28 ホームシック
(シェルドナールの宰相として、テオフィデール様にお仕えしてきた私、アイレスですが、最近は色んな事が起こり過ぎて、書類が山積みです。
特に今、大変な件が・・市様がドラゴンを飼われた事です。
初めは蛇だったはずが、いつの間にかドラゴンになっていたのです。
こんな事案、書類上のどこに分類されるのでしょう?
王宮におけるペットに関する書類でしょうか?
ドラゴンに関する項目なんて、ある訳がない。
もうため息しか出ません。
また、アオと名付けられたドラゴンは、かなり性格が悪いと踏んでいます。
ヤツは・・失礼。言葉のチョイスを間違えました。アオは火を吐きます。
先日も市様に書類の字の間違いを指摘しておりましたら、書類を焼かれました。
糞トカゲ・・・再度、失礼致しました。
ドラゴンには、陛下も苦労されている様です。
先日も、陛下が市様に触れようとしたら、その手に火を吐かれ、もう少しで火傷をする所だったのです。
しかし、アオは市様の前では、どうも猫を被っていて、火を吐くどころか、体を擦り付け甘えています。その姿に、市様は騙されているのです。
アオは自由にさせると、恐ろしく巨大になります。市様を背に乗せて飛んでいますが、絶対に他の者は乗せません。
アオを空の散歩に連れて行く時、アオが市様のカツラを嫌がるので、陛下は、市様を騎士の格好に変装させていらっしゃいます。
それが、他国ではリュッセン国を秒で撃破した魔の黒騎士が、今度はドラゴンを生け捕りにし、飼い慣らしていると言う噂が流れています。
半分は本当ですが、この噂のお陰で、我が国に攻めようと考えていた国が、二の足を踏んでいるのは確かです。
これは良い事なのですが、噂を確かめようと、陛下に謁見を申し込んで来る国が増えた事は厄介です。
これにより、市様が自由に動き回れる時間が制限され、近頃元気がないのが気掛かりです。
元気がない理由はもう1つあるようです。
実は、本人は気が付いていらっしゃらない様ですが、元いた世界に帰れるチャンスを、ご自身でスティックを折ってしまい、ふいにした事による、ホームシックだと思われます。
また、同郷である「あさい りん」と話をした事も郷愁を感じ、少し元気がない理由でしょう。
市様が大人しいと、お城の中が静かです。
私にとって暫くはこの静けさが心地良かったのですが、そのうち寂しく感じた事は驚きでした。
そう言えば、トルベツ国も謁見を申し込んできています。
あの国は何かとややこしい事情があるから、避けたい所ですが、貿易上そうもいきません。
しかし、それよりも問題なのが、最近、市様と2人きりの時間が取れない陛下のイライラが爆発しそうです。これは由々しき問題で、早急に善処しなければならないでしょう。
市様にはクルトの料理、陛下には市様とお出かけの予定を組んで、リフレッシュ・タイムを設けましょう。
さあ、その日の為にもう一頑張りしましょう)
◇ ◇ ◇
今日は朝から、城内に活気が溢れていた。
市が、僅かな騎士を連れて、乗馬で少し遠出に行きたいと、前々から願い出ていた。
そして数日前、漸く遠乗りの許可が降りた。
市は今日の為に、前々からクルトにお弁当をお願いしていた。
クルトは護衛騎士の好物まで作ったと言っていた。
可愛い布に包まれたお弁当をまえに、クルトは自信たっぷりで言った。
「開けたらびっくりしますよ」
「今、開けて良いかの?」
クルトは微笑みながら、
「お昼までお待ちください」
と大きな包みのお弁当を持たせてくれた。
「楽しみじゃの」
(しかし、いくらなんでもお弁当の量が二人分にしては多すぎると思うが、クルトは私の事をどれ程、大飯食らいと思うておるのか?)
