18 黒い塔(3)
市は焦る気持ちを懸命に押さえ込んで、目の前に集中していた。
やはり邪気のせいで、体がすぐ冷えてくる。
急いで階段を駆け上がる。
2階はがらんとして何もない 。
(ここは帰りには恐ろしい場所になるはず)
市は渇いている筈の喉をゴクリとならす。
そして、少し先にある螺旋階段入り口まで走った。
さっさと螺旋階段を駆け上がる。さすがに2回目は慣れたものだった。
(ここまでは早いが 、ここからじゃ)
説得できるかどうかがカギなのだ。
勢いよく部屋に入る。
「助けに参りました。オリナ様 」
「どうしました? 助けとはどういう事ですか?」
驚きの余り、オリナの体が固まる。
「ここから 出るんです」
市の言葉にオリナの顔が一瞬で険しくなった。
「 私と二人で2階へ行けば、あなたは殺されます。どうぞ私のことは、放っておいて下さい」
オリナが強い拒絶に出るのは、市にとっては想定内である。
「やはりの。では、私はこの塔から出る事なく、邪気に汚染されて死ぬだけです」
持っていた薙刀を脇に置いて、市はテコでも動かないとばかりに、腕を組む。
「何を言ってるの? バカなこと言わないで。・・私の事はかまわないで」
オリナは市を恐ろしい者を見るように後退り、首を振る。
「私はあなたと二人で出ると決めて来ました。あなたが出ないなら私も出ません。さあ、オリナ様、腹をくくって私と来て下さい」
オリナの顔を真っ直ぐ見つめ、手を差し出した。
オリナは市の決意が変わらないこと知る。恐る恐る市の手を取ろうとした時、2階で娘が殺された時の映像が浮かび躊躇した。
市はそれを見透かしたように
「一緒に出れます」
強く言い、オリナの手を掴み、引いた。
オリナが頷くと、市はもう一枚の白いローブをオリナに着せた。
そして二人で螺旋階段を駈け降りた。2階に着いたが、シーンとしてて行きと同じような静けさだった。
しかし、オリナの足が2階の床につくと、グワッと邪気が増し、一気に鬱蒼とした。
そして、魔物が次々に現れた。
しかも、さっきまでは1階に降りれる階段は5メートル先にあったはずだが、今はかなり遠くに移動している。
市は薙刀を振り回し、魔物を次々と切り倒して行く。
何頭もの魔物を倒し、少しずつ下りの階段に近付く。
しかし、魔物は次々に部屋の壁から湧いて出てくる。
(まずい。体が冷えて邪気が少しずつ体内に入ってきたようだ )
少し動きが鈍くなった。
その時、大型の猫に角が生えている魔物が出てきた。
その魔物の動きは早く 、逆に動きが鈍くなっている市は、奴の爪を交わすだけで精一杯になった。
奴の攻撃をかわした時、後ろから同じ奴がもう一体、壁から出てきた事に気が付かなかった。
「市様!」 オリナの声が聞こえたと同時に、ザッッツ 変な音がしたかと思うと、市は自分の冷えた左肩から温かい血が流れているのを感じた。
オリナが叫ぶ。
そして、震える声で
「市様、私が戻れば・・」
市は無我夢中で薙刀を振り下ろし、脛払いをすると 1頭が消えた。
「オリナ! 私を信じなさい!
」
市は震えるオリナの腕を掴み、安心さすように微笑んだ。
進もうとした時、床から足を掴まれた。
「クッ」
持っていたクッカ酒を床に投げつけ、瓶が割れると青い煙が床を這うように広がる。床からの手が一瞬動きを止める。
その瞬間を市は見逃さなかった。オリナの手を引っ張って、1階まで駆け下りた。
(出口だ ! 扉は開いている!)
