第九十七話
一人で訪れた図書館。
「……閉まってた……」
彰良が迎えに来るまで、図書館で過ごすつもりだった葵。
よくよく考えれば、予測できた事態。
「(……私だって二十八日が、仕事納めなんだから…………そりゃそうよね……)」
がっくり。
取り敢えず、図書館が開く前に貸出期間が終わってしまう本だけ、返却ポストへと投入した。
「……どうしよう……」
冷たい風が吹く。
微妙に重だるく、痛い体。
「んー……公園に、行ってみようかな?」
図書館のすぐ近くにある公園。
幸いな事に天気は良いから、ベンチに座ってぼうっとするのも有りかもしれない。
「(あとで……彰良くんに図書館が閉まってるって連絡しなきゃ……)」
相変わらず借りっぱなしの彰良のマフラー。
クリスマスプレゼントで華乃から貰った、猫のチャームがアクセントのピンクベージュの手袋。
「(……クリスマスのあの日より……あったかい……)」
心も、体も……温かい。
「……ふふ」
機嫌よく歩く葵の視界に…………クリスマスのあの日、悲しさと寒さに震えていた葵のような子供が映った。
葵が図書館の公園を歩いている頃。
「……それで、顔は見せに来てやったぞ。
これで、もう用はないな?」
不機嫌丸出しの憮然とした表情で、彰良は目の前の姉へと告げた。
「ほほう?
余程、葵嬢から離れたくないと見える。
嫉妬深い、待ても出来ないバカ犬は嫌われるぞ?」
「誰がバカ犬だ?!
お前に言われる謂れはない!」
「ふふん!
振られるかもしれないと落ち込んでいた貴様を励まし、水族館へ背中を押してやった恩を忘れたか?」
「お義兄さんは兎も角!
お前に対して恩などないっ!」
実家に帰り着いた途端に緋月の仕事部屋へと直行し、仲良く姉弟喧嘩を始めた二人。
「おやおや……相変わらず緋月と彰良は仲が良いね」
「あら、仲が良いのは構いませんが……廊下まで聞こえる罵声は聞き苦しくてよ。」
緋月の仕事部屋の扉が開き、一組の男女が姿を表した。
「お帰り、彰良。
今日も元気で、父さんは嬉しいよ」
彰良に似た風貌。
だが、彰良よりも柔らかな微笑みを称える男性。
「緋月さん、彰良さんが可愛いのは分かりますが、あまりお痛が過ぎると嫌われますよ」
緋月に似ているが、それ以上に華やかな美貌の女性。
「父さん、母さん……帰って来ていたんですか。」
世界を飛び回り、家に居ないことの方が多い両親。
まさか、二人揃って実家にいるとは思っていなかった。
「まあね。
会長としての仕事はあるが、年末年始まで若い頃のように働きたくないよ。
さっさと会長職も返上して、孫を可愛がったり、盆栽が趣味の何処にでもいる爺になりたいんだけどね。」
「あら、春彦さん。
そこら辺の爺になる前に、私のモデルになる約束でしてよ。
最近の細いばかりで、中身の薄っぺらい糞みたいなモデル共にウンザリなの!
もっと芯の通った凛とした美しさを持った子に会いたいわ!」
「母さんは、相変わらずだな。」
弟に対しては強い緋月も圧倒する母、麗華の登場に少しだけ腰が引けていた。
「だから、緋月さん?
貴女が私の着せ替え人ぎょ……ではなく、モデルになってくれても構わないのよ?」
「遠慮する。
私の性に合わん。
私よりも、彰良の方がドレスは似合う。」
「っ?!
巫山戯るな!
男の俺がドレスなど着らん!」
「何、ものは試しだ」
「必要ないっ!」
再び姉弟喧嘩わ始める彰良と緋月に、春彦は微笑む。
「二人とも、その辺にしようか?」
「「…………」」
有無を言わせぬ、春彦の一言。
「まあ、お互いに多忙だからね。
なかなか会えない可愛い弟を可愛がりたい緋月の気持ちも分かるけどね。
だけど……それよりも、父はね、彰良に聞きたいことが有るんだ。」
「……自分がお付き合いしている女性のことですか?」
「そうだね」
彰良の視線が鋭くなる。
まさか、両親がいるとは思っていなかったが……好都合だ。
「父さんに聞きたいことが有ります。」
「おや、何かな?」
昼行灯。
春風のように柔らかな父親。
だが、そんな男が大企業をさらに発展させた力量の持ち主である事を彰良は知っている。
「立花 紫音さんを御存知ですね?
自分のお付き合いをしている女性、葵さんの兄に当たる方です。」
「ふふ……」
春彦の笑みが深くなり、麗華の瞳が輝く。
「知っているよ。
宗玄君のところの次男君だよね?
あの子には昔ね、あんまりにも紫音君が可愛かったから、彰良のお嫁さんになってとお願いしたことがあるんだ。」
「彰良さん!
大金星でしてよ!
撫子さんの御息女を射止めるなんて!
母は、春彦さんから彰良さんのお相手が撫子さんの御息女と聞き、秘蔵のワインを嬉しくて三本も空けてしまいましたわ!」
「……まあ、気持ちは分かるけど……あの時は、大変だったよ……」
全身で喜びを表す麗華に春彦は苦笑する。
「……」
やはり知り合いだったか、と彰良が複雑な表情を浮かべる。
「……彼女が居ると知っていて、自分を白鳥商社へ?」
「その通りだよ。
宗玄君と撫子さんの御息女ならば、彰良も気に入ると思ったし……感情豊かな人間に君をしてくれると思ったからね。」
「…………」
父の掌の上で転がされていた。
少しばかり悔しさもあるが、それ以上に葵に出会えたことの方が重要だった。
「それで?
撫子さんの御息女、葵さんはいつ会いに来てくれるの?
年明け一番に結婚式を挙げて、直ぐ様に私の娘となって貰いましょう!
ああ……葵さんにはどんなドレスが似合うかしら?
白無垢、色打掛……迷うわ!
葵さん御本人を隅から隅まで見て、彼女に相応しいドレスをデザインしても良いかも知れないわ!
ああ……もちろん、日常使いの服もデザインしたいわ!
そのためにも、まずは裸になってもらって……それこそ、体の隅々まで……」
「絶対に駄目です!」
「娘と母のコミュニケーションでしてよ?」
「それならば、実の娘として下さい!」
「彰良っ! 私を巻き込むなっ!」
ギャーギャーと収拾のつかなくなった三人を、春彦がニコニコと笑顔で見守る。
「お義父さん、お義母さん、失礼します!」
「悠真くん?」
其処へ、慌てた様子の悠真が双子の女の子をおんぶに抱っこして飛び込んで来た。
「緋月!」
「悠真?」
「律が!
律が、行方不明になった!」
飛び込んで来た一報に、部屋の中にいた全員が驚きに目を剥いてしまうのだった。




