19 手の掛かる・・
最近、ニコラの様子が明らかにおかしい。
いつも冷静な判断と、無駄のない動きがモットーのニコラだが、今日も朝から色々やらかしていた。
大事な書類の上にコーヒーをこぼし、慌てて拭こうとして、トレイをテオフィデールの頭にぶち当てていた。
そして、今、ニコラの周辺だけ時が止まっているかの様に、ニコラの動きは静止していた。
窓の外を見て、動かないニコラの視線を市が追うと、聖堂のある棟の入り口で、数人固まって歩いている魔術士が見えた。
市は自分に向く好意には 鈍いが、他人の事には鋭いところがある。( あの中の誰かに懸想しておるようじゃ)
横目でニコラを見つつ通り過ぎた時 、ニコラがとろけるように笑っていた。
その笑顔があまりにも見慣れない光景でゾクッとした。
(ほー 。ニコラもそのような顔をすることもあるのか?)
そんな事を思っていたら、ニコラと目が合ってしまった。
「なっ何か用ですか? 市様?」
ニコラの声が裏返っている。
「フフン。イースじゃの?」
「えっ!」
(動揺しておるの?)
「何の事です?」
明らかにニコラの目が泳いでいる。
「誤魔化さずともよいのですよ」
さも分かっていますよ、と自信ありげに言いながら、ニコラの横を通り過ぎ自室に入る。
バタン
ドアを閉めると頬が緩んだ。
(ニコラがイースをね~。でも、イースは全く気づいてないし、そんな気もなさそうじゃの。このままではニコラとイースは、接点がないゆえ難しいかのう。そうじゃ、この事はテオにも教えてやらねば)
意気揚々と部屋を出たら、ニコラが待ち構えていたように立っていた。
「今、陛下に言いに行こうとしてますね」
「おお、そう思ってた所です。何故分かったのです?」
「・・・言わなくていいです」
ギロッと睨んだが市に効果は無い。
市は「?」と首を傾げた。
「いいですか、陛下は本日とてもお忙しく、そんな話でお手を煩わす事があってはいけません」
「そうか、分かりました。では部屋に戻ります」
しゅんと落ち込んだように部屋に戻る市。
それを見て、ニコラはホッとした顔で執事執務室に帰った。
(ニコラ、甘いのう。今日は話すのを諦めるが、明日、明後日、話さないとは言っていない)
市はにんまり笑う。
早速、次の日市は、珍しく自室で休憩しているテオフィデールに話しに行った。
「テオはニコラの様子がおかしいのはご存知かの?」
「そうなんだ。あのニコラがえらく疲れているようで、心配している」
「疲れではないと思うがのう」
市は意味ありげに微笑む。
「いや、市は知らないと思うが、市が意識のない間、ニコラの心配の仕方は尋常ではない程だった」
「えっ? ニコラがそんなにも私の事を・・・・」
市は感動し、胸が熱くなった。
「市から離れようとしなかったイースと言う魔術士と同じくらい、市の傍にいて心配していたぞ」
(それは、イースの心配をしていたのでは・・?感動を帰して欲しいわ・・)
「ところで、オリナさんの事なんじゃが、やっと外に出れたと言うに、すぐに侍女の仕事を始めたと聞いた。それで、王室保養地のリンダーホーフ離宮でゆっくりしてもらいたいと思うています。どうでしょうか?」
「それは良い考えだ。俺もオリナにはゆっくり体を休ませて欲しいと思ってたが、オリナが言うことを聞かないんだ」
「それでは、リンダーホーフ離宮に行く事をお許し頂けるのですね?」
「ああ、許す。それと俺も行く」
「テオもですか?」
「そうだ、誰かが心配ばかりかけるから、俺が一番疲れている」
そう言われると市は何も言えない。それに皆で行けると思うと嬉しくなった。
「テオ、心配させてしまった分、離宮ではいっぱいおもてなしを致しましょう。楽しみにしていて下され」
テオが笑う。
「楽しみにしてるぞ」
話が逸れて、ニコラとイースの事を言うのを市はすっかり忘れていた。
早速オリナに保養地でゆっくり過ごして貰いたいと言う旨の話したら、とても喜んでくれた。
期間は1週間程度を考えていたが、働き者のオリナは2泊3日なら行くが、それ以上はじっとしていられないらしい。
オリナは黒い塔から出た次の日はじっとしていたが、2日目には皆が止めるのも聞かず、侍女として働きだしていた。
そのオリナがゆっくりすると言ってくれたのだから、かなりの譲歩だろう。それと、市は最近のオリナの様子が気になっていたので、話す機会も出来て、ちょうど良かった。
シッティングルームで旅行計画について話す事になった。
今回の旅の移動は馬車を使うとニコラが行った。
「馬車とは?」
ニコラが質問の意味がわからないらしく首を傾げながら答える。
「えーと。馬に股がって行くのはお疲れになるので、座って行かれた方が良いでしょう?」