出口が見えた市は、オリナを出口に向かって思い切り突き飛ばした。
オリナが出た瞬間、入り口がバタンと閉まった。
市は中から爆破するため焙烙玉に火をつけようとした。
しかし、マッチが市の血で濡れて火がつかない 。
(焦るな)
何度やっても火がつかない。
(焦るな)
そのうち痛みと寒さで手が震えてきた。
「はあーはあー、目が霞んできた。もう無理かのぅ・・・」
市は床に崩れるように倒れた。
魔術師の連絡を受けたシモンが、ノックも忘れ、執務室に飛び込んだ。
「陛下 !」
テオフィデールが顔を上げると同時に、ニコラが怒る。
「ノックぐらい ・・」
言いかけた時、
「市様が塔に入ってしまわれましたっ!」
「・・・塔? まさかあの塔か?」
テオフィデールはシモンに掴み掛からんばかりに近付く。
「そうです。あの塔です」
「どういう事だ」
テオフィデールが低い声で聞く。
「詳しくはわかりません」
テオは二人の魔術師の力を借りて、すぐに塔の前に着いた。
「 今、どうなっておる?!」
テオフィデールが怒鳴ると、ジェパーソンが走り出てきて説明する。
「きっと、オリナ様の事を知られて助けに入られたのです」
テオフィデールは頭に血が上って、何も考えられなくなった。
「なぜ止めなかった!」
「 申し訳ございません 。後でどんなお叱りをも受けます。今は市様との約束があります。それを守らなければなりません。なので、もう少し、もう少しお待ち下さい」
「今、どれくらいたっている」
「もう15分は過ぎています」
テオフィデールは入り口を見つめるしかなかった。
(薙刀を作るのを何故止めなかった。海の日も様子がおかしかった。なぜ気が付かなかった。
どんなに悔やんでも悔やみきれない。市は帰らないのか?)
人々が塔の入り口を見つめる中、いきなり婦人が飛び出してきた。
するとすぐに入り口が閉じてしまった。
「おお。オリナ様だ」
オリナは自分が明るい日差しの中に出たことがわかると、振り返り塔を見た。
「なんて事! あの子が一緒にいない」
もう1度塔に入ろうとするのを、ダリアが慌てて止めた。
しっかり閉じられた塔の入り口の前で、テオフィデールが石のように動かなくなった。
風が強く吹き、木々を鳴らす音だけが聞こえている。
何分過ぎたかわからない。
誰も身動ぎもせず、立ち尽くしていた。
突如、ドーンという大きな爆発音が聞こえ、塔の一部が吹き飛んだ。
ジェパーソンは塔を見る。塔の一部が崩れている。そこから邪気が流れ出るのを見て、3秒後その穴に向け逆に魔法を流し込むイメージで空間バリア魔法を発動した。
その直後すぐ続いて、どーん どーんと2発の爆発が起き、塔の屋根は吹っ飛び、中は柱と壁の一部を残すだけになった。
まだ爆発物が残っているかもしれない。が、テオフィデールはもう走り出していた。
中は邪気と煙と瓦礫で、よく見えなかった。
「市、どこにいる!」
シューシューと魔法と邪気がぶつかり合う独特な音がする方を見ると、ジェパーソンの空間バリア魔法の中で倒れている市を見つけた。
「 ジェパーソン、早くこの魔法を解除しろ」
ジェパーソンが急ぎ解除すると、肩から血を流し、全身が青黒い肌の色になった市が出てきた。
息をしていない。
邪気が体の奥深くまで汚染している。
そこにいる 全員が一斉に回復魔法を市にかけ始めた。
体が冷えきって動けなくなった市は、夢を見ていた。
3歳の市は優しいお兄様が大好きだった。
泣いていると肩車もよくしてくれた。
市はもみじのような小さな手をさすっていた。
「寒いのか?市」
「しゃむいよ。にい様」
「じゃあ、火をつけよう。これが火打ち石だ。ほら、こうやって石をカチカチして火をつけてみろ」
カチカチ カチカチ
「にい様、うまくできない」
兄様は大きな手で、市に火打ち石を持たせてくれた。
「ほら、もう一度やってみろ」
「にい様、ついたー!」
「上手に火がついたな」
優しい兄様が笑って褒めてくれている。
市はとても嬉しくなった。
同時に、我に返る。
ガンガン響く頭痛を堪えて目を開ける。
「そうだ、焙烙玉を投げねば・・」
市の意識は、戻らない。
イースはいつも通りに、目覚めぬ市に挨拶をする。
「おはようございます。市様」
「おはよう。イース」
「・・・・!」
「? イース?」
市のベッド に駆け寄り、顔を覗き込むイース。
そのまま何も言わず、すごい勢いでテオフィデールの執務室に駆け込んだ。
