21 ミラ(1)
「カガン伯爵様ぁ、ねえねえ、いつテオフィデール様に会えるのよ」
あさい りんは何度も執拗にカガン伯爵に尋ねていた。
「すまないが、少し静かにしてくれないか?」
カガン伯爵の顔色は悪い。
連れてきた侍女の手はずっと小刻みに震えている。
(ハアー、カガン伯爵って本当にボーッとしてて、やる気あんの? この人まじウザい)
「これから、ここが私の城になるのね。所でいつまで待たせる気?
さっき案内してくれた人、え~と見覚えあんのよねー。誰だっけ?」
(・・・見覚えあるって、、覚えとけよ)ジェパーソンはブツブツ言いながら部屋の外で待っていたアイレスに報告する。
「確かに3番目に召喚した女です。髪の毛の色も本物の黒色です」
(なんて女を召喚したんだ、俺は!)
ジェパーソンは下唇を噛みながら報告する。
「分かりました」
アイレスは頷き、姿勢を正すとドアをノックし3人がいる部屋に入る。
「ようこそ、カガン伯爵。お会いするのは本当に久しぶりですね」
アイレスはいつもの倍増で、優しそうな笑顔を作る。
「は、はい。お久しぶりです・・」
カガン伯爵は落ち着かない様子で目を合わせない。
「こんにちはー。ねえテオフィデール様はどこですか?」
りんがいきなりアイレスに話し掛ける。不躾な態度にアイレスの眉がピクッと動くが、張り付けた笑顔は崩さない。
「簡単にお目にかかれる方ではないのですよ」
「えっ? だって私の結婚相手ですよね?」
「りんさんは、何か勘違いされていますよね?」
アイレスの眉がピクピク動く。
「あなたじゃ話しになんないんですけどー。私は伝説の乙女。そんで、テオフィデール様の結婚相手なんですよね。早く会わせてよ」
「チッ」
アイレスの心の声が少し漏れた。
「えっ?」
「いえいえ。少々誤解があるようなので、ご説明しますね。あなたは王とは結婚出来ません。あなたには2つの選択肢があります。
一つ目は、前の世界にお帰り頂く事。
二つ目は、このままこの世界に残る場合、カガン伯爵の領地から出る事無く生活する事。
この2つの内、どちらを選ばれますか?」
りんが頭を捻って、考え込んでいる。
(そうだ、よく考えて元の世界に帰る方を選べ)
アイレスは笑顔を崩さず、りんの返答を待った。
「ヤバー。本当にあんた達『市』っていう子に騙されてんのね? まあいいわ。皆助けてあげるから」
「市様に騙されてるとはどういう事ですか?りんさんの仰られてる事がよく分からないのですが?」
「分からなくても、仕方ないわ。取り敢えず、トイレに・・じゃなかった、お花を探しにだっけ?行きたいんだけど」
「ハイハイ。トイレに案内すればいいんですね?」
アイレスに笑顔はなく、手を叩いて侍女を呼ぶ。そして、そっと侍女に耳打ちする。
「気を抜かず、見張っていなさい。何かあれば一人で対処せず騎士を呼びなさい」
侍女は顔を引き締め頷く。
「りん様、こちらです」
「ありがとー」
侍女は2人の騎士と、魔術士と一緒にりんを案内する。
「ねえねえ、テオフィデール様の部屋に連れてってよ」
「すみません、それは出来ません」
固い顔のまま侍女が返事をした。
「・・ふーん、まあいいわ」
話してるとトイレに着く。
侍女だけトイレ内に付いて行く。
騎士と魔術士が、トイレの入り口で待機していると、中から「キャー」と声が聞こえた。
急いで中に入ると、りんがうっすら笑っている。その足元に侍女が倒れていた。
「お前何をした?」
「何もしてないわ。急に倒れたのよ」
この城内は、現在魔道士が総動員して、魔法を使えない状態にある。しかも、相手は剣も使えなさそうな女の子だ。こちらは大人の男が3人という事もあって油断した。
3人は倒れている侍女を助けようと、迂闊にりんに近付いた。
「グアッ」「アー」「ガアッ」
次々に3人は倒れた。
りんは3人を跨いで、侍女の服を脱がせた。自分もドレスを脱いで侍女の服を手に取る。隠し持っていたカツラを被る。
「あー、折角ミラ様が新しいドレスを作ってくれたのに、テオフィデール様に見せれなかったじゃん。この侍女の服キツい。最悪~」
りんはブツブツ言いながら着替え終わると、騎士を見ながら入り口に向かう。
「ふふん。魔法も剣も無くても、私には『スタンガン』ってのがあるのよ」
何食わぬ顔で、トイレから出て階段を上がって行く。騎士達とすれ違う時は少しドキドキしたが、誰にも止められなかった。
4階に着くと警護の騎士に声をかけられた。
「ここから先は、行けないよ。昨日の会議で、聞いて無かったのかい?」
ここでも油断した3人は次々に倒れた。
とある部屋の前に、二人護衛が立っていた。
(あー、キットこの部屋にいるのね~)
騎士達は廊下を歩いてくる侍女に声を掛ける。
「おい、そこで止まれ」
「えー? 何ですか?」
「止まれ!」
「えー? 聞こえないんですけど~」
りんはどんどん距離を詰めて騎士達に近付く。
とうとう、騎士が剣を抜く。
「やっば!!」
「下がりなさい!」
「あの、私い~市様に頼まれて~」と言いながら少しずつ近付く。
「これを持ってきたんですよ~」
「ガアッ」「グオッ」
りんは市の部屋のドアを開ける。
「ゴール!!」
「誰じゃ?」
「やっと見つけた~。あんまり悪い事しちゃダメよ」
りんの後ろに、ドアの外で倒れてる騎士が見えた。
「そなた、何をした?」
市は騎士に駆け寄ろうとした瞬間、強い痛みが全身を襲い、そのまま気を失った。
「やった! ラスボス倒したわ」
りんは、バルコニーに出る窓を開けると騎士が一人立っていた。
「お前はだれ・・」
ドサッと騎士が倒れた。
(もう、こんな所まで居てるの?
