27 青い石?
城に帰ると、市は拾った石が何か調べ始めた。硬くて、見た目よりい重い。
誰に見せても、分からない。
「こんなに綺麗な石なら、名のある宝石かと思うたのに、何も分からぬとは残念です・・」
侍女のマリーにそう言って見せると、マリーが首を傾げる。
「気のせいでしょうか? 少し昨日よりも、大きいような気がします」
言われて市が見たが、変化は分からなかった。
「もしかしたら、何かの卵かも知れませんよ」
「そしたら、このように美しい卵のこと。きっと可愛い妖精が生まれて来るやも知れぬのぅ」
2人は、これが卵ならどんなに可愛い物が生まれて来るか、盛り上がって話していたが、マリーは、後日、恐怖することになる。
昼下がり、市は眠気と戦いながら、雑務に追われていた。
机の上の青い石から、ピシッッと音がした。ふと見ると、石にひびが入っている。
あれ?と思うと中から20cmの小さい蛇が出てきた。
「おーお前は日計じゃのう」
市が言うと、後ろでお茶の用意をしていたマリーが蛇を見た瞬間、カーテンの後ろに逃げ出した。
「へ、蛇がっっ!」
「マリー見ますか? 私の元いた国でもこの蛇はよう見かけました。『ひばかり』と言うて、このように小さい蛇じゃ」
市は怖がりもせず、ヒョイと持った。
日計は日本各地で生息する無毒の蛇。生まれた直後は大きめのミミズくらいの大きさである。
「日計にしては、色が青いのう。この世界の蛇は、やはり変わった色をしているのう?」
市は手の中の蛇を真剣に覗き込む。蛇もジーッと市を見つめている。
「何を食べるのであろう?」
と思った矢先、マリーが用意していたおやつのクッキーを見つけると、市の手からするすると滑り降り、それを食べだした。
「やはり、異世界の蛇は食べ物まで変わっているのだな」
市は感心して見ていた。
「せっかくなので、マリーが名前を付けぬか?」
「えっ! 私がですか? めっそうもないです」
マリーは、カーテンの後ろから顔だけ出して、困惑している。
「あの、蛇に食べられたクッキーの代わりのお菓子を持ってきます」
と言うなり、凄い早さで部屋から飛び出していった。
「マリーを名付け親にしようとしたのに、残念じゃのぅ?」
蛇に話し掛けると、蛇が首を傾げた。
「オオー。そなたは賢い蛇じゃ。う~ん、名前は・・青いから、『アオ』はどうじゃ?」
「ギュウー」
蛇が変な声を出した。
「アオは返事が出来るのか? 何と、この世界の蛇は賢いのう」
市が青の頭を指で撫でると、尻尾を振った。
そして市の手の平で、小石程の大きさにとぐろを巻いて収まった。
その頃、マリーが調理場で、青い石から蛇が出たと皆に話したので、その事があっという間に広がった。
テオフィデールや他の者にも蛇の話は広がった。
蛇と聞くと皆、一様に嫌な顔をした。
次の日、市はジェパーソンのお誘いもあって、
魔道士の講堂に行った。
ジェパーソンの考え通り、市は魔力がかなり増えていた。
そして、魔法は・・・全然使えなかった。
僅かな魔力があれば発動出来るはずの、指の先に火を付ける術さえ、何度試しても火花すら飛ばなかった。
失意の市が、部屋に戻ると侍女達に泣きつかれた。
「市様の部屋の中に、蛇がいると思うと恐怖でお掃除すら出来ません。何とかして下さい」
皆が涙目で訴える。
皆にうるうる眼で、見つめられては仕方ない。
お陰で侍女が部屋に入って、用事をする度に、市がアオをかごの中に入れないといけなくなった。
しかし、そのうちドアをノックするとアオは自分でかごの中に入る事を覚えた。
このせいで、アオの変化に気付く者がいなかった。