「おめざ、お目覚めに、市様が、ふえーん」
そのまま床に座り込み、泣き崩れた。
テオフィデールは駆け出し、市の部屋に飛び込みベッドを覗き込む。
市はまだしっかり目が開けられず、薄目でとろんとしてる。
「・・テオ様、おはようございます 」
(市から声が聞こえる)
喜ぶテオフィデール。
「目が覚めたか?」
テオフィデールは市に顔を近づけ、市の頬を両手で包み込み、優しく親指で市の今動いた唇を撫でる。
そのテオフィデールの目は少し潤んでいた。
「・・・その様子だと、私は随分眠っていたようですね」
「10日間も眠っていたぞ。でも、目覚めてくれた。はぁー・・もうこのままなのかと、何度も思った・・」
ポツリポツリと話すテオフィデールの口調から、本当に心配をかけてしまったと反省した。
「オリナ様は?」
大事な事を思い出した市は、心配そうにテオフィデールの答えを待った。
「・・元気だ。市をずっと心配していたよ」
もう人の心配をするのかと少し言葉を失ったが、これが市なのだと思い直した。
そこへ医療系魔術士と外科医が飛んできた。
市の顔を見ると二人とも、心底ホッとしていた。そして、テオフィデールの顔をちろっと見た。
「何としてでも治せ」という圧力からようやく解放された、そんな安堵の顔だった。
「うん、まだ顔色は 青黒さはありますが残っていますが徐々に取れていきます。肩の傷はまだしっかりふさがってないから、激しく動かさないで下さい」と診察し帰って行った。
「市、治ったら今回の事をしっかり反省してもらうからな」
少し怖い声で言うが、市の頬を撫でる手はとても優しい。
「テオは怖いのう。もうお説教かの」
ふふふと笑った後、市はもう寝ていた。
体力が回復するまで、かなり時間がかかりそうだ。
市はすやすや寝ている。
「ゆっくり休め」
眠っているおでこにキスして、しばらくテオフィデールは寝顔を眺めていた。
私、市はだんだんと起きてる時間が長くなってきた。
イースは度々来ては、回復魔法をかけてくれる。
イースは、私が大怪我をして運ばれてきた時、一番に駆けつけて倒れるまで回復魔法をかけ続けてくれたらしい。
私がどんな事になっても、イースが協力していたという事は内緒にしようと言っていたが、彼女は 一人で責任をとる覚悟をしていたらしい。
一番辛い役目を、負わせてしまったと私はすごく反省した。
「すまなんだ、イース。そなた一人を苦しめてしもうた。本当に悪かったと思っています。何か私にして欲しい事はないかの?」
「じゃあ、これからも、相談したり話したり、友達になって下さい」
「もちろん、ずっと友達です」
私は魔術士の友達ができた。飛び上がりたい程嬉しかったが、怪我が治るまでのお預けじゃのぅ。
肌の色はもうすっかり元の色に戻った。肩もほとんど痛まない 。
左脇腹の背中に近いところに、青黒い痣が残ってしまった。
しかし、かなり体をよじってみないと自分では見にくいので、私は気にしてはいない。
問題なのは、城の外へ一歩も出れないことじゃ。
それどころか、城内の庭園にも行けない。
確かに無茶をしたと反省していた。確かにテオフィデールが怒るのも無理はない。
しかし、このままでは、体が鈍ってしまう。
今日こそはと執務室のドアを叩いた。返事がない。
そっとドアを開けると、テオフィデールとオリナが話し合いというより、言い合っていた。
「坊っちゃま、それは違います。女性というのは・・」
「服は俺のセンスがいいんだ。色だって ・・」
「あのー」私は気付いてくれそうもないので 、声をかけた。
二人はビクッとして私を見る。
二人の顔が怖かったので、
「出直します」と言い、そのままドアを閉めた。
部屋に帰った私は上機嫌だった。
フフフとニマニマ閉まらない顔でずっといた。
良いものを見た。
「なんだ気色悪いな」
振り返ると、閉め忘れていたドアの前にテオフィデールがいた。
「何がそんなに嬉しいんだ?」
「 私はきっと、母に甘えるようなテオを見たかったのやもしれません」
「甘えてない 」ズイッと近寄るテオフィデール。
そう、あんなにオリナを助けたかったのは、テオを通して、母に甘える兄信長も見たかったのかもしれないと思った。
そしてもう一度先ほどのオリナとテオフィデールを思い出し、ふふふっと笑いが漏れてしまった。
(坊っちゃまって・・)
大きな図体の坊っちゃまが不機嫌そうに見下ろしていた。




