第八十一話
意識が浮上する。
パチリと目を開けば、薄暗い室内。
「(……ここ、は……?)」
何故か、体が動かしにくい。
「…………っっ……?!」
叫びそうになった声を飲み込んだ。
「(なっ、なななな……?!)」
少し動けば顔同士が触れてしまいそうな至近距離。
「(……どっ……どうすれ、ば……?!)」
動けない。
顔を赤くして固まる。
「…………っ……」
穏やかな寝息。
長い睫毛。
寝ているせいか、少しだけ幼く感じる端正な顔。
薄くて形のよい唇。
「………ん……」
微かに身動ぐ。
葵の腰に回した太い腕の力を強めた。
「(……あ、きら……く……っ?!)」
抜け出せない。
……抜け出そうと動けば、彰良を起こしてしまう。
「…………」
抜け出すことを諦めて……。
なんとなく、彰良の寝顔を見詰めてみる。
「(……かわいい……)」
しみじみと思う。
なんで、こんなにも可愛くて、格好良くて、可愛いんだろう?
「(……つ、突付いたら……起きるかな……?)」
悪戯心が湧き上がる。
彰良の頬を突付いてみたい衝動に駆られる葵。
「(……ちょ、ちょっとだけ……ちょっとだけなら……)」
ちょん。
「っ……!!」
柔らかな頬の感触。
葵の頬が赤く染まる。
ほわほわと花が舞う。
「っっ……はぅ……っ!」
嬉しくて。
幸せで。
愛しくて。
「……っ…………だいすきっ……!」
温かな気持ちが、幸せが溢れる。
彰良を起こしてしまう。
そんなことも忘れて。
彰良に抱き着く。
「っ?!」
急に走った刺激に、彰良が驚き目を覚ます。
「っ……なっ、えっ……?!」
首に腕を回し、スリスリと首筋に擦り寄る葵。
「あおっ……あおい、せんぱいっ……?!」
彰良の寝惚けてボウっとしていた思考が、一瞬で覚醒する。
「彰良くん……!」
「は、はい……?」
「大好きっ!」
満面の笑顔で葵は、彰良の首に回した腕の力を強める。
「っ……ぁ、な………あ、お……っ?!」
言葉にならない。
嬉しそうに、幸せそうに擦り寄り。
抱き着く葵に、彰良は顔と言わずに真っ赤に染め上げ、硬直するのだった。
早朝と言うには、少し遅い。
しかし、休日土曜日に起きるには早い時間帯。
「彰良くん……驚かせたうえに、起こしちゃってごめんね……」
ちょこんとソファに座り、申し訳なさそうに項垂れる葵。
「……いえ……それは、構わないのですが……」
視線が揺れる。
「……あ、の……」
「ん……?」
「なぜ……ずっと、自分の指を握っているのでしょうか……?」
寝起きざまに何故か満面の笑みの葵から抱き着かれ。
驚き固まっている間も、ずっと擦り寄られ。
寝室からリビングのソファへ移動する間も…………握られたままの彰良の指先。
……言っておくが、嫌なわけでは無い。
決して、嫌ではない。
だが……
「……だめ……?」
「駄目ではありません!
有りませんが……葵先輩にしては………珍しい、と言いますか……」
「だって……彰良くんが、好きだなって……改めて、思ったから……」
恥ずかしそうに伏せられた瞳。
「……取っちゃ、ダメって……思って良いよって…………安心したの」
嬉しそうに、はにかんだ微笑み。
「……だから……ちょっと、だけ…………彰良くんに、甘えたいというか……手とか、繋ぎたいなって……」
恥ずかしそうに、耳に髪の毛をかける仕草。
「っ…………!」
繋がれていない手で、顔を覆って天を仰ぐ。
「(俺の葵先輩が、可愛すぎる………!)」
内心、悶えてしまう彰良。
「(何でこんなにも可愛いが過ぎて、尊くて、可愛いんだっ?!)」
どうすれば……いい?
葵が可愛過ぎて、幸せ過ぎて。
馬鹿になりそうだ。
「結婚してください」
彰良の口から本音が零れ落ちた。
「っ……」
慌てて口を押さえる。
何を言っているんだ、自分はっ?!
「え、うん」
ポロリと落ちた呟きに、葵が躊躇うことなく頷いた。
「………………え、うん?」
彰良の思考が停止する。
え………………普通に頷いて貰えた……?
「えっと……今のは、プロポーズ……だよ、ね?」
彰良の反応に少しだけ不安そうな葵。
「っ……?!
ちがっ……いえ、違いませんけどっ…………なっ、まっ……ふつ、に頷い……っ?!」
狼狽える。
「まっ……そのっ早まってはいけませんっ……!
いや、なんか違……でもっ!
そんなに簡単に頷いてはいけない気がすると言いますかっ……?!
頷いて欲しいですよ?
俺は頷いて欲しいですけどっ……!」
彰良は自分が何を言っているのか、既にわからなくなっていた。
「んー……でもね、彰良くん」
「はい!」
「わぁ、素敵なお返事ね。」
にこにこと楽しそうに微笑む葵。
「あのね……お付き合いを申し込んでくれた時に、彰良くん"結婚を前提に"っ言ってたよ?」
「っ……そう、ですけど……!」
葵の穏やかな空気に、彰良の心も少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「…………俺は……付き合い始めてから……葵先輩にフラれる要素しか、見せない気がする……と、言いますか……」
孔雀 紗夜との件。
幼馴染の凛の件。
今回のクリスマスの件だって……。
「…………格好良く、余裕のあるスマートな男として振る舞いたいのに…………」
格好悪すぎる……。
思い出せば、思い出すほどに。
自分の駄目さ加減に嫌気が差す。
「……彰良くんは……可愛く振る舞えない私のこと、嫌いになる?」
「なりませんっ!
葵先輩が可愛くない時なんて有りませんっ!」
静かな葵の声音と瞳。
「……彰良くんよりも歳上なのに、恋愛経験がなくて、わからないことばかりの手探り状態。
恋人らしく振る舞うとかわかんなくて、自分に自信がないから…………。」
付き合い始めて、幸せで、切なくて。
自分の中にあるたくさんの感情を知った。
「……彰良くんのためにって、勝手に諦めて引いてしまう。」
きっとそれは……普通に思春期を学校で青春すれば、知ったかもしれない感情ばかり。
「……可愛いらしく、歳上の余裕を持って振る舞えない女は……嫌いになる?」
「なりません……!
なるはずがない!」
「だったら、私が彰良くんが"格好良く、余裕のあるスマートな男"じゃなくても……嫌いにならないよ。」
「っ……」
葵の言いたいことが分かった。
口を開きかけて…………言葉が出ない。
胸の奥が締め付けられて。
同仕様もなくなってしまう。
「私は……私のことを好きだって。
なりふり構わずに追いかけて来てくれた彰良くんが……」
格好悪い姿なんて、見た覚えはない。
泣きそうな愛しい人へ手を伸ばす。
「誰よりも格好良くて、大好きだって思うもの」
迷子の子供のように。
不安げな心も、ぜんぶ抱き締めたい。
「彰良くん、貴方を愛してます」
「っ……ぅ、あ……っ……」
泣きそうな。
真っ赤になった顔を、両手で包み込む。
「幸せにしますので、結婚してくださいね」
「……っ……ひきょ……だ……」
額を重ねて。
微笑んで。
葵は、泣きそうな彰良の唇に重ねるだけの口付けをおくるのだった。