「座ってとは、輿の事かの? 人の足では幾日かかるか分からぬ」
「馬で引くので・・人で引くなんてあり得ません。市様このようなので行きます。」
言葉では埒が明かないと思ったニコラは、絵を描いて教えてくれた。
「ほう! すごいのう。このような乗り物にに乗っていくのかの?楽しみじゃのぅ」
「市様、話が進まないので、馬車は後でお願いします」
ニコラは話を勧めた。
「では陛下、オリナさんの好きな植物園に立ち寄ってから、保養地に向かうという事で宜しいでしょうか?」
テオフィデールが頷く。
「私もオリナさんの好きな料理を食べて貰おうと、お好きなメニューを、リンダーホーフ離宮の料理長に伝えています。あ、そうそうニコラ。もう一人お客様を招待しようと考えております」
「どなたですか?」
「イースです」
「えっ? イースさん?なっなっ何でですか?」
焦るニコラを見て、テオフィデールは不思議そうな顔をしている。
「ニコラ、どうした?」
「いえ、へ、陛下。お茶をいれてきます」
バタバタ部屋を出ていった。
「市、あれはどういう事だ?」
「分かりませぬか?ニコラが最近おかしい理由はイースのせいです」
「ニコラの好みはイースだったのか?」
「私、そういう事は鋭いのです」
どや顔の市にテオフィデールは呆れている。
「じゃあ、気が付くはずだろう・・」
「何か言いましたかの?」
「・・・いいや、何も言ってない」
明らかに今何かを言おうとしていた言葉を、テオフィデールは飲み込んだ。
旅行初日
市は馬車に大喜びだった。
「小窓しかない輿とは大違いじゃの。オリナさん外の景色がよう見えます」
「市様、何度も言いますが、オリナと呼び捨て下さい」
「では、この旅行が終わったら、そう呼びます」
植物園でも、市が一番はしゃいでいた。
「草や木を集めて見せる所と聞いておったゆえ、そのような所を見て楽しむとは珍しいと思ってたが、これは凄いのう」
目を輝かせて、見て回る市をテオフィデールは面白そうに眺める。
「市はどんな所だと想像してたんだ?」
「えっ?畑みたいな所です」
「・・・市、流石にそれはないな」
テオフィデールは苦笑した。
オリナはその様子を嬉しそうに見ている。
「テオ坊っちゃま、市様は不思議な方ですわね。私を助けに来てくれた時は、強く神々しかったのですが、今はとても無邪気で」
「そうだな。あれは表情がくるくる変わる」
「テオ坊っちゃま、応援しますよ。まだまだ遠い道のりのようですけど、頑張って下さいませ」
テオフィデールは驚き、照れたようにオリナを見た。
「オリナは流石だな」
テオフィデールが視線を市に移すと、初めて見たバラに感動する市がいた。
その頃、ニコラはイースの為に植物園を案内していた。
市は二人を遠目で見ていたが、どうも上手くいってないようだ。ニコラがあたふたしていて、彼の良さが出せていない。
「ニコラは何をやっておるのじゃ」
そうこうしていたら、植物園も一周したので、リンダーホーフ離宮に向けて出発した。
離宮に着き、荷解きをしていた市は、庭を歩くイースを見つけ、駆け降りた。
「イース、もう散歩ですか?」
「はい、ちょっと考えてて・・」
浮かない顔のイース。
「どうしたのですか?」
「私が皆さんとご一緒に、王室の離宮で過ごさせて頂いていいのか不安になります」
「勿論です。今回、成功したのは本当にイースの働きがあったお陰です」
「そうです、猪の様に突っ走る市様を制御して成功に導いたのはイースさんのお陰です」
いきなりニコラが背後から出てきた。
(ニコラはいつの間に・・)
イースを見ると、気まずそうにしている。
「イースさん、この庭園を案内致しましょうか?」
イースはチラッと市を見た後、何か言いたげだった。
「ニコラ様、お気遣いありがとうございます。ではお願いします」
「ニコラ、私はお邪魔のようなので、部屋に戻ります」
二人を引き合わせようとしていたので、もう用事は済んだ。
その後どうなったかはわからないが、ディナーの時ニコラの給仕を申し訳なさそうにイースは受けていた。
(二人はお似合いじゃ。上手くいってくれればよいが・・イースの様子が変なのが気になる)
オリナもテオフィデールと楽しげに食事をしている。
オリナは微笑みながら、今後について話し始めた。
「少し前から考えていたのですが、甥のいる領地に帰ろうと思っています」
テオフィデールいきなりの話に狼狽えた。
「ちょっと待ってくれ。折角、塔から出れたんじゃないか。仕事が辛いなら、しなくていい。オリナは城でゆっくり過ごせばいい」
オリナの甥に関して余りよい噂を聞かない人物である。
テオフィデールは必死で引き留めた。
