22 ミラ(2)
カガン伯爵の城の中庭に、大きな鳥が降り立った。
「おお、ステュムパリデスが帰ってきた」
ミラが見上げる。
ステュムパリデスは、大きな足で、しっかり掴んでいた市を不思議そうに見ていた。
「何をしてるの? 早く放しなさい」
催促され、優しくミラの前に置いた。
「上手くいったわ」
ミラは満足気に、気絶している市を見た。
「テオフィデールが執着している娘というのが、これか? そこの者さっさと、この娘を地下の牢屋に放り込んでおきなさい。始末は後でするから、逃げられないようにするのよ」
「え? ミラ様? 始末ってまさか、殺したりしないですよね?」
ミラの言葉を聞いたりんが、ステュムパリデスの影から飛び出した。
「なんで、お前がここにいるの?」
明らかに今までと態度が違うミラに、りんは戸惑う。
「えっと、テオフィデール様と結婚出来ないって言われたし・・それで一度ミラ様に相談したいと思ったんだけど・・・」
「クスクス。 お前、本当にテオフィデールと結婚出来ると思ったの?」
嫌みな程口角を上げて、嘲笑う。
「でも、ミラ様が私は伝説の乙女で・・・」
「アーハハハ 貴族でもない娘が后になれる訳ないでしょう」
「私の事、実の娘みたいだって言ってくれたじゃない!」
青ざめた顔でりんが叫ぶ。
「・・・あー汚らわしい。思い出しただけで、気持ちが悪くなるわ。尊い血が流れる私がお前の母にですって? もう用はないわ。この子も一緒に地下の牢屋に入れといて!」
「!! ミラ様! 待って! ちょっと、放しなさいよ! 放してー!」
「さあ、準備が出来たわ。後は待つだけね」
ミラは上機嫌で城の中に入っていった。
◇ ◇ ◇
「う~ん・・・いたたた」
気が付いた市は起き上がろうとするが、体が重い。
ボーッとしながらも、何とか座って壁にもたれ掛かる。どうも左手が重いと思ったら、壁から垂れている鎖に繋がれていた。
優しそうな女性が市に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
声をかけられて、目の前の鉄格子が目についた。そこでようやく牢屋にいるのだとわかった。
しかも、沢山の女性がいる。
「ありがとうございます。大丈夫です」
市以外の人は、牢屋に入れられてるだけで、市だけが鎖に繋がれていた。
1つの狭い牢屋に8人も入っている。
前の牢屋にも、沢山の人がいる。
「ここは何処であろうか?」
市は、先程の女性に聞いた。
「ここはカガン領の城の地下牢です」
「え? 何故そんな遠くの領地の地下牢に?」
市が牢屋を見渡すと、じっとこちらを見ている者がいる。
「・・・そなたは確か、私の部屋に入ってきて・・・」
「ごめんなさい! いきなりスタンガンかましてごめんなさい」
頭を床に打ち付けんばかりに、りんが謝る。
「スタン? かます?」
「いえ、あのつまり、いきなり襲ってごめんなさい」
「ああ、なるほど。そなたに襲われ、ここに入れられたのか。何故、私を襲ったのじゃ?」
「ミラ様・・ミラに騙されたんです。『市という召喚された娘が、テオフィデール様を騙したり、その他に悪い事を一杯してる』って言ってたから、皆を助けなきゃって思ってあなたを襲いました。本当にごめんなさい」
「ミラに聞いて? いきなりかの? 私の事を他の誰かに、聞いたり確かめたりしたのか?」
「・・いいえ、してません」
「じゃあ、そなたはミラの言葉だけで判断して、私を襲ったのか?」
「だって、ミラが・・・」
「そなたは、人を襲う程の事を簡単に出来るのじゃのう」
市は呆れてため息も出なかった。
「ミラが・・・ミラが悪いのよ。だってそうでしょう?」
「そなたは、人に言われ確かめもせず、沢山の人を傷つけた。それに、先ずは確かめる事が先決であろう?」
「あ・・・」
(私、またやってしまったかも・・クラスで仲良くなりかけた子がいた。でも誰かが、その子が私の悪口を言ってたよって教えてくれて次の日から私、確かめずに無視しちゃったんだ・・・)
りんが黙ってしまったので、市はもう何も言わなかった。