その答えはすぐに分かった。
厩舎に行くと、テオフィデールがいた。王の近衛騎士団もいる。
もしかしたら、私と違う所に行くのかもしれないと市は思い、声をかけた。
「テオ様、どちらかにお出かけですか?」
テオフィデールは白々しい市の質問には答えず
「早く用意をしないと、市だけ留守番になるぞ」
と、脅してきた。
「・・・はいはい、急ぎ用意致します」
『やはりか』とため息が出た。
(過保護なテオが遠出の許可を出すから、怪しいと思うておったが、こんな作戦だったとは)
呑気に護衛騎士の二人で、ぶらぶら乗馬と思ってたが、こうなってしまっては仕方ない。
気持ちを切り替えて市は出発した。
今回、シェルドナール城の南に広がる穀倉地帯を抜けて、南部の町に行く予定である。
以前に行った王室リンダーホーフ離宮に行く道より、東側を通っているので高台を進むとたまに海が見える。
テオフィデールが常に市の傍を走っていて、気遣う様に速度を落としたりしている。
市は馬の躍動と風を感じながら、久しぶりにどこまでも広がる自由を楽しんだ。
途中、更に東へ進路を変えて海の見える丘で昼食を取る事にした。
騎士達がサッと簡易の机と椅子を用意してくれた。
その机の上に、クルトのお弁当が並べられた。
市はお弁当を見て、しばらく動けない程胸が震えた。
お弁当の中は、おにぎりが並んでいた。
震える手で白いおにぎりを一つ取る。
食べるとしっかり塩が効いている懐かしい味がする。何故か涙が止まらない。
「美味しいのう」
テオフィデールが指で市の涙を拭きながら笑う。
「泣くか、食べるかどちらかにしろ」
おにぎりを頬張る市を、愛おしそうに見ている。
「テオ様、そんなに見ていられると食べにくいです」
涙目の市が、恥ずかしそうに横を向いてテオフィデールの眼差しを避けた。
「クルトに、市がどんな顔で食べたか、喜んでいたか、詳しく報告しないといけないからな」
「ふふふ、クルトもテオも私に甘過ぎます」
クルトとテオフィデールの優しさが嬉しかった。
「アイレスも相当甘いぞ。市の言ってた、米が他国で栽培されていると知って、わざわざ取り寄せたたのだから、一番、市に甘い男かも知れない」
「有難いのう・・嬉しいのう・・」
市は凍るような笑顔のアイレスが調べて取り寄せてくれたところを想像して、微笑んだ
(やはり市は、笑っているのがいい)
テオフィデールはおにぎりを食べる市を見ていた。
市は離宮でのディナーの後、部屋のバルコニーから海を眺めていた。
テオフィデールが来て、背後から抱き締められた。
「少しは元気になったか?」
そう耳元で囁く。
「私は、元気が有りませんでしたか?」
市はドキドキしながら答える。
「自覚してなかったのか?」
テオフィデールの息が耳にかかると、意識がそこに集中してしまう。
「・・・」
俯いたまま返事が出来ない。
すると、首筋に息をかけられた。
「テオ、今私を困らせて遊んでいますね」
怒って振り向くと、そのままキスをされた。
強く深いキスに頭がボーッとなる。
強く抱き締められて、漸く市もテオフィデールの首に腕を回す事が出来た。
その事に、テオフィデールが驚く。
侍女のノックで、市が飛び上がって体を離したが、テオフィデールは、市の顔が真っ赤になったのを見ているだけで、心が満たされた。
ただ、食後のお茶の時間がもう少し後だったらと、少しだけ後悔した。
次の日、リンダーホーフ離宮から帰ってきた市を見て、アイレスもクルトも安心した。
すっかり元気になったのは市だけではない。
テオフィデールは機嫌が良く、精力的に仕事をこなしている。
少しの問題点は、留守番をしていたアオが、市から離れないので、テオフィデールと取り合っていると言う事だ。
うるさい争いだが、その内、落ち着くだろうとアイレスは我慢している。




