プロローグみたいなやつ 4
先ほど助かったといったが、あれは嘘だ。
現在俺は正座をしている。
「さて一樹くん。いいたいことは分かりますか」
「母さんキャラ変わってる」
「だまりんしゃい」
「はい」
絶賛説教中である。
普段家に帰ってこない分、若干過保護な我が母、嘉神育美
結局丸一日連絡なしに帰ってこなかったのだから仕方ないといえば仕方ない。
「一応言い訳をさせてあげます。あたしに何か言いたいことがあったらいいなさい」
見た目だけだと全く迫力がないのだが、何せ母さん怒ると怖い。怒っているのだが。
「異能者に襲われ化け物に襲われ鬼に襲われました」
ありのままあったことを話した。
「母さんは悲しいです。自分の息子の最期のセリフがそんな嘘だなんて」
「母さん。今最期っていわなかった?言ったよね絶対?」
この親自分の息子を殺す気だ。
「取り敢えず明日は日曜日ですし母さんもパート休みですからそうですね、今から家出した時間正座を続けたら許してあげましょう」
「冗談だよね?そんなことしたら俺の足が死んでしまうよ」
母さんは優しく微笑み
「えい」
どこから取り出したのか石版を俺の太ももの上に置いた。
「暫くそこで反省していなさい」
「あの………マジですか」
こうして高校二年の最初の日曜日は母親からの折檻で始まり拷問で始まるのであった。
「足が動かない」
日曜日の深夜。ようやく解放して貰ったのだが全く動かない。
「大丈夫よ。きっと朝までには治っているでしょうから」
そう言い残し母さんは布団を敷いて眠りにつくのであった。
本当に自分の足が治っていることに感心しながら自転車で向かった。
「あれ?俺左肩いつ治った?」
帰ったときは母さんが怖くてそして折檻(拷問)にあって忘れていたのだが、俺は一昨日左肩を貫かれたはずだ。
まあいいや別。治ったものは治ったんだし気にする必要はないもんな。
「よう。ひさしぶりだな。嘉神」
「何でいるの?自宅謹慎どこいった?」
明日まで自宅謹慎のはずの時雨がそこにいた。
「あああれな。ちょっと裏技使ったんだよ」
「そう。てっきり自宅謹慎を守らず来てたと思ったから。だったらいいんだけど」
問題はこっちじゃない。正直こいつは大丈夫だ。問題は……
「ねえ時雨」
「何だ衣川」
「こいつ殺そう」
衣川さんである。
「な…何があった?」
余りの迫力に俺を恨んでいた時雨がたじろぐ。
「別に。取り敢えずこいつを殺そうって思っただけだぞ?当然手伝ってもらうぞ」
お仲間の異能者に「こいつ殺すから手伝え」と光の隠っていない眼で命令する。
「お…おう」
「すみませんっ!」
四方が異能者に囲まれた俺は対処法が見つからないが、取り敢えず困ったときは一番弱そうな月夜さんがいる左から逃げることにした。
「衣川、時雨。何お前ら殺気を放って授業受けてんだ?」
高嶺先生が注意してきた。やっぱり先生って重要だよね。
「黙ってくれぬか。今こいつをどうやって殺すか考えるのに忙しい」
「なあお前一体何があったんだ?」
仲野が明らかに様子がおかしい俺達を気にかけてくれたのだろう。やっぱもつべきものは友達だな。
「こいつに襲われた」
静寂という言葉を今この場で使うことが出来なければ、その言葉は一生使われることはないだろう。
「違う違う!なわけないって。大体こいつ異能者だよ。本気出せば防げるに決まってるだろ」
テンパる俺。
そのテンパり具合がどうも嘘をついているように聞こえたらしく
「でもこいつ。時雨を手玉に取っていたよな」
「もしかして衣川の弱みを握ってヤッたのか?」
「「「「「―――――ありえる」」」」」
すげえ。どんどん俺の悪評が広まっていく。
「何があったの?教えてよ」
俺の席の前の女子、確か尾張さんが、話しかけてきた。何やら眼がキラキラしてる。
「何もありませんよ。勝手に衣川さんが言っているだけです」
シャーペンをマイク代わりに向けてきたので、本当のことを言ったのだが
「聞きましたか皆さん?この男。惚ける気です」
なんてこった。
「では衣川さん。あなたは一体何をされたんですか?」
授業中なのに騒がしくなっている。
高嶺先生に助けを求めようとしたのだが、結構楽しそうだった。
きっと誰かのスキャンダルとか好きなんだろうな……
「一昨日。こいつはわざわざ覗くためだけに、私の家の周りを下見してそして一晩中張り込んでいたのだ。私はそれに気づき、異能の力でこいつを殺そうとしたのだが、遅かった。先に押し倒されそれで……傷物にされたのだ」
「思っていたより壮絶な話でした。その……ごめんなさい」
尾張さん。全力で引いてる。
「そして寝込んでいる所わたしの初めてを奪ったのだ」
「え?どういうことですか?」
「傷物にした後で奪ったのだ。これ以上言わせるな」
今日から俺の徒名が、『鬼畜外道』になるだろう。
それにしても衣川さん。俺を殺すために自分も死ぬ気か?ほんと漢らしい。
「と言うのはもちろん冗談なんだけどな」
せめてものの抵抗として声真似で当たりを収拾しようとしたがもう時既に遅し。
「近寄らないでくれますか。妊娠します」
泣いていいかな。
泣くのはまだ早かった。後で聞いた話によると、尾張さんの異能は念話らしく、学校中にこの噂が広まったらしい。
俺死んだ。
「燃えた。燃え尽きた。真っ白にな」
生きた心地がしない。
個人的に徒名が鬼畜外道になると思っていたのだが、『鬼畜魔王』に格上げされていた。
「大丈夫だって。人のうわさも七十五日っていうだろ」
「あと七十五日これを耐えなきゃならんのか」
地獄だ。
「で、どんな感じだったん?抱いた感想は?」
「抱いてねえよ。馬鹿か。馬鹿なのか仲野?」
言葉に覇気がない。
「いいか時雨。こうやって殺すことも出来るのだ」
「恐れ入ったぜ。これが女の怖さなのか」
その点に関しては激しく同感です。
「さてと。嘉神。死にたくなったらその時の動画を配信するから申告するのだぞ」
どうやらまだご立腹のようだ。
「ほんと最低よね」
「人間じゃないよな」
一般の連中ですら俺を嫌っていく。
「あ…あの……すみません」
そんな中、兎の縫いぐるみを持った月夜さんが話しかけてきた。ある意味この人が漫画らしい格好だ。
「何に謝ってるの君は?」
「ごめんなさい。結局わたしがその……邪魔したんですよね?」
どうやら衣川さん説得できなかったらしい。
「だから違うって「ごめんなさい」」
少し大きな声で言ったらこれである。変に音を立てたらへんに俺の噂が伝染してしまう。
「これからお前大変だぞ。あいつ男女ともに人気あるから」
「またその話か。まあ大丈夫だろ。隠れてランク付けしている奴は総じて大したこと出来ないと相場が決まっている。括弧俺調べ」
「頼りねぇ」
放課後、ようやく仲野の言っていることが分かった。
男勝りの彼女は女子にも人気がある。だから今俺女子に虐められているのだ。
取り敢えず靴の中に画鋲が四十三個入っていた。
そんな多かったら重さで分かるって。
いきなりで大変申し訳ないが目が覚めると土の壁で囲まれた牢屋の中に入れられていた。
確か普通に家に帰ってアパートの前までついたのは覚えている。
その後の記憶が無い。あえているなら黒いスーツの男が数人。黒塗りの車が一台くらいか。
逃げ出そうとしても両腕には手錠がかけられている。
こんなこと出来る人間に心当たりはない。
「やっと目覚めたか」
訂正。心当たりあった。
「衣川さん。質問していいですか?何でこんなことするんですか」
「何で?貴様は一昨日のことを忘れたのか」
漫画とかではよく偶然キスをすると笑って許してくれる描写があるが、現実はこんなものなのか。
俺は初めてだから分からないが、それでも衣川さん貞操概念が強すぎな気がする。
「でも昨日や一昨日は何もしてこなかったのに何で今になって」
「私にも色々と事情があるのだ。確かにやりすぎかもしれんが、私に対する謝罪と思ってあきらめてくれ」
諦めろって言われてもな。
「えっとじゃあもしかしてもしかしなくても、俺ガチで海に捨てられます?」
「察しがいいではないか」
流石に洒落じゃ済まなくなったぞ。
「いい加減にしてください。やりすぎですよ」
そろそろ本気で止める。
「いいですか。確かに俺がやったことは重罪でしょう。だからこう何度も謝っています。そしてそれを別に許したくないのなら別に許さなくてもいいですし、あなたにはその権利があります。ですがあなたは俺を裁く権利はありません。怒っているのは分かりますし、殺したいと思う気持ちは分からなくはないですが、それでもあなたが俺を裁く権利は何一つありません。例え暴力団の組員であろうが神の使者であろうが、日本の法律が俺を守っています」
そういうと
「ならばその日本の法で貴様を殺すとしよう」
俺はハッとする。
「特別法第三条か」
二十三世紀になって、滅ぼされた文化レベルは元に戻ったが、いくつか二百年前と変わっていることがある。
その一つがこれだ。
『決闘ニヲケル殺人ヲ許可ス』
双方の合意があり果たし状が存在、それにたいするYESの返答があった時、その二人の決闘でどちらかまたはどちらとも死んでも双方は罪に問われない。
だがこれは双方の合意があった時のみだ。俺がNOと言えばその時点で認められないのだが
「その程度の証拠なら偽装はたやすいぞ」
相手は衣川組。そういう汚いことの専門職だ。
全く、こういうのがあるからこの法は悪法と言われているんだ。
「いいでしょう。変に偽装されるより俺からOKを出します。ただしもちろん、俺があんたを殺してしまったときは許してくださいよ」
「相変わらず威勢だけはいいな。貴様は私に勝てるとでも思っているのか」
「勝てるとは思っていませんよ。ただ殺すことはできる」
何度も言うがいくら変な能力を持っていようが人の急所は変わらない。
喉、眼球、脊髄、鳩尾、股間、全てが俺にとって突くべき場所だ。
それは彼女も例外ではないだろう。
決闘の舞台は皮肉にも俺が衣川さんの水浴びを除いてしまった場所だった。
時間帯はもう夜中に分類され、たいまつで明かりを作っている。
当たりは閑散として隠れる場所はない。
ここまでは予想通りだったのだが……
「あの……周りにいるお方は……」
周りには黒いスーツを着てサングラスをかけた怖いお兄さんがいるのだが。
「大丈夫だ。彼らは貴様が逃げないようにするための見張り役だぞ」
「大人げないですよ!どうせ負けそうになったら助太刀とかさせるんでしょ!」
あたりがざわつく。
「見損ないました。所詮衣川さんは周りに連れがいないと、怖くて戦うことの出来ないそこら辺にいるチンピラとなんら変わらないんですね。まだ時雨の方が男らしかったです」
実際衣川さん女であり、まだ大人でもないんだがな。
「時雨より男らしくないだと!?ふざけるな!!」
え?怒るとこそこなの?
「衣川家次期当主として、その言葉は見過ごすわけにはいかん!」
「器が小さいですね。それじゃ当主なんてやっていけませんよ」
冷静さを失わせ少しでも勝算を上げようとするのだが、なんか調子狂う。
「牢獄内で言いましたがもう一回言います。勝てるとは思っていませんが、殺すことは容易です。死にたくなかったら今すぐ俺を帰させてください」
「詐欺師め。私が貴様に殺されるなどあり得ん」
話が通じない。
「分かりました。そこまで言うならこうしましょう。衣川さんが死んだら覗いたこと許してください」
そう言って俺は構えた。
「その構え……ふざけているのか」
構えは短距離の走り方。クラウジングスタートだ。
「真面目ですよ。大真面目です」
狙いはあれだ。
「そっちからどうぞ。これはカウンター技ですから」
嘘なんだけどね。ただ武道では先に動いた方が負ける。
「……ならば!」
何と衣川さんは足を鬼にして一気に距離を縮めた。その速さは一般人ならオリンピックで金メダルを取れるだろう。
だが俺はそれが狙いだった。
まさか足が鬼化するとは思っていなかったが、むしろ好都合である。
俺は衣川さんの下に突進するように見せかけ、途中で右に交わす。
慣性の法則で、速い物質はそのまま動き続ける。
今衣川さんは無駄に速い動きなので切り返しに僅かな時間がかかる。
だが俺にとってその僅かな時間は致命的だ。
右に曲がった後、すぐにたいまつを掴む。
「まさか卑怯という気はありませんよね」
人は知力を尽くし化け物と戦ってきた。
時には罠を、時には武器を。
「浅はかだぞ」
衣川さんは両足と右腕を鬼化した。
「ただそこにあったもので私に勝てるなど笑止!」
違うって衣川さん。俺は一度もこの武器を使って勝とうとはしていない。
向かってきた衣川さん相手にぼんぼりを投げつけた。
「くっ!」
多分あまり効果はないだろう。
だが、衣川さんは生き物である以上炎は怖いはずなのだ。
例え化け物でも、本能的に恐怖する。
これも一瞬だが萎縮するのだ。
さらに、あかりが移動すれば監視する人も意識はずれる。
ほんの一瞬だが俺がフリーになる。
その一瞬を逃さない。俺は近くにいたスーツ服の男からポケットに入れてあった拳銃を奪い取る。
「チェックだ衣川さん」
銃口を向ける。
「てめえ!」
周りの奴らが俺に銃を向ける。
「その銃をおろせ。衣川さんが撃ち抜かれたくなければな」
これが勝てないが殺せるという意味だ。
「ほら見てください。こいつら衣川さんが負けそうになったら助太刀したでしょ?」
「拳銃を使うなどルール違反だ!」
衣川さん以上の馬鹿がいた。
「名前の知らないチンピラ。お前こっちは命を賭けてんのにルールとか気にするわけ無いだろ。まさかお前ら、俺とスポーツかゲームでもしてるつもりだったのか?」
何も言い返す言葉が聞こえなかったので
「それにだ。根本的に盗られたのはあんたの責任だし、盗らせる隙を作った衣川さんも悪いでしょ」
「だからさっさと降参してください。思ってたより弱かったですから手加減しようがありました。今ならこの引き金を引かなくてすみそうです」
もし断れば躊躇無く引く。
「断る」
俺は引き金を引いた。
バンッと大砲のような音がした。スネを狙って撃ったのだが太ももに当たった。
「素人が撃つとこんなものか」
生まれて初めて拳銃を使った感想だった。
「さてとみなさん。運良く衣川さんが生きている所ですしさっさと手当をした方がいいんじゃないですか?よく分かりませんけどこのままだと後遺症残りますよ」
「一体何のことだ」
戦いを始めて初めて衣川さんから目を逸らしていた。
だから何があったのかハッキリ分からないが、衣川さんの右脚の傷が治っている。
「私を拳銃如きで殺せると思っていたのか?」
殺されろ。ていうかどんだけ化け物じみた回復力してんだ。
「インチキ能力もいい加減にしろ!」
いくら攻撃しても回復するんじゃ意味が無くなる。
「全く、貴様の言うとおりだ。貴様が拳銃を持ったのはこっち側の責任だ。だから、今度は全身全霊で殺しに行く」
衣川さんはそう言うと全身を鬼にした。
「醜いものだろ。だから私はすぐに終わらせる!」
回避なんて出来ない速さだった。だから俺は関節を狙ってゼロ距離で発砲した。
おいおい。何で3秒で回復してんだ。ゼロ距離で発砲したのに!?
「ふん。最期に言い残すことはないか」
勝ちを確信したのだろう。衣川さんは余裕そうだった。
実際脳や喉を狙って撃つという方法もあるのだが、何となく嫌になった。
それで確実に勝てる保障はないからと、もう一つ、俺は――――。
「だったら一つだけ―――」
俺は辞世の句を残そうとした。
がやめた。
諦めて上を向いたとき、上から例の怪物が降ってきた。
ハッキリとは分からない。それが土なのか岩なのか。はたまた金属なのか。
が、俺はあの衣川さんを化け物から―――――――――。
俺は油断している衣川さん相手に本当に突進して突き倒す。
多分普通に押しても倒れることはないので、スネに銃弾を撃って軸足を固定させ、その後足払いで転かせる。
この時俺は本気で世界がゆっくり感じた。
衣川さんの左からくりだされる爪の一撃が俺の脇腹に突き刺さる。
俺は彼女の上に無理やりのしかかる。
そしてその後すぐ、背中から激痛が走る。
ビルの三回からボーリングの球を落とされたような感覚だった。
口から血を吐くが、意外にも意識ははっきりしている。
取りあえず、衣川さんには傷が付いていない。
衣川さんが驚愕した眼で俺を見ている。
全てがスローモーションに見える。
余りの痛さに意識すら失うことが出来ない。だからといってまともに身動きをとることが出来ない。
俺は死ぬ。間違いなくここで死ぬ。
貫かれ、抉られ、潰された俺の身体はもう保たない。
意識は無駄に活性化している。だが物凄く瞼が重い。
「おい大丈夫か!?」
ここに来てようやく取り巻きが俺を助けに来た。
大丈夫な訳がないのだが、衣川さん明らかにこっちを気にしている。
「だいじょうぶれすってつたえてくだはい」
ちゃんと言えてないだろうがそんなこと気にしていられない。
「急いで医者を!早く!」
どういうことだろうか。何で俺を助けようとしてんだ?
俺は衣川さんに殺されかけた、つまり負けたのだ。なのに何でこいつら俺を助けようとする?
「きゃあああ」
衣川さんの悲鳴が聞こえた。
首を傾け何があったのかを見る。
「なんだあれは……」
どこかの誰かが声を出した。
俺はあれを三種類しか見たことがないのでよく分からないが、あれは明らかに異質だ。
まず人の頭が四つある。そして足が八つに腕が六つ。尻尾が多数。
馬面や蛇頭と同じ原型なのは何となく分かるのだが、これが本丸の化け物だと知った。
その化け物は衣川さんの足を捕まえていた。僅かだったが腕が伸びていた。
「離しなさい!」
「【こtもwだrふ】」
周りの大人たちが発砲しようも化け物に傷付かない。
「【おrじぇ。おmらえwが。kとrqおsぐ】」
「く……!」
六本の内四本の腕で衣川さんの四肢をつかみ、残りの二本の腕を重ね合わせる。
「【とdぉみぇdcあ】」
駄目だ。あのままでは衣川さんが死んでしまう。
いくら拳銃に撃たれても死なないからとはいえ、バラバラにされて死なないとは限らない。むしろ反応を見る限り死んでしまうのだろう。
だからといって何だ。俺に何が出来る。
何も出来ないだろ。助ける?出来たらやっているよ。
横腹が痛いし、背中もズキズキするどころではない。
だけど、泣き言を言う暇があったら立ってみたらどうだ。
俺はまたあの過ちを繰り返すのか。
だめだ。そんなんじゃ何も守れない。
俺は何かを守るために空手二段をとったのだ。
ここで何かを守るためだろ。
だったら俺は立ち向かおう。どうせ俺はこのままだと死ぬ。
ならせめて醜くても凛々しい花を咲かせよう。
でもどうするのだ?
拳銃を超える威力を持った武器ここにはないぞ。
対抗できそうなのは衣笠さんが使っているギフトくらいだ。
俺はこの時、十代になって初めてギフトが欲しいと思った。
衣川さんのギフトが、今俺には必要だ。
彼女を助けるために鬼の腕が。
彼女の下にいくため鬼の脚が。
「お前……!」
誰かが俺に話しかけた。
アドレナインの所為だろうか。痛みが無くなっていく。
違う。本当は傷が治ってきている。
そして何より、腕が鬼になっていた。
衣川さんのような赤い腕ではなかった。
血が固まった後のような赤黒い腕だった。
―――――まあいい。今は!
「うおおおおおおおおおおお」
全力で雄叫びをあげる。
いつもと違う脚で、衣川さんの元に向かう。
「失せろ化けものおおおお」
お腹を全力の拳をたたき込む。
その一撃はキメラ化け物を貫通した。
「【なんfど。そんこてkだrふぁへ】」
「知るかそんなもん!」
次に胸に一撃。そして、衣川さんを捕らえている腕を爪で引き裂いた。
「嘉神……?お前!」
何か言いたそうな衣川さんだが
「話は後にしてください。今は!あいつをぶっ飛ばす」
「……そうだな。先にあいつを倒すぞ」
衣川さんは解けかけた鬼をもう一度発動した。
「私は左の二つの頭を狙う。嘉神は右の二つだ」
「了解した!」
数十分の死闘の末、何とか俺達は、意味の分からない化け物を、訳の分からない能力を使用し倒すことが出来た。
ようやく、主人公が主人公らしいことをしました。