23 ミラ(3)
レオノール達と別れて、薄暗い通路を市とりんは歩いていた。
「りん、この方向で合っておるのか?」
「う、うーん多分・・」
「まあ、今来た道を引き返しても、仕方ない故もう少し先まで行くしかないのう」
「合ってると思うんだけど、さっきの分かれ道、右だったかな?・・」
りんが自信無さそうな足取りで進んでいく。
その後ろ姿を、市はじっと観察していた。
「りん、どうやらそなたは、私が生きた時代より、もっと後の時代より来たのではないか?」
「うん。そう」
ビックリしたりんが振り返る。
「ならば、もし知っているならば、我が娘達がどうなったか、教えてはくれぬか?」
「え? えーと・・」
(考えろ! 私! 茶々さんの事を言う? 言わない?どっちにする)
「ちょっと、忘れてしまいましたー。ごめん」
りんは動揺を隠そうとついつい早歩きになる。
「謝らなくても良い」
市の声は寂しそうに聞こえた。
「市様もお母さんなんだよね?若く見えるけど?」
「それがこっちに来た時に、若返ったのじゃ。ビックリしたわ。所で、りんの母御も大変心配しておろう」
「ふん! どうだか? 私がいなくてきっと清々してるよ」
「そんな事を言う物ではない」
「だって私は服飾関係の学校に行って、綺麗な服を作ったりしたいのに、『デザイナーとかなれるわけない』って言うの。いっつも『勉強しなさい』しか言わないしー。私の気持ちなんて全然分かってくれないの」
「ふふふ。いつの時代も一緒よのう。りん、分かってくれないと言うなら、口があるのに何故心の中の事を話さぬ? 心の中で思っている事、親が全部読み取ってくれる等と甘い事を言ってはならぬ。そなたの真剣な想いちゃんと口で伝えてみよ」
「うん・・分かってくれるかな」
「親は、いつも子供の進む道を照らしてやりたいと思うておる。でも、自分の死んだ後の事まで考えてしまうのじゃ。それで、歩きやすい道をついつい勧めてしまう」
「うーん。そうなのかなぁ・・分かった。へへ、市様の言葉はすんなり心に入るね。お母さんの心配が吹っ飛ぶくらい説得する!」
りんがガッツポーズする。
「その意気じゃ!」
「あっ、ヤバイ!誰か来る」
「前から多分2人来る。りんはここの壁の隙間の奥で隠れておれ。もし近寄って来たら、スタンガンとやらで応戦しなさい」
人が入れる隙間にりんを押し込み、市は臨戦態勢に入る。
りんは返事の代わりにスタンガンを取り出し、頷く。
市にはもう隠れる場所が無い。
すぐに細い通路で、相手に見つかった。
「やったぜ! 女発見!」
下品な笑い声をあげて、近寄って来る。
油断している所を、短剣を取り出し先手で襲う。2人目が市を襲おうとした所、りんがスタンガンで、倒した。
「私達、中々良いコンビよねーおっっと」
りんが段差に躓く。
「市様、着いたよ。ここの壁を押すと・・・」
りんが押した壁がゆっくり動く。
すると通路から部屋に入れるだけの隙間が出来た。
「やった。この部屋に私の私物を忘れててさー」
りんが、でっかいストラップを付けたトートバッグをごそごそ探す。
「あれ? ない!」
「これかの?」
市が透明なガラスの棒を、りんに渡す。
「そう。これ!」
「じゃあ、りんは元の世界に帰りなさい」
「まだよ!ちゃんと市様もテオフィデール様んとこに帰さないと、ダメだからね。市様、こっちに来て。もう一つの抜け道で外に出れるから」
りんはこんな形で市とお別れしたくなかった。
「それは、助かります。りん、有り難う」
「へへ」
また、市とりんが移動する。今度は、暖炉のある部屋の絵画を押すと、また壁に隙間が出来た。
その後ろに通路があった。
「この通路はね、カガン様が逃げ出したい時、ここを使いなさいって私に教えてくれたの。その時は全然何にも思ってなかったけど、カガン様っていい人よね」
「りんは現金じゃの」
市は呆れたが、その変わり身の速さに感心もした。
「このお城ってミラのお父さんのコルベ・ロン・オルドがいる時は、オルド城って言われてたんだって。オルド家が取り潰しになるところ、オルド家の名前を捨てる事でカガンさんは後を継げたんだって。だからカガン・ラ・カガンってカガンだけのカガンっていう意味なんだって・・・今回の事でまたカガン伯爵家も潰れるのかな?」
りんがこの騒ぎの片棒を担ぎ、カガン家の存続を危うくしたことも解っていて、後悔している。
「ミラがオルド家を復活させるって言ってたけど、そうなったら、カガンさんどうなるんだろう・・」
ミラの事は何が何でも停めなければならない。
しかし、カガン家の存続は、市が口出しできる事ではなかった。家の存続は政治が深く関与している。テオフィデールや宰相アイレスの判断に委ねるしかない。
「りんがいなくても、きっとミラは他の手練手管を使って、このような事を仕出かしていただろう。りんは少々軽率ではあったが、自分の過ちを認めて、修正できた。これからは、しっかりと確かめる事を疎かにせぬ事じゃ」
りんが、ブンブンと泣くのを堪えて頷いた。
暫く道なりに歩いていくと、部屋の明かりが通路に漏れていた。
「この部屋に入ったら、出口は近いんだけど、あれ? 壁の印が見つからない!」
りんが焦っていると、部屋の中から声が聞こえる。
その声は、ミラだった。
「はーい。ご苦労様。残念だったわね。いつまでもカガンが見つけた通路をそのまま放置しておくわけがないでしょう」
