第八十九話
部屋の隅っこ。
三角座りをして、ふるふると震える背中。
「あ、の……葵先輩……?」
彰良へのクリスマスプレゼントを迷っていた葵。
まさか、その全てが本人へと筒抜けだったということに、ダメージを受けていた。
「……彰良くん、に……弄ばれた……」
「もてっ……?!」
葵は、ちょっぴり拗ねていた。
「……弄ばれた」
涙目。
「葵、先輩……」
拗ねている。
彰良は少しだけ感動を覚える。
まさか……あの我慢ばかりする葵が彰良に甘えるように…………拗ねている。
「…………」
彰良に背中を向けている葵の側に近寄ってみる。
「っ…………」
涙目で唇を尖らせ、ふいっと視線を逸らす葵に笑みが溢れる。
「ぅ……弄ばれた、から……!
もう、お嫁さんにいけない……!」
彰良が笑ったことが悔しかったのか。
余計に涙目になって、ふるふると震える葵。
「それは……困りました」
葵の顔を覗き込む。
「葵先輩に、俺のお嫁さんに来てもらえないと悲しいです……」
「ぅ……だめ、だから……!
い、いつもの手は効かないからね……!」
葵が弱いと知っている彰良の悲しげな顔。
でも、今回は負けない…………心が揺らいでしまうから、あの顔を見ちゃダメだ……!
「……では……俺が葵先輩のお婿さんに行きますね」
「…………え?」
楽しそうに微笑む彰良の言葉。
一瞬、何を言われたか分からなかった葵。
「葵先輩がお嫁さんに来れないなら、俺がお婿さんに行けば問題は解決ですね」
「え、いや……え……?」
目を丸くして戸惑う葵に、彰良は微笑みを深くする。
「それとも……」
戸惑う葵を、優しく己へと向かい合わせる。
「俺のことを……お嫁さんにしますか?」
葵の左薬指に輝くシルバーリングへ口付ける。
「…………っ?!」
ぶわり!と毛が逆立つように、瞬く間に葵の首筋まで朱に染まった。
「えっ……そ、れは…………え゛っ?!」
葵の頭の中がグルグルと動き出す。
「いや、いやいや……!
彰良くんは女性じゃ……え、女性だった…………違っ、確かに……男の人だった……!
え……男の人ってお嫁さんに…………なれ、るの……?」
葵の脳裏に美しい教会のステンドグラスを背に、純白のドレスに身を包んだ彰良の姿が浮かんだ。
「……今の時代……主夫という言葉もあるし…………!
彰良くんなら、素敵なお嫁さんになれると思う……!」
「……俺が発言した言葉ですが、前言を撤回します。
婿に行くのは構いませんが、主夫は俺には荷が重いです……!
……葵先輩が会社勤めを一人でされるのは、大いに抵抗が有ります。」
仕事に行った葵を、家事育児をしながら自宅で一人待つなど彰良には無理だと断言できる。
家事や育児に関しては、極めて行く気は満々だ。
葵をソファに座らせて、家事を全て自分が請け負っても構わない。
葵の栄養状態を管理するためにも、栄養学を学ぶことも視野に入れている。
だが……葵が一人で会社勤めをする?
有り得ない。 許容できない。
……彰良の知らないところで、葵に言い寄る輩が現れるかもしれないと想像しただけで腸が煮えくり返る……!
「…………俺は、絶対に主夫に向いている性格ではないと断言します。」
無防備すぎる葵が奪われる可能性が微かにでも有るのに、大人しく"待て"など出来ない。
する必要もない。
「仕事も早いし、丁寧だから……十分に主夫に向いていると思うけど……?
あ……彰良くんは、綺麗で可愛いからウェディングドレスも似合うと思うし、白無垢も素敵だと思うの。」
ほわほわと嬉しそうに微笑む。
是非とも、ウェディングドレスや白無垢を着た彰良と写真を撮りたい……!
「待ってください!
どうして、俺がウェディングドレスや白無垢を着ることになっているんですか?!
それは、葵先輩が着るべきものかと……!」
「え……お嫁さんにしますかって彰良くんが言ったから……?
うん、彰良くんが私のお嫁さんになってくれるのも素敵だなぁ……って思ったの。」
「っ……」
まさかの天然ブーメラン。
自分の首を絞めてしまった……!
「そうだ……!
二人でお揃いのウェディングドレスも素敵ね。
たぶん、彰良くんの可愛さに私は霞んじゃうと思うけど……。
……きっと、彰良くんは綺麗なお嫁さんになるだろうなぁ……」
「……っ」
不味い。
ものすごく……危機的状況だ。
このままでは…………ドレスの流れを断れなくなってしまう……!
「葵、先輩……大変残念ですが、俺のサイズのウェディングドレスは存在しないかと。」
「え……」
「俺の身長や体格の女性を見たことが無いでしょう?
