25 ミラ(5)
テオフィデールと騎士達は、ぐったりしている市を抱えて走る大男と、ミラを追って、走っていた。
(くそッ、追い付けない。市をどうする気だ)
ミラは赤いドレスを着たまま、通路を軽やかに走る。
テオフィデールがどんなに走っても、その差が縮まらない。そのうち、テオフィデールは一人で追いかけていた事に気が付いた。
他の騎士はどこだ?と冷静になりかけた時、建物の中から女の悲鳴が聞こえた。
テオフィデールは、急ぎその建物の中に入った。
中はがらんとしている。
「市! どこだ!」
テオフィデールの足元に大きな魔方陣が広がる。
「しまった!」
テオフィデールの体が、黒い蛇の様な鎖に縛られて、動けない。
「ようやく、私の思い通りになる時が来たわ」
嬉しそうなミラの高笑いが響く。
「ミラ! 市をどこにやった」
テオフィデールはミラを睨む。
「母と呼べないの? 産んでやったのに」
「母親らしい事は、何もしてもらっていない」
テオフィデールがそう言うと、ミラはテオフィデールの頬を平手打ちした。
テオフィデールは、苦悶の表情で声を絞り出す。
「ッツ・・・どうして、大人しくしていてくれない。いつまで、苦しめたら気が済むんだ・・」
悲痛な眼差しで、ミラを見る。
「おぉーゾッとする。その顔。私の無能な母そっくりだわ。無能なお前にも私の役に立つチャンスをあげるわ」
そう言うと、紫の石を取り出した。テオフィデールには、その石は見覚えがあった。
確か、人の声を記憶し、再現出来るものである。
「これに向かって、『ジュリオに王を譲る』と言いなさい。そうすれば、苦しまずに殺してあげるわ」
「言わん! 俺が死ねば、エルベルトが王になる」
「もっと強く縛りなさい!」
魔術士に命令すると、黒い蛇の様なのが、ギリギリと音を立てながらテオフィデールの体を絞める。
(クッ 息が出来ない)
「ほら、早く言いなさい」
急に猫なで声でミラが話しかける。
「ねぇ、テオフィデール。ジュリオに王を譲ると言うだけなのよ。母の為に一度位、親孝行をしても良いではないのですか?」
「テオー!」
姿は見えないが、市の声がする。
テオフィデールは薄れかかった意識を集中させ、顔を上げる。
テオフィデールの真横に、大きな黒いトンネル状のゲートが現れ、走ってきた市は、そのままテオフィデールを抱き締めるように、魔方陣の外に押し出した。
外に出た事によって、テオフィデールの鎖が煙の様に、消えた。
「流石、ジェパーソン。 ぴったりの場所じゃ」
市が感心していると、テオフィデールに肩を掴まれた。
「市、大丈夫か?」
「私は大丈夫」
立ち上がりながら、市がミラを指差す。
「先程、テオに『親孝行をせよ』とそなた言っておったが、それは親孝行でも何でもないわ」
ミラがテオフィデールを睨みながら、反論する。
「お前は、何一つ、私の思う通りではなかった。そんな奴を子供だと思うか?お前も私を母だと思った事はないだろう?」
「俺は・・・」
テオフィデールが詰まる。
「ミラ、お前は何もかも間違っている。子供は親の都合の良い様には産まれてこない。それと、親は産んですぐに親になるんじゃない」
市は話しながら、茶々や初、江を思い出していた。
「毎日匂いや温もりを感じ、毎日世話をして、毎日『可愛い我が子よ』と話し掛けているうちに、愛情が強くなって、ようやく母となるのじゃ。そなたに『母』を名乗る資格などない!」
市はテオフィデールの手をぎゅっと握った。
「 もういいわ。ここで2人して死ねばいい」
チッと舌打ちしたミラが魔術士に合図を送った。
用意していた魔道具が発動し、建物のあちこちが爆破された。そして、あっという間に炎が上がる。
「フフフ、テオフィデール、さようなら。エルベルトもすぐに後を追うでしょう。幼いジュリオが王になれば全て私の思い通りよ」
満面の笑みを浮かべるミラ。
その時だった。
「そうはさせない、姉さん」
カガン伯爵がミラの後ろから、剣で突き刺した。
「カガン、な、何を・ 自分の子が王に・なれ・・るの・に?」
「僕はそんな事は望んではいなかったのに、ジュリオに何をした? 何が王だ。よくも私の息子に鞭を打ったな」
カガンはミラの体から剣を抜く。
からくり人形の様にゆっくりカガンに振り返るミラ。
