々異なる場合があると思います」
流石、宰相だけあって言葉選びは、至適である。
しかし、ルイスが余計な事を言い出す。
「否、どんな世界だろうと、男と女の心は一緒だ」
素早く応戦するアイレス。
「そうです。どんな世界でも心は同じです! 陛下がご自身で考えられた、心をつくした言葉を仰られたら、きっと市様にも届くでしょう! ハァーハァー」
アイレスが凄い!
エルベルトもニコラも心の中で称賛の拍手をしていた。
「そうだな。自分の言葉で伝えんとな」
テオフィデールが考え込む。
一同、ほっとしながら、うんうんと頷く。
「あっ、でも建国記念祭迄に結婚は出来ませんよ」
ここで、ニコラがあっさりテオフィデールの願いを切って捨てる。
一国の王が、
[今日、大安吉日だし役所に行って、婚姻届出しちゃう?]
みたいなノリで結婚出来るはずがない。
「それに、先ずは婚約式が先ではないでしょうか?」
「婚約指輪も作らないといけませんね。市様の指のサイズを聞かないと」
「それが決まれば、結婚指輪も要りますね」
「そうなれば・・・あれ?陛下がいない」
いつの間にか、一人隣のシッティングルームで市にキスした時の事を思い出していた。
(あの時、市は自分の首に腕を回してた。
テオフィデールは受け入れてくれた様に思い、嬉しかった。
建国記念祭で誰の目にも、触れさせたくない・・焦りは禁物だが・・実際は焦るよなぁー)
明日は、シェルドナール王国の建国記念日である。
なので、前夜祭が行われる今日は、町には沢山の屋台や出店が並んでいる。
ドラゴンのアオと一緒に見て回りたかったが、他国にアオの存在を公に出来ないので、アオは、イースと一緒に魔道士の講堂で猫サイズまで小さくなって、大人しくしている。
町は朝から賑わって、沢山の人が行き交っている。
既にトルベツ国の使節団は来訪しているが、明日から本格的に、お城には、他国の使節団が来るので、市が自由に動き回れるのは今日くらいだ。
市は、しっかり変装をするので、町の祭りに行きたいとテオフィデールに頼み込んだ。
テオフィデールもアイレスも了承してくれて、ユーグの尾行の様な護衛付きで、町に行く事を許してもらった。
もちろん、赤いカツラを被り、名前はドイスと言う名の侍女の格好で、出掛ける。
いつも良く行く店も、出店用のお菓子だったり、商品だったりするので、市には珍しい物ばかりだった。
寂しい思いをしているアオに、お土産を探そうと、市はキョロキョロと目を動かす。
前から来る人が、『雲』を持ち歩いているのを見てビックリしていると、ユーグが慌てて近付いて来た。
「いち・・じゃなくてドイスさん、よそ見していると階段から落ちますよ」
「皆、雲を食べておるのか? あれは魔法のお菓子かの?」
「いいえ、あれは綿菓子と言うお菓子です。食べたい・・・ですよね?」
市のキラキラ顔を見たユーグは、綿菓子の出店まで連れていってくれた。
「いらっしゃい。お嬢さん」
「おぉぅ、雲じゃ、雲の様じゃ」
「あれ? 市様じゃないですか」
店主はニコニコ話しかける。
「折角、カツラを被っているのというに、よう分かったのう?」
「話し方と、黒い瞳で市様と分かりますよ」
「あぁ、話し方と瞳か。そなた達の様に話すのは難しいのう」
「まぁ、市様が来てくれると町の皆も喜ぶので、ゆっくり祭りを見て回って下さいよ。」
店主は、白い綿菓子をクルクル回しながら作っていく。
市は好奇心一杯の目で、黒い瞳を輝かせて見ている。
「はい、市様。綿菓子、大きめに作っときましたよ」
「ありがとう。ふふ、顔より大きいのう。あっ、それからこの格好の時、私はメイドのドイスじゃ」
市は綿菓子を受けとると、恐る恐る1口食べた。
あっという間に口の中で溶けて無くなった。
「のう、ユーグ。一瞬で口に入れたはずの綿菓子が無くなってしまいました。何とも不思議なお菓子じゃのう」
驚きながら振り返り、ユーグにそう話す市はとても嬉しそうだ。
(はしゃいでる市様を見ると、私も嬉しくなる)
ユーグは市にもっと、自由にさせてあげたいと思った。
「市様、少しここでお待ち頂けますか? 魔道具の店に目の色を変えて見せる眼鏡があったので、買ってきます」
「おぉ、その様な・・じゃなかった、はい、分かりました。ユーグ様!私はここで待っています」
市は話し方を変えて、ウィンクした。
ちょこんと、噴水の縁に座って綿菓子を堪能していた。
(美味しいー・・溶けた・・甘~い)ホクホク顔で食べていたら、急に顎を掴まれた。