3日後、市がアオに食べ物のハムをあげようとしたら、小さな手足が生えていた。
「アオ、そなたはカナヘビだったのか?」
カナヘビとはへびとは名ばかりで、日本各地で見られる、小さなトカゲである。
蛇だったアオはトカゲのカナヘビそっくりになっていた。
しかし、カナヘビより目が大きくて可愛いいと思った。
更に1週間経過したある日、市がアオを呼ぶと、かごの中から出てきたアオの背中に、小さな翼らしき物が生えていた。膜のような羽はまだ向こうが透ける程の薄かった。
「う~ん、流石、異世界のトカゲは、羽もあるのか」
感心していると、アオは一所懸命、羽ばたきを始めて飛ぼうとする。
何度も頑張っていると、フワッと体が浮いた。
「良い子じゃ。頑張ったのう」
「ギューウ」
市が声をかけると嬉しそうにまた鳴いた。
更に数日経つと、子猫程の大きさになり、かごを大きくしないと入らなくなってきた。
かごを買いに行くついでに、アオを広い場所で、飛ばせてやりたいと思い、テオフィデールに頼みに行った。
「テオ様、アオを外で遊ばせてやりとうございます。なので、少し遠出をしても良いでしょうか?」
「蛇を外で遊ばせるのか?」
「蛇ではない、トカゲです」
「ふん、どっちでも一緒だ。護衛を3~4人連れて行け。但し、黒髪を隠して行くように。」
「はい、かごを買ってちょっと飛ばせたら帰ります」
「うむ」
市が執務室を出て、暫く経ってから、テオフィデールとニコラがふと疑問に思った。
(・・・飛ばす? いやいや、聞き違いだな・・)
近衛騎士団長のルイスは、強面ながら、蛇が苦手と聞いたので、王宮騎士団長のユーグに相談をしようと訓練場にやって来た。
「どうされました? 市様」
ユーグは市を見かけると、すぐに来て声をかけてくれた。
「アオを遊ばせようと、城の外に行きたいのじゃが、3~4人の警護の者を出してくれませぬか?」
「アオの・・・」
ユーグも蛇がいるのかと、一瞬怯んだが、グッと堪えた。
「では、私と数名連れて行きましょう」
「忙しい所、申し訳ないのう。でも、これでアオも喜びます」
(蛇も喜ぶのか?)
話を聞いていた、隊員達は疑問に思ったが、市が嬉しそうなので何も言わなかった。
ユーグは、シェルドナールに馴染んでもらおうと、カガン伯爵の所から来たタバール親子も連れて来た。
モーリスは、破格の扱いだが、市の希望と言う事もあり、ユーグの王宮騎士団の一員となっていた。
息子のランもペイジ(小姓)としてユーグに仕えている。
市は麻の袋にアオを入れて、先ずはかごを買いに、町に出た。ランは物珍しそうに、キョロキョロしていた。
「市様のご要望のかごを、何個か取り揃えていますよ」
商店の店主は、愛想良く幾つか見せてくれた。
どんどん大きくなるアオの為に、少し大きめと二回り大きめのサイズを買った。
後で、城に届けて置いて欲しいとお願いし、城壁の外に出てアオを飛ばせる広い場所を探していた。
「市様が馬に乗られて、麦畑を見に来られたのが、ついこの間の様な気がします」
ユーグは、召喚された次の日に乗馬した市の、大胆な行動を思い出していた。
「ふふ、ユーグにはあの時から世話になっておるの。今日もまた、わがままを聞いてくれて感謝しております」
「市様のわがままくらい、いつでもどうぞ」
ユーグはやはり優しく微笑む。
「この辺りで、アオを遊ばせようと思うが、良いかの?」
そう言って市は空を見上げたが、騎士達は、草むらを見ていた。
「市様、ここでは草が伸びていて、きっと見失うかも知れませんよ」
騎士達が心配そうに言う。
「大丈夫じゃ。アオは賢い故、呼べば帰って来る」
(((えっ 蛇が?)))
