16 黒い塔(1)
市がこの世界に来て、暫くしてから、不気味な黒い塔があるのを、偶然通りかかり発見した。
シェルドナール城を北にずっと行った森の中に、不思議な形の黒い塔がある。以前からその塔には近付くなと言われていた。
この世界に来た直後は、塔の辺りから染み出てくる邪気に当たって気持ちが悪くなるので、言われなくても近付けなかった。
その塔は12メートルくらいの高さで、壁には窓もなく真っ黒に塗られていた。
地面から2メートル程の高さまで、赤色で何やら気味の悪い模様が描かれていた。
出入口は大人が少し屈んで入れるくらいの、小さな扉が1つあるだけだった。
初めて見た時は、その異様な建物の気持ち悪さで、すぐ通り過ぎた。
それから、しばらく忘れていたが、何故か気になり一人で(護衛を撒いた)馬を走らせ、見に行った事があった。
丁度その時、塔の前で二人の魔道士と一人の魔術士が、真っ白なローブにフードを被った一人の女性に魔法をかけていた。
(何をしておるのじゃ?)
茂みに隠れながら、じっと見る。
その女性は食べ物と衣服を持っており、そのまま塔の中に入っていった。
(邪気が充満する中に入って大丈夫なのか?)
扉は開いてるが、塔の内部は黒い邪気に覆われていて、中が見えない。
15分程で外に出てきた女性の顔は真っ青だった。
(持って入った食料と服はお供え物か? この中に神様が祭られておるのか?)
不思議な光景を目の当たりにしてから、黒い塔の事が気にかかって仕方がない。
しかし、誰に聞いても全く誰も教えてくれない。
いつも嫌々ながらも教えてくれるニコラさえ「教えられない」の一点張りだった。
しかも、ニコラは市がこの塔に深く興味を持っている事をテオフィデールに話してしまった。
テオフィデールは、市にこの塔の事を知られるのを危惧し、『秘密が漏れる事のないように徹底しろ』と通達を出した。
それにより、市はますます知る機会を失った。
ここまで隠すのには、何か只事ではない理由がある、と市は思った。
それを知る為には、どうしても中の様子を調べなければならない。
しかし、中に入るには魔道士達に、あの魔法をかけてもらう必要があるようだ。
市は情報を集めた。そして作戦を立てた。
2日に1度、魔術士の女性が塔に入る。中に入る女性は決まっていて、5人が順番交代に入っているようだ。
その中に、市の背格好にそっくりな人を見つけ、その人の行動をひたすら追い続けた。
彼女の名前はイース。
イースは魔道士と魔術師達と会う前に、いつもフードを深くかぶって、先に塔の前で待っている。
市はこの時、イースと入れ変われると考えていた。
そして最大のチャンスが来た。
その日も、いつものようにイースは一人で塔の前に来た。
落ち着かないのか、何度も塔を見ては何度も呪文を唱えている。
市は、彼女の後ろからそっと近づき、「すまぬ」呟くと同時に、いきなり 気絶させた。
倒れたイースを森の中に運び、寝かせて毛布をかけた。
それから魔道士の地下講堂から拝借してきた白のローブを着て、フードを被って塔の前に佇み、待った。
そのうちガサガサと足音が聞こえてきた。
どうやら残りの3人が、着いたらしい 。
「早いな、イース」
市は下を向き、イースがしていたお祈りのポーズを続けながら、コクッと頷いた。
「イースはこの中に入る時は、いつも緊張して話せなくなるな」
「みんなそうだよ。イースに限らず、おしゃべりなダリアさえも話せなくなるんだから、仕方ないよ」若い魔術士が言う。
「じゃあ、始めよう」
おしゃべりが少なくて、市はほっとした。
市の後ろから3人が、自分に向かって魔法かけているのが分かる。どんどん体が温かくなって、さらに熱くなってきた。
体の中に何かがどんどん溜まっていくような感じだ。
そして、この白のローブも強く光り出した 。
