第七十五話
点滴が終わって抜針してもらった葵。
ゆっくりと起こした身体は……重だるい。
しかし、熱が下がっているお陰でまだ楽だった。
「…………明日は、青痣だらけになりそうね」
自分の両腕を見て笑ってしまう。
「あー……それはねぇ、うん。
なんか、立花さんは血管が細いらしくて……看護師さん達が点滴の針を取るのに苦労してたわ。」
「……昔から、一度でなかなか採血が出来なくて……看護師さん泣かせの血管らしいです」
苦笑する。
何度も、何度も採血されるから、病院は苦手だった。
「………葵先輩、痛くないですか?」
「ん? 見た目はアレだけど……点滴が漏れて無いから痛くないの。」
目元を赤くした彰良が安堵のため息をつく。
「葵先輩、抱き上げますよ」
「…………え?」
戸惑う。
「え、う……み゛っ?!」
「「(み゛……)」」
彰良に横抱きにされた瞬間に漏れた、葵の鳴き声。
彰良も、凛も、思わず葵から顔を背けて悶える。
「あのっ! 彰良くん……!
私、自分で歩けるから……!
お願いだから降ろしてっ……!」
恥ずかしい、と慌てる葵に彰良は首を傾げる。
「……今更、では?」
「え……」
「少なくとも、意識のない葵先輩を凛が抱き上げて運んだでしょうから」
「そうよ、立花さん。
アタシが検査だったり、点滴室とかに運んだわよ。」
…………更にいうならば、抱き上げた状態で病院の玄関や受付をウロチョロした。
「っ…………!」
火が出るほどに、頬が熱を持つ。
葵の首筋まで真っ赤に染まる。
「ぅ……あ、え……」
幼い子供じゃないのに……!
恥ずかし過ぎる……!
「……俺では、駄目ですか……?」
「う……?」
葵をジッと見詰めた彰良が呟く。
「……凛は良いのに、俺では……嫌、ですか……?」
「…………っ」
寂しげな視線。
葵に甘えるように……見詰める。
「……ダメ、ですか……?」
「うぅぅ………………ダメ、じゃないです……」
抵抗を試みるが…………断れなかった。
「ありがとうございます!」
心の底から嬉しそうな笑顔。
「葵先輩、もし恥ずかしかったら……俺に引っ付いておけば顔は見えませんよ」
「ぅん……ありがとう。
お言葉に甘えて、引っ付いててもいい……?」
「はい!」
彰良の胸元に頭を擦り寄せ、恥ずかしそうに引っ付く葵。
そんな葵を彰良は嬉しさと愛しさを隠さない瞳で見つめる。
「(うわー……コイツ、あざとい技を覚えてやがる。)」
完璧超人と思っていた幼馴染の知りたくも無かった一面。
…………男のプライドよりも、最愛の恋人が最優先らしい。
「……取り敢えず、帰ろうか……」
「ああ」
二人並んで、さっさと病院を後にする。
「葵先輩、降ろしますね」
「うん……ありがとう、彰良くん」
彰良が車へ葵を乗せて、ドアを閉める。
「……彰良、オレもお前の家に行っていい?」
「……何故?」
ちょっと嫌そうな彰良。
「立花さんが倒れる直前まで、他の男がいた。」
「っ?!」
目を見開く。
嫌な予感がする。
「……正直、ストレスで倒れたって聞いた時…………そいつとの接触がトドメになった気がしたんだ。」
「…………」
チラリと車内へと視線を向ける。
彰良と凛を不思議そうに見詰める葵。
「……頼む。
その話を、詳しく俺の家で教えて欲しい。」
「……おう」
それぞれに車に乗り込む。
二台は一路、彰良の家を目指すのだった。
彰良の家へと辿り着き。
「……彰良くん、本当に私……歩けるよ?」
「駄目です。
明日まで自分が葵先輩を運びます。」
戸惑う葵を説き伏せて、横抱きで運ぶ彰良。
取り敢えず、リビングのソファで一息つく三人。
「あの……狐川さん」
「なぁに、立花さん?」
「公園で倒れた私を病院に連れて行ったり、付き添ってくださって……本当にありがとうございました。」
真っ直ぐな瞳。
「狐川さんが居なければ、もっと酷いことになっていたと思うんです。」
「っ……」
感謝の気持だけが詰まった葵の言葉。
「……俺からも……ありがとう。
葵先輩を助けてくれて、感謝している。」
凛を相手に改めてお礼を言うのが恥ずかしいのか、視線を逸らす彰良。
「……立花さんは、恨まないの……?」
「……?」
凛が言い難そうに……だが、視線を逸らさずに問い掛ける。
「だって……アタシってば、ワザと不安を煽って喧嘩するように仕向けたのよ?
