第六十七話
朝から慌ただしく始まったクリスマス当日。
しかし、どんなに特別なクリスマスと言えど、仕事は待ってはくれないものである。
「あーもうっ!
マジで萎えるんだけどっ!」
本日、何十軒目のパティスリー。
電話口では明るい口調だった華乃の声。
電話を切り終えた途端に、ライオンの唸り声となった。
「……当日にホールのケーキを手に入れるのが……こんなにも難しいとは……」
「当たり前でしょうっ!!
ふ・つ・う・はっ!
こうならないように事前予約するもんなのよっっ!!」
一般業務の片手間にクリスマスケーキの手配に焦る華乃と彰良。
「兼子さん……こうなれば、コンビニのケーキを買うしかないと思うの」
「恋人になって初めてクリスマスにコンビニのケーキとチキン……」
「ものすごくアレだけど……立花さんなら、許してくれる気がする……」
総務課一同の頭に浮かぶ葵の控えめな微笑み。
「そういう問題じゃないんですっっ!!
コイツ! 金だけはあるからっ!
やろうと思えばっ!
腹立つけどっ!
どっかのお高いディナーやケーキなんて手に入れ放題なんですっっ!!」
「…………」
大柄な体を小さく縮め、所在なさ気な彰良の横で華乃が吠える。
「高いディナーやケーキ……」
「うらやましいけど……」
「立花さんは顔を真っ青にして震えそう……」
「それか……着ていく服がないって涙目になったり……」
「あー、そっか。
お高いディナーって、ドレスコードがあったりするもんね」
総務課一同の脳裏には、高級レストランや高級クリスマスケーキを前にして涙目になって震える葵が見えた。
「そうなんですよぉ……葵先輩って必要最低限の服しか持ってない人だし。
高級レストランに連れて行かれた日には、震えて泣き出しますよ。
しかも、高級レストランに入るための服一式を贈られたりした日には……!
……たぶん、世界が違い過ぎるって速攻で離れる算段を付ける人です。」
『立花さんらしい』
華乃の嘆くような声に、総務課一同は心から同意した。
「兼子さん!」
年末年始の買い出しの名目で外出していた総務課社員の一人が、笑顔で戻って来た。
「兼子さん、近くの雑貨屋でテーブルにのる大きさのクリスマスツリーが手に入ったわ!
しかもっ! 真っ白で可愛いヤツよ!」
「最高なヤツじゃないですか!」
「ふっふっふっ!
しかも、昼休みに言って戻って来れる範囲のジュエリーショップでね……こんなイヤリングを見付けたの!」
「こっこれは?!」
総務課の女性社員が自信満々にスマホの画面を見せる。
「アンティーク調のイヤリングなんだけど、立花さんに似合いそうだなって。」
アンティーク調の緩やかな曲線。
小粒のムーンストーンから落ちる涙型の真珠。
宝石も小さめで派手さもない。
だが、清楚で美しいデザイン。
「犬飼くん、知ってる?」
「何をですか……?」
スマホに写ったイヤリングを付けた葵を想像していた彰良に、女性社員が微笑む。
「イヤリングってさ、耳から入る悪いもの……まあ、誘惑とか?
そんな物を追い払う魔除けの意味が昔はあったらしいよ。
それが由来になって、今は貴女の一番近くにいたいっていう独占欲や執着の意味合いがあるから……ねえ?」
「っ?!」
「しかも、ムーンストーンと真珠が使われているの。
どっちとも、守護の力とか、魔除けの意味が有るし?
しかも、ムーンストーンの宝石言葉は純粋な愛とか……ねえ?」
「買います!
絶対に買いますので、何処に行けば……」
今すぐにでもジュエリーショップへ走り出しそうな彰良に爆笑する。
「あーもうっ!