「よし、いいぞ。イース 」
市は足元のお供え物の食べ物と服を持って塔の入り口に向かう。
入る直前、「絶対、搭の中で魔法を発動するなよ。死ぬからな」
魔術士の忠告を聞きながら、塔に入った。
(危なかった)
そう呟いた市の手には、隠しておいた魔法蓄電型のライトがあった。
この中でこれを点灯したら、死ぬところだったようだ。
僅かに光るローブを頼りに、進んでいく。
中は気味の悪い音と、カビ臭さと何かが腐ったような臭気。
そして、息をするのが苦しいくらいの邪気で満ちていた。
熱かった体温が、どんどん下がっている。
真っ直ぐ歩いた先に、階段があった。
2階に着いたが、やはり明かりも何もない。
薄暗い中、足元も見えない階段を、さらに上がる。
ここからは螺旋状の階段で、くるくる回って行く。
すると、小さな灯火のある部屋に出た。
その時、奥で何かが動いた。
市はビクッとしたが目をひたすら凝らして見た。
奥からゆっくり歩いて出てきたのは、60歳代の婦人だった。
「え、誰? なぜ?」
てっきり恐ろしい魔物が出てくるのだと思っていた市は、頭がパニックになった。
「おや、今日は新人さんなのね」
そう言った婦人は、市の髪の毛を見て、
「あなたは市様ですね? なぜここに?」
「はい。市と申します。私はこの塔の中のこの事が気になって、内緒で参りました。今日の事は内密に願いたいのです。ところであなたはなぜこの中におられるのですか? 教えて下され」
婦人は困惑した。
「どこからお話しすれば良いか分かりません。とにかく私はここに閉じ込められて、出る事が出来ません。きっと外の光を見ることはないでしょう」
「何故ですか? 今、私と一緒には出られませんのか?」
「 この部屋から二人で出ると、私以外のもう一人は、確実に死ぬでしょう」
婦人は市を見て、慌て出した。
「ああ、あなたのローブの力が弱ってきてます。早く荷物を置いて出なさい。 外まで持たなくなります 」
婦人は、部屋の階段付近まで、市を押し出すように来た。
「あなたの事は聞いてます。テオ坊っちゃんをどうぞよろしくお願いしますね」
まだまだ聞きたい事は沢山あった
が、本能的に階段を駆け下りていた。
体温が下がり、ローブもわずかしか光っていない。指の先の感覚がなくなり、市に体の中に何かが入って来ようとしてるのがわかった。
出口から外の眩しい景色に飛び出した瞬間、踞った。
「おーい、大丈夫か?」
駆け寄ってきた1人が背中をさすってくれた。
「 時間的にはまだ余裕があったんだけど、今日のお前、体の調子が悪かったのか?」
市は手だけで『大丈夫』というサインをした後、『早く一人にして欲しい』という気持ちを込めて手でシッシッと追い払うような仕草をした。
「なんだよ。心配してやってるのに」そんな声が聞こえた。
3人が市から離れ、森を抜けていくまで、顔を伏せていた。
(はぁーはぁー、魔法を身体の中に貯めておく容量が少ないゆえ、時間が全く持たなんだ。はぁーはぁー、それにしても、彼女は一体誰だったのか。名前も聞けなんだ。分からない事が増えただけじゃ)
混乱した頭を整理する間もなく、フラフラ立ち上がり、気を失っているイースの元に行った。
「あれ? ここどこ?」
イースが頭を押さえながら上体を起こした。
辺りを見ると、森の中に一人ポツンと座っているのがわかった。
「すまんのう。体は大丈夫かの?」
イースはいきなり後ろで声をかけられ、またも失神しそうになる。
イースが心臓をバクバクさせながら振り向くと、市が心配そうに見ていた。
イースはまだ全く状況がつかめなかったが、大切な事思い出した。
「あっ、塔に行かないと・・」
立ち上がろうとしたら、ふらついて座り込んでしまった。
「まだ体が元に戻っていないゆえ、じっとしておいた方が良い」
市はすまなそうにイースの正面に座った。
そして、頭を下げた。
「本当にすまぬ事をした。塔の中に何があるかを知りたくて、そなたを薬で気絶させて、代わりに私が入ったのじゃ」
イースはしばらく思考能力が停止したように動けなかった。
急にハッとして、
「え? 何のために?」
「この塔の話を聞くと、皆が辛そうだった。きっと、この塔の中に皆を不幸にする何かがあると思って、真実を確かめたかったのじゃ。よほど恐ろしいものがおるのかと思っておったが、中には婦人が一人でいるではないか。のう、イース。あの者は誰じゃ?」
この塔に関して一切、市には秘密にせよという命令が出ている。なので、絶対に言うべきではないと頭を振った。
しかし、市の顔を見ていると、今言わなければという気持ちも沸き起こってきた。
こんな危険な真似をして入った市の気持ちを思うと、黙っていられなくなった 。
「市様、よくお聞きください 」
塔の中にいるのは、王太子筆頭侍女のオリナ・ヘノ・メンドサ様
テオフィデールの母のミラは、息子が一人の乳母になつくのを嫌い、乳母を7人つけて、テオフィデールに話しかけたり笑顔を向けることも禁止した。
そんな中で、オリナはミラの前ではテオフィデールに厳しい顔を向けていたが、二人きりの時は愛情を注いでいた。
テオフィデールも、ミラの前ではオリナに話しかける事なく、なんとか誤魔化していた。
しかし 、エルベルトの母をミラが毒殺した時、オリナに抱きついて泣いているテオフィデールと、いたわりながら抱きしめるオリナを見たミラが怒り狂い、あの塔にオリナを閉じ込めたのだ。
つまり、オリナは6年間も閉じ込められている。あの塔の邪気は、ミラから出た憎悪の塊のようで消えることはない 。
そして、救出するには問題がいくつもあった。
あの塔の中で、魔法を発動してはならない。
オリナが2階の床に降りると、2階の部屋に沢山の魔物が出てくる。
また、オリナと2人で降りると、もう一人が殺されてしまう。
どうやっても、男は入れない。
塔は外から破壊も出来ない。
イースの話を聞いていて、全く救出する手段が無い様に思えた。
市は、唸るしかなかった。
「うーん。オリナ様を助けようとした者は、本当に死ぬしかないのか?」
「はい。建物の入り口を破壊しようと入り口付近で、魔法を発動した者が、出口に弾き飛ばされた為、運良く助かりましたが、かなり骨が折れていました。それと・・・」
イースは少し言いよどんだ。
「もう一人、オリナ様を助けようとした者は、オリナ様の娘のエレンでした。しかし、2階の魔物に襲われお亡くなりになりました。
中で一人が死ぬと、出入り口は閉じられます。もう誰も出れません。」
(きっと、テオも6年間、助け出す手段を色々試したのであろう。しかし、これはどう考えても無理なのか? 否、何としても助けださねば。一刻も早く)
「イース、私は何としてもオリナを救い出す。その為に、今日の事は皆に黙ってて欲しい。それから、塔の中にいる時間が必要なのじゃ。体内に魔法を溜め込む容量を増やす方法があれば、探して欲しい。今日は全く時間が足らんかった」
イースは市の顔をキッと見据えた。
「私がお話ししたのは、こんな危険なことを止めていただく為です。お諦め下さい」
市は俯いたまま、ボソッと独り言のように言った。
「たった5分ぐらいしか、体が持たなんだ 」
そして顔を上げ、「手伝ってとはもう言わぬ。でも、せめて今日のことは誰にも言わないで欲しい。この通りじゃ」と頭を下げた 。
市の決意した眼光に、イースはこの時はっきり分かった。
( この人はやめないだろう。なら、手伝うしかない)と 。
「分かりました。市様。手伝います。でも、無理だと思ったら止めて頂きますよ」
市の顔が、パアッーと明るくなり、イースに抱きついた。
「ありがとう!」




