第七十八話
彰良の部屋に沈黙が落ちる。
正直な所、葵は何を言っていいのか分からなかった。
「…………」
「葵先輩……俺に対して不安に思ったり、疑問に思ったことは、聞いて欲しいです。」
「…………」
「俺は……恋愛に関しては、救いようのない馬鹿なんだそうです。
だから……葵先輩を不安にさせたくないのに、泣かせたくないのに……折角のクリスマスを台無しにしました。」
自嘲の笑み。
今まで、生きて来た二十五年という歳月。
決して短くはない年月のなかで、周囲から此処まで駄目な男扱いをされたことは初めてだった。
「……彰良くんのせいじゃないよ。
私がちゃんと聞けば良かっただけだもの。」
「では、練習と思って……今、聞いてください。」
逃さない。
凛というストッパーがいる。
だから……今日は、踏み込む。
……また、同じように葵に我慢をさせて……擦れ違うのは御免だ。
「…………」
葵は瞳を伏せる。
……なんと、言えば……良いのだろう……?
「葵先輩……」
彰良の視線を感じる。
目を閉じて……考える。
「……なんて……言えば、良いのか……わからないの……」
わからない。
だから……正直に言葉にするしか、ない。
「彰良くんは……私が死ぬまで、側にいてくれると言ったわ。
だから……その言葉も、彰良くんの気持ちも疑っていないの。」
そう……彰良のことを疑ってなんていない。
「私は……私自身に、自信なんて無い。
だから……もし万が一、彰良くんが心変わりしても責めるつもりは無いの。
ただ……彰良くんは、その時ははっきりと別れを告げてくれるって知ってるから。
彰良くんが、直接……私に要らないって言うまでは…………側にいたい……」
「っ……」
「でもね……最近、欲張りになっちゃったのかな……?
彰良くんが……他の女性からプレゼントを受け取ったって聞いて悲しくなったり……。
孔雀主任と抱き合っている姿を見て……胸が苦しくなって……。」
涙が溢れる。
この気持ちは……なに?
どうして……こんなにも、苦しいの?
「私っ……こんな気持ち、知らないっ……!
どうしてっ……自分が、こんなに苦しいのか……わからないのっ…………!
彰良くんはっ……私のことを好きって言ってくれる……!
私のことを……大切に想ってくれているって、知ってるのに……!」
こんなっ……自分でも訳がわからない感情のせいで……彰良に嫌われたくないっ……!
「…………葵ちゃん……っ……」
彰良と葵の遣り取りを見守っていた凛は絶句する。
もしかして……彼女は、葵は……
「……それが、嫉妬ですよ」
「え……?」
伏せていた瞳を上げた先。
優しい彰良の微笑み。
「葵先輩も、俺に言ったじゃないですか。
やきもちを焼いたのって。」
「…………やきもち……?
え……私……やきもち……?」
「恐らく、そうかと」
「…………」
瞬きをする。
目尻に溜まっていた涙が零れ落ちる。
「水曜日の時は……彰良くんが私が目の届かない所で不安って言ったから…………ヤキモチかなって……?
あれ……でも……私………不安じゃなくて……胸が苦しくなったり、悲しかったりで……?」
「嫉妬やヤキモチは、不安になることばかりではありません。」
頬を零れ落ちた涙の跡を優しく拭う。
「他の異性に目を向けないで欲しい。」
……要らないって言われたくない。
「自分だけを見て欲しい。」
……お願い……私から、彰良くんを奪わないで……
「自分にだけ……笑顔を向けて欲しい。
……そんな想いも、すべて"嫉妬"と表現できます。」
私には……彰良くんしか、いないの……!
「え……ぁ……み゛っ……?!」
ぼふんっ!
音を立てて、葵の頬と言わず、耳も、首筋も……全身が赤く染まる。
「わっわたっ、わたしっっ?!」
「……恋する乙女ねぇ」
「み゛やぁぁぁぁぁぁっっ?!」
目がグルグルする。
自分が……?!
まさかっ……嫉妬、する日が来るなんて……!
「ゃ……ちがっ……違うの!
べっ……べつに、彰良くんをうたがったりしてなくて!」
この数日の不安だった気持ちもない混ぜになって、心がグチャグチャになる。
「そばに……!
いたい……だけで……!」
嫉妬なんて……彰良が迷惑するかも……
「俺は嬉しいですよ」
「ぅ、え…………?」
誘われるように。
彰良へと視線を向ければ。
嬉しくて、堪らない……そんな表情の彰良。
「俺は、葵先輩に嫉妬してもらえて…………凄く、嬉しくて堪らない……!」
「あき、ら……くん……?」
まるで……溶岩のように。
ドロドロとした熱を宿した瞳。
「誰よりも、何よりも……愛している葵先輩が、同じように……俺のことを愛してくれている、と実感しますから……」
熱に当てられる。
「え……え?
えっと……彰良、くんは……嬉しい、の……?」
「はい……心から、嬉しくてたまりません」
偽りのない笑顔。
「……そっか……」
葵の心に安堵が広がる。
……嫉妬って……悪いことじゃないんだ……
「……良かっ……た……」
心に広がった安堵。
たくさんの負荷が掛かった心。
「…………あきら、くん……」
心から安心できる温もりに包まれて。
再び、葵の意識は闇に落ちたのだった。