「いえいえ、そう言う訳には行きません。テオ坊っちゃまも立派になられて安心しました。それに決めましたから」
「・・そうか・・」
テオフィデールは寂しそうに同意した。決意を翻しそうに無いオリナの顔を見て、続く言葉もなく諦めてしまった。
オリナもテオフィデールも本音で語り合えていない。このままでは時間が引き裂いた絆が埋まらないままで、二人は後悔が残る別れになる。市はこのままではいけないと、オリナの部屋を訪れた。
「本を読んでいる所、よいですか?」
「どうされました?」
「少々私の昔話を聞いて下され」
オリナはディナーの時の話だとすぐに察知し、頷いた。
「私は昔、兄や叔父に引き取られて、世話になっていた時、やはりどこかで肩身の狭い思いをいていた。誰かの世話になっていると思うと、自分らしくありたいと思ってもそう出来なかったのじゃ」
オリナは市の言いたいことが分かった。
「そうですね。ましてや、甥の家に厄介になると、自分を押し殺して生きる事になるかも知れないですね」
「それなら、どうして」
と市が言いかけた時、オリナが首を振った。
「6年ぶりに侍女の仕事をしたら、全く居場所がなかったのです。新しいやり方を学ぼうと思ったのですが、筆頭侍女のプライドが邪魔をして、教えてもらう事が出来なかったのです。ふふふ、こんな年になっても頑固なのは治りません」
自虐的な言葉で自分を笑うオリナが痛ましく見えた。
「母の様に慕っているあなたが、この後、自分を押し殺して生活をしていると知ったら、テオ様は悔やむでしょうね」
オリナは悲しい顔を市に向ける。
「テオ様は、オリナさんらしく生きて欲しいと思うております。その為には、生き甲斐が必要です。オリナさんのそれは仕事ではないかの?」
「そうです。しかし、もう年を取っておりますし・・」
市はオリナの手を取り、力強く言う。
「オリナさん、年など関係ありませぬ。死ぬまで自分らしく生きる方法を探すのです」
そして、そのままオリナの手を引っぱって行く。
「市様、どうされたのです?」
戸惑うオリナを尻目に、テオフィデールの部屋をドンドンとノックし、「どうぞ」とニコラが言うと同時にドアを開けて入った。
「テオ様! 今作っている学校に令嬢の作法に関する学科がありましたね? そこの講師にオリナさんを推薦します」
テオフィデールは呆気に取られつつ、市が何を考えての行動か把握した。
「オリナ、今、専門的な技術を追及出来るような学校を作っている。そこで、オリナの知識を役立たせてみないか?」
オリナの返事がない。
「オリナ、学校は城から近い所に作っている。どうだ?やってくれないか?」
2度目は強く頼んだ。
「テオ坊っちゃま、勿体ないお言葉です。私を必要として頂けるなら、是非やらせて下さい」
オリナは涙を流しながら、引き受けてた。
市は良かったと心から安堵しながら二人を見ていた。(手の掛かる親子じゃ)
翌日の朝食はテオフィデールもオリナも、晴れやかな顔で食べている。イースは相変わらず居心地が悪そうだ。
ニコラも・・元気がない。
食後に保養地を、散策する事になった。テオフィデールは今後の事でオリナと話ながら先を歩いている。その後ろをニコラが付いている。
少し離れてイースと市が歩いていた。ニコラは度々後ろを振り返ってこちらを見た。
「ニコラ様に信用されていないのが、悲しいな」
イースの言葉に市は意味が分からず、瞠目し聞き返す。
「えっ? どういう事かの?」
「きっとあの塔の件以来、市様と私が一緒にいる事を心配されてると思うの」
訳が分からず市は動揺した。
「イースは勘違いをしておるみたいじゃ・・」
「そんな事はないです。私が市様の傍に行くと、必ずニコラ様は警戒されます」
(なんと! ニコラの行動が裏目に出ているではないか)
市は慌てて誤解を解いた。
「イースは勘違いをしています。ニコラはあなたに向けて真っ直ぐ行動しています。どうぞニコラの言葉も行動も好意として、真っ直ぐ受け止めてあげて下され」
市の必死の懇願に、自分は何か見誤りをしているのではと考えた。
そして、イースはここに来てからの、ニコラの行動や言葉を思い返した。
そして、しばらくじっと考えていた。
「市様、私はずっとニコラ様の事を勘違いして、失礼な態度を取っていたかも知れません。今から謝りに行こうと思います」
意を決したかの様に立ち上げったイースは、市に一礼し部屋を出た。
(私に出来る事はここまでじゃ。頑張れニコラ)
今ごろ鬱々としているだろうニコラに、エールを送った。
そして、ディナーの時には・・
イースとニコラの二人は、ぎこちなさは消えて、顔を真っ直ぐ見つめ微笑み合っている。
(ふふふ、全く手の掛かる二人じゃ)




