第七十一話
葵達の勤める会社の近くの公園。
彰良を御曹司だとバラしてしまった……あの東屋。
「……狐川さん、すみません……。
お恥ずかしい所を見せた上に、ご迷惑ばかりお掛けして……」
真っ赤になった瞳を誤魔化すように擦る。
「ちょっと!
そんなに擦ったら駄目よ!」
「すみません……」
ますます体を縮こませる。
「あ、の……コートも、すみません……今、脱いで返した方が……」
「駄目よ。」
寒空の下でコートも着用せずにいた葵。
「アタシが言うのも変だけど……そんな薄着で外にいるなんて……何かあったの?」
「……えっと……」
迷う。
彰良のことが好きな可能性のある……あれ?
「……え、あれ……?
結局……狐川さんと彰良くんは……両おも、いではなかったから……?」
頭がこんがらがる。
「んん?
彰良くんは男の狐川さんを恋愛対象と見てなくて……?
あれ……狐川さんは、彰良くんのことを……」
「見てないからっ!
アタシの恋愛対象に彰良は含まれないわっ!!」
悲鳴のような声を上げる凛。
「てゆーか!
その勘違いはまだ続いていたのっっ?!」
「えっ……え、すみません……」
凛の激しい否定。
少しだけ、葵の心に安堵が広がった。
「でも……だったら、何で……狐川さんは、平気なのかなって……」
頭がグルグルする。
「……私、男の人に触られるのは……苦手、なんです……」
ずっと……寒くてたまらない。
「……ちょっと……え……?」
葵の様子が可笑しいような……?
「いま、まで……ぜんぶ、むり……で、彰良くんだけ……とくべ、つ……」
気分が悪くて……気持ち悪い……
「え……嘘でしょっ!
ちょっと貴女っ! 凄い熱じゃない?!」
葵の体から抜けていく力。
「待って……今すぐっ彰良に電話するか……」
「だめっ……!」
ダルくて重い体を必死で動かす。
「おねがいっ……!
あき、らくんに……いわな、で……!」
「はぁ?!
こんな状態で何を言ってるのっ?!」
苦しげに歪んだ葵の表情。
「彰良だってっ!
恋人がクリスマスに熱を出してたらデート所じゃないでしょうっ!」
「……でー、との……あいては、わたしじゃないもの……」
「は……?」
今、彼女は……何て言った?
「……わ、たし……クリスマス、さそわれて……な、い……から……」
「…………」
「じゃ、ま……したくない、の……わたし、は……ひとりでも、へいき……」
「……っ……」
言葉の途中で力を失った体。
華奢な葵の体は、火傷しそうな程に熱かった。
「……マジかよ……。
何やってんだよ、彰良……!」
思わず口から飛び出る男としての言葉遣い。
「……マジ、どーしよ……」
頭を抱える。
だけど……このままにしておく訳には、いかない……!
「…………」
覚悟を決める。
葵の脱力した体を持ち上げる。
「……軽すぎ、じゃん……」
成人女性なのに……軽過ぎる葵の体。
「…………」
自分の車に葵を乗せ、スマホで電話番号を調べる。
「……ものすごーく嫌、だけど……しょうがない……」
苦渋の決断。
凛はスマホの通話ボタンを押すのだった。
昼休みが終わるまで……あと、数分。
昼食を摂ることなく自分のデスクで考え込んでいる玲衣。
「……ちょっと、何か気味が悪いんだけど?」
「……なに、すずめさん。
今さ、君に構いたい気分じゃないんだけど。」
紗夜に視線を向けることなく答える。
「…………」
頭に浮かぶのは、ふらふらと歩く葵の背中。
「っ……」
悲しいくせに。
辛いくせに。
恋人を攻めることなく……微笑んだ、あの女。
「ねえ……すずめさん」
調子が狂う。
「何で、犬飼くんと抱き合ってたの?」
「は……抱き合って……っ?!
違うわよっ!
あれは事故!
私が滑って転びそうになったのを助けてくれただけよっ!!」
「……そんな所だと思った」
狂わされっぱなしで……マジ巫山戯んなっ!!
「…………」
立ち上がる。
「ちょっと!
私は、ちゃんと上から言われた通りに犬飼くんとは距離をとって……」
「五月蝿いよ。
孔雀、君も来い。」
顎で入り口を示す。
「は……?」
「君も当事者の一人だろ。
……総務に文句を付けに行ってやる……!」
だいたい!
あの犬飼とか言うデカブツが、葵を誘っていれば問題なかったんだよ!
「……八つ当たりでも、なんでも……!
借りは返してやるよっ!」
……自棄っぱちである。
「待ちなさいっ!
魚形! どうゆうことよっ?!」
騒ぎながら付いて来る紗夜を無視して。
玲衣はツカツカと靴音を響かせる。
「たーのもー!」
バンッと総務課の扉を開けば、一斉に玲衣へと集まる総務課社員たちの視線。
「総務課の吉村課長さーん!
営業部課長の魚形でーす!
ちょっとオタクの総務課社員のことで、クレームを付けに来ました!」
堂々と。
いつもの喰えない笑みを浮かべ、玲衣は立つ。
その背後からは、紗夜の悲鳴のような声が聞こえるのだった。