「止め・な・・さい。カガ・ン」
「もう終わりにするのは、姉さんの方だよ」
カガンの顔には何の感情もなく、目だけが異様に見開いていた。怒りかそれとも悲しみなのか分からない光が、ミラに向けられていた。
カガンはミラを見つめ、振り上げた剣を振り下ろした。
◇ ◇ ◇
炎に包まれ、建物が崩れ、逃げ場がなくなったテオフィデールと市は鐘楼の狭い階段を上へ上へと上がって行く。
しかし、途中で壁が崩れて階段は塞がれて上れなくなってしまった。
炎が来るのは時間の問題だ。
2人は、逃げ場を失ってしまった。
煙がどんどん立ち込める。
テオフィデールは大きく「ふーッ」と息を吐き、愛おしそうに市の顔を見つめる。
テオフィデールは胸元から、青いガラスの棒を取り出す。
「それは?」
市が問う。
「異世界から召喚すると、その者を帰す為のスティックが同時に出るんだが、今まで隠していた。すまんな」
「何故に?」
「一目見た時から、帰したくなかったんだ」
テオフィデールが恥ずかしそうに笑う。
「このスティックを持って、帰りたい場所を祈れ。そしたら市の帰りたい世界に帰れる」
そう言って、テオフィデールはスティックを市に渡す。
「ならば、2人でシェルドナール城を祈れば、2人で帰れるのではないのか?」
首を振るテオフィデール。
「召喚で呼ばれた者1人しか、使えない」
「嫌じゃ! 2人で帰りたい」
大粒の涙を流す市をテオフィデールが優しく抱き締めた。
市の涙をそっと優しく指で拭き、微笑んで、唇に優しいキスをした。
テオフィデールは市の体を離す。
「もう、行け。もうすぐ炎が来る」
市は手の中の青いスティックを、じっと見たまま動かない。
「市、どうした?」
「3度の落城? 私にぴったりじゃ」
市がこの世の者とは思えないほど美しく笑う。
「市!」
テオフィデールが止めようとしたが間に合わなかった。
「私は帰らぬ」
と微笑みながら、スティックを両手で真っ二つに折った。
その時、折れたスティックから青い光の粒が溢れ出した。
その粒は、どんどん集まると強い光にかわり、真っ直ぐ天に向かって突き刺さるように伸びた。
青空高くに雲が一つ浮かんでいる。青い光の柱がその雲に届くと雲の中がカッと光り、晴天に雷が轟く。
市は空に何かいるような気がして、天に向かって手を真っ直ぐ伸ばす。
雲から今度は逆向きに細く長い水で出来た蛇が、市に向かって降りてくる。
「下の炎を消して来ておくれ」
市が頼むと、水の蛇は市を通り過ぎ、側にいたテオフィデールを過ぎた途端に水の大蛇になり、階段を流れる如く一気に下っていく。
燃え盛っていた炎は水の勢いに押され、轟音と共に消火されていった。
その勢いが激しすぎたせいで、鐘楼の壁は吹き飛び、階段だけが残っていた。
下を見ると、シェルドナールの騎士や囚われていたカガンの領民達が、テオフィデールと市を見つけて唖然としているのが見えた。
市とテオフィデールも暫く言葉を失っていたが、助かったのだと理解すると、抱き合って喜んだ。
そして、テオフィデールは市の手を取り、階段をゆっくり降りていく。
水が滴り落ちる階段を降りる2人は、幻想的だった。更に、市の衣服はりんが作った水色の衣装で、
裾が風に靡く様は、水の女神のようだった。
「陛下、市様ご無事で何よりです」
近衛騎士団長のルイスがすぐに駆け付た。
「心配を掛けたな」
皆を見回すと、カガン伯爵が跪いたままテオフィデールを待っていた。
その姿を見たテオフィデールは彼に近付く。かなりの返り血がついたままだった。
「我が父と姉が仕出かした過ちの時、オルド家の名前を捨てる事で領主の継続を許して頂いたのに、今度は、姉を止められず、更に荷担していまい、終には陛下の御母君をこの手で殺してしまいました。この様な事になってしまったのは不徳の致す所です。しかし、もしお慈悲をいただけるなら、全責任は私にあります。どうか、処罰は私一人に・・」
「パパー」ジュリオが、父を見つけ駆け寄ろうとする。
「来ては行けません」
カガンが息子を制する。
テオフィデールは困り顔で、跪いているカガンの肩に手を置く。
「叔父さん、俺は感謝しているんです。長きに渡り、あの気性のミラを領地に留めてくれていた事に。それに、俺には母は殺せなかった。感謝している。あさい りんの件では、彼女を召喚したのは私達だ。こちらの落ち度で迷惑をかけた」