なんとも言えない微妙な顔をした騎士達を気にせず、市が袋からアオを出す。
「い、市様、それは・・・」
「うん、アオじゃ。さぁ、アオ、飛ぶ練習じゃ」
そう言うと、アオは翼を広げ飛び立った。
市は嬉しそうにアオが飛ぶのを見ていたが、他の者達は体を硬直させて、青ざめていた。
呆気に取られていたが、少し冷静になって来たモーリスが、他の騎士に聞く。
「ワシはあれは、蛇ではなくドラゴンだと思うのだが・・」
「うん、あれは・・蛇でもトカゲでもないな・・・」
「しかも、今、ドンドン大きくなっていませんか?」
そう、アオは翼を羽ばたく度に大きくなった。
皆、ひたすら空を見上げ、目でアオを追うのを止めれなかった。
「そうじゃ、ここでアオにおやつをあげようと持ってきたのを忘れておった」
そう言い、市は、袋からクッキーやらハムを出し、空に向かって叫んだ。
「アオー! おいでー」
楽しそうに飛んでいたアオが、急降下して降りてきた。
空を自由に飛んで帰って来たアオが、もう子馬くらいの大きさになっていた。
市におやつをもらってじゃれているドラゴン。
このシュールな状況に、誰一人口を挟む者がいなかった。
ここでようやく1人、市の間違いを指摘してくれた人物がいた。
「市様、凄いです! ドラゴンとお友達になれるなんて!」
ランは興奮して市の顔を見た。
「うん? ラン、アオはトカゲではなくて、ドラゴンと言うのか?」
「そうです」
「そうか、こちらの世界のトカゲは飛ぶのだと思うた。そうかまた違う種類の生き物だったのじゃな?」
恥ずかしそうに笑う市に、大人達がドン引きしている中、ランだけは呆れもせずに更に詳しく市に説明をしていた。
「ほー、ドラゴンとは珍しい生き物なのか。それにしても犬のようによく懐く生き物じゃのう」
「んーと、懐きませんけど・・」
ランが控え目に、小声で言う。
市とランのやり取りの途中、ユーグは正気を取り戻し、騎士を1人城に返し、テオフィデールにこの事態の報告に走らせた。
市はドラゴンと犬を同列に扱っているが、、本来ドラゴンは1頭だけでも国を滅ぼせる程の災害最大級レベルの生物なのだ。
アオは、市の赤いカツラが嫌なのか、引っ張って、仕舞いにはカツラを咥えて、飛んでいってどこかに捨てて来てしまった。
暫く遊んでいたが、そろそろ帰ろうと市が言う。
ユーグは焦った。
もうアオは、馬の2倍位の大きさになっている。しかも、ドラゴンを連れて帰って良いものか、判断出来ずにいた。
まだ城から返事が来ていないユーグが、もう少しアオを遊ばせましょうと、引き延ばし作戦に出たが、
「長く遊ばせていると、アオが変な動物に襲われる」と市が、絶対に有り得ない心配をし始めたので、仕方なく帰る事になった。
片付けて帰る準備をしていると、城から沢山の騎士がこちらに来るのが見えた。
その中にテオフィデールもいる。
アイレス、エルベルト、珍しくニコラまで城内から出て来ている。
最初にテオフィデールが市に声を掛ける。
「あれが、ドラゴンか?」
「ドラゴンと言う生き物だったらしいのう」
その返答に テオフィデールはため息がでた。
空を飛んでいるドラゴンを見て、大勢の騎士がざわめき出した。
馬も釣られて興奮しだす。
市は、皆がアオを、恐れているのを見て悲しくなった。
「アオは大人しゅうて、良いドラゴンじゃ」
市が必死に説明しても、恐れが強く誰も聞いてくれない。
ざわついた騎士達の不安の声に、掻き消されていた。
「静かにしろ!」
テオフィデールの一言で、その場が静かになった。
市がしゅんっとなっているのを見るのは、テオフィデールも辛かった。しかし、ドラゴンを飼うなど、危険すぎて有り得ない事だ。
ここは何としても、市に諦めてもらうしかなかった。
「市、所で、あんなに大きくなったアオをどうやって連れて帰るつもりだ?」
「あぁ、その事を失念しておった。アオ、どうしようかのう」
市がおろおろしながら、空のアオに声をかけると、アオは市の隣に舞い降りた。
そして、嬉しそうに犬が主人に甘える様に、頭を市にすり付ける。
皆が青ざめながら思う。
(・・・懐いてるー)
「アオが小さくなれば、いいのだけど・・・」
「キュウー」
アオは鳴くと、子犬くらいの大きさまで小さくなった。
「オオー!」
一同、どよめく。
「これなら、一緒に帰れるのう?」
市がキラキラした顔をテオフィデールに向けて、懇願する。
テオフィデールは、顔をひきつらせながら、市のキラキラ顔に負けてしまった。
「そうだな。ドラゴンを飼おう」
(えーッッッッ・・・)
臣下一同の心の叫びは、声にならなかった。