「所で、ここに何故こんなに沢山の人が、捕まっておるのです?」
「私はカガン・ラ・カガンの妻、レオノールと申します。ここにいるのはカガンに使えてくれている者の家族です」
「なるほどのう、ミラは家族を人質に取ってカガン伯爵のみならず、その家臣まで手足の様に動かしておるのか」
卑劣極まりない手口に市は怒りで頭が痛くなる。
「一体ミラは何を企んでおるのか、そなた知っていますか?」
市がこめかみを押さえながら、レオノールに聞く。
「きっと私の息子を王にしようとしています。それで貴女を囮にテオフィデール様の殺害を企んでいます」
テオフィデールの血を流す姿が脳裏を横切り、市はゾッとする。
「何処までも卑劣な。兎に角、ここから脱出せんと、どうにもならんのぅ。ここが戦場になるなら、そなたの息子も危ない。何処に居られるのです?」
「私の息子ジュリオは、夫カガンが、この城から離宮に繋がる抜け道で逃がしてくれているはずです」
「本当かの?!それは確かなのじゃの?」
「静かにしろ!」
見張り番が威圧する様に吠えた。
その姿を見た市は、瞬き出来ない程、驚いた。
それは、人間ではなかった。
「き・狐が人間で・・しゃべっておられる! 神? 稲荷神社の神の使いがおられる!」
「おい! そこの女、うるさいぞ! 神の使いって誰に言ってるんだ?」
「貴方様に言ってます! 稲荷神社の神の使いが、この様な所でお目に掛かれるとは、何と有り難いことじゃ!」
「え? 俺が神? お前馬鹿なのか? それとも俺を馬鹿にしてるのか?」
獣人族の男は市を睨む。
だが、その前に市は、その男を拝んでいるから、睨んだところで効果はない。
「この危機的状況のおり、助けに駆けつけて下さるとは、誠に有り難し」
市の行動を全ての者が訝しげに見ていた。
「おい! 拝むな! 助けるわけねーだろ」
イラッとした獣人族の男は、牢屋の鍵を開けて、拝んでる市の手を掴んだ。
「拝むな! 止めろ・・?」
掴んだ手と市の顔を交互に見る。
「お前、何か変だな?」
「ここではない世界から来たせいで、少し変に見えるのかの?」
首を傾げ考え込む市を見て、男が気づく。
(ああ、何だか懐かしい感じがするんだ)
男は、市の鎖に繋がれた左手を見た。
「痛いか?」
「痛いのう」
「そうか」
そう言うと、鍵を出し、市の手首の手錠を外した。
「やはり、稲荷神社の神の使いだったのじゃな」
「違う! あのミラって女が気に食わないだけだ。俺が出来るのはこれ位だ。後は自分で何とかしろよ」
男は牢屋から出て、鍵を掛けた。
「鎖から解放されただけで、十分じゃ。ありがとう」
(油揚げをお供えせんといかんの)
市は鎖が外れ、少し自由になったので、鉄格子越しに様子を探った。
それから、レオノールに城内の見取り図を床に書いてもらって覚えた。
この地下牢から一斉に、安全に脱出する方法考える。
その為には、先ず敵の兵力を知らないといけない。
この牢屋の見張り番は、少数の獣人族とリュッセンの兵が多数いて、ミラを後押ししていると教えてもらった。
(まだ、ミラはリュッセンと繋がっておったのか。ならば、ハウゼンとも繋がりはあるのう)
ミラの執拗さにうんざりする。
「何処かに、城の外に抜ける良い抜け道はないかのう」
レオノールや娘、騎士団長の妻子等、皆で考えている時、申し訳なさそうに、りんが声を掛ける。
「あの~・・すみません。私、抜け道を知ってるかも知れないです」
りんの知っている道は、ミラが幼い頃から使っていた城の外に抜ける秘密の道らしい。
しかも地下牢に近い所に入り口がある。
「カガンの妻となって随分経ちますが、その道は全く知りません」
レオノールは、険しい顔でりんを見た。
りんの事をまだ警戒しているようで、その道を行くには不安そうだ。
しかし、そうも言っておられない。市は仲裁するように間に割ってはいる。
「今回の件、テオフィデールはミラを断罪するだろう。もうすぐ、王国の騎士団がここに来る。さすれば、妻子を人質に取られているそなた達の夫は、味方同士で戦わねばならん。ここはりんの道を信じて行かぬか?それに、私はりんを信じています」
レオノールは渋々頷く。