しかも……たくさん傷付けたし、知らなかったことも……暴露しちゃったし……」
「……そう言えば……そんなことも有りましたねぇ……」
のほほんと微笑む。
「……」
「……」
葵の気の抜けるような微笑みに、彰良と凛は微妙な気持ちになる。
「確かに、あの時は悲しかったですし、自分は住む世界が違い過ぎるって……。
……自然消滅を狙おうと覚悟を決めました。」
「葵先輩っ?!」
あの日の華乃の予想は的中していた!
絶望的な気持ちを抱いていた、あの日の悪夢が蘇る。
震える腕で、華奢な葵の身体を抱き寄せる。
「今は、自然消滅とか考えていないからね?
だから、そんなに悲しそうな顔をしないで、彰良くん」
葵と同じくらいに傷付いていた彰良。
「狐川さんの言葉で改めて自分が、誰かの結婚相手として……相手のご家族に望まれない存在だと理解できました。」
引きこもって高校に通えなかった自分。
異性が怖い自分。
普段は優しく気にしないと言う人達でも。
自分の大切な息子の結婚相手ともなれば…………手の平を返すことも有る。
どんなに綺麗な言葉を並べても……結局、結婚は当事者同士だけの問題ではないのだ。
「……あの時も言いましたが、葵先輩を手放すくらいならば家族とは縁を切ります。
それに…………葵先輩が俺から離れようとするなら、閉じ込めてでも逃がさない。」
「彰良っ?!」
光を喪った昏い眼。
執着と独占欲が溢れた瞳。
凛が向けられた訳ではないのに、肌が粟立ち、寒気が走る。
「ん?
ラプンツェルでは無いから、この部屋みたいに高い場所に閉じ込められるのは嫌だなって思うの。
前も言ったけど……落ちたら痛いじゃ済まないし……。」
「そこっ?!」
凛のツッコミに葵はキョトンとする。
「……えっと……彰良くんは、私が本当に嫌がることをしないと思うから……。
あ……でも、私ね、彰良くんと初詣とか行きたいし……。
春になって桜が咲いたら、お弁当を作ってお花見をしたいって思うの。」
「…………俺も、葵先輩と初詣やお花見に行きたいので……まだ、閉じ込めません……」
葵を抱き締める腕に力を込める。
「ありがとう、彰良くん。
もし閉じ込める時は、事前に教えてくれると嬉しいな。
仕事の引き継ぎとか有るし……」
「いやいやいやっ!」
閉じ込められることを前提に話し出す葵に、凛が待ったをかけた。
「ダメだからね、立花さんっ!
人を閉じ込めるのは犯罪よっ!
それに……え、普通は……そんな男、怖いと思うんだけど……?」
「…………?」
不思議そうな葵の顔。
「…………凛、余計なことを言うな。」
葵の耳を両手で優しく塞ぎ、彰良は凛へと鋭い眼差しを送る。
その仕草は、葵を怖がらせないように細心の注意が払われていた。
「余計じゃないでしょっ!」
頭を抱える。
自分の幼馴染が!
こんなに危ない奴だって、知りたくも無かった……!
「怖い……?」
「葵先輩っ」
「……彰良くんは……普通……怖い、の?」
凛の言葉を噛み締めるように呟く葵。
「怖くありませんっ!
凛が大袈裟に言っているだけです!」
彰良は焦る。
重過ぎる執着心も含めて、怯えることなく彰良を受け入れてくれている葵。
……そんな奇跡みたいな存在を!
彰良が唯一人、愛する葵を手放したくないっ!
「……私……普通とか、当たり前が……わからない、から……変、よね……」
落ち込む。
そうか……自分は変なのだ、と。
「でも……変だから、彰良くんに好きでいて貰える、のかな……?
……そうだったら……変でも嬉しい、気がする……?」
「葵先輩、俺も普通や当たり前が分かりません。
……俺と葵先輩は似ているのかも……一緒ですね。
だから、葵先輩が俺を好きになってくれたのかもしれません。」
「……一緒……うん、一緒ね」
「はい! 一緒です」
微笑み合う恋人達。
「…………」
アレ、半分は洗脳じゃね?
幼馴染のヤバさに凛は頭を抱えるのだった。




