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その恋、賭けですよね? ~天然で無防備な彼女を、執着系彼氏が全力で囲い込もうとしたら周囲も癖が強すぎました~  作者: ぶるどっく


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第九十四話



 なぜ、自分なのか?


 葵よりも日本舞踊が上手で、熱意もある若い女性。


 葵よりも家柄もいい美しい女性。


「私には、わかりません。

 巳堂さん、貴方は私の舞が美しいと言いました。

 しかし、私の日本舞踊は趣味に毛が生えた程度のもの。

 ……もともと、舞台に立ちたいとも、衆目の面前で舞いたいとも思っていません。

 私は……美しさも、求めてはいません。」


 本当に、わからない。


 葵は日本舞踊自体が嫌いなわけでは無い。


 しかし、何よりも日本舞踊を大好きとは言えない。


「それは、葵さんが己の舞の美しさを知らないからでしょう。」


 巽は困惑した葵へ微笑む。


「どんなに研鑽を積んだとしても、日本舞踊特有の美しさを表現できる舞手は少ない。

 日本舞踊の中には心に激情を押し殺して舞い、その美しさが人々を魅了する演目もある。」


 心の底に押し殺してもなお、その身から溢れる激情が美しさになることを巽は葵を見て知ったのだ。


「葵さん、貴女は心に激情を秘める方だ。

 決して周囲には見せない……その激しすぎる心。

 それが……貴女の舞を通して私を、周囲をも魅了するんです。」


「…………」


 巽の言葉に葵は、ますます困惑してしまう。


「……秘めた、激情が溢れ出す……」


 たが、無言を貫いていた彰良には……巽の言いたいことが少しだけ分かってしまった。


「(……確かに……あの文化ホールでの"娘鹿子道成寺"は……凄まじかった……)」


 日本舞踊を含め、芸術に対して関心は薄い彰良さえも魅了した葵の娘鹿子道成寺。


「傷付いて、苦しんで……それでも、立ち上がろうと、前を向こうと足掻く。

 孤独を背負い、悲しみに涙し、壊れかけた心……それを、周囲に見せることなく心に押し込める。

 そんな……貴女の傷だらけの心が、より美しさを際立たせる。」


 葵の舞を思い出すだけで、巽の心が震える。


 初めて葵の舞を見たあの日……巽は、どうしようもないほどに魅了されてしまったのだ。


「やっぱり……私には、わかりません……」


 瞳を伏せる葵に、巽は微笑む。


「それは、葵さん……貴女が日本舞踊の美しさを知らないからでしょう。」


 巽が静かに着物の懐から、二枚の紙を取り出した。


「私が年明けの公演で舞う演目のチケットです。」


 数歩だけ離れていた距離を、音も無く静かに歩み寄る。


「葵さん、貴女の分と……そちらの彼の分、二枚を差し上げます。」


 微笑みと共に、差し出された二枚のチケット。


「…………」


 彰良の感情を優先するならば…………すぐにでも、差し出された手をチケット諸共叩き落としたい。


「……チケット……」


「金銭的なものならば、気にしないでくださいね。

 クリスマスプレゼントということで構いませんので。」


 チケットを見詰める葵に、巽が微笑みを深くする。


「えっと……金銭的な面もですけど、その……」


「何か、問題でも?」


「……アナコンダ……じゃなくて、顔見知り程度の知り合いから受け取るのは……ちょっと……」


「……は?」


「ふっ……ふ、ふふ……!」


 巽が虚を突かれたような顔になり、彰良が吹き出す。


「え……今、何と言いました?」


 喉の奥で低く笑う彰良に一瞬だけ視線を向け、引き攣りそうになる頬を全力で抑えて巽は微笑む。


 ……だが、その微笑みは微妙に引き攣っていた。


「顔見知り程度の……」


「其処ではありません。

 先ほど、アナコンダと言いませんでしたか?」


「え……?