「それと、武器が欲しいのう」
辺りを見渡し、探していると、またりんがおずおずと側に来て、
「私、武器を持ってる。市さんに、言うのも何ですが・・市さんを襲ったやつです。2個あります」
市は何とも言えない顔をした。あの痛みを 思い出し、ぞっとしたからだ。
「仕組みはようわからん武器じゃが、確かにあっと言う間に倒れたのう」
「それと、牢屋から出れたら、私、行きたいとこあるんです。だから出たら途中皆さんと違う道を行くけどいいですよね?」
「私達の事をミラに、密告しに行くつもりですか?」
レオノールの侍女が、りんを睨む。レオノールがそれを遮ってりんを庇った。
「よしなさい。私はその子を信じると決めました。それで、りんさんは何処に行こうとしてるのですか?」
「そうじゃ、りん。皆に信頼してもらう為にそこに行く理由もはっきり告げた方が良いでしょう」
市も援護した。
「私が元の世界に戻る為の道具を、取りに行きたいんです。それがミラの隣の部屋にあるの」
「え? テオフィデールには、もう私は元の世界に戻れないって聞いておるのじゃが、どういう事かの?」
「市様が召喚された時、細いガラスの棒が落ちてませんでした?」
「知らぬのう」
「必ずあるはずなんだけどなー?」
そんな話をしていたら、先程の獣人族の狐が来た。
「オーイ、さっきの女。俺達、急に引き揚げる事になった。契約条件と違う働きを要請されたんで、帰るわ~。つまりミラって女に肩入れしなくて良いって事だ」
男は大きな口で、ニイッと笑い、市に小刀を渡した。
「やっぱり稲荷神社の神様だった」
「ちげえよ! ここの鍵はさっき兵士に渡しちまったから、出してやれねえ。まっ、頑張れ。じゃあな」
二人の会話を聞いてたりんが、不思議そうに首を捻って市を見ている。
「稲荷神社を知ってるって事は、市様も日本人よね? 何処に住んでたの?」
「近江にも居ましたし、越前北之庄にもおりました」
「滋賀や福井ってこと? え? 市様っていつの人?」
「いつって、それは私が死・・えーと天正じゃが」
「・・・。 明治、大正、昭和、平成、令和、どれか聞いたことある?」
「知らぬのぅ」
「ふーーふーーふー」
りんの鼻息が荒くなって、様子が変だ。牢の中の人達は、怖くなってりんから離れて見ている。
「市様。もう一つ質問して良いですか?」
市も怖くなって、りんから離れながら頷く。
「市様のお兄様って織田信長ですか?」
「おお! 兄を知っておるのか?」
知り合いなのかと嬉しくなって、今度は少し近付く。
「私、これでも歴女なんです。天正って!何年でした?」
(11年より前だったら、市様は死ななくて済むかも! )
りんは歴史を変えて、恩返し出来るかも。と張り切って聞いた。
「え? 最後・・11年」
「11年ですか・・・今、最後って言ってたし・・」
その時、女性の悲鳴と荒々しい声が聞こえた。
「おい、市っていう女はどこだ?」
兵士が2人、牢の中に入ってきて、手荒く侍女達を掴んで押し倒した。
「取り敢えず、遊んでから市ってのを連れていくか?」
「ヘッヘッへ、俺から先に選ぶぜ
」
よだれを滴しながら、女達をいやらしい目付きで近寄って来る。
「ギャッ」「グェー」
よだれを滴しながら、男2人が膝から崩れ落ちる。
「流石じゃ! りん! あっという間に2人の男を倒したのぅ!」
「感心してないで、手足を縛って下さい。それから鍵で他の牢も開けていって下さい」
レオノールは冷静に行動していく。
「レオノール様、皆を城の外に逃がして下さい。私はりんが無事元の世界に帰れるよう、付いていきます」
市はきっと何を言っても、りんの無事を見届けるだろう。
「分かりました。市様、お気を付けて」
「あのー、レオノールさん。これ使って下さい。さっきみたいにして、このスイッチ押したら、どんな大男でも倒れるから」
りんは2つの内の1つのスタンガンを渡した。
「りんさん、ありがとう。りんさんが無事に帰れるよう、祈ってます」
レオノールは恐る恐る未知の物体を受けとり、りんに微笑んだ。
狭い通路で、城の人達とお互いの無事を祈りつつ別れた。