取り敢えず、さっさとこの子を建物の外に出さないと)
市をバルコニーに引きずって出すと、急に大きな鳥が現れ、飛んできて、市を掴んだ。りんは鳥の足にしがみつく。そして、あっという間に市を拐って行った。
中々帰ってこないりんを不振に思い、アイレスが見に行くと4人が倒れていた。
「どうした?」
4人共、息はしている。ほっとするも急ぎ騎士を呼び、テオフィデールやエルベルト、市、オリナの安全を確認に行かせた。
シモンが市を見に行ったが、階段の踊り場付近に3人が倒れている。
「おい、大丈夫か?」
声を掛けるとうーんと唸る。それを聞くとすぐに階段を駆け上がる。
市の部屋の前で、騎士達が倒れているのを見て、慌てて部屋に入ると、大きな鳥が市を鷲掴みにして、高く舞い上がり飛び立って行く。シモンはそれを見送るしかなかった。
後ろ手に縛られたカガン伯爵と、侍女が、テオフィデールの前に連れてこられた。
「何故、私を騙した」
「・・・」
「ミラは何を企んでいる?」
「・・・」
(何を聞いても黙りか!)
テオフィデールは立ち上がると、カガン伯爵を蹴り上げた。
アイレスが止めに入る。しかし
「陛下、この男に聞かなければならない事が沢山ありますので、処罰は少々お待ち下さい」
アイレスの顔に笑顔はもうない。
倒れたカガン伯爵の前に立ち、見下ろす。
「カガン伯爵、ミラ様の狙いは市様ではありませんね?」
「・・・」
「そう言えば、領地で貴方の奥様やお子様を、最近見なくなっと報告を受けています。どうされたんですか?」
カガン伯爵の顔がどんどん真っ青になっていく。
「たす・・け・てくださ・い・・妻子が・・」
振り絞るように出した声から、妻子が人質に取られているのではと、推測出来た。
「助けます。しかし、お話を聞かないと対処出来ません」
アイレスの言葉に漸くカガン伯爵が話し出した。
「4年前、私と妻の間に、子どもが生まれました。その事を姉に隠していました。その子が金髪だったからです。しかし、ばれてしまい、姉は妻から子どもを取り上げて、その子を王にすると言い出したんです。今、妻と娘が囚われてます。他にも部下の家族が囚われてます。どうか、助けて下さい」
踞って泣くカガンを見ながら、テオフィデールはやるせない気持ちになった。
「叔父さん・・・貴方一人に、ミラを長年押し付けていた私にも、落ち度があった。すまない」
「そうなると、ミラ様の本当の狙いは陛下という事になります」
アイレスは厳しい目でテオフィデールを見る。
「つまり、ここで陛下が動かれる事が最も危険だという事です。市様の救出は我々に任せて、陛下は城から出る事はしないで下さい」
テオフィデールはアイレスに返事をせず、カガン伯爵を見た。
「カガン伯爵、りんはなぜ騎士達を次々に倒す事が出来たんだ?」
「りんが異世界から持ってきた物で、相手を痺れさす道具と言っていた。魔法でも魔道具でもないそうだ」
「そんな物を持っていたのか。どうあっても、市を取り戻す。カガン伯爵の城には、外から秘密裏に入れるルートはないのか?」
アイレスがため息をつきながら、テオフィデールの腕を掴む。
「先程の私の話を聞いてましたか?」
「・・・聞いている」
「一人の女の為に、国と命を捨てようとしている、王に仕えていたとは・・」
アイレスがはぁー・・と呆れ顔で首を振る。
「・・・アイレス、分かっている。今度は自分の手で救いたいんだ。俺はお前に止められても行く」
アイレスはテオフィデールを掴んでいた手を放す。
「・・わざわざ罠に掛かりに行く王の為に、囮の隊列を私が指揮をしましょう」
テオフィデールは馬を走らせ、カガン伯爵の領地へ向かう。