 あ゛……や、えっと……」


「…………言いましたよね?」


「う…………すみません……ほぼ見ず知らずレベルの方に対して、ポロっと本音が漏れてしまいました……」


「見ず知ら……本音……」


 今度こそ、巽の頬が引き攣る。


「その……私、蛇とか、爬虫類系統は生理的に無理なんです。

 だから……ごめんなさい。

 アナコンダに好意を抱かれても、すごく怖くて、困ってしまうんです。」


 葵の眉が下がり、彰良の腹筋が震える。


「だって……人間と蛇って、生態からして違いますし……」


「待ちなさい。

 私は蛇ではありません。

 列記とした人間です。」


「ん……?」


 頬を引き攣らせて反論する巽に、葵は首を傾げる。


「えっと……巳堂さんが人間なのは知ってますよ。

 でも、人間と蛇は生態からして違うから分かり合えないというか……。

 感情の無い獲物を狙う目も無理なんです。」


「ふっ……そうですよね、葵先輩。

 蛇や爬虫類系統は独特な雰囲気がありますから。」


 巽と葵の会話が噛み合っていないことが、彰良には面白くて仕方がない。

 

「そうなの!

 捕食するにしても、丸呑みにして、まだ生きてる獲物がお腹の中で溶かされていると思うと……!

 私、そんな死に方したくないの……!」


 想像しただけで……泣きそうだ。


「……少なくとも、トドメを刺され、死んだ後に喰われる方がまだマシということですね。」


「うん!

 死んだ後なら食べられても痛くないし……」


「大変申し訳ありませんが、私を無視して蛇談義はやめて頂けますか?」


 憮然とした表情の巽が、彰良と葵の会話を制止した。


「あ……巳堂さん、ごめんなさい。

 あの……蛇の中には白蛇みたいに神様の使いもいるらしいから、全部が悪いわけではなく……」


「葵さん、蛇や爬虫類の話題から離れてください。

 その話題を私は求めていません。

 第一、私は人間なので、蛇に関してフォローして頂く必要はありません。」


 調子を狂わさられた。


 深い溜息を吐きたいが、弱みを見せたくない。


「話題を戻しますが、舞台のチケットを速やかに受け取って下さい。」


 再び差し出された二枚のチケット。


「…………」


 葵は、迷う。


「……顔見知り程度の蛇から……」


「蛇ではありません!

 私は、巳堂 巽という人間です!」


「う……」


 困ってしまう。


 葵は、彰良へと視線を向ける。


「…………葵先輩、蛇には興味がなくとも、舞台だけでも観たいと思うならば、自分は受け取っても構いませんよ。

 もし、彼から受け取ることが嫌ならば、自分が他の舞台も含めて調べてチケットを手配します。」


「……舞台を観たい気持ちはあるけど、彰良くんに嫌な思いをさせてまで観たくはないの。」


「確かに、好ましくは思いません。

 ですが、目の前の御仁は蛇のように執念深そうなので、一度は舞台とやらを観なければ面倒そうだとは考えています。」


「……執念深いは潔く認めましょう。

 しかし、人のことを一々蛇扱いしないで頂きたい。」


 剣を含んだ眼差しを彰良へと送る巽。


「身から出た錆では?」


「君も、私とは同類。

 根本的な部分では、五十歩百歩でしょうに。」


「否定はしませんが、爬虫類系統ではありませんので。」


「私も爬虫類系統ではありません」


 静かな火花。


「(……蛇って執念深そう……うん。

 もし、このチケットを受け取らなくて……彰良くんのいない時に出現したら…………すっごく嫌だ……!)」


 葵にとって、考えただけで涙目になる案件だった。


「あの……チケットをありがとうごさいます……」


「おや……受け取ってもらえるのですか?」


「はい……彰良くんがいない所で出現したら怖いので……」


「…………最後の最後まで……」


 巽が頬を引き攣らせ、彰良は再び声を押し殺して笑う。


「まあ、良いでしょう。

 目的は達しましたので。」


 一つ、小さなため息を吐いて、巽は踵を返す。


「それでは、葵さん……またお会いしましょう。」


「え゛っ……」


「……そんなに、嫌がらなくても……」


「う……彰良くんが、いるときなら……我慢できるかと思います……」


 何とも言えない微妙な顔を残して、巽は立ち去った。


「…………」


 少しだけ歩けば、見慣れた白い車。


「どちらへ?」


 巽が静かに後部座席へ乗り込めば、見慣れた運転手。


「須藤」


「はい」


「……私は、アナコン……蛇に似ていると思うか?」


「……は?」


 突然の雇い主からの奇妙な質問に、運転手は戸惑いの声を上げるのだった。


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