第八十話
体が熱い。
頭が重い。
額に触れた冷たい感触に、無意識に擦り寄る。
「ぅ…………あ、たま……いた……」
微かに開いた瞼。
飛び込んで来た電気の光に眉を寄せる。
「葵先輩……大丈夫ですか……?」
「……あきら、くん……?」
ボウっとした頭。
「……また、熱が上がったみたいですね……。
少しでも……水分は、摂れそうですか?」
「う、ん……」
リビングのソファ。
横たわっていた体を起こそうとする。
「葵先輩、俺が支えますから……無理をしないでください」
彰良が優しく葵を抱き起こす。
「……水、飲めますか?」
「ん……」
口元に添えられたペットボトル。
ゆっくりと水を嚥下すれば、体に染み渡っていく。
「あり、がと……」
「……横にしますね。」
葵の身体へ負担にならないように。
細心の注意を払う。
「わた、し……ね、てたの?」
「はい。
もう、十八時を回りました。」
「…………ぅ……」
もう夕方……?!
飛び起きようとして、目眩がした。
「葵先輩っ?!
無理に起きたらいけませんっ……!」
「うぅっ……で、も……会社にも、電話……しておき、たくて……」
「自分が連絡して、葵先輩の無事は伝えていますから……今は、体調を調える方が優先です。」
「あぅ……ありがとう……」
優しい彰良の声。
胸が締め付けられる。
「…………」
ぼんやりと彰良を見つめる。
「葵先輩……?
まだ、水が入りますか?
それとも……」
「…………悲しかったの……」
熱でぼんやりした思考。
蘇った記憶。
本音が零れ落ちた。
「…………何が悲しかったんですか?」
熱を確かめるように。
額に触れていた彰良の手。
「……彰良くんが……可愛い子から、嬉しそうにプレゼントを受け取って……いたって……」
額から離れる彰良の手。
追い掛けて……掴みたいのに、腕が重くて動かない。
「……孔雀主任とも……抱き合ってて……」
美男美女で……ドラマみたいで……
「……きれいで、お似合いだなって……」
しょうがないって……だけど……
「……悲しかったの……とっちゃ、やだって……」
彰良と過ごす幸せを知ったから……
「ごめんなさい……私、わがままね……」
ぜんぶ、熱のせい。
きっと……熱が下がったら。
いつもの葵に戻れる。
いつも通り……
「葵先輩、不安にさせて……すみませんでした」
額から離れた筈の彰良の手。
葵の熱で赤く染まった頬に添えられる。
「…………彰良くん……?
どうして、謝るの……?」
「葵先輩を不安にさせてしまったからです。」
「私を……?」
動かない思考を、頑張って動かす。
「まず、孔雀主任の件です。
あれは、葵先輩がクリスマスに食べたい物を教えて貰っていました。
そして、あの場には有馬主任もいました。」
「え……」
目を瞬かせる。
確かに、葵のいた所からでは休憩スペースの全ては見えなかった。
「……孔雀主任から、葵先輩をクリスマスに誘わないとはどういう了見だとお叱りを受けました。
ですが……その途中で足を滑らせて、自分に向かって倒れて来たので…………避ければ良かったですね。」
「え……え、いや……避けたら、痛いよ……?」
「多少痛くても、死にはしませんので問題は無いかと。
そんなことよりも、受け止めたことで葵先輩を不安にさせたことの方が大問題です。」
至極真面目な彰良の言葉。
「(……仏心を出したのが、間違いだった。)」
他の女を助けて、葵を傷付けてしまっては意味がない。
「それと、自分が受け取ったというプレゼントの件ですが……」
「……うん」
「……自分宛てにプレゼントを受け取った覚えがありません。
強いて言うならば、兼子さん宛のプレゼントを預かった記憶は有ります。
しかし、その相手が"可愛い子"に当てはまるかが不明です。
以前にも言いましたが、葵先輩以外の女性に魅力を感じません。
元々、異性に可愛いや綺麗などの感情を抱いたことが有りませんので。」
「……えっと……プレゼント、もらってないの……?」
「貰っていません。
葵先輩以外の女性から貰いたいとも思いません。
受け取る必要も有りませんので、デスク等に置き配された場合は管理職を通して返却します。
葵先輩が望むならば、目の前でゴミ箱、もしくは焼却炉に放り込みます。」
どうでもいい女からのプレゼントのせいで、葵を失うなど許容できない。
「…………う、ん……?
よく、わかんないけど……彰良くんが、プレゼントもらってなくて……うれしい、は変かな……?」
「そんなことはないかと。
自分も友人ならば許容しますが、それ以外のプレゼントなど完璧に破棄する程度には不快です。」
想像しただけで、腹が立つ。
「……よかった……」
葵の心に安堵が広がる。
悲しみや苦しみが……溶けていく。
「葵先輩、解熱剤を飲みませんか?
少しは体が楽になるでしょうし…………食べれそうな物とか……」
「…………ん?
あきら、くんは……かわいい、よ……?」
「……話が噛み合っていません……」
ぼんやりした思考。
ふわふわとした心。
「……みかん、の……かんづ、め…………」
「え……?
葵先輩……?」
瞼がゆっくりと落ちる。
「葵先輩、解熱剤だけでも…………眠ってしまった……」
起こして解熱剤を飲ませるべきなのか……?
それとも……寝かせてあげるべきなのか……?
「……どうすれば……」
穏やかな寝息。
「…………おやすみなさい……葵先輩」
次に目が覚めた時に、解熱剤をすぐに飲めるように。
彰良は、葵を起こさないように毛布を整えるのだった。




