26 確認とは
カガン伯爵の領地からの帰路、市はテオフィデールの疲れを考えて、自分で馬に乗って帰ると言ったが、テオフィデールがそれを許さなかった。
どうしても、テオフィデールが2人乗りで帰ると言って聞かない。
市は、母の事で傷付いているテオフィデールが元気になるならと、仕方なく一緒に馬に乗って帰る事にした。。
テオフィデールが嬉しそうなので、市もまぁ、本人が喜ぶのならと納得する。
一方テオフィデールは馬に乗りながら、市がかなり疲れている事を感じていた。
市が走り回って、カガンの妻子、臣下の家族を救った事を知っている。市のお陰で最悪の事態を回避出来たのだ。
市がいなければ、同士討ちの可能性があったのだ。
カガン領の家族解放で、カガンの臣下が全員が憂いなく、テオフィデールの味方につく事が出来たのだ。
「よくやってくれた」呟きながら、市を抱く腕に力が入る。
市の体調を考慮して、途中の町で1泊する事になった。
レストランで、テオフィデールとディナーをしていると、ジェパーソンが市の変化を感じ取り、話し掛けて来た。
「市様に今まで魔力を感じる事はなかったのですが、今現在は急激な魔力増加を感じます。何かあったのでしょうか?」
市は思い当たった。
「きっと、前の世界に帰れるというスティックを折った時に・」
「えっ?」
ジェパーソンの目付きが変わった。
「だから、青いスティックを折った時に、光が・・・」
「えっ? えっ? 何で市様がスティックを持っていたのですか?しかも折ったなんて・・」
訳が分からないと立ち上がって、市に抗議する。
「・・ジェパーソン、それには理由がある」
テオフィデールが何とか話を誤魔化そうと考える。
しかし、それも虚しく市がさっさと本当の事を話してしまう。
「スティックは、陛下から渡されましたよ」
思いがけない一言に呆然としていたが、そのうちジェパーソンの顔が鬼瓦の様な怖い顔に変わり、テオフィデールに聞く。
「陛下ぁー! どういう事ですかぁー。私が召喚後にスティックを失くしたと言いに言った時、陛下は何と言ったか覚えてらっしゃいますかぁー?」
「ジェパーソン、顔が近い、近い。何と言ったかは、覚えていないが・・・」
あまりの顔の近さと怖さで、目を合わせられない。
「覚えてらっしゃらない。ほー。確か『しっかりしろ! 次はないぞ』とおっしゃいましたよねぇー。なぜ陛下が持っていたのでしょうか?」
ジェパーソンの怒りが鎮まりそうにない。
それもその筈、市の召喚の後ジェパーソンはテオフィデールが持ち去ったとは夢にも思わず、講堂の床を延々と這いずり回って、ある筈もないスティックを探したのだ。
あの時の事を思い出し、怒りの炎が益々上がる。
「いや・・その・・あの時丁度、足元にスティックらしき物が転がっていたような・・」
ますます、恐ろしい顔になるジェパーソンに、テオフィデールも言葉に詰まる。
「まぁまぁ、今回は本当に良き所で、スティックが役に立ちました。どうぞ、陛下を許してやって頂きとうございます」
市に頭を下げられたら、ジェパーソンも引き下がらざるを得ない。
市に対して、申し訳ない気持ちで過ごして来たのである。長い間、ずっとその事を気に病んでいたと言うのに・・
そう、只でさえ、まだ腹立たしさも収まっていないのに、そんな状況に、市が庇ってくれたのが嬉しいのか、満面の笑みで市を見ているテオフィデールが余計に腹立たしい。
ややこしいこの状況を、何とかしようと市が、話題を元に戻そうと頑張る。
「そう、ジェパーソン。スティックを折った後、それが指輪に変わって、今、私の右手中指にあります。そして、もう抜けなくなったのじゃ」
「えっ? 指輪に?」
ジェパーソンが話しに食いついて、市はほっとする。
「確かに、指輪からも魔力が感じられますが、市様の魔力の増加は凄いです。一度魔道士の講堂に来てください。お教えすると、市様も何か魔法を、発動出来るかも知れませんよ」
「本当かの?」
市は指の先に火が着く魔法をしたくて、ウズウズしたが、ここでは危ないと自重した。
食後、市が部屋に戻るとテオフィデールがなぜか市の部屋のソファーに座り、寛いでいた。
「何をしておられるのじゃ?」
市はたじろいで、ドアの前に張り付いてしまった。
「あの事を早めに確認しておこうと思って、待っていた」
テオフィデールが立ち上がってドアの方に来る。
市はドアを閉めてしまった事を後悔した。
「か、か確認とは?」
あの時のキスが頭をよぎると、急に心臓が早鐘の様に鳴り出す。
しかも、平静を装ったつもりが、しっかりどもってしまった。
「身構えなくていい。ここでは何もしない。俺が聞きたかったのは・・・、ずっと俺の傍にいると言ったのは本意なんだよな?」
借りてきたワンコのような顔で、テオフィデールが市を見下ろしている。
(こんなに近くに寄ってきて、そんなに切なそうな顔で聞いて来るのは、反則ではないのか?)
そう思いながら、喉がカラカラに乾いて声が出ない。
兎に角、コクコクと頷いた。
「はあぁぁぁぁー~~」
テオフィデールが市を脱力しながら抱き締める。
「良かった。本当だった」
「陛下ー!」
廊下で誰かが、テオフィデールを呼んでいる。
「よし、片時も俺から離れるなよ」
体を離す際、軽く口づけし、部屋の外へ出ていった。
市はよろよろとソファーに辿り着くと、座り込んだ。
「まだ心臓がドキドキして、苦しい。深呼吸せねば」
「何もせぬと言いながら、したではないか・・ぶつぶつぶつ・・」
ぶつぶつと独り言を言っていたが、だんだん瞼が重くなって、そのうちソファーで眠ってしまった。
2時間後、市の部屋を覗いたテオフィデールによって、ベッドに運ばれた事は全く知らない。
が、きっとそうなのだろうと思う出来事が、目の前にある。
そう、朝、目覚めると、横にテオフィデールが寝ているのだ。
市はシーツにくるまって寝ていたが、テオフィデールは戦の装備を取らず、倒れたように寝ていた。
(疲れておったのに、守ってくれていたのかのぅ・・?)
テオフィデールの髪を撫でながら、自分の気持ちが少しずつ彼に向いているのが怖かった。
(2度あることは3度ある)
2度の夫の死。
(テオが死んだら・・・)
ベッドから抜け出し、そっと宿から出ようと扉に手を掛けたとき、
元リュッセン兵の大男のモーリスが走ってきた。
「1人で外出は危ないでしょう。ワシが付いて行きます」
「急に丁寧な言葉を使われると、変じゃのう」
「もう、ワシは護衛ですから」
モーリスはシャンと背筋を伸ばした。
田舎だけに、脇道に逸れると直ぐに木々が鬱蒼とする林がある。
心配や、しがらみ、不安を一掃するように大きく深呼吸をすると、濃い緑の匂いが頭をリフレッシュさせてくれる。
(将来の事など誰にも分からぬ。先々の心配など、正に杞憂じゃ)
未だに市は幻聴で、遠くで合戦の音がし、城内騒然とした雰囲気の中に身を置いているような気がする時がある。
目を見開き、回りの景色を確かめる。ここは静かな林の中。
何も恐れる物はない。
グーンと背伸びをして、帰りかけた時、足元に美しい群青色の石を見つけた。
うずらの卵程の大きさである。
あまりに綺麗な色なので、宝石の類いだと思い、持って帰る事にした。
宿に帰ると、何人かの騎士が起きていて焦ったが、テオフィデールはまだ眠ったままだった。
「テオ。朝です」
起こしながら、テオフィデールの頬にかかった髪をかき上げ、顔を見る。
(やっぱり、顔を見ているだけなのに、心臓がドキドキする。何故に? これに慣れる日が来るのかの?)
もう一度起こそうと手を伸ばしたら、テオフィデールに掴まれた。
「市に起こしてもらえるのは新鮮だ」
体を起こすと伸びをする。
「そうじゃのう。確かに良いの」市がボソッと呟いたが、テオフィデールには聞こえなかった様だ。




