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その恋、賭けですよね? ~天然で無防備な彼女を、執着系彼氏が全力で囲い込もうとしたら周囲も癖が強すぎました~  作者: ぶるどっく


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第九十二話



 クリスマスが終われば、早いもので仕事納めはすぐ目の前に。


 クリスマス前から、総務課より一時的に営業部のフォローのために来ている葵と佐山。


「あの……立花さん!」


「はい」


「急ぎの案件なんだけど、佐山さんがいなくて……!

 もし良かったら、印鑑証明の申請書類を……」


「わかりました。

 此方の申請書をご使用ください。

 別件で準備していた分では有りますが……。

 此方の欄に申請者のサインをして総務へ提出すれば、すぐに印鑑証明が発行されますので」


「ありがとう!

 すごく助かったよ!」


 営業部の焦った様子の男性社員が一人。


 紗夜や有馬の担当している会社すべてに年末の挨拶が終了しているのか。


 取りこぼしは無いかを最終チェックしていた葵に声をかけた。


「……今日は仕事納めですから、大忙しですね。

 佐山さんも、たくさんお仕事を抱えているみたいですし……。

 私に出来ることが有れば、仰ってくださいね。」


 ふわりと微笑む葵。


「っ……あ、りがとうございます!」


 柔らかな微笑みに、男性社員はドキリとする。


 慌てて葵から離れたその先。


 男性社員達の数人が、休憩がてらに自動販売機の有る小さな休憩スペースに集まっていた。


「あのさ……立花さん、ヤバいくらいに可愛いんだけど!」


「マジな……黒木のヤツの一件が切っ掛けっていうか……な?」


「わかる!

 あの事件の前は地味な雰囲気でさ、パッとしなかったけど……何か、あの人妻感がヤバい!」


「なんつーか……清楚な綺麗系、しかも家庭的な雰囲気もあって……」


 徐々に大きくなる男性社員達の声。


「髪を纏めているからさ、白い綺麗な項が見えて……」


「仕事中の伏せた目元も……なんか、色っぽい……」


「ふんわりした控えめな感じで……儚げ美人……」


「こう……押し倒して滅茶苦茶にしてやりたくなるっつーか!」


「わかる!

 なんか、いけない未亡人的な色気が……っ?!」


 ガンっ!


 興奮した様子で話す男性社員達の背後。


 恐る恐る振り返れば……


「失礼。

 手が滑ってしまいました。」


 遥か頭上から見下ろす殺意の波動。


 大きな脚立を床に下ろし、袖を捲った腕には血管が浮かんでいる。


「ひ、いっ……いぬ、かい……く……」


「あ……お、つかれさまで……す……」


 数人いた営業部の男性社員達は、誤魔化すように引き攣った笑顔を浮かべる。


「……時に、何の話をされていたのか……自分に事細かに教えて頂けますよね?」


「い、いやぁ……そんな、大した話題じゃ……」


「そうそう!

 犬飼くんには、全く関係のない!

 全然面白くもない……」


 地獄の業火も生温い視線。


 ピクリとも動かないよう表情筋。


「……そうですか」


 脚立を持つ手の甲に、ビキリと血管が走る。


 万力のような握力で握り締められた脚立が、ギシギシと音を立てる。


「自分の恋人を押し倒して、滅茶苦茶にしたい等という……下劣な声が聞こえましたが?」


 ひゅっと喉が鳴る。


「先輩方のように優秀な方々ならば、理解されているとは思います……が」


 目の前の怒気と殺意に血の気が引く。


「……もし万が一、俺の恋人である最愛の葵先輩に指一本でも触れてみろ」


 体の震えが止まらない。


 恐怖に勝手に涙が浮かんでくる。


「俺が全力で相手をしま……」


「あれ、犬飼くん?」


 柔らかな声が響く。


「葵先輩、お疲れさまです」


 殺意溢れる恐ろしい眼差しが、一瞬で熱の籠もった恋する男の目に変わる。


「犬飼くん、広報の変更作業中ですか?」


 バインダーや幾つものファイルを抱えた葵が、彰良へと微笑みを向ける。


「いえ、もう終わりましたので総務に戻る所です。

 葵先輩、自分が荷物を持ちます。」


 先程までの恐ろしい雰囲気など微塵も感じさせない彰良が、素早く葵の側へと移動する。


「え……あ、ごめんなさい、犬飼くん。

 でも、このくらいなら私でも持てますよ」


 優しく……だが、有無を言わせぬ仕草で葵の荷物を奪う。


「自分が一緒にいるのに、葵先輩に荷物を持たせたく無いです。

 ……自分の勝手な男の意地とでも思って下されば、宜しいかと。」


「……そう、いうものなの……?

 えっと……男の意地は分からないけど、持ってくれてありがとう、犬飼くん。

 もし良かったら……このまま、お昼ご飯を一緒に食べませんか?」


「ああ……もうすぐお昼ですね。

 是非、ご一緒させて下さい。」


「ありがとう、犬飼くん。

 今日は仕事納めですから、残業なしで帰れるといいですね。」


 微笑み合いながら立ち去る葵と彰良。


「そうですね」


 葵へと微笑み返しつつも、一瞬だけ営業部の男性社員達を振り返った彰良の視線にビクリと震える一同。


「……た、すかった……?」


「マジ、ヤバいだろ……アイツ……」


「アレが、視線だけで人を殺せそうな目ってヤツ……?」


「瞳孔開いてたよな?」


 思い出しただけで震えが止まらない。


「……オレ、どんなに可愛くても立花さんには手を出さない」


「オレ、も……」


「犬飼って……立花さんに手を出したり、泣かせたが最後……地獄の底まで追って来そう……」


 それな……と深く頷き合う営業部の男性社員達だった。



 

 仕事納め式も終わり、それぞれに年の瀬の挨拶を交わす社員たち。


 定時で帰宅する社員たちの波に乗り、葵と彰良も帰宅の途に付いていた。


「……今日は、大きな問題も起こらずに終わってよかったね」


「そうですね……色々と有りましたが……」


 思い起こせば、秋に入ってからの怒涛の毎日。


 葵と彰良の脳裏には、黒木の一件を皮切りに近付き始めた二人の距離が、恋に惑った日々が蘇る。


「……色々……本当に、有りましたね」


「そうね……今年の初めは、まさか彰良くんと恋人になるとは想像もしていなかったもの……」


 なんとなく、彰良の指先を掴む。


「……自分は、今年こそ……葵先輩と距離を詰めたい、とは考えていました」


 彰良は掴まれた指先を解いて、葵の指先を絡め取る。


「っ……あの、ね……」


 所謂、恋人繋ぎになった二人の手。


 葵の頬が微かに赤く染まる。


「色々有ったけど……彰良くんと、想いあえて幸せなの」


「……葵先輩っ……」


 彰良から借りているマフラーに顔を埋め、照れ臭そうに微笑む葵。


「葵先輩……愛しています」


 葵が彰良の隣で微笑んでくれている、この瞬間が…………奇跡のようだ。


「あぅ……その、私も……彰良くんを愛して……っ!」


 彰良へと言葉を返そうとした葵の唇と足が止まる。


「葵先輩……?」


 固まった葵の視線を辿る。


「…………」

 

 一瞬で臨戦態勢へと彰良の心が切り替わる。


「今晩は、葵さん」


 蛇のような瞳。


 爬虫類を連想させる美貌。


「お仕事、お疲れさまでした」


 静かに微笑む男がそこにいたのだった。

 

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