「ほう、珍しいな。黒い瞳か」
銀色に緑が混ざった髪の色の男が、市の目を覗き込んだ。
「メイドか? 名前は何と言う?」
「放せ!」
降りほどこうとしたが、手を掴まれ動けない。
綿菓子の店主が、慌てて男に言う。
「その子は城のメイドのドイスです。放してあげて下さい」
男は店主の胸ぐらを掴み、投げ倒した。
「お前に用はない」
市は一瞬の隙を見て、男から離れ鉄製のモップを持って、薙刀の構えで睨んだ。
「変わった構えだな」
「用がないのはそなっ・・お前のほうだ」
市がモップで殴りかかると、男は剣を抜いて止めた。
「何とも気の強い女だ」
「何をしている!」
ユーグが急いで割って入る。
その男はユーグを見るなり、剣を納めた。そして目を細めてユーグを見つめている。
「・・・よう、久し振りだな」
ユーグは何も答えず、市に怪我が無いか確めた。
「うん? そのメイドはお前の女か?」
「貴方には関係ありません。さぁ、ドイス、城へ帰りましょう」
ユーグは市の手を引いた。
市は、ユーグと同じ髪の色の男が気になったが、帰る方が良さそうだと判断した。
市は倒れた店主に、駆け寄り助けてもらったお礼を言って、城に戻る。
その後ろ姿を、さっきの男が眉を上げて、面白そうに見ていた。
城に戻るまで、ずっと市の手を引いていたユーグだが、城に戻っても何か考えていたようで、市の手を放さず歩いていた。
「ユーグ、もう大丈夫じゃ。ありがとう」
そう言われて、ようやく気が付き慌てて手を放す。
「すみません」
振り返り謝ると、市は沢山のお菓子を抱えていた。
「それは、いつの間に?」
片手で抱えきれない程、持っていた事に驚く。
「帰る途中、皆がくれたのです」
市が、嬉しそうにチョコを見る。
「市様は皆に愛されてますね」
あんな事があったのに、のんびりした様子の市にほっとした。
「所で、ユーグ。先程の男は知り合いかの? 髪の色が同じであったし、少し顔も似て・・」
ユーグの顔が辛そうで、それ以上聞くのを止めた。
「ユーグ、今日は祭りに連れて行ってくれてありがとう。お礼です」
そう言って、チョコが入った袋を渡した。
◇ ◇ ◇
男はトルベツ国のリベル王。
シェルドナールとリュッセン国の戦いを見ていた男だ。
部下に、黒髪の騎士を探らせていたが、情報が出てこないので、自ら外交官として入国していた。それもその筈。市の優秀な吟遊詩人達が、その入国をことごとく阻んでいた。
今回は国を通じての使者という事で、堂々と入国出来た。
騎士団の訓練場を探せば、すぐに見つかるだろうと安易に考えていた。
そして、どんな手を使っても連れて帰る、と言う計画だったが、始めの段階である、本人を見つける事が未達成なのだ。
町の者に聞いても、知らないの一点張りだ。
あれだけの強い騎士なら、女も放っておかないだろう。
しかし、馴染みの女も居なかった。
休憩ついでに、祭りを見て回っていたら、無心で綿菓子を食べる女に興味が湧いた。
近付くと黒い瞳だった。
(黒い瞳も面白いが、あのユーグがメイドを守っていると言うのが興味深い。黒髪の騎士を探すついでに、あの赤髪のメイドも調べてみよう)
リベルは一人ほくそ笑んだ。
◇ ◇ ◇
ユーグは市を部屋に送った後すぐに、テオフィデールの執務室に向かった。
「陛下、気になる事があります」
「うん?何だ?」
「トルベツ国の使者の中に、リベル王がいます。リベル王は黒騎士を探しています。それと、町であった市様に興味を持ったようなので、警戒が必要です」
「面倒臭い奴が来たな。だが、明日の祭りが終われば帰るだろう。市に理由を言って、部屋から出ない様に言っといてくれ。見張りもしっかり付けてくれ」
「はい、そのように致します」
「リベル王の目的はユーグ、お前かも知れんな」
「・・・もう自分とは関係ありません。では、失礼します」
ユーグが出た後、テオフィデールは目を閉じて考えた。
(リベルに目を付けられるとは。やはり、市は娶る迄、隠しておかないといけない。それと、ユーグとリベル。あの兄弟にも注意が必要だな)
テオフィデールは建国記念祭が、早く終わる事を願った。
その時、市もテオフィデールと同じ様に思っていた。
ユーグの説明を、一緒に聞いていたマリーは念を押す。
「今日と明日、明後日、トルベツ国の使者の方々が帰るまで、頑張ってお部屋の中に居て下さいね」
(折角のお祭りであったのに、残念じゃのう)
早々に、軟禁状態になった市は町の賑わいを遠くで聞いていた。




