第九十話
クリスマスを終えた街並み。
それは、急速に新しい年を迎えるための準備に変化していく。
「おはようございます……!
葵先輩! 身体はもう大丈夫なんですか?!」
「おはよう、華乃ちゃん。
心配をかけて、ごめんね……」
営業部へと行く前に、総務課へと姿を見せた葵。
涙目で飛び付いてきた華乃を優しく抱き締めかえす。
「この度は、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
華乃をそっと離して、総務課の同僚たちに向かって頭を下げる。
「立花さん!
本当にもう大丈夫なの?!」
「慣れない営業部で疲れちゃったなら、総務に帰っておいでよ!」
「そうそう!
課長が何とかしてくれるから、安心して戻っておいで!」
帰っておいで、と葵を心配してくれる同僚たちの優しさに胸が熱くなる。
「本当に……ありがとう、ございます……!
えっと……犬飼くんに、クリスマスのことも聞きました。
そのことに関しても、ご迷惑をお掛けしたみたいで申し訳ないです……」
体を小さくして謝る葵に。
「いやいやいや!
あれは、犬飼くんが悪いっ!」
「そうそう!
恋人になった初めてのクリスマスに、普通あんなボケをやっちゃう?!」
「しかも、クリスマスに誘ったつもりで返事もらってないとか、普通は有り得ないから!」
「ねー、犬飼くんはやめて、別の人に乗り換えない?
……オレとか、お手頃価格だよ??」
「孔雀主任を叱ってた立花さんに……叱られたい……」
葵を中心に集まって来た総務課の同僚たちの声に、葵は目を白黒させる。
「え……え、あの…………?」
自分の周りに集まった人の多さに。
そして、最後の方で聞こえた言葉の意味に理解が追い付かずに戸惑う葵。
「ん……犬飼、くん……?」
そんな葵の背後から、太い腕が現れる。
「葵先輩、少しだけ耳を塞ぎますね」
「え……うん……?」
なぜ、耳を塞ぐ必要があるのかは分からない。
だが、彰良の優しい微笑みに釣られるように頷く。
「…………自分の不甲斐なさをフォローして頂き、心より感謝しています。
しかし……邪な言葉を吐いた最後の二人は誰ですか?
じっくり、しっかり俺と話を付けべきかと。
……万が一、葵先輩を俺から奪う気ならば……本気でお相手しますが?」
極寒のブリザードも生温い彰良の眼差し。
『(犬飼くん、通常運転。
つまり、フラれずに済んだのね)』
総務課一同、心の声を揃えて蜘蛛の子を散らすように離れて行く。
「…………クリスマスプレゼント、葵先輩は受け取ったみたいですね。」
「うん……えっと、イヤリングを選んでくれたって聞いて……。
あとで、五十嵐先輩にも御礼を言わなきゃなって。」
イヤリングを見付けてくれた総務の女性社員こと、葵の一年先輩な五十嵐。
「まぁ、五十嵐先輩ってば、今日は休みですけど……見立て通りによく似合ってますね。」
「……ありがとう、華乃ちゃん」
照れくさそうに。
しかし、それ以上に幸せそうに微笑む葵。
「しかも、犬飼さんってば……ちゃっかり指輪まで渡してるし!」
「キラキラして綺麗だよね」
左の薬指を見せた葵の微笑みが、より一層優しく、そして輝きを放つ。
『(手ぇ、早っ?!
しれっと薬指に指輪って?!
どんだけ独占欲の塊っ?!)』
総務課一同の心の中に激震が走る。
「犬飼さんが、仕事も出来て、優しくて、心の広過ぎる天然可愛い葵先輩の恋人という事実に微妙に納得できませんけど。
でも……葵先輩が、幸せそうで良かったです!」
「自分は……」
「文句を言いたいなら、一人でも完璧にクリスマスデートくらいセッティング出来るようになってから言ってくださいね?」
「…………」
半眼の華乃の言葉に、彰良は言い返せずに沈黙を貫く。
「……そんなところも含めて、犬飼くんだから。
だから……犬飼くんは可愛くて、格好いい……素敵なお嫁さんになると思うの」
沈黙を返す彰良の側に近寄り、その左手を持ち上げる。
「っ……葵先輩っ?!」
白目を剥きそうになる。
その話題、まだ忘れてなかったのかっ……?!
「え……犬飼さんが、素敵な……およ、めさん……?」
華乃の頬が引き攣る。
顔は綺麗系でもガタイの良い、190cm超えの男が……お嫁さんっ?!
「そうなの!
彰良くんとお揃いのウェディ……」
「葵先輩っ!
総務課への御礼のお菓子は、後で俺が配っておきますからっ!
急いで営業部の方へと行きましょうっ!!」
「えっ……犬飼くん、まだ兼子さんにクリスマスプレゼントを……」
「それも俺が責任持って渡しますからっ!!」
葵がウェディングドレスの件を口にする前に、総務から引き離そうと必死な彰良。
「…………何だったの……?」
『……さあ?』
取り残された華乃や総務課一同。
首を傾げてしまうのだった。
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