そして、ジュリオの頭を撫でながら、
「ジュリオにも、辛い思いをさせた。傷は痛むか?」
ジュリオは首をフルフルと振る。
「ジュリオは強いな。お父さんと一緒にこの領地を守っていってくれ」
カガンが礼を言おうと顔を上げる。が、ジュリオに言葉を遮られる。
「ありがたきお言葉、これから」
「ボクはパパの後、継がないよ。大きくなったら、市姉さんみたいに騎士になって、市姉さんと結婚します」
「「えっ?」」
カガンとテオフィデールがびっくりして、立ち上がる。
「市は騎士じゃないぞ。それに、市は俺と結婚する」
テオフィデールが真顔でジュリオに言う。
ルイスがそれにつっこむ。
「子供相手に・・・」
場が和んだ所で、改めて見回すと、城は焼け落ち、鐘楼は建物自体ほぼ皆無だった。
「代々続いた、オルド家の悪しき風習を刷新して、家族と領民で一から作り直して行きます」
ミラと言う怪物に萎縮していたカガンが、溌剌とした顔で言った。
きっと、港もあるこの地は、活気溢れる良い商業地になるだろうと市は思った。
さぁ、帰ろうと準備をしていると、問題があったようでテオフィデールと市が呼ばれた。
駆け付けると、ジェパーソンが一人の大男をシールドボックスに閉じ込めたまま、動けないでいる。
「おぉー。そなたは大岩の男」
「市様、この男どうしましょう?」
「そいつはリュッセンの兵ではないか、さっさと始末しろ」
テオフィデールはリュッセン兵だと分かると、怪訝な顔で面倒くさそうに言う。
ジェパーソンが困った様子で市を見る。
(あぁ、そう言う事か)
大男を囲っているボックスに、小さい5歳位の男の子が、張り付いている。
ミラに雇われた時、一緒に付いて来たのだろう。
市が大男に向かって質問する。
「そなた、名前は?」
「名前なんぞ聞いて、どうする?墓でも作ってくれるのか?」
大男はニカッと笑う。
(こんな男を知っている。兄の家臣、森可成にそっくりじゃ。)
「そなたは、リュッセンに帰れば、居場所があるのか?」
大男は市がなぜそんな事を聞くのか分からない様子だったが、答えた。
「以前に仕えた王が死に、王
直参の近衛隊は、大体が今の王に仕える事になったが、ワシはどうも今の王が気に入らん」
「じゃあ、もう帰れないのか。それで、ミラに雇われた内容は?」
「領主の息子の護衛だ」
「この子の母はどうした?」
市は男の子に近寄って、しゃがんで頭を撫でた。大男がびくッとなる。
「戦に出ている間に、亡くなった。このシールド魔法を解いても大人しく殺されてやる。だから息子の命は助けて欲しい」
市が子供を殺す気がない事を察して、大男が頼んだ。
市が後ろに立っているテオフィデールを見る。
テオフィデールは市が何をしたいのか分かっているようで、
「好きにしろ」と言って、帰る準備をする為にそこから離れた。
「そなた、あの王に仕えてみる気はないか?」
大男は市が何を言い出すのかと呆れた。
「はあぁ・・あ・? お前、ワシが裏切るとか考えないのか?」
「フフン。私はそなたにそっくりな武将を知っておる。その武将は何があっても裏切らん。そして諦めぬ侍であった」
「そいつとワシは違うぞ」
大男は訳が分からないといった様子で眉を寄せる。
「剣を交えたゆえ、分かる。そなたは約束したならば、裏切らぬ」
市の自分を信じる理由が面白く、大男は大口を開けて笑いだす。
「魔の黒騎士か。ハハハ、面白い! ワシは貴女にお仕えしよう」
市がジェパーソンを見て頷くと、直ぐにジェパーソンは魔法を解除した。
大男は市の前に跪き最敬礼。すると小さい男の子も父の隣に並んで跪いた。
「私、モーリス・ピアラ・タバールは貴女に忠誠を誓います」
「わたし、ラン・マルク・タバールはあなたにちゅうーせーをちかいます」
可愛い騎士の誓いに市はクスッと笑ったが、顔を引き締めて、
「今日から貴方達は、私の誇り高き騎士です」
と言ってから微笑んだ。
「貴方の名前が森で息子が蘭丸とは驚いた。やはり森可成そっくりなはずじゃ」
「「?」」
親子はさっぱり分からないと言った感じで首を捻った。
市だけがご満悦でただただ、笑っていた。
遠くでテオフィデールが呼んでいる。
さぁ、帰ろう。




