第八十五話
温かな部屋。
穏やかな空気。
手を伸ばせば、握り返され。
微笑みを向ければ、微笑み返してもらえる。
「(……なんて………)」
クリスマスツリーも無い。
クリスマスケーキも無い。
クリスマスの御馳走も無い。
クリスマスのプレゼントも無い。
「(なんて……幸せな、クリスマス……)」
大好きな愛しい人が側にいてくれる。
一人ぼっちでは無い、最高のクリスマス。
「(……ああ、でも……彰良くんは、体調が悪くないのに、私に合わせてお粥さんだとお腹減っちゃうよね……)」
彰良のお腹が減るのは、悲しいと葵は思う。
「((…………それに、プレゼントだけでも渡したいけど……))」
タイミングが難しい……。
夜中に枕元に置いてみようかな……?
あとは、知らぬ存ぜぬを貫けば……サンタさんからって納得してくれないかなぁ……?
「……葵先輩?
体がきついですか?
病み上がりですし、横になりましょう」
隣に座った彰良にもたれるように。
引っ付いていた葵の額に触れる。
「熱は……有りませんね」
今後のためにも、体温計は購入する必要がある。
氷枕なども一式揃えるべきか、と彰良は考えていた。
「ベットに運びますね」
言うが早いか、葵を抱えようと立ち上がり、手を伸ばす彰良。
「彰良くんっ?!
ちょっと待って!
寝なくても、大丈夫だから……!」
「ですが……安静にしておかなければ、また熱が出るかもしれません……」
伸ばされた彰良の手を、葵が押し留めるように掴む。
「それ、に……熱は無いから、自分で動けるよ……?
彰良くんが、私を運ばなくても……」
「自分が葵先輩を甘やかしたいので、問題無いかと。」
ソファに座る葵を両腕の間に閉じ込めるように。
「いや、問題……あるような……あるよね……?」
彰良の両腕腕の間に閉じ込められ……少しずつ顔が近付いて、来ているような……?
「えっと……彰良くんに、自分で歩けるのに運んでもらうのは申し訳ないし……」
「自分が好きでしているのに?
そうですね……今後は、ずっと俺が葵先輩を抱き上げて運んでも良いかもしれません」
良いアイディアだと、彰良は本気で考えた。
彰良に運ばれることが当たり前になった葵。
……彰良が居なければ、何も出来なくなってしまえば……
「あのね、彰良くん。
頼りない先輩の私だけど、一応なりとも歳上なの。
だから、後輩におんぶに抱っこで運ばれるのはちょっとね……」
「俺に、抱き上げられるのは……嫌ですか……?」
少しだけ唇を尖らせた葵。
可愛すぎる表情に引き寄せられるように、耳元に唇を寄せる。
「っ……み、みもとで喋っちゃ、やだ……!」
「すみません……葵先輩。
ここは、大丈夫ですか……?」
「やっ……首筋もっダメ!」
「……食べちゃいたいくらいに可愛いのは、葵先輩の方ですよ」
額に口付け、離れる。
「っ……み゛っ……?!」
額を押さえて、顔を真っ赤にする葵。
「っ………彰良くんっ……!
さっきの仕返しにわざとからかってるでしょうっ……!」
「葵先輩、俺に仕返しされるような何かに……心当たりでも?」
「うっ……でも、食べちゃいたいくらいに可愛い彰良くんは……嘘じゃないもの」
頬を膨らませた幼子の雰囲気。
「(…………病み上がりでなければ……)」
拗ねた雰囲気の葵をドロドロに甘やかして……
「彰良くん……今、変なことを考えた気がする」
「変なことは、考えていません」
「……?」
「葵先輩が病み上がりでなければ……ドロドロに甘やかして、抱き潰したかっ……」
「み゛ゃぁぁぁぁっっ!!」
首筋まで真っ赤に染め上げて叫ぶ。
「あっ、あああ……彰良くんっ?!
おちっ、落ち着いてっ!
あのっ! えっと! さ、さすがに今日はっ?!
決して嫌じゃないのっ!
嫌じゃないけどっ!
わ、私の体力的な面とかにちょっと不安があるというかっ?!」
「……分かっています。
だから、我慢していますので、そんなに慌てないでください」
ワタワタと挙動不審になった葵に苦笑する。
「うっ……」
「葵先輩?」
目を泳がせながら、何故か彰良の服の裾を掴み……自分から抱き着いて来た葵。
「……ぃや、じゃないもん……」
「っ……」
「彰良くん、に……触ってもらって、気持ち、よすぎて……わけがわからなくなるけど……」
彰良くんとエッチするの好き……と彰良のお腹に頭を押し付け小さく呟いた。
「っ……葵先輩っ……!
それは、卑怯かと!」
「ひゃ?!」
葵の体を強く抱き締める。
「これでは、生殺しです……!」
「え、え……?
生殺し……何が、生で殺した……?」
「葵先輩が!
可愛すぎるのに!
押し倒してしまいたいのに!
手を出せないからっ!
俺が葵先輩にお預けと生殺しを喰らっているんです……!」
「えっと……ごめん、ね?」
よく分からない。
よく分からないが……謝ってみた葵。
「葵先輩……」
普段以上に低い……唸るような声音。
「体調が回復したら…………覚えておいてくださいね」
「…………お昼ご飯……何にしようかなぁ……」
目を逸らす。
返事をしたら……何か、危険な気がする。
「葵先輩」
「み゛っ」
抱き締める腕の力が少しだけ強まる。
耳元で囁かれた、欲を押し込めた艶のある低い声。
「絶対に……俺が満足するまで付き合ってもらいます……!」
「……ひゃい」
逃げられなかった。
「……えっと……うん。
彰良くんを気持ちよく出来るように、満足は……させられないかもだけど……がんばる、ね……?」
「っ……そういう所ですっ……!!」
そういう所って何処っ?!とオロオロする葵の首筋に顔を埋める。
「…………」
グリグリと葵の首筋に擦り寄るながら、彰良は考える。
「(こんなにも無防備で可愛いが過ぎる葵先輩…………絶対に余計な虫が寄ってくるにきまっている……!)」
既に蒲焼きにしてやりたい蛇がいるというのに……!
「(……渡すべきか迷っていたが……一旦の虫除けとして嵌めて貰った方が安心できる、か……?)」
蛇よけにはならないだろうが、羽虫除け位にはなるだろう。
「……葵先輩……」
「な、なに……?」
「ちょっと、待っててくれますか?」
「え、はい……?」
ふらりと立ち上がった彰良。
その背中を見送り、葵は首を傾げるのだった。