「「!!」」
「さあ、ここに出口はないわよ。暖炉の部屋に戻って来なさい。
30分待っててあげるわ。出てこないなら一生出られないように、入り口を塞いじゃおうかしら
? どっちも楽しいわね」
ミラの高笑いが通路に響いた。
りんが膝から崩れ落ち、動こうとしない。
そのりんに市が優しく声をかける。
「りん、そなたは元の世界に戻れ。そなたの帰りを、母御が待っておる」
「そんな事、出来ないよー。だって市様を襲って連れて来たの、私なんだもん」
ポロポロ大きな涙を流して、市の手を握って放さない。
「カガンのアホー。全然、ダメダメじゃん・・」
「ふふ。りんは面白いのう。私の事は気にするでない。」
市は優しくりんの頭を撫でる。
「私は、36年生きた。そして、落城寸前の城に居たのじゃ。それがどういう事か分かるかの?」
りんが小さく頷く。
「私はその時、娘3人を逃がした。ここでの、娘りんをまた逃がせた事を幸せに思うであろう」
りんは、小さい子供の様に首を横に振っている。
「さあ、帰りなさい!」
市が強く言うと、りんはビクッとなり、またポロポロ泣く。
「市様、最後にお願いがあります」
りんは市の美しい顔が、煤だらけになっているのが悲しかった。それに、服もホコリまみれでボロボロだったのも嫌だった。
ミラが今の市を見て蔑む言葉をかける事は予測が付く。りんはそれが許せなかった。
「なんじゃ?」
「私の作った服を着てもらえませんか? それと化粧もさせて下さい」
そう言うと、トートバッグから青い衣を取り出した。
もう一つの鞄から、大量の化粧道具が出てきた。
「この服、私が作ったの。」
黒い肩ストラップ無しのビスチェは赤と黒のレースをあしらっている。黒いボンテージ風パンツ。
(ここまでだと、市様の魔王感が凄いんだけど)
この上から、マキシ丈の青の大柄プリントの前ボタンワンピースをガウン風に開けたまま、軽く腰にサッシュベルトを巻く。
「市様、化粧させてね」
りんは、下地から丁寧に塗っていく。化粧をしながらりんが、慎重に言葉を選びながら、話す。
「市様の娘さんの事を思い出した事があるんだけど、茶々さんは結婚相手を忘れたけど・・・
(めちゃ有名だけど言えない)
お子さん一人いたと思う。
初さんは京極高次さんて人と結婚してた。
それと、江さんは・・・
(政略結婚3回させられたって、これも言えない)
年下の徳川秀忠さんと結婚して、いっぱいお子さんいてたと、なんかの本に書いてたよ」
市の顔が嬉しそうに目を瞠く。
「そうか、それは良かった。茶々も初も、江も皆、結婚して良き人生を送ったのじゃな?」
「・・うん、自分の人生を前向きに生きたと本に書いてた。私も、本に残るくらい有名になりたいなー。そうそう。市様の事は、戦国時代で一番の絶世の美女って書かれてたわ」
「ふふふ、上手い事を言うのう」
「本当だよ。市様の絵が残ってるけど、みんなに、本物の市様を見せたい! 綺麗過ぎるもん・・」
「市様、動かないでね。アイライナーをひくから」
市は言われるがまま、大人しく化粧をされていた。
「髪の毛をアップにしたかったけど、ゴムも、紐も無いのが残念だわ」
背筋が伸びた市の立ち姿は、凛として美しい。ボンテージパンツなのに、スレンダーボディに細身の市が履くと気品漂う。
鞄からスマホを取り出し、写真を撮る。
「りん、もう良いかの?」
「ぁッ・・」
市と分かれる時間が来た。
もっと一緒に居たかった。
そう思うとまた、ぶわ~っと涙が溢れた。
りんは決断出来ずにいた。
「もう泣くでない。そなたの夢が叶うと信じておる。さぁ、行きなさい。私は大丈夫じゃ。きっと脱出します」
市は笑顔でりんを促す。
「市様、スタンガン渡しときます。あいつら、やっつけて下さい。」
ウンウンと頷く。
「市様ぁー、ごめんなさい。市様ぁー、ありがとうございます」
りんはガラスの棒を握りしめた。同時にりんの足元に、小さな魔方陣が現れたと同時に強い光と共に、りんの体が消えていった。
「無事に帰れたであろうか?」
「さぁて」と市は踵を返し、ミラが待ち構えている、暖炉の部屋まで戻る。
暖炉の部屋まで来たが困った、さっきは、部屋の中から壁を押したが、通路からはどこを押して入ればいいのか、さっぱり分からない。
「お~い、誰かおらぬか?」
(聞こえぬのか? 困った)
手当たり次第に壁をおすと、一角の壁が動いた。
押しながら、りんに貰ったスタンガンを右手に持つ。
完全に開いた壁からそっと、中を覗く様に体半身だけ、入る。
(?)
誰もいない。
隣の部屋に警戒しながら、入る。
また、誰もいない。
いきなり、大きな爆発音がした。
(戦闘が始まっておるのか?)
窓の外を見ると、あちこちで既に煙が上がっている。
煙に巻かれる前に、この城から出ないといけない。
(ミラは、テオを誘き寄せる為に私を拐った。そして、もう私に構っていられなくなった)
(・・・と言う事は、テオフィデールが来たのか? テオは阿呆なのか? 獲物が罠に掛かりに、何をのこのこ乗り込んで来おったのじゃ)
市は自分が囮にされた事が悔しかった。
罠だと知っているのに、駆け付けたテオフィデールを思うと胸が張り裂けそうに痛んだ。
市を見て、照れるテオ。笑うテオ。どや顔のテオ。
失いたくない!
テオを探さねば!
ミラに殺されてしまう前に!