本当に、犬飼くんは立花さんのことが大好きね!」
「死んでも離したくない程度には、愛してますから。」
「あー、うん。
それを衆目の面前で普通に言えちゃう根性に吃驚だわ。」
カラカラと笑う女性社員。
「安心しなよ、犬飼くん。
ジュエリーショップの店員さんにラッピングを依頼して帰って来たから。
お昼休みに"黒縁眼鏡で彼女への愛が重すぎる、必死な形相のタッパもデカい後輩が支払いと受け取りに来ます"って手配してるから。」
茶目っ気のある笑顔で答える女性社員。
「ありがとうございます!」
「……否定しないんだね。」
彼女への愛が重いやら、必死な形相やら。
好き勝手に言った覚えがあるのに。
「…………嘘は言っていないかと。」
「うん……犬飼くん、通常運転だわ」
総務課一同、腹の底から笑ってしまう。
――――犬飼だもんな、と。
「よし!
クリスマスプレゼントは手に入ったも同然!
ちょっとクソ犬!
アンタは昼休みに死ぬ気でジュエリーショップに走って、十倍の値段を払ってでも手に入れなさいよ!」
「わかった。
二十倍でも払う。」
黒縁眼鏡のレンズを光らせる彰良。
『いやいやいや!
それは、それで大問題だから!』
今日も総務課一同のツッコミは冴え渡っているのである。
昼休みを目前に控えた時間帯。
頼まれていた備品を届けるために、営業部のあるフロアに来ていた。
「……犬飼くん?」
「……ぅわ……」
そのフロアにある自販売機の前には、有馬と紗夜の姿があった。
「……お疲れさまです」
何故、人を見ただけで"ぅわ……"と。
しかも、紗夜に言われなければならないのか?
「孔雀主任……」
「しょうがないじゃない……。
イイ男と思っていたヤツが、とんだポンコツだったから……」
ふいっと気不味そうに、彰良から視線を逸らす紗夜。
「……貴女にポンコツ扱いされる謂れはありま……」
「立花さんがクリスマスに食べたい物を知ってるけど?」
「すみません。
ポンコツの自分に、宜しければご教授下さい……!」
一瞬の変わり身の速さ。
「……貴方、男としてのプライドとか無いの?」
「葵先輩を喜ばせるためならば、そんな物はゴミに出します。」
キリっとした表情で、当然のように言う彰良。
あまりの潔さに、紗夜は呆れてしまう。
「………生ゴミ……?
いえ、不燃物の方かしら?
……リサイクルは無理よね?」
「ちょっと、有馬主任。
立花さんの天然が感染ってない?
男のプライドなんてゴミに出せるわけ無いでしょう。」
「…………そうですね」
三者三様に、脳裏にほわほわと花を飛ばす葵が浮かぶ。
「……立花さんには、助けられてるから……。
別に、貴方のためじゃないから勘違いするんじゃないわよ!」
「分かっています。」
額に手を添え、ため息を付く。
「ミンタッキーよ。
なんか、家族で食べていたって話てたわ。」
「ミンタッキー……」
「あと!
あの子、クリスマスは一人で過ごさなきゃって思っているみたいなんだけど!
犬飼くんは、自分じゃない誰かと過ごすって思ってるわ。」
キッと。
眦を釣り上げた紗夜が、彰良の胸元へ指を突き付けようとして……
「っ?!」
床に落ちていた水滴に気が付かず、高いヒールが滑ってしまう。
「っ……」
彰良に向かって倒れ込んだ紗夜の体。
目の前にいた彰良は、避ける訳にも行かずに受け止める。
――その一瞬だけを切り取れば……まるで、彰良と紗夜が抱き合っているようにも見えた。
「っ?!」
直ぐ様に飛び退くように離れた紗夜。
「ちょっと!
今のは事故だからねっ!
貴方みたいなポンコツに!
今更っ未練も何も無いからね!!」
「葵先輩以外に興味の欠片も有りませんので。
未練がある方が迷惑極まりないです。」
お互いに迷惑極まりないと顔を合わせるのだった。
……そして、彰良達は気が付かなかったが……。
抱き合った瞬間だけを見てしまった者達が……居たのである。