一般的な女性のサイズは一通り有ったとしても、それ以上のサイズはオーダーメイドになります。」
「オーダーメイド…………お値段、高いよね……?」
葵のふわふわした笑顔が、一瞬で真顔に戻った。
「はい!
とても、とてもっ高いです!
晴れの日を飾るに相応しいクオリティ、細々とした装飾品の類まで揃えれば……」
「……私の、貯金で足りるかしら……?」
「貯金っ?!」
目を剥く。
その貯金とやらは、葵が自分の老後のためにと命を削るように貯めたものなのに?!
そんな葵の血と命の結晶のような貯金を……彰良のウェディングドレス代に当てる?!
「葵先輩!
大切な貯金を、簡単に使ってはいけません!」
「で、でも……彰良くんのウェディングドレスのためなら……」
「ぐっ……」
ヤバい……話題を変えねば……!
「そ、そうだ……葵先輩!
結局、俺はクリスマスプレゼントに先程の指輪を頂けるのでしょうか?
それに、マグカップも楽しみで仕方がありません……!」
「……あれ……?
そう言えば……私、拗ねてた……あれ?」
ウェディングドレスを回避しようと必死な彰良の言葉に、葵は首を傾げる。
いつの間にか、拗ねていたことも、指輪のことも忘れてしまっていた。
「そ、そうだった……指輪……」
「そうです!
俺は、葵先輩の作った指輪が欲しくて堪りません……!」
ウェディングドレスから意識が逸れた……!
彰良は、内心でガッツポーズをした。
「………えっと……さ、きにマグカップは、渡すね」
旅行鞄からラッピングされたマグカップを取り出す。
「気に入るか、分からないけど……メリークリスマスということで、お願いします」
「ありがとうございます……!
葵先輩、開けても良いですか?」
恥ずかしそうに視線を逸らしつつも、頷いた葵。
「…………これ、は……」
黒地に銀。
銀色で描かれた三日月と星。
二匹の寄り添う犬が、月を眺めている。
「……なんとなく……彰良くんとの、想い出の…………一幕、みたいで……」
三日月と半月。
二人で見上げた月。
恋人になった日の三日月。
恋人として関係の進んだ半月。
「……葵先輩」
「……?」
「新聞紙に包まれていた方も見たいです。」
「うっ……」
真っ直ぐに見詰めてくる彰良の視線に促されるように。
葵はおずおずと新聞紙に包まれた自分用のマグカップ取り出した。
「葵先輩用のマグカップは……白色で、兎なんですね。」
白地に金。
金色で描かれた三日月と星。
二匹の寄り添う兎が月を眺めている。
「このマグカップ、今日から使用しても良いですか?
良いですよね?
指輪を受け取った後に、早速珈琲を淹れましょう!」
「………指輪を受け取ることが……既定路線になってる……うぅ……」
「え……貰えないんですか……?」
衝撃を受けたような、絶望したような表情。
「う゛っ……わ、たします……」
「ありがとうございます!」
言質は取ったとばかりに、瞬時に満面の笑みへと変わる。
「…………サイズが、合わなかったら……ごめんね……」
彰良の目の前に差し出された、指輪。
「葵先輩」
「……?」
「嵌めてくれると、嬉しいです」
「っ?!」
「……ね?」
自信なさげな顔を赤く染め、小さく頷いた葵。
微かに震える指先で、彰良の大きな手を取る。
「えっと……どの指、に……?」
「左の薬指で、お願いします」
「うっ……」
無邪気に喜ぶ、満面の笑顔。
「…………」
「…………」
緊張した面持ちで……ゆっくりと彰良の薬指へと指輪を通していく。
「…………え……う、そ……」
葵は、目を見開いてしまう。
「…………ピッタリ、ですね」
「み゛っ?!」
目が潤む。
頬が紅潮する。
心臓のドキドキが止まらないっ!
「嵌まってくれた……!」
無意識だったかもしれない。
葵は太めのシルバーワイヤーを少しずつ、少しずつ曲げながら。
指輪を作った日々の中で、彰良の手元を無意識に見詰め続けていたのだ。
「良かったぁ……」
指輪を作ると決めた日から、彰良だけを見詰め続けた日々が葵を裏切ることはなかった。
「葵先輩……!」
「ひゃっ……!」
潤んだ瞳で、頬を染める葵を、彰良が引き寄せ抱き締める。
「素敵なクリスマスプレゼントをありがとうございました……!」
「彰良、くん……あの、ね……」
「……はい」
抱き締められた彰良の腕の中で、葵は微笑む。
「すごく、幸せなクリスマスを……ありがとう……!」
「っ……俺のっ……方こそ、幸せなクリスマスを、ありがとうございます……!」
額を重ね、微笑み合う。
何方ともなく近付いた二人の距離。
幸せなクリスマスに……そっと唇が重なったのだった。
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