第九十八話
年末の空気は慌ただしい。
何処か急かされるように動き回る人間たち。
そんな世界から切り離されたように。
公園のベンチに一人座る男の子。
「……えっと……やっぱり、知らない人から声を掛けられたら、警戒しちゃうよね……」
寒そうだけど、大丈夫?と声を掛けてみた葵。
「…………」
チラリとも葵に視線を向けることなく、無言を貫く男の子に苦笑する。
見知らぬ大人に声を掛けられるなんて怖いよね……と、ちょっとだけ落ち込んだ。
「(……でも……放っとけ無いというか……このままじゃ、風邪を引いちゃうだろうし……)」
公園に遊びに来たにしては、上着だけで寒そうに見える。
それに、周囲に大人の姿はない。
男の子の年齢的に……多分、小学生低学年?
葵の一番上の兄の娘、姪っ子と同じくらいに見えるから……小学生一年か二年?
「(一概には言えないけど……このくらいの年代の子が公園に一人でいるものなのかなぁ……?
うー……子供がいないから、そこら辺がわかんない……。
あ……もしかして、お友達と待ち合わせ中……にしては、寂しそうだし……)」
余計なお節介だよねぇ……と悩む。
「知らない人に声を掛けられても、お節介で迷惑だよね……」
でも……と、葵は思う。
「お節介だとは思ったけど……その、君が……私の大切な人に似てたから……。
だから、ごめんね……余計に気になっちゃったの。」
瓜二つと言うわけではない。
瓜二つではないものの……目元が、似ているのだ。
「えっと……犬飼 彰良くんって言う人なんだけど……。
君にね、目元が本当にそっくりで……」
しみじみと呟く。
何となくだが、彰良が子供の頃はこんな子だったのだろうか?
「え……? 犬飼 彰良……?」
彰良の名前に、目を丸くして反応を示した男の子。
やはり知り合いだったのね、と葵が微笑む。
「やっぱり犬飼くんの……え゛、隠し子……?」
え……まさか、そんな……?!
彰良くんに限って……でも、御曹司だから……?
「違います。僕の叔父です。」
呆れたような顔の男の子に訂正される。
「冷静に考えてください。
僕は、七歳なので叔父の息子だとすれば、叔父は十代後半で父親になったことになります。
流石に、そのような真似はしない祖父母が許しません。
……一般的に考えて、僕を見て叔父の隠し子と判断する理由が理解できません。」
呆れたように、葵を鼻で嗤う男の子。
大人など、子供に小馬鹿にされた口調で言い返されたら怒って離れていく人種が一定数いることを知っていた。
「わぁ……犬飼くんに喋り方がそっくりね」
「…………注目すべきは、其処では無いと思うのですが……」
だが、男の子の予想に反して葵は目を瞬かせて柔らかく微笑む。
「……貴女、変な人だと言われませんか?」
「……え……どうかしら……?
犬飼くんには、言われたことが有るけど……?
ただ、変な人だと指摘されるほど、仲の良い人ってあんまり居なくて……」
葵は首を傾げてしまう。
変な人だと指摘するということは、それなりに知人・友人の仲な気がする。
「……叔父には、指摘される程度の距離感な関係だと?」
「そうね……元々は、同じ会社の先輩と後輩の関係だったの」
「貴女が、先輩?
叔父は苦労していそうですね」
嫌味混じりの言葉。
普通に子供から、こんな嫌味を受けて顔を歪めない大人はいない。
「そうかもしれないわ。
いつも犬飼くんには助けてもらっているから。」
だが、男の子の予想に反して葵はニコニコと嬉しそうに笑顔を返す。
「……嫌味なんですが?」
「え、そうだったの?
気が付かなくて、ごめんね」
「…………意味がわからない……」
男の子は頭を抱えてしまう。
今までに出会った人間の誰にも当てはまらない葵の反応に困惑する。
「そう言えば、どうして君はここにいるの?」
彰良の知り合いだと分かった以上、葵には男の子を放っておくという選択肢は消えてしまった。
「……貴女には関係ありません」
「……そうだね」
取り付く島もない。
会話も続かない。
……でも、放置はできない。
「んー……犬飼くんに電話しようか?」
たぶん、葵が出来ることは少ない。
それに、葵と話している雰囲気から察するに、この男の子は人を待っているならハッキリとそう告げる気がした。
「やめてください! 僕は……!」
案の定、葵が彰良と連絡を取ることを提案すると怒ったように叫んだ。
「僕、は……!」
唇を噛み締め、涙を耐える男の子。
小さな体を震わせているのは、寒さが理由だけではないだろう。
「……じゃあ、首元だけでももう少しだけ暖かくしよう?」
葵が巻いていた彰良のマフラーを、コートしか着ていない男の子の首に巻く。
「勝手なことをしないでください!」
男の子が抵抗する暇もなく、当たり前のように巻かれたマフラー。
「第一、僕にマフラーを巻いたら貴女が寒くなるでしょう!」
「私は寒いのには慣れているから大丈夫。
心配をしてくれてありがとう」
ほわほわと微笑む葵に男の子の顔が泣きそうに歪む。
「それに、このマフラーは犬飼くんのだから。
犬飼くんも大切な甥っ子くんが、寒くて寂しそうにしているのはきっと悲しいと思うもの。」
「え……? 叔父が、ですか?」
男の子の脳裏に浮かぶのは、母と仲の悪い無表情な叔父の姿。
自分と挨拶を交わす程度の叔父が……嫌っている姉の息子を心配するはずがない。
「大切な人が寂しそうにしていたり、寒そうにしていたら……誰だって、悲しいわ」
目を丸くする少年に葵は微笑む。
「だって、犬飼くんはとても優しい人だもの」
自分の母親と言い合うか、無表情に自分を見下ろすだけの叔父。
そんな叔父が……優しい人?
「…………」
「ふふ……優しい人よ。」
目の前のほわほわと微笑む葵に、男の子の毒気が抜かれてしまう。
「…………」
男の子の固く強張っていた心や体から、力が抜けていく。
「……僕は、きっと叱られるだけです。」
ポツリ、と零れ落ちた言葉。
「赤ちゃんの妹たちがいれば両親は僕のことなど……。
塾帰りに勝手にいなくなった僕のことなんて探す筈が有りません」
唇を噛みしめる男の子。
不安や悲しさ、そして寂しさに瞳が揺れていた。
「(この子は……寂しかったのね)」
なんとなく分かってしまった。
赤ちゃんの妹たちのお世話で、恐らくは男の子との時間が減ってしまった両親。
子供心にそれが寂しくて。
でも、言葉にして伝える事が出来なかったのだろう。
「……お母さんやお父さんは、君のことをいらないって言ったの?」
「そんなことは言いません!
眠くても、忙しくても……僕のことを忘れていません!」
「それでも……寂しかったのね」
「っ……だって、塾とか……そんなのより……もっと、一緒にいたくて……!」
ポロポロと大粒の涙を流し始めた少年を優しく抱き寄せる。
「っ……服が、ぬれちゃ……」
「濡れたら洗えばいいの。
だから、寂しい気持ちと一緒にたくさん泣いていいの」
優しい声音に、どんどん涙が溢れる。
「ごめ……おかあ、さ……ごめなさ……」
葵はただ、ただ……優しく少年の頭を撫で続けるのだった。